「まだ始まりにすぎない」
出典:FOOTBALL ZONE 2026年10月16日
SOCCERPEDIA / 選手ページ / 日本のサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
南野拓実(Takumi Minamino、1995年1月16日生)は、日本・大阪出身のサッカー選手。ポジションはMF(ミッドフィールダー)、2022年からモナコ(リーグ・アン)に所属、背番号は18。日本では2015年から通算73試合26得点を記録している。クラブでは公式戦通算462試合118得点(2012 シーズン以降)。クラブ・代表で通算15個のタイトルを獲得、個人賞は8回(IFFHSアジア年間ベストイレブン 2回)。
南野 拓実(みなみの たくみ、1995年1月16日 - )は、大阪府泉佐野市出身のプロサッカー選手。リーグ・アン・ASモナコ所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。日本代表。
小学生時代はゼッセル熊取FCに所属。当時のチームメイトに室屋成がいた。2007年、複数のJアカデミーからのオファーの末、泉佐野市立第三中学校入学と同時にセレッソ大阪U-15へ入団。
2009年、第24回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会でベスト8まで勝ち進み、得点王を獲得。
2010年、セレッソ大阪U-18へ昇格。プリンスリーグ関西1部第1節神戸市立科学技術高等学校戦でいきなりハットトリックを達成し勝利に貢献すると、その後も負けなしで優勝を飾った。
2011年、プレミアリーグウエストで得点ランキング4位の9得点を記録したほか、第19回Jリーグユース選手権大会では、8試合で13得点を挙げて得点王を獲得した。
2012年8月、秋山大地とともにトップチームの2種登録選手となり、J1第32節大宮アルディージャ戦で公式戦初出場。チームのJ1残留がかかった最終節川崎フロンターレ戦で公式戦初先発・フル出場を果たし、天皇杯4回戦清水エスパルス戦で公式戦初得点を記録した。同年、プレミアリーグウエストで16得点をあげ、得点ランキング2位の成績を残した。
2013年、秋山大地、岡田武瑠、小暮大器とともにトップチームへ昇格。柿谷曜一朗から背番号13番を引き継いだ。第1節・アルビレックス新潟戦からスターティングメンバーに抜擢され、高卒ルーキーとしてはクラブ史上初の開幕スタメン入りを果たすと、第14節・ジュビロ磐田戦でリーグ戦初得点を記録し、大久保嘉人が保持していたクラブのJ1リーグ戦最年少得点記録(18歳10ヶ月5日)を更新した(18歳5ヶ月20日)。同年7月26日、親善試合・マンチェスター・ユナイテッド戦でチーム全得点に絡む活躍を見せ、ユナイテッドの選手や監督から高い評価を得た。リーグ戦、最終節では2得点の活躍を見せた。試合後、退任が決まっていたレヴィークルピ監督は「今シーズンを通して、もし今日のように中央でよりゴールに近いポジションでプレーをしていれば、もっとゴールを決めることができたと思う。それができなかったのは、私の監督としての責任でもあります。いろいろな事情があって、サイドでしっかり守ってから攻撃にいくという役割を、自分を犠牲にしてチームのためにやってくれた。今日のようにゴールに近い、中でプレーをすれば日本のサッカー界を背負って立つ、将来明るい選手であると思います。」と話した。ルーキーイヤーながらチームの主力としてリーグ戦出場29試合5得点(カップ戦を含め38試合8得点)という成果を残し、Jリーグベストヤングプレーヤー賞を受賞した。
2014年、前年の躍進から自身、クラブ共に大きな期待を受けて迎えたシーズンだったが、新監督を迎えたチームは開幕から勝ち点を伸ばせず、度重なる監督交代を経て17位に沈み、J2へ降格。監督交代が続く中で、柿谷曜一朗、 ディエゴ・フォルラン、扇原貴宏ら他のチームメイトと同様に長所を発揮できず、自身もリーグ戦2得点に留まり、シーズン中に2度の一発退場処分を受けるなど、不本意な成績に終わった。
2015年1月6日、オーストリア・ブンデスリーガのFCレッドブル・ザルツブルクに完全移籍することが発表された。FCレッドブル・ザルツブルク史上5人目のアジア人選手となった。背番号は18番。2月14日、リーグ戦第20節のSCウィーナー・ノイシュタット戦で右MFとして先発デビュー。3月4日、リーグ第23節FCアドミラ・ヴァッカー・メードリング戦で2ゴールを決め、移籍後リーグ初ゴールを記録した。5月24日、リーグ第33節ヴォルフスベルガーAC戦に先発出場し、アシストを記録してチームのリーグ優勝を飾った。
2015-16シーズン、初戦となった7月18日のオーストリア・カップ1回戦でシーズン初得点。8月11日、リーグ戦第4節のSVリート戦で初先発し、2得点をあげる活躍で勝利に貢献。8月27日、UEFAヨーロッパリーグのFCディナモ・ミンスク戦に出場し、1得点をあげたがチームはプレーオフで敗退した。リーグ戦では主力としてシーズン10得点をあげる活躍を見せ、チームの優勝に貢献した。
2016-17シーズン、2017年2月19日に行われた第22節のSVリート戦でプロ入り初のハットトリックを含む、3得点1アシストの活躍をみせた。4月2日、第27節のSCラインドルフ・アルタッハ戦では2得点1アシストをマークして2年連続2桁得点をあげた。
2017-18シーズン、UEFAチャンピオンズリーグ予選2回戦のヒバーニアンズFC戦で今季初得点を決めた。7月22日、リーグ戦開幕戦のヴォルフスベルガーAC戦で得点を決めた。11月5日、負傷で離脱をしていたが第14節のSKNザンクト・ペルテン戦で先発すると2得点をあげた。2018年2月14日、UEFAヨーロッパリーグ・ラウンド32の第1戦、レアル・ソシエダ戦でEL初得点を決めた。リーグ戦最終節ではフル出場して優勝に貢献、チームは5連覇を達成した。
2018-19シーズン、2018年9月2日に行われた第6節のFCアドミラ・ヴァッカー・メードリング戦で今季リーグ戦初得点を決めた。11月8日、UEFAヨーロッパリーグ・GS第4節のローゼンボリBK戦で日本人史上初のハットトリックを決める活躍を見せた。リーグ戦第29節、フル出場してチームの6連覇に貢献した。
2019-20シーズン、2019年8月17日に行われた第4節のSKNザンクト・ペルテン戦では今季3点目を決めて、開幕から4試合で3得点の活躍を見せた。9月27日、UEFAチャンピオンズリーグ・GS第1節のKRCヘンク戦でCLデビューを果たし、2アシストの活躍を見せた。移籍当初は「早く結果を出して2、3年でステップアップしたいと思っていた」が、ザルツブルクでの在籍期間は5年間にも及んだ。その間は日本代表にも定着できず、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を逃す年が続くなど、自宅の壁に貼っていた「ビッグクラブでスタメンでプレーする。チャンピオンズリーグに出る」という目標が遠のいた。しかし、遠くの夢に向けて「そのために今季いくつゴールを取って、次の試合に出るためにこういうところを意識する」といった近い目標も記し続け、「自分の目標がブレなかった」「ビッグクラブでプレーしたい、スタメンになりたい気持ちは常にあった。そのために海外に行って、プレーして、その目標のために頑張ってきたので」。その気持ちは2019年秋、ついに報われることになった。10月3日のチャンピオンズリーグ・GS第2節、黄喜燦からのクロスボールをペナルティエリア外からダイレクトボレーシュートでゴールし、フィルジル・ファン・ダイクのマークを外して、アーリング・ハーランドのゴールをアシストするなど、前回大会王者リヴァプールFCに対し1ゴール1アシストの活躍を見せた。試合には3-4で敗れたが、このパフォーマンスがキャリアを大きく切り拓いた。
2019年12月19日、プレミアリーグのリヴァプールFCに翌年1月1日より加入する事で合意した。リヴァプールFC史上初のアジア人選手となった。
契約期間は4年半。背番号はザルツブルク時代と同じ18番。英ガーディアンの報道では、CLで対戦したリヴァプールのフィルジル・ファン・ダイクやジョーダン・ヘンダーソンがユルゲン・ク口ップ監督へ南野の獲得を提言したとされていたが、DAZNのサッカー番組『内田篤人のFootballTime』内で、現在代理人を務める秋山祐輔が試合後、リヴァプール側に獲得を打診したことがきっかけだったと明かされた。2020年1月5日、FAカップ3回戦のエヴァートン戦に先発出場し、移籍後初出場。1月23日のプレミアリーグ第24節ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC戦では、前半33分に負傷したサディオ・マネとの交代でプレミアリーグ初出場を果たした。3月12日のアトレティコ・マドリード戦の第2戦で移籍後初のチャンピオンズリーグ出場を果たした。このシーズンは控えの立場だったが、リヴァプールは30年ぶりのリーグ優勝を果たし、南野は日本人4人目のプレミアリーグ優勝経験者となった。
2020-21シーズンの初戦となった2020年8月29日に行われたFAコミュニティ・シールドのアーセナルFC戦に途中出場し、後半28分に移籍後15試合目にして初得点を決めた。なお、リヴァプールの選手としては、移籍後初ゴールをウェンブリー・スタジアムで決めた初の選手となった。9月24、EFLカップ3回戦のリンカーン・シティ戦で移籍後初の2ゴールを決めて勝利に貢献した。12月19日のクリスタル・パレスFC戦ではモハメド・サラーに代わって先発出場。開始3分にプレミア初得点となる先制ゴールを決め、7-0の大勝に貢献した。
2021年2月2日、サウサンプトンFCにシーズン終了までのレンタルで移籍した。サウサンプトンFC史上3人目のアジア人選手となった。背番号は19番。
2021年9月21日、カラバオ・カップのノリッジ・シティFC戦で復帰後初ゴールを決めた。「全く違う選手になった」とクロップ監督から高く評価した。これを皮切りにサラー、マネ、ロベルト・フィルミーノ、ディオゴ・ジョッタら世界屈指の厚い選手層の中で、いわゆるターンオーバー要員に活路を見出すこととなる。リーグでは第12節のアーセナル戦で途中出場から45秒でゴールを挙げ、第22節のブレントフォードFCとの対戦ではバースデーゴールを決めるなど少ない出番ながら一定の結果を残した。しかし上記の選手層に更にルイス・ディアスが加入し、南野の立場はより苦しいものとなっていく。それでもカラバオ・カップ準々決勝のレスター・シティFC戦では、敗退寸前で迎えた後半アディショナルタイムにジェイムズ・ミルナーのクロスをボレーで決めて同点とし、ギリギリでPK戦に持ち込みチームを勝利へ導いた。また、このゴールは2000-2001シーズンのヴラディミール・シュミツェル以来のリーグカップ3試合連続得点であった。最終的にカラバオカップでは5試合4得点で10シーズンぶり、FAカップでは4試合3得点で16シーズンぶりの優勝に貢献し「ファンが選ぶFA杯ベストイレブン」に選出 されるなど、両大会でクラブ内得点王の大活躍を果たした。これらのカップ戦での猛アピールにより、2022年5月17日のサウサンプトン戦でリーグ残り2試合にして遂に初先発を掴む。ようやく巡ってきたチャンスではゴールを記録し、リーグ優勝に望みを繋いだ。このゴールは英公共放送BBCの選出するリバプールの月間ベストゴールに選出されている。シーズン全体としてはイングランドの公式戦で8ゴール以上を記録した全232選手(4部以上限定)の中で1位の決定率(シュート29/得点10=34.5%)を残した。また、1得点に要した出場時間も最少となる79.5分であった。チャンピオンズリーグ決勝(レアル・マドリードに0-1で敗れ準優勝)でベンチ入りした際も出番が与えられないなど、ディヴォック・オリジらと同様あくまでレギュラーに何かあった時の代わりという立場は変わらなかったものの、最終盤まで史上初の"4冠"の可能性を残した歴史的シーズンに貢献した。
2022年6月28日、ASモナコへの完全移籍が発表された。加入直後は「練習がハード。その後に身体を回復させて次の試合に合わせていくのが、すごく大変。でも、今はちょっとずつ慣れてきているし、フィジカルコーチとかとも相談しながら、いろいろ調整しながらやっている。このリーグに適応するために何が必要なのか、このチームでもっと自分が活きるためには、どうすればいいかを考えてた。今までもそうやってきたし、適応できる自信があるので、それを信じてやっていく」と、手探り状態にあった。しかし、その後も低調なままで、一部のフランスメディアからは今季のワースト補強と酷評された。迎えたワールドカップでは決勝トーナメント初戦のクロアチア戦でPKを外して敗退、本人曰く「人生最悪の日」となり、さらにリーグ戦では18試合の出場に留まり、散々なシーズンとなった。
2023-24シーズン、監督にザルツブルク時代の恩師であるアドルフ・ヒュッターが就任し、セカンドトップやトップ下、サイドハーフで起用された。8月8日のバイエルン戦では先制ゴールを挙げ、アーセナルFC戦も含めてプレシーズンマッチから活躍し、シーズン開幕戦のクレルモン・フット戦で3-4-2-1の右シャドーとして開幕スタメン入りを果たした。1点ビハインドの前半26分、同点ゴールをアシスト。さらには70分にウィサム・ベン・イェデルの勝ち越しゴールを演出した。シーズン前半戦でゴールに繋がった一連のプレーに関与した回数は13回でチーム内最多だった。シーズン後半戦も戦術的な中心選手として君臨し、23節RCランス戦には右サイドハーフで起用され2-2の状況で後半アディショナルタイムに決勝点を決めた。フランスサッカーメディア『SO FOOT』は「モナコが徐々に崩壊し、ランスに完全に追い詰められるところまでいったが、南野のおかげで最後の瞬間に立ち直った」 と評した。最終的にリーグ戦で9得点6アシストを記録、アシスト数はアレクサンドル・ゴロビンと並んでチーム内最多タイ、前年の成績を大幅に上回った。またリーグ戦で3度、1得点1アシスト以上を記録したのは、南野とエムバペ、オーバメヤンの3人のみである。チームは2位で来シーズンのチャンピオンズリーグ本戦出場権を6季振りに獲得した。前年にワースト選手に選ばれた立場から、中心選手へと這い上がり進化した姿をみせた。
2024-25シーズン、開幕直前の8月12日親善試合FCバルセロナ戦で先発出場し、アシストを決め3-0の勝利に貢献した。また同大会のバルセロナの13連覇を阻んだ。迎えた開幕戦で先発フル出場し、ループシュートで1得点を決め1-0の勝利の立役者となった。CL初戦のFCバルセロナ戦で開始10分、相手ペナルティエリア手前でパスカットしたところを相手に倒され一発退場を誘発、2-1の勝利に貢献した。CL第3戦のレッドスター戦では、トップ下のポジションでフル出場し2得点、1アシストで5-1の勝利に貢献した。CL週間ベストイレブンに選出された。また、香川真司以来の日本人史上2人目のCLにおける1試合2得点を記録した他、同選手が記録した日本人CL通算最多得点記録(4得点)に並んだ。リーグ戦では欧州CLに出場するチームの過密日程に対応するためフル出場しない事も多かった。また退場者を出すなどモナコの不安定な試合運びもあり、ペナルティエリア付近のプレーよりも守備に関わることが多くなった。第22節では60分間で4ゴールに絡んだ。欧州CLの決勝トーナメント進出をかけたプレーオフのSLベンフィカ戦で得点を決めて日本人選手歴代最多得点記録(5得点)を樹立した。第33節リヨン戦ではドリブルから先制点を決めた。チームは3位以内を確定し、来季のチャンピオンズリーグ本戦出場権を獲得した。
2025-26シーズン、欧州CLでは自身が持つ日本人選手歴代最多得点記録を更新。リーグアン第14節、昨年度欧州CL王者のパリ・サンジェルマンFC戦では、トップ下で先発出場し、守備での大きな貢献と決勝点を決め1-0の勝利に貢献した。欧州CLのガラタサライ戦では、UEFA公式から「南野はチームのほぼすべてのチャンスに関与し、決定的なパスや賢い走り込みを披露。彼の闘志がチームの攻撃の強度を支えた」と称賛されプレイヤー・オブ・ザ・マッチに選出された。
2009年、U-15日本代表に選出され、AFC U-16選手権2010・予選グループリーグに出場。フィリピン戦でハットトリックを達成した。2010年のAFC U-16選手権2010ではベスト4まで勝ち進み、5得点を挙げて大会得点王となった。2011年、FIFA U-17ワールドカップを前にFIFA公式サイト上で「Japan's lethal weapon(日本の最終兵器)」と題した特集が組まれ、U-17日本代表のエースとして期待された。大会前から不調に陥り、自身は1得点に終わったが、チームは自国開催だった1993年大会以来となる18年ぶりのベスト8進出を果たした。
2014年1月、ベトナムで開催されたU-19日本代表で出場したヌティフードカップで大会MVPを獲得。同年4月、日本代表候補トレーニングキャンプに初参加。2014 FIFAワールドカップ日本代表メンバーからは落選し、小野伸二以来となる10代でのW杯日本代表入りは叶わなかったが、同予備登録メンバーに選出された。10月に出場したAFC U-19選手権では4試合4得点と気を吐いたが、勝てば2015 FIFA U-20W杯出場権獲得となる北朝鮮戦で、自らのPK失敗により敗退が決まった。
2015年10月の2018年ロシアW杯アジア2次予選・シリア戦とイラン戦のメンバーに選ばれ、日本代表初選出となった。10月13日、イランとの親善試合で代表初出場を果たした。
2016年、リオ五輪の予選も兼ねたAFC U-23選手権2016のメンバーに選出された。グループリーグ第3戦のサウジアラビア戦では右サイドからドリブル突破して井手口陽介の得点をアシスト。U-23日本代表は決勝まで駒を進めたが、所属クラブからの帰還要請により決勝を前にチームから離脱した。リオデジャネイロオリンピックのメンバーに選出され、8月4日の初戦ナイジェリア戦では、同点ゴールを決めるも4-5の打ち合いの末に敗戦した。グループリーグでは3試合全てに出場したが、チームはグループリーグ敗退となった。
2018年9月11日、キリンチャレンジカップのコスタリカ戦で日本代表初ゴールを決めた。10月12日、パナマ戦で前半42分に先制点を挙げ2試合連続ゴールを記録。10月16日、ウルグアイ戦で12分に先制点、66分に4点目となる追加点を挙げて3戦連発を記録。代表監督が新体制(森保一)となって初陣から3戦連発はJリーグ発足後に限り、1997年の呂比須ワグナー(岡田武史)、2015年の岡崎慎司(ヴァイッド・ハリルホジッチ)に次ぐ史上3人目。
2019年1月、AFCアジアカップ2019のメンバーに選出された。準決勝のイラン戦では、後半11分にスルーパスに反応した南野と相手DFが交錯して転倒。イランの選手はすぐにプレーを止め、主審に向かってノーファールと南野のシミュレーションをアピールした。しかし、主審は笛を吹いておらずプレーを流しており、南野はすぐに起き上がるとボールを追いかけシュートをしそのボールがゴールネットを突き刺した。このゴールのほかにもPK獲得やアシストをし、この試合すべての得点に絡んだ。決勝戦のカタール戦ではゴールを挙げるも、1-3で敗れて準優勝となった。
2021年6月、2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選のタジキスタン戦で、日本代表史上初のワールドカップ予選開幕からの7戦連続ゴールを達成した。これでW杯2次予選開幕から7試合連続ゴールとなり、2016年に本田圭佑がマークした出場7試合連続得点の記録に並ぶ歴代最長得点を記録したが、クラブ事情によりチームを離脱することになった。結局次戦のアジア最終予選・サウジアラビア戦では得点できず、記録は7でストップした。
最終予選では第1節、第2節を除く全8試合に出場(スタメン7試合、交代出場1試合)。所属クラブが2019年に世界一になった強豪リヴァプールであったことや、2次予選で主力として活躍したことから大きな期待がされたが、得点数・アシスト数共に1、決定機逸数がチーム内でワースト1位になった。
2022年11月1日、カタールW杯に臨む日本代表に背番号10で選出された。クラブや代表での低調なパフォーマンスからW杯メンバーから落選するのではないかとメディアなどから声があった中での選出だった。グループリーグ第1戦のドイツ戦では、森保監督によって途中出場で堂安律と共に2シャドーで起用されたことで好機を創出し、自身のシュートをマヌエル・ノイアーがはじいた流れから、堂安が得点を決めた。森保ジャパン発足以降練習試合を含めて一度も披露されなかったフォーメーションの中で、途中出場した全選手が得点に絡むなどチームメイトと共に久々にプレーに輝きを取り戻した。
決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦でも途中出場。試合は延長戦の末PK戦となり、森保監督がキッカーの立候補を促したが、5秒間誰も手を挙げず南野が1番手に名乗りをあげた。しかし、そのPKはドミニク・リヴァコヴィッチに防がれ、その後の三笘薫、吉田麻也のPKも防がれチームは敗退を喫した(ワールドカップのPK戦での3回のセーブは、史上3人目、ドミニクは準々決勝のブラジル戦でもPK戦を制した)。その後、森保監督から「PK、1番に蹴ってくれてありがとう。大変な役回りになったけど、嫌な顔一つせず、チームを支えてくれてありがとう」と声をかけられ、日本代表のYouTubeチャンネルでロッカールームで下を向く南野に長友佑都が「ありがとうタキ。お前、勇気があるな」「勇気あるな、マジで。俺は蹴れん。マジありがとう」と声をかける姿が映っている。
その後は代表に招集されない事が続いていたが、2023年10月4日、カナダ及びチュニジアとの親善試合に臨む日本代表メンバーに選出され、カタールW杯以来の約10ヶ月振りの代表復帰となった。
2024年1月1日に行われたタイとの強化試合では、後半途中から出場。試合終盤に訪れたGKとの1対1のチャンスを逸すも、その直後にゴールを挙げ、約2年ぶりの代表での得点となった。
2024年1月14日に行われたベトナムとのAFCアジアカップ2023初戦では2ゴール1アシストに加えて献身的な守備を見せ、勝利に大きく貢献した。各メディアやファン投票でもMVPに選ばれ「タッキタキ」「主軸はこの男。2022年のワールドカップの後、彼は終わったかに思えた。しかし、キーパーソンになれる事を証明し、競争に火をつけた。」「守備でも抜群の存在感を発揮。高い位置でのボール奪取に貢献し、走り続けた。」と評された。
2026年北中米W杯アジア最終予選、中国との初戦では、2シャドーの一角で起用されファーサイドに決めるスーパーゴールなど、相手DF陣を翻弄する狭いスペースでのドリブル突破で2得点を決め、この試合の最優秀選手に選ばれた。11月のインドネシア戦で、得点を決め歴代10位となる代表Aマッチ通算24点目を記録した。
2025年10月14日に行われたブラジル戦では、キャプテンの遠藤航や副キャプテンを務めることの多かった板倉滉らが怪我で離脱していた中、キャプテンとして出場。2-0のビハインドから後半に1点目を決め、3-2の逆転勝利に貢献した。その後11月14日のガーナ戦でもキャプテンを務めており、1ゴールを獲得している。
2026年北中米W杯においては、前年の12月に負った左膝前十字靭帯損傷の大怪我からの回復が期待されたが、間に合わず2大会連続のメンバー入りは叶わなかった。しかし森保監督はこれまでの南野の代表への貢献度を高く評価し、南野自身も「どういう形であれチームと戦いたい」という強い思いを持っていたことから、メンバー外ではありながらもメンターとしてチームに帯同することが決定。現地時間の6月8日、ベースキャンプ地のアメリカ・ナッシュビルでチームに合流した。結果的に日本代表はラウンド32でブラジルに敗れたが、サポートプレーヤーとして同じく帯同していた吉田麻也と共にチームを支えた。
ポジションはセカンドトップや4-2-3-1などのウインガーであり、高い献身性や前線での判断力、守備力、鮮明で創造的なパス、狭いスペースでの素速さ、長距離でのスピードに長けている。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「まだ始まりにすぎない」
出典:FOOTBALL ZONE 2026年10月16日
「僕もチームにパワーを与えながらチームメートもみんな僕に、結構ジムとかで声をかけてくれたりする。それは僕自身望んでいた環境。」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月3日
「タキは復帰間近」
「パリSG戦のメンバーに彼を加えたのは、チームの一員として完全に関わっているという感覚を味わい、ウォーミングアップに参加できるようにしたかったからだ。チームメートも彼をとても気に入っているので、さらに良いエネルギーが生まれている」
「彼は非常に賢い選手でどの攻撃ポジションでもプレーできる。ゲームの理解力も非常に高いが、10番の位置、インサイドハーフ、あるいはセカンドトップのような、ピッチの中央でプレーするのが最適だと思う。」
出典:毎日新聞デジタル 2026年9月11日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 2012 | 17 | J1リーグ | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | 4 | 0 | |
| 2013 | 18 | J1リーグ | 29 | 5 | 1 | 0 | 8 | 3 | — | — | — | — | 38 | 8 | |
| 2014 | 19 | J1リーグ | 30 | 2 | 1 | 1 | 2 | 2 | 7 | 2 | — | — | 40 | 7 | |
| 通算 | 62 | 7 | 3 | 1 | 10 | 5 | 7 | 2 | — | — | 82 | 15 | |||
| 2014-15 | 19 | オーストリア・ブンデスリーガ | 14 | 3 | 2 | 0 | — | — | 1 | 0 | — | — | 17 | 3 | |
| 2015-16 | 20 | オーストリア・ブンデスリーガ | 32 | 10 | 6 | 2 | — | — | 2 | 1 | — | — | 40 | 13 | |
| 2016-17 | 21 | オーストリア・ブンデスリーガ | 21 | 11 | 5 | 3 | — | — | 5 | 0 | — | — | 31 | 14 | |
| 2017-18 | 22 | オーストリア・ブンデスリーガ | 28 | 7 | 4 | 1 | — | — | 12 | 3 | — | — | 44 | 11 | |
| 2018-19 | 23 | オーストリア・ブンデスリーガ | 27 | 6 | 5 | 3 | — | — | 13 | 5 | — | — | 45 | 14 | |
| 2019-20 | 24 | オーストリア・ブンデスリーガ | 14 | 5 | 2 | 2 | — | — | 6 | 2 | — | — | 22 | 9 | |
| 通算 | 136 | 42 | 24 | 11 | — | — | 39 | 11 | — | — | 199 | 64 | |||
| 2019-20 | 24 | プレミアリーグ | 10 | 0 | 3 | 0 | — | — | 1 | 0 | — | — | 14 | 0 | |
| 2020-21 | 25 | プレミアリーグ | 9 | 1 | 1 | 0 | 2 | 2 | 4 | 0 | 1 | 1 | 17 | 4 | |
| 2021-22 | 26 | プレミアリーグ | 11 | 3 | 4 | 3 | 5 | 4 | 4 | 0 | — | — | 24 | 10 | |
| 通算 | 30 | 4 | 8 | 3 | 7 | 6 | 9 | 0 | 1 | 1 | 55 | 14 | |||
| 2020-21 | 25 | プレミアリーグ | 10 | 2 | — | — | — | — | — | — | — | — | 10 | 2 | |
| 2022-23 | 27 | リーグ・アン | 18 | 1 | 1 | 0 | — | — | 6 | 0 | — | — | 25 | 1 | |
| 2023-24 | 28 | リーグ・アン | 30 | 9 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 31 | 9 | |
| 2024-25 | 29 | リーグ・アン | 31 | 6 | 2 | 0 | — | — | 9 | 3 | 1 | 0 | 43 | 9 | |
| 2025-26 | 30 | リーグ・アン | 15 | 3 | 1 | 0 | — | — | 5 | 1 | — | — | 21 | 4 | |
| 通算 | 94 | 19 | 5 | 0 | — | — | 12 | 4 | 1 | 0 | 120 | 23 | |||
| キャリア通算 | 332 | 74 | 40 | 15 | 17 | 11 | 74 | 17 | 3 | 1 | 462 | 118 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
日本 としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 2015 | 19 | 2 | 0 | |
| 2018 | 22 | 5 | 4 | |
| 2019 | 23 | 15 | 7 | |
| 2020 | 24 | 4 | 1 | |
| 2021 | 25 | 9 | 4 | |
| 2022 | 26 | 12 | 1 | |
| 2023 | 27 | 4 | 0 | |
| 2024 | 28 | 14 | 7 | |
| 2025 | 29 | 8 | 2 | |
| 通算 | 73 | 26 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2004〜2007 | 8 | ゼッセル熊取FC |
| 2007〜2009 | 11 | |
| 2010〜2012 | 14 | セレッソ大阪U-18 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 2012〜2014 | 16 | 62 | 7 | |
| 2015〜2019 | 19 | 136 | 42 | |
| 2020〜2022 | 24 | 30 | 4 | |
| 2021 | 25 | 10 | 2 | |
| 2022〜 | 26 | 98 | 16 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2009〜2012 | 13 | |
| 2011〜2014 | 15 | |
| 2015〜2016 | 19 | |
| 2015〜 | 19 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2012 | 17 | セレッソ大阪U-18 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2015-01 | 19 | 完全移籍 | 1.4億円 € 800K | |||
| 2020-01 | 24 | 完全移籍 | 15.1億円 € 8.5M | |||
| 2021-02 | 26 | 期限付き移籍 | — | |||
| 2022-07 | 27 | フリー移籍 | — |
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
報道・公開資料に載った年俸を、その媒体・日付とともに掲載しています(当サイトの推定ではありません)。基本給・ボーナス・肖像権収入の扱いは情報源により異なります。出典が確認できない値は掲載しません。
| 時期 | 年齢 | 所属 | 年俸 (報道値) | 備考 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2026-27 | 31 | 8.3億円 €4.5m(SalaryLeaksのモナコ一覧に掲載された年俸(Annual)€4.5M。週給€86,500も併記。基本給でボーナス(+€900,000)は除く。)/1ユーロ=185円で換算 | SalaryLeaks 2026年9月14日 |
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| アレクサンドル・ゴロヴィン | 2022〜2026 | 5 | ||
| クリストフ・ライトゲープ | 2014〜2018 | 5 | ||
| フォラリン・バログン | 2022〜2026 | 5 | ||
| モハメド・サリス | 2020〜2026 | 5 | ||
| ヴァンデルソン・ジ・オリヴェイラ・カンポス | 2022〜2026 | 5 | ||
| アンドレ・ラマーリョ・シルバ | 2014〜2019 | 4 | ||
| カイオ・エンヒキ・オリヴェイラ・シウヴァ | 2022〜2025 | 4 | ||
| デニス・ザカリア | 2023〜2026 | 4 | ||
| エリース・ベン・セギル | 2022〜2025 | 4 | ||
| 黄喜燦 | 2015〜2019 | 4 | ||
| マグネス・アクリウシュ | 2022〜2025 | 4 | ||
| ママドゥ・クリバリ | 2023〜2026 | 4 | ||
| フィリップ・ケーン | 2019〜2025 | 4 | ||
| サディオ・マネ | 2014〜2021 | 4 | ||
| ティロ・ケーラー | 2023〜2026 | 4 | ||
| ザヴェル・シュラーガー | 2015〜2018 | 4 | ||
| アマドゥ・ハイダラ | 2016〜2018 | 3 | ||
| アンドリュー・ロバートソン | 2019〜2021 | 3 | ||
| アドリアン・サン・ミゲル・カスティージョ | 2019〜2021 | 3 | ||
| アリソン・ラムセス・ベッカー | 2019〜2021 | 3 |
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| ランコ・ポポヴィッチ | 2014年1月〜2014年6月 | |
| 大熊裕司 | 2014年9月〜2014年12月 | |
| ユルゲン・クロップ | 2015年10月〜2024年5月 | |
| 西野朗 | 2018年4月〜2018年7月 | |
| 森保一 | 2018年8月〜 | |
| アドルフ・ヒュッター | 2023年7月〜 | |
| アディ・ヒュッター | 2023年7月〜 |
日本語名を確認できない監督 8 人は掲載していません。
英語の記録名しか確認できないもの(8件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
代表チームで獲得したメダルです(銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| AFCアジアカップ | 銀 2019 |
|---|
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
英語の記録名しか確認できないもの(1件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「南野拓実」(版 111337616)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
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