エミリアーノ・マルティネス

SOCCERPEDIA / 選手ページ / アルゼンチンのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

アルゼンチンエミリアーノ・マルティネス(Emiliano Martínez、1992年9月2日生)は、アルゼンチン出身のサッカー選手。ポジションはGK(ゴールキーパー)、2026年からチェルシー(プレミアリーグ)に所属、背番号は23。アルゼンチンでは2021年から通算70試合0得点を記録している。クラブでは公式戦通算362試合0得点(2011-12 シーズン以降)。クラブ・代表で通算9個のタイトルを獲得、個人賞は26回。

ダミアン・エミリアーノ・マルティネス・ロメロ(Damián Emiliano Martínez Romero, 1992年9月2日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州マル・デル・プラタ出身のサッカー選手。プレミアリーグ・チェルシー所属。アルゼンチン代表。ポジションは、ゴールキーパー。

クラブ経歴

アーセナル

CAインデペンディエンテのユースチームでプレーを始めた。2009 南米U-17選手権での活躍がアーセナルFCのスカウトの目にとまり、2009年4月にアーセナルが50万ユーロ弱で保有権の65%を買い取った。

2012年5月、リーグ2のオックスフォード・ユナイテッドFCにローンで加入。リーグ1昇格に成功した場合、ローンが延長される契約を結んでいたが、昇格を逃したことでアーセナルに復帰した。

アーセナル復帰後もマヌエル・アルムニア、ウカシュ・ファビアンスキ、ヴォイチェフ・シュチェスニー、ヴィト・マンノーネら同ポジションのライバルが多くいる状態で、12月26日のキャピタル・ワン・カップ・コヴェントリー・シティFC戦がシーズンにおける唯一の出場記録となった。

2017-18シーズンはヘタフェCFに期限付き移籍したが、全7試合の出場に終わり、後年、ヘタフェ移籍を最悪と評した。

2019-20シーズンはペトル・チェフが現役を退いたためアーセナルに復帰し、守護神のベルント・レノのバックアッパーとしてプレーしていたが、そのレノが負傷で離脱すると正GKとしてプレー。FAカップ決勝でも先発出場し、優勝した。

アストン・ヴィラ

2020-21シーズン、前シーズンの活躍から正GKとしての活躍が期待されたがミケル・アルテタ監督との話し合いで出場機会の確約を得られず、2020年9月16日、アストン・ヴィラFCへ4年契約で完全移籍することが発表された。9月21日、プレミアリーグ第1節シェフィールド・ユナイテッド戦で初出場し、ジョン・ランドストラムのPKをセーブし1-0の勝利に貢献。怪我で戦列を離れていた守護神トム・ヒートンからポジションを奪い全38試合に出場しリーグ2位となるセーブ率76.8%を記録。また、シュートセーブ数3位(15本)、防いだゴール数では2位(9.71点)に輝く。さらに、ブラッド・フリーデルが記録した数字に並び、クラブタイのシーズン15クリーンシートを記録した。

2022年1月21日、2027年夏までアストン・ヴィラとの契約を延長したことが発表された。

2022年4月1日、アストン・ヴィラのプレイヤーとしてプレミアリーグ100試合出場となったプレミアリーグ第29節、チェルシー戦に2-0でクリーンシートでの勝利に貢献。この試合でマーク・ボスニッチ、ブラッド・フリーデルら持っていた100試合33クリーンシートを塗り替えクラブ史上最速の100試合での34クリーンシートを達成。

2022年7月27日、ジョン・マッギンのゲームキャプテン就任に伴いジエゴ・カルロスと共に副キャプテンを務める事がクラブより発表された。

2023年2月9日、FIFA最優秀GK賞最終候補の3名にティボ・クルトゥワ、ヤシン・ブヌと共に選出される。2月27日、ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズにてFIFA最優秀GK賞を受賞。2023年10月30日、自身初となるヤシン・トロフィーを受賞。

2024年8月21日、マルティネスはアストン・ヴィラと新たな長期契約を締結し、契約期間は2029年までとなった。

2024年10月29日、アワード創設以来初の2年連続でのヤシン・トロフィーを獲得。

アウェイ、ノッティンガム・フォレスト戦でゴールライン上で自分の横を通り過ぎたニコラス・ドミンゲスのヘディングシュートを、背後に手を伸ばして叩き出して止めるビックセーブを披露、このプレーで自身初となるプレミアリーグ月間最優秀セーブ賞を受賞した。なお、このセーブは2024-25シーズンの年間最優秀セーブ賞に選出された。シーズン最終節、マンチェスター・ユナイテッド戦でペナルティエリア外でラスムス・ホイルンドへのタックルにより、レッドカードを受け退場となった。

2025年11月、アストン・ヴィラの監督ウナイ・エメリは、マルティネスから副キャプテンの役職を剥奪し、その役割をエズリ・コンサに与えたことを認めた。エメリは、マルティネスと話し合いをしたと述べた以外、詳細は明かさなかったが、この決定は、前夏の移籍市場でマルティネスがヴィラからの移籍を画策したものの実現しなかったことと関係しているのではないか、という憶測もあった。

チェルシー

2026年8月30日、チェルシーFCへ3年契約で完全移籍することが発表された。8月30日、プレミアリーグ第2節ブライトン戦で初出場した。

代表経歴

代表経歴

U17年代からアルゼンチン代表に選出されている。2011年6月、A代表初招集。2021年、コパ・アメリカ2021のメンバーに選出。この大会以降、代表の正GKに定着する。準決勝のコロンビア戦のPK戦で相手3人のキックをセーブして決勝進出に貢献、決勝ではブラジルに勝利して優勝した。

2022 FIFAワールドカップ準々決勝のオランダ代表戦のPK戦では1人目のキッカー、フィルジル・ファン・ダイク、続くステフェン・ベルハイスのキックもセーブしベスト4進出に貢献。フランス代表との決勝戦では延長後半ロスタイムにコロ・ムアニの決定機をセーブ。PK戦にもつれこみ、2人目のキッカーキングスレイ・コマンのキックをセーブし優勝に貢献。アルゼンチン人として初の大会最優秀ゴールキーパーに送られるゴールデングローブ賞に選出された。

人物像

エピソード

愛称のディブ(Dibu)は90年代のテレビシリーズ「Mi familia es un dibujo(略してDibu)」が主人公が赤毛でソバカスで当時のマルティネスに似ていたため、CAインデペンディエンテ時代のチームメイトによって名付けられた。

貧しい家庭に育ち、父親からは安いGKグローブしか買い与えてもらえなかった。それを周囲から嘲笑されたこともあったが、そのグローブに誇りを持ち、その意志でトップレベルにまで到達した。

父は港湾労働者として地域一帯に魚を配達する配達員、母はアパートの掃除婦として懸命に働いて、兄弟2人を養った。それでもサッカーに必要なスパイクやウェアを買う経済的余裕がないこともあり、彼は「両親にどれほど負担をかけているか」を目の当たりにしていた。父親は「試合に行くお金がないこともあったよ。お金があれば、もう少し肉を買ったり、電気代やガス代を支払った方がよかったから、彼(エミリアーノ)が子供の頃はスタジアムに連れていけないこともあったんだ。いまユニフォームを着ている息子を目にすると目に涙が浮かぶよ。」と話している。

アーセナルのトライアルを受けた16歳のマルティネスは、家族と離れることへの怖さと欧州への挑戦は国内で経験を積んだ後で良いと考えており、トライアルを受けるだけでアーセナルと契約はせず、インデペンディエンテと契約延長するつもりでいたがトライアルから1週間経たないうちにアーセナルから契約オファーが届いた。しかし、兄と母親からは渡英を引き留められるが、生活費を払えずに泣いている父親や、子供のために食事を我慢している両親の姿を見てきたエミリアーノは、家族を養うため「イエス」と返答した。移籍後も最初の数年は公式戦に出場することは出来なかったが、18歳の時に「欧州に行って手ぶらで帰るような選手にはなりたくない、何も成し遂げていないうちは母国に帰らない」と母親に宣言したという。

アーセナルに移籍した当初は英語がわからず周囲と馴染めなかったが、それを手助けしてくれる者もいなかったと回顧している。こういった経験から、自身と同様に若くして渡英した南米出身のガブリエウ・マルティネッリやルーカス・トレイラなどには積極的に手助けするように心がけていると語った。

2010年の加入から2019年まで、アーセナルでのプレミアリーグ出場はわずか6試合でキャリアの大半をオックスフォード・ユナイテッド、シェフィールド・ウェンズデイ、ロザラムへのローン移籍生活だった。なお、イングランドでのデビュー戦は4部リーグで0-3の敗北に終わった。これらのクラブからウォルバーハンプトン・ワンダラーズに移籍したが、そこで怪我に見舞われ、スタメンの座を失い、翌年スペインのヘタフェに移籍したが、ほとんど出場機会がなく、この時はメンタルヘルスも悪く、25歳にして引退を考えたという。「それほどまでに落ち込んでいた」と語っている。

2018年より、PUMAとスポンサー契約を締結。その後、現在に至るまでアディダスとスポンサー契約を締結し、GKグローブやスパイクなどサポートを受ける。

2017年、幼なじみの「アマンダ "マンディーニャ"(旧姓ガマ)」と結婚し、息子のサンティと娘のアヴァを儲けている。ちなみにマルティネス曰く、「5歳の息子はJJような Brummie(バーミンガムアクセント)を話すよ」と語っている。

2022年、上述の通りFIFAワールドカップでアルゼンチン代表が優勝し、自身もゴールデングローブ賞を獲得する活躍を見せたが、試合後のセレモニー、その後のロッカールーム、母国での優勝パレードで見せた行為が物議を醸した。

2024-25シーズン より、背番号1から23に変更、マルティネスは「代表チームで23を背負ってすべてのトロフィーを獲ってきた。それに(23は)息子が生まれた日なんだ。ヴィラやファンにトロフィーを持ち帰るよ。あと、実は僕は迷信深いんだ。だからこの僕と僕の家族にとってのスペシャルナンバーである23番に変えたんだ。」と背番号を変えた理由を語った。

もし、サッカー選手になっていなかったら何になっているかという質問には「魚屋」と答えている。

2026年5月20日、アストン・ヴィラにとって1982年の欧州カップ決勝以来44年ぶりとなる欧州主要大会でのタイトル獲得となったヨーロッパリーグ決勝の試合後のインタビューで「今日、ウォームアップ中に指を骨折してしまった。でも僕にとって、悪いことには必ず良い面がある。人生ずっとそうやってきて、これからもそうするつもりだ。心配すべきか? まあ、指を折ったのは初めてだ。ボールをキャッチする度に、指が逆方向に曲がってしまった。だが、こうしたことは乗り越えなければならないもので、アストン・ヴィラを守れることを誇りに思うよ」と骨折していたことを明かした。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(4件)
2026年10月23日監督評シャビ・アロンソ(監督)/公式インタビュー
チェルシーのシャビ・アロンソ監督が、エヴァートン戦であごを骨折し手術を受けたエミリアーノ・マルティネスの回復状況についてコメント。監督は数カ月の離脱ではなく数週間での復帰を示唆し、本人の回復状況は予想以上に順調であることを明かした。一方、代役として出場したペンダースにも高い評価を示し、ベルギー出身で左利きという点でティボー・クルトワとの共通点を指摘するなど、今後の活躍に期待を寄せている。
「状態は良くなっている。手術を終え、日を追うごとに回復しているけど、まだ様子を見る必要がある」
「数週間はかかるだろう。できるだけ早く戻ってきてほしいところだけど、今は待つしかない。」

出典:サッカーキング 2026年10月24日

2026年10月18日本人コメントエミリアーノ・マルティネス(本人)/本人SNS
チェルシーのGKエミリアーノ・マルティネスが、エバートン戦で負った頭部の重傷に伴う手術を受けた後、日曜朝に自身のSNSへ投稿したメッセージ。病院着姿で、ファンから寄せられた激励への感謝を伝えた。自身の負傷よりもチームが勝利して無失点を守れたことを重視する姿勢をにじませ、数週間での復帰に意欲を見せた。手術の詳しい内容については明かしていない。
「皆さんのメッセージに感謝します。手術はうまくいきました。」
「一番大事なのは、僕らが勝って無失点で終えられたことです。数週間後には戻ります。」

出典:The Guardian Football 2026年10月18日

2026年10月17日監督評シャビ・アロンソ(監督)/試合後会見
チェルシーがエバートンのホームで勝利した試合の直後、アロンソ監督が試合後のインタビューでGKマルティネスの容態を説明した。後半65分ごろ、相手DFブランスウェイトと頭部と顎で激しく衝突し、約10分間試合が止まって担架で退場していた。監督は検査結果を待つ段階だと慎重に述べた。試合内容では、チームのメンタリティと効率の良さ、勝利に値する内容を評価した。チェルシーは2連勝で暫定4位、勝ち点13となった。
「彼は意識がある状態でスタジアムを出て、いまは病院で検査を受けている。」
「現時点で私が知っているのはそれがすべてだ。」

出典:MARCA 2026年10月17日

2026年10月6日移籍時の声明エミリアーノ・マルティネス(本人)/公式インタビュー
アストン・ビラからチェルシーへの移籍が決まり、ベナン戦を前にしたアルゼンチン代表の取材で応じたマルティネスの発言。2024年のワールドカップ決勝でスペインに敗れた精神的な痛手が移籍の大きなきっかけとなったことを明かした。新天地チェルシーでの状況に満足している一方、メッシの代表引退による代表チームへの影響についても語り、チームの今後への不安と期待が入り混じった心境を示した。
「気持ちをリフレッシュするためにクラブを変えようとしたし、実際にそれはうまくいった。ここ[チェルシー]に来て、それは自分がしたことの中で最高の決断だった。」
「彼が抜ければ大きな穴が空く。それでも、ここには確かな個性を持った選手たちがいる」

出典:Goal.com 日本語版 2026年10月7日

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1リーグカップ2大陸大会3その他4シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
イングランドアーセナル2011-1218プレミアリーグ00000000——00
2012-1319プレミアリーグ00002000——20
2013-1420プレミアリーグ00——0000——00
2014-1521プレミアリーグ400000200060
2015-1622プレミアリーグ00——————0000
2016-1723プレミアリーグ20003000——50
2018-1925プレミアリーグ00000010——10
2019-2026プレミアリーグ90602060——230
2020-2127プレミアリーグ00——————1010
通算15060709010380
イングランドオックスフォード・ユナイテッド*2011-1218リーグ・ツー*10————————10
イングランドシェフィールド・ウェンズデイ2013-1420チャンピオンシップ11040——————150
ロザラム・ユナイテッド*2014-1521チャンピオンシップ80————————80
ウォルバーハンプトン・ワンダラーズ*2015-1622チャンピオンシップ1300020————150
スペインヘタフェ2017-1824ラ・リーガ5020——————70
イングランドレディング2018-1925チャンピオンシップ180————————180
イングランドアストン・ヴィラ2020-2127プレミアリーグ3800000————380
2021-2228プレミアリーグ3601000————370
2022-2329プレミアリーグ3600010————370
2023-2430プレミアリーグ3403000100——470
2024-2531プレミアリーグ3704000120——530
2025-2632プレミアリーグ3201000110——440
通算21309010330——2560
イングランドチェルシー2026-2733プレミアリーグ400000————40
キャリア通算2880210100420103620

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

アルゼンチン としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
202128140
202229120
202330100
202431130
20253280
202633130
通算700

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

所属チーム

ユース

期間年齢チーム出場得点
2008〜201015アルゼンチンインディペンディエンテ——
2010〜201217イングランドアーセナル00

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は代表戦の合計です(大会別の内訳は「個人成績」の表)。

クラブ

期間年齢チーム出場得点
2012〜202019イングランドアーセナル150
201219イギリスオックスフォード・ユナイテッド10
2013〜201420イングランドシェフィールド・ウェンズデイ110
201522イングランドロザラム・ユナイテッド80
2015〜201622イギリスウルヴァーハンプトン——
2017〜201824スペインヘタフェ50
201926イングランドレディング180
2020〜202627イングランドアストン・ヴィラ2170
2026〜33イングランドチェルシー60

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。

代表

期間年齢チーム
200916アルゼンチンアルゼンチン U-17
2009〜201116アルゼンチンアルゼンチン U-20
2021〜28アルゼンチンアルゼンチン

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
201017パナマインディペンディエンテイングランドアーセナル移籍—下部組織への移籍
形態・移籍金は未確認
2012-0519イングランドアーセナルイングランドオックスフォード・ユナイテッド期限付き移籍—
2013-1021イングランドアーセナルイングランドシェフィールド・ウェンズデイ期限付き移籍—
2015-0322イングランドアーセナルイギリスロザラム・ユナイテッド期限付き移籍—
2015-0822イングランドアーセナルウルヴァーハンプトン期限付き移籍—
2017-0824イングランドアーセナルスペインヘタフェ期限付き移籍—
2019-0126イングランドアーセナルイングランドレディング期限付き移籍—
2020-0927イングランドアーセナルイングランドアストン・ヴィラ完全移籍32.8億円
€ 18.5M
2026-0833イングランドアストン・ヴィライングランドチェルシー完全移籍15.9億円
£7,500,000
移籍金は英語版 Wikipedia のシーズン記事による

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

共にプレーした選手

同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
アーセン・ヴェンゲルイングランドアーセナル1996年9月〜2018年5月
ホセ・ボルダラススペインヘタフェ2016年9月〜2021年5月
ウナイ・エメリイングランドアーセナル2018年5月〜2019年11月
リオネル・スカローニアルゼンチンアルゼンチン代表2018年8月〜
フレドリック・ユングベリイングランドアーセナル2019年11月〜2019年12月
ミケル・アルテタイングランドアーセナル2019年12月〜
ウナイ・エメリイングランドアストン・ヴィラ2022年11月〜
エンツォ・マレスカイングランドチェルシー2024年6月〜

日本語名を確認できない監督 7 人は掲載していません。

タイトル

クラブ

アーセナル

代表

アルゼンチン代表

個人

英語の記録名しか確認できないもの(15件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(金3・銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

FIFAワールドカップ金 2021 ブラジル金 2022 カタール金 2024 アメリカ銀 2026 カナダ・メキシコ・アメリカ

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「エミリアーノ・マルティネス」(版 111002773)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. API-Football(移籍データ)、2026年10月22日 取得 https://www.api-football.com/
  2. API-Football(選手・監督データ)、2026年10月25日 取得 https://www.api-football.com/
  3. Goal.com 日本語版、2026年10月7日、2026年10月7日 取得 https://www.goal.com/jp/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88/%E3%81%A8%E3%81%A6%E3%82%82%E3%81%A4%E3%82%89%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F-%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8E-%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%81%8B%E3%82%99%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3-%E3%83%92%E3%82%99%E3%83%A9%E3%81%8B%E3%82%89%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%81%B8%E3%81%AE750%E4%B8%87%E3%83%9B%E3%82%9A%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%99%E3%81%AE%E8%A1%9D%E6%92%83%E7%A7%BB%E7%B1%8D%E3%81%AE%E8%A3%8F%E3%81%AB%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%82%B2%E3%81%97%E3%81%BF%E3%82%92%E6%98%8E%E3%81%8B%E3%81%99/blt8620506470bfb686
  4. MARCA、2026年10月17日、2026年10月18日 取得 https://www.marca.com/futbol/2026/10/17/xabi-alonso-tranquiliza-sobre-dibu-salio-consciente-esta-haciendose-pruebas-hospital.html
  5. The Guardian Football、2026年10月18日、2026年10月18日 取得 https://www.theguardian.com/football/live/2026/oct/18/manchester-united-feeling-the-heat-as-they-travel-to-leeds-matchday-live
  6. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  7. Wikipedia(日本語版)「エミリアーノ・マルティネス」、版 ID 111002773、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8D%E3%82%B9
  8. Wikipedia(英語版)、版 ID 1379272976、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Emiliano_Mart%C3%ADnez
  9. サッカーキング、2026年10月24日、2026年10月24日 取得 https://www.soccer-king.jp/news/world/eng/20261024/2220485.html

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