「クラシコ?まず、僕たちはバルセロナの選手の名前を挙げることに全く問題がないし、そこが僕たちの違いだと思う。」
「ライバルであっても誰かを称賛することは僕たちにとって問題ない。いい仕事をしている選手には敬意を払うけど、相手側は違う。」
「ここ数年、彼らには何試合かで痛い目に遭わされた。今度は僕たちが応える番だ。」
出典:Goal.com 2026年10月24日
SOCCERPEDIA / 選手ページ / ベルギーのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
ティボー・クルトワ(Thibaut Courtois、1992年5月11日生)は、ベルギー出身のサッカー選手。ポジションはGK(ゴールキーパー)、2018年からレアル・マドリード(ラ・リーガ)に所属、背番号は1。ベルギーでは2011年から通算115試合0得点を記録している。クラブでは公式戦通算698試合0得点(2008-09 シーズン以降)。クラブ・代表で通算23個のタイトルを獲得、個人賞は35回(ラ・リーガ シーズンベストイレブン 4回、ESM チーム・オブ・ザ・イヤー 2回)。
ティボ・ニコラ・マルク・クルトゥワ(, 1992年5月11日 - )は、ベルギー・リンブルフ州ブレー出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。レアル・マドリード所属。ベルギー代表。
ベルギーのヘンクでプロデビューすると、2年後にはイングランドのチェルシーに移籍。スペインリーグ、アトレティコ・マドリードへの3年間のレンタル移籍を経てチェルシーに復帰した。ベルギー、スペイン、イングランドのトップリーグでプレーし、それぞれのリーグで最優秀ゴールキーパー賞を受賞した。2018年夏、アトレティコ・マドリードのローカルライバルとなるレアル・マドリードへ移籍した。
ベルギー代表として2011年にデビューし、2014 FIFAワールドカップからは国際大会でもベルギー代表の正ゴールキーパーを務める。2018年にはFIFAワールドカップのゴールデングローブにも選ばれた。
1992年、バレーボール選手であった両親の元に生まれる。父親のティエリは自宅の裏庭にビーチバレーのコートを作り、クルトゥワも姉弟と共に毎日のようにバレーボールのトレーニングをしていた。1997年にビルゼンVVに加入。当時はレフトバックを務めていた。
1999年にKRCヘンクの下部組織に加入。14歳のときにゴールキーパー不在のため急遽ゴールマウスを任されると好セーブを連発し、大会最優秀ゴールキーパーに選ばれた。イケル・カシージャスへの憧れもありゴールキーパーに転向した。当時は、自身と同じく長身で痩せ型のエトヴィン・ファン・デル・サールのプレーも多く参考にしていたとのこと。
2009年に17歳でトップチームデビューを飾る。その後はスターティングメンバーとして定着し、2010-11シーズンにはリーグ42試合で32失点、14試合で無失点に抑えるなどリーグ優勝の立役者となった。クルトゥワは同シーズンのリーグ最優秀ゴールキーパーとヘンクのシーズン最優秀選手に選ばれた。
ヨーロッパの複数のチームからオファーが届く中、2011年7月26日に移籍金790万ポンド、5年契約でのチェルシーFC移籍が発表された。その後、マンチェスター・ユナイテッドFCへ移籍したダビド・デ・ヘアに代わるゴールキーパーとして、アトレティコ・マドリードへのレンタル移籍が発表された。
前年までダビド・デ・ヘアが着用していた背番号13番が与えられ、8月25日のUEFAヨーロッパリーグ・ヴィトーリア・ギマランイス戦でデビューを果たした。その3日後、8月28日のCAオサスナとの開幕戦でリーグ戦初出場するとクリーンシート(無失点試合)を記録し、セルヒオ・アセンホやジョエル・ロブレスを抑え正ゴールキーパーに据えられた。11月26日のレアル・マドリードとのマドリードダービーではペナルティエリア内でカリム・ベンゼマを倒したとして一発退場処分を受けた。ただその後もレギュラーを失う事はなくリーグ戦では37試合に出場してチームも5位に入った。UEFAヨーロッパリーグでは安定した守りを披露、アスレティック・ビルバオとの決勝でも無失点に抑えてチームの2年ぶりの優勝に寄与した。2012年6月28日、1年間のレンタル延長が発表された。
続く2012-13シーズン、UEFAスーパーカップにてレンタル元であるチェルシーFCとの試合では1失点に抑えてタイトル獲得に貢献。同シーズンはエスタディオ・ビセンテ・カルデロンでの無失点記録となる820分連続無失点を達成した。レアル・マドリードとのコパ・デル・レイ決勝では14年ぶりにマドリードダービー勝利、クルトゥワはマン・オブ・ザ・マッチに輝き、アトレティコ・マドリードに17シーズンぶりとなる同タイトルをもたらした。同シーズンはLFPアワードの最優秀ゴールキーパーに選ばれるとともに、リーガ・エスパニョーラ最小失点であるサモラ賞を獲得した。2013年6月24日、レンタル期間を延長し、翌シーズンもアトレティコ・マドリードでプレーすることが発表された。
2013-14シーズンにはクラブ18シーズンぶりのリーガ優勝を経験し、マラガCFのウィリー・カバジェロ、レバンテUDのケイロル・ナバスとともに2季連続となるリーガ最優秀ゴールキーパーにノミネートされ、2季連続となるサモラ賞を受賞した。チャンピオンズリーグでは宿敵レアル・マドリードの前にあと一歩のところで優勝を逃した。2014年8月、チェルシーに復帰することが決まった。
チェルシーFCでは長く守護神を務め実績のあるペトル・チェフとのレギュラー争いが注目されたが、ジョゼ・モウリーニョ監督の方針もあり開幕のバーンリーFC戦からスターティングメンバーに名を連ねた。その後もクルトゥワはレギュラーを勝ち取り、9月にはチェルシーと新たに5年の契約延長を行った。クルトゥワにとってチェルシー最初のタイトルとなるフットボールリーグカップ決勝の舞台には立てなかったものの、プレミアリーグとの2冠を達成。チェフは2014-15シーズン終了後に同じロンドンに本拠地を置くライバルクラブのアーセナルFCへ移籍した。
2015-16シーズン最初の試合となったFAコミュニティ・シールドでチェフが移籍したアーセナルと対戦、1-0で破れタイトルを逃した。その後同シーズンは無冠に終わり、クルトゥワ自身もスウォンジー・シティ戦、マンチェスター・シティFC戦とプレミアリーグ史上6人目となる同一シーズンに2度退場処分を受けたゴールキーパーとなってしまったほかパフォーマンスに対する批判も聞かれるようになった。同シーズンはクラブとしても最終的にリーグ10位となり、1995-96シーズン以来20年ぶりとなる2桁順位に終わった。
2016-17シーズンはプレミアリーグトップである16試合のクリーンシートを記録し、プレミアリーグ年間最優秀ゴールキーパーに輝くなどプレミアリーグ優勝に貢献した。またスカイスポーツ選出の2016-17シーズン、プレミアリーグファンタジーイレブンにも選出された。
2017-18シーズン開幕前のコミュニティ・シールドは、2年前と同じくアーセナルとのビッグロンドン・ダービーとなった。同点で迎えたPK戦で、クルトゥワとアルバロ・モラタがPKを外し再び敗れた。同シーズンは、大会を通して合計2失点に抑えFAカップを獲得。シーズン終了後、契約は2019年までとなっており、一時は新契約を結ぶことも示唆していた。しかし最終的にクルトゥワは子供が在住しているマドリードに戻ることを強く望み(詳しくは下記)、契約更新を固辞した。以前から移籍が噂されていたスペインのレアル・マドリードが獲得に乗り出し、クルトゥワ本人も移籍を志願した。
2018年8月8日、スペインのレアル・マドリードへの移籍が発表された。契約期間は6年間で移籍金は3500万ユーロ(当時のレートで約45億円)だが、レアル・マドリードからはマテオ・コヴァチッチのチェルシーFCへのレンタル移籍も同時に発表されており、取引の一環と報じられている。なお、それまでのスペインのクラブにおけるゴールキーパーの移籍金最高額はクルトゥワの後釜としてアトレティコ・マドリードが獲得したヤン・オブラクの1600万ユーロ(約21億円)であり、移籍金記録を倍以上更新した。アトレティコ・マドリードやチェルシーでは背番号13番を背負ってプレーしたが、レアル・マドリードでは25番を与えられた。
古巣であるアトレティコ・マドリードと同じ街に本拠地を置くライバルクラブへの移籍に関して、アトレティコ・マドリードのファンはワンダ・メトロポリターノにあるクルトゥワのプレートを汚すなどした。また、移籍後に「レアル・マドリードのレベルはチェルシーよりも高い」と発言したことで、チェルシーファンからも旧約聖書『創世記』より蛇と呼ばれ非難を浴びた。
開幕戦のスターティングメンバーはケイロル・ナバスに譲る形となり、レアル・マドリードデビューはリーグ第3節CDレガネス戦となった。その後は、フレン・ロペテギ新監督は、リーグ戦をクルトゥワ、カップ戦にはナバスを起用した。クルトゥワがゴールマウスを守ったリーガ・エスパニョーラ第10節、FCバルセロナとのエル・クラシコでは5失点を喫し、開幕からの不振の責任を取る形でロペテギは監督を解任された。サンティアゴ・ソラーリの監督就任後は、カップ戦でもクルトゥワが起用されるようになった。移籍後初のマドリードダービーとなったリーガ第23節、アウェイでのアトレティコ・マドリード戦では、スペインで「卑しい人」や「裏切り者」などといった軽蔑語の意も含むネズミの人形が大量にピッチに投げ込まれた。また、FCバルセロナ戦のほかセビージャFC戦、アヤックス戦など低調なパフォーマンスを繰り返し、レアル・マドリードのサポーターからの批判も聞こえるようになった。ジネディーヌ・ジダンが監督に復帰して以降は怪我の影響もあり一時ナバスに正ゴールキーパーの座を奪われたが、最終的に再びスターティングメンバーに名を連ねるようになった。
2019-20シーズン、10月19日のRCDマジョルカ戦でラゴ・ジュニオールにゴールを決められて以降公式戦5試合計533分間を無失点に抑え、イケル・カシージャス(9試合、951分間)とフランシスコ・ブーヨ(7試合、657分間)に次ぎサンティアゴ・カニサレス(5試合、535分間)とナバス(5試合、534分間)のレアル・マドリードにおける連続無失点試合記録に並んだ。また、12月15日のバレンシアCF戦では0-1で迎えた後半アディショナルタイム、コーナーキックの場面では自己判断で相手ゴール前に上がり、ヘディングからゴールを狙ってカリム・ベンゼマの同点弾に繋げた。また、リーグ戦のエル・クラシコにおいても、45年ぶりとなる2試合連続クリーンシートを記録した。リーガ前半戦を1987-88シーズン以来32年ぶりの最少失点数となる19試合12失点に抑え、年明けに行われたスーペルコパ・デ・エスパーニャにおいてもPK戦でのセーブなど好守を見せてタイトル獲得に貢献した。2020年1月には、レアル・マドリードの選手としてクリスティアーノ・ロナウド、ベンゼマに次ぎ3人目となるリーガ・エスパニョーラ月間MVPに選ばれた。シーズン中は僅か20失点したのみで、サモラ賞を受賞するなど、3年ぶりとなるチームのリーグ制覇に貢献した。シーズン終了後、パリ・サンジェルマンFCからレンタルで加入していたアルフォンス・アレオラが退団したことにより、翌シーズンからはクラブのキャリアで初めてとなる背番号1番を背負うことになった。
2021-22シーズンはリーグ最終節までヤシン・ブヌとサモラ賞を争い、またチャンピオンズリーグ決勝では史上最多9セーブを披露してマン・オブ・ザ・マッチに選ばれるなどしてクラブの3冠に貢献した。2022年10月17日、ヤシン・トロフィーを受賞したと同時にバロンドールでも自身最高位となる7位になった。クルトゥワは、同僚のベンゼマが受賞したことを喜びながらも「ゴールを守ることよりも、ゴールを決めることの方が重要なようだ。GKがこの賞を取ることはあり得ない」と3位以内にも入れなかったことに不満を吐露した。
2023年8月10日、プレシーズンの練習中に負傷、同日中にクラブより左膝前十字靱帯断裂だったことが発表された。全治には最大7ヶ月近くを要すとみられており、シーズン中の復帰は絶望的と報じられた。その後、順調に回復して2024年2月末より段階的に練習を再開、4月中の復帰が見込まれていたが、3月19日の練習中に再度負傷して右膝半月板の断裂と診断され、約6週間の離脱と報じられた。リーガ第34節のカディスCF戦で復帰しクリーンシートで勝利に貢献、同節FCバルセロナがジローナFCに敗れたためリーガ優勝が決定した。その後、UEFAチャンピオンズリーグ決勝のドルトムント戦では、自身の負傷中にゴールを守ってきたアンドリー・ルニンがインフルエンザ感染の影響で自身が先発に抜擢されると、無失点で優勝に貢献した。
2025年夏にルカ・モドリッチとルーカス・バスケスが退団したことを受け、チームの第3キャプテンとなった。2026年1月28日のUEFAチャンピオンズリーグにてSLベンフィカとの試合に敗戦した後、早々にロッカールームへ引き揚げようとする選手たちに対してアウェイのスタジアムまで駆け付けたファンに挨拶をするためにピッチへ戻るようクルトゥワが声を荒げた姿がSNSで拡散された。
2011年5月19日、19歳でEURO2012予選にベルギー代表として招集を受けた。11月15日のフランスとの親善試合で代表デビューを飾った。その後は、先輩のシモン・ミニョレと激しいポジション争いを繰り広げた。
2014年ワールドカップ欧州予選では全ての試合でプレーし、2002年のワールドカップ以来となるメジャー大会出場資格を獲得した。本大会グループステージでは、初戦であるアルジェリア戦でソフィアン・フェグリにPKで得点を決められたものの、3試合でその1失点に抑えグループステージ突破に貢献した。
2016年EURO予選では10試合5失点に抑えてグループ首位となり、ベルギーは3大会ぶりとなる本大会出場を決めた。本大会では2勝1敗でグループステージを突破するも、準々決勝でウェールズに3得点を許しベスト8で敗退した。
2018FIFAワールドカップロシア大会では、ベルギーの正ゴールキーパーとしてベルギー史上初の3位に貢献。守備での貢献だけでなく、決勝トーナメント初戦の日本戦では同点で迎えた後半アディショナルタイムにクルトゥワのスローイングを起点としてナセル・シャドリが決勝点を挙げた。3位決定戦でもイングランドを相手に無失点に抑え、クリーンシート数最多のほかセーブ数も大会最多の27セーブを数えゴールデングローブ賞を獲得した。決勝でプレーしなかった選手のワールドカップ最優秀GK獲得は、同郷のミシェル・プロドームが獲得した1994年大会以来となる。なお、その後NHKで日本戦でのカウンターを題材にしたドキュメンタリー番組、NHKスペシャル「ロストフの14秒」が放送された。
2019年10月13日の2020年EURO予選カザフスタン戦で、キャリア通算200試合のクリーンシートを達成した。
正ゴールキーパーとして臨んだ2022FIFAワールドカップカタール大会初戦のカナダ戦ではPKをストップするなどクリーンシートでの勝利に貢献した。しかし、続くモロッコ戦では2得点を許して敗戦、クロアチア戦も無失点に抑えたもののグループステージで敗退した。
2023年6月の2024年EURO予選のエストニア戦の前にクルトゥワが代表から離脱したことが発表された。報道によれば、発端は代表キャプテンを巡る意見の相違で、同年3月にベルギー代表の新監督に就任したドメニコ・テデスコは、ケヴィン・デ・ブライネを新キャプテンに指名、クルトゥワとロメル・ルカクを第2キャプテンとしたが、年長のクルトゥワはこの決定に不満を抱いてたとされる。デデスコ監督によれば、エストニア戦の前に行われたオーストリア戦では負傷のデ・ブライネに代わって、ルカクをキャプテンに指名(クルトゥワは次のエストニア戦でキャプテンを務める予定だった)したことで、クルトゥワは激怒して翌日の練習参加を拒否、代表からの離脱を申し出たとされる。クルトゥワの父親は、本人が右膝の痛みを訴えていたためと明かしたが、デデスコ監督は負傷だけが理由でないことを語り、クルトゥワも公の場で内情を明かしたデデスコ監督を批判するに至った。2023年末にはクルトゥワもこの代表離脱騒動が、キャプテンを巡る意見の相違が原因であることを認め、改めてデデスコ監督を批判、またEURO2024についても8月に負った左膝前十字靱帯断裂の回復途上であることから、出場を断念する意向を明かした。
199センチの長身で手足も長いため、広い守備範囲を誇るほかハイボールの処理やキャッチングに優れる。また、大きな身体を自在に操る運動能力にも恵まれ、機を見ての飛び出しや横の動き、低いボールへも優れた反応を見せる。
アトレティコ・マドリード時代、クルトゥワの横っ飛びセーブがファンの間で流行した。クルトゥワのセーブする姿を真似た写真や動画をSNSに投稿することは『ティボーティング(Thibauting)』と呼ばれ、ベルギースポーツ界における流行語大賞にノミネートされた。
自身のアイドルとして、エトヴィン・ファン・デル・サールとイケル・カシージャスを挙げている。また、ベルギー代表のほかチェルシーFCでもチームメイトであったエデン・アザールのことは相棒と語っている。
2026年2月19日、ノバク・ジョコビッチやフェリペ・マッサ、ケビン・マグヌッセンとともにル・マンFCの共同オーナーになることが発表された。
趣味は二輪・四輪問わずモータースポーツ観戦である。特にフォーミュラ・ワンが好みで度々サーキットに足を運んでいるほか、2025年に母国ベルギーで開催されたベルギーグランプリのスプリント・レースセッションの表彰式にプレゼンターとして登壇してトロフィーを手渡している。 好きなドライバーはミハエル・シューマッハ、好きなチームはスクーデリア・フェラーリである。 モータースポーツ好きが高じて、2023年には自身の名を冠した「TCレーシング」をスペイン人の元F1ドライバーであるロベルト・メリと共に立ち上げた。クルトワ自身は投資家として同チームに関与しており、チームは2026年現在、将来的なフォーミュラ2参戦を目標としてスペインF4選手権とユーロカップ-3に参戦している。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「クラシコ?まず、僕たちはバルセロナの選手の名前を挙げることに全く問題がないし、そこが僕たちの違いだと思う。」
「ライバルであっても誰かを称賛することは僕たちにとって問題ない。いい仕事をしている選手には敬意を払うけど、相手側は違う。」
「ここ数年、彼らには何試合かで痛い目に遭わされた。今度は僕たちが応える番だ。」
出典:Goal.com 2026年10月24日
「クルトワはチームにたくさんの勝ち点をもたらしてきたし、数多くのシュートを止める。そしてムバッペは試合の流れを変える存在だ。」
「できることなら二人とも抑え込みたいが、僕たちはチームとして、レアル・マドリードの全選手を警戒しなければならない。」
出典:Goal.com 2026年10月23日
「ワールドカップの後は、代表引退を考えていたかもしれない。でも、今回のワールドカップはレッドデビルズで経験した中で最高の大会の一つだったと言わざるを得ない。」
「彼は私の不在は問題ないとはっきり言ってくれた。センネ(ラメンス)とマールテン(ファンデフォールト)はよくやっていた。」
「先発の座を誰かに保証してもらう必要はない。センネ・ラメンスやマールテン・ファンデフォールト、マイク・ペンダースが好調で、監督が彼らを使いたいなら、わだかまりはない。」
出典:Goal.com 2026年10月21日
「クルトワはあの失点に値しなかった。あれだけのセーブを2度見せたのだから、味方に自分の夜を台無しにされるべきではなかった。」
出典:Goal.com 2026年10月21日
「僕たちのミスが3失点につながった。1点目と2点目は簡単にボールを失い、カウンターから決められたので、僕たちの責任だ。」
「ボールが跳ね返ってゴールに入ったのは不運だった。3点目については、こちらのPKになり得る場面だったのに、結果は逆になった。」
出典:Goal.com 2026年10月15日
「ハフィーニャはとても好きだ。彼はチームにとってとても重要で、たくさんゴールを決めている。」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月2日
「話し合った結果、残念ながら、UNLは全試合を欠場することになった」
「彼とは常に連絡を取り合っているし、何かあれば相談するよ。それは“その時”になったら考える。」
「皆さんも彼のプレーはご覧になったことがあるだろう。ティボーは今でもワールドクラスの選手だ」
出典:マイナビニュース 2026年9月22日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| ヘンク | 2008-09 | 16 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 1 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 1 | 0 |
| 2009-10 | 17 | ジュピラー・プロ・リーグ | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
| 2010-11 | 18 | ジュピラー・プロ・リーグ | 40 | 0 | 1 | 0 | — | — | 3 | 0 | — | — | 44 | 0 | |
| 通算 | 41 | 0 | 1 | 0 | — | — | 3 | 0 | 0 | 0 | 45 | 0 | |||
| 2011-12 | 19 | ラ・リーガ | 37 | 0 | 0 | 0 | — | — | 15 | 0 | — | — | 52 | 0 | |
| 2012-13 | 20 | ラ・リーガ | 37 | 0 | 8 | 0 | — | — | 0 | 0 | 1 | 0 | 46 | 0 | |
| 2013-14 | 21 | ラ・リーガ | 37 | 0 | 5 | 0 | — | — | 12 | 0 | 2 | 0 | 56 | 0 | |
| 通算 | 111 | 0 | 13 | 0 | — | — | 27 | 0 | 3 | 0 | 154 | 0 | |||
| 2014-15 | 22 | プレミアリーグ | 32 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 5 | 0 | — | — | 39 | 0 | |
| 2015-16 | 23 | プレミアリーグ | 23 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 1 | 0 | 30 | 0 | |
| 2016-17 | 24 | プレミアリーグ | 36 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | 39 | 0 | |
| 2017-18 | 25 | プレミアリーグ | 35 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 8 | 0 | 1 | 0 | 46 | 0 | |
| 通算 | 126 | 0 | 7 | 0 | 3 | 0 | 16 | 0 | 2 | 0 | 154 | 0 | |||
| 2018-19 | 26 | ラ・リーガ | 27 | 0 | 1 | 0 | — | — | 5 | 0 | 2 | 0 | 35 | 0 | |
| 2019-20 | 27 | ラ・リーガ | 34 | 0 | 0 | 0 | — | — | 7 | 0 | 2 | 0 | 43 | 0 | |
| 2020-21 | 28 | ラ・リーガ | 38 | 0 | 0 | 0 | — | — | 12 | 0 | 1 | 0 | 51 | 0 | |
| 2021-22 | 29 | ラ・リーガ | 36 | 0 | 1 | 0 | — | — | 13 | 0 | 2 | 0 | 52 | 0 | |
| 2022-23 | 30 | ラ・リーガ | 31 | 0 | 5 | 0 | — | — | 10 | 0 | 3 | 0 | 49 | 0 | |
| 2023-24 | 31 | ラ・リーガ | 4 | 0 | 0 | 0 | — | — | 1 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | |
| 2024-25 | 32 | ラ・リーガ | 30 | 0 | 1 | 0 | — | — | 12 | 0 | 10 | 0 | 53 | 0 | |
| 2025-26 | 33 | ラ・リーガ | 32 | 0 | 0 | 0 | — | — | 11 | 0 | 2 | 0 | 45 | 0 | |
| 2026-27 | 34 | ラ・リーガ | 8 | 0 | 0 | 0 | — | — | 1 | 0 | 0 | 0 | 9 | 0 | |
| 通算 | 240 | 0 | 8 | 0 | — | — | 72 | 0 | 22 | 0 | 342 | 0 | |||
| キャリア通算 | 518 | 0 | 29 | 0 | 3 | 0 | 118 | 0 | 27 | 0 | 698 | 0 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
ベルギー としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 2011 | 18 | 1 | 0 | |
| 2012 | 19 | 6 | 0 | |
| 2013 | 20 | 7 | 0 | |
| 2014 | 21 | 13 | 0 | |
| 2015 | 22 | 6 | 0 | |
| 2016 | 23 | 14 | 0 | |
| 2017 | 24 | 8 | 0 | |
| 2018 | 25 | 15 | 0 | |
| 2019 | 26 | 9 | 0 | |
| 2020 | 27 | 2 | 0 | |
| 2021 | 28 | 13 | 0 | |
| 2022 | 29 | 6 | 0 | |
| 2023 | 30 | 2 | 0 | |
| 2024 | 31 | 0 | 0 | |
| 2025 | 32 | 5 | 0 | |
| 2026 | 33 | 8 | 0 | |
| 通算 | 115 | 0 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1997〜1999 | 4 | ビルゼン |
| 1999〜2009 | 6 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2009〜2010 | 16 | ベルギー U-18 |
| 2011〜 | 18 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011-07 | 19 | ヘンク | 完全移籍 | 16億円 € 9M | ||
| 2011-07 | 19 | 期限付き移籍 | — | |||
| 2018-08 | 26 | 完全移籍 | 62.1億円 € 35M |
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
報道・公開資料に載った年俸を、その媒体・日付とともに掲載しています(当サイトの推定ではありません)。基本給・ボーナス・肖像権収入の扱いは情報源により異なります。出典が確認できない値は掲載しません。
| 時期 | 年齢 | 所属 | 年俸 (報道値) | 備考 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2026-27 | 34 | 27.9億円 €15.08m(税込・週給€290k×52週で年額換算)/1ユーロ=185円で換算 | The National(Capology 等の推定と報道の集計) 2026年8月7日 |
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| フェデリコ・バルベルデ | 2018〜2026 | 9 | ||
| ヴィニシウス・ジュニオール | 2018〜2026 | 9 | ||
| ダニ・カルバハル | 2018〜2025 | 8 | ||
| ルカ・モドリッチ | 2018〜2025 | 8 | ||
| アンドリー・ルニン | 2018〜2025 | 7 | ||
| ルーカス・バスケス | 2018〜2024 | 7 | ||
| ロドリゴ・シウバ・デ・ゴエス | 2019〜2025 | 7 | ||
| エデル・ガブリエウ・ミリトン | 2019〜2025 | 7 | ||
| アントニオ・リュディガー | 2017〜2026 | 6 | ||
| ブラヒム・ディアス | 2018〜2026 | 6 | ||
| ダニ・セバージョス | 2018〜2025 | 6 | ||
| マルコ・アセンシオ | 2018〜2023 | 6 | ||
| ナチョ・フェルナンデス・イグレシアス | 2018〜2023 | 6 | ||
| オーレリアン・チュアメニ | 2022〜2026 | 5 | ||
| カルロス・エンリケ・ジョゼ・フランシスコ・ヴェナンシオ・カジミーロ | 2018〜2022 | 5 | ||
| ジエゴ・ダ・シウヴァ・コスタ | 2012〜2016 | 5 | ||
| カリム・ベンゼマ | 2018〜2022 | 5 | ||
| マリアーノ・ディアス | 2018〜2022 | 5 | ||
| アルダ・ギュレル | 2023〜2026 | 4 | ||
| セスク・ファブレガス | 2014〜2017 | 4 |
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| ジョゼ・モウリーニョ | 2013年6月〜2015年12月 | |
| フース・ヒディンク | 2015年12月〜2016年6月 | |
| ロベルト・マルティネス | 2016年8月〜2022年12月 | |
| ドメニコ・テデスコ | 2023年2月〜2025年1月 | |
| ジョゼ・モウリーニョ | 2026年7月〜 |
日本語名を確認できない監督 11 人は掲載していません。
英語の記録名しか確認できないもの(18件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ティボ・クルトゥワ」(版 110909952)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
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