「冨安は別の負傷を抱えており、次のインターナショナルマッチウィークまで欠場となる」
出典:サッカーキング 2026年10月23日
SOCCERPEDIA / 選手ページ / 日本のサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
冨安健洋(Takehiro Tomiyasu、1998年11月5日生)は、日本出身のサッカー選手。ポジションはDF(ディフェンダー)、2026年からクリスタル・パレスに所属、背番号は17。日本では2018年から通算46試合1得点を記録している。クラブでは公式戦通算255試合7得点(2015 シーズン以降)。クラブ・代表で通算3個のタイトルを獲得、個人賞は7回(IFFHSアジア年間ベストイレブン 3回)。
冨安 健洋(とみやす たけひろ、1998年11月5日 - )は、福岡県福岡市博多区出身のプロサッカー選手。プレミアリーグ・クリスタル・パレスFC所属。ポジションはディフェンダー(センターバック、サイドバック)、ミッドフィールダー(守備的ミッドフィールダー)。日本代表。
水泳をしていた2人の姉の影響から、最初は水泳を始める予定だった。しかし、ランニングマシーンで遊んでいる際に転倒し口元を負傷したことから、水泳の開始を延期。その後、自宅マンションの通路を目を見張るスピードで走る冨安の姿を三筑キッカーズの総監督が偶然目撃、冨安の知り合いの父母に「(冨安を)キッカーズに入れてくれんかね?」と依頼された。
11歳の時、2009年に開校したバルセロナスクール福岡校のコーチに勧められ入会した。小学6年生で、ナショナルトレセンに選出される。博多で広く知られる存在となった。同校のコーチは冨安をFCバルセロナに推薦したが、小学生をスペインに連れていくのは難しく、話は立ち消えとなった。後に、18歳でアビスパ福岡の主力選手として活躍できたのはこの経験が生かされているからであると語っている。
中学からアビスパ福岡の下部組織に入団。ジュニアユース時代は3学年ともキャプテンを務めた。中学3年生時、飛び級でアビスパ福岡のトップチームの練習に参加するようになる。2015年5月19日、高校2年生ながらアビスパ福岡に2種登録され、同年10月の天皇杯3回戦のFC町田ゼルビア戦で公式戦デビューを果たす。
2016年、高校卒業を待たずにアビスパ福岡のトップチームに昇格。J1 2ndステージ第3節のFC東京戦でボランチとしてプロデビューを果たし、その後はディフェンスラインのレギュラーに定着し。2017年3月19日、J2第4節のロアッソ熊本戦でプロ初得点を記録。邦本宜裕と共に高く評価された。
2018年1月8日、ベルギー1部のシント=トロイデンVVに移籍することが発表された。J1リーグの強豪クラブも獲得に興味を示していたが、強い海外志向により、福岡に億単位の移籍金を残して海外移籍することになった。5月13日、プレーオフ9節のロイヤル・アントワープFC戦で移籍後初出場。
2018-19年シーズン、7月29日の開幕戦サークル・ブルッヘ戦でフル出場し、リーグ戦初出場を果たした。11月25日、第16節のRSCアンデルレヒト戦で移籍後初得点を決めて勝利に貢献。12月、ドイツ1部のヴェルダー・ブレーメンが移籍金600万ユーロ(約8億円)でオファーを出したが、シント=トロイデン側は少なくとも移籍金1000万ユーロ(約13億円)を求めたこともあり、オファーを断った。リーグ戦終了後、クラブのサポーター団体「Spionkop Geel-Blauw」によるシーズン最優秀選手に選出された。
2019年7月9日、セリエA・ボローニャFCへの完全移籍が発表された。移籍金は12億円。背番号は「14」。8月10日、親善試合のビジャレアルCF戦でヘディング弾を決め、ボローニャでの初ゴールを記録。8月18日、コパ・イタリア3回戦のACピサ1909戦で公式戦デビュー。8月25日、セリエA開幕戦のエラス・ヴェローナFC戦で右サイドバックとしてリーグ戦デビューを果たし、プレーに多くの称賛の声が上がった。
ガゼッタ・デロ・スポルトは新星ベスト5に選出。英『トーク・スポーツ』が発表した「今季のヨーロッパのワンダーキッド トップ20」で、ジェイドン・サンチョやキリアン・エムバペが名を連ねる中10位に選出された。また、8月のクラブ月間MVPにロベルト・ソリアーノやリッカルド・オルソリーニを抑えて選出された。12月15日、第16節アタランタBC戦にて移籍後初アシストを記録。2020年7月18日、第34節ACミラン戦で左足のミドルシュートを決め、セリエA初得点を記録した。シーズンを通じて右サイドバックやセンターバックとして先発出場を重ね、7月にはコリエレ・デロ・スポルト紙に「冨安は黄金の選手。シニシャ・ミハイロヴィチ監督にとってなくてはならない選手」と評価された。
シーズンオフにACミランから正式獲得に向けてオファーが届いたが、ボローニャがこれを拒否し残留が決まった。
2021年8月31日、プレミアリーグ・アーセナルFCに移籍することが発表された。移籍金は25.5億円。背番号は「18」。同年9月11日、ノリッジ・シティ戦で先発起用され、プレミアリーグデビュー。10月8日、9月のチームの月間最優秀選手に選出された。同年12月26日、ノリッジ・シティ戦前に行われた新型コロナの検査で陽性反応となったことをクラブが発表。2022年1月9日、FA杯ノッティンガム・フォレスト戦を右脹脛の張りで欠場。同年1月20日、全体練習に参加できておらず万全の状態でなかったが、右サイドバックでプレイできるセドリック・ソアレスとカラム・チェンバースが欠場したため、本人の志願もありカラバオ杯リヴァプール戦第2戦に強行出場。しかし、これにより右脹脛の負傷が再発。同年2月19日、プレミアリーグのブレントフォード戦でベンチ入りするも出場はなかった。試合後に今度は左の脹脛を負傷。同年4月23日、プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド戦で後半アディショナルタイムから途中出場し約3ヶ月ぶりに実戦復帰。
2023年3月16日、UEFAヨーロッパリーグ・ラウンド16セカンドレグのスポルティングCP戦で先発出場したものの、前半6分で右膝を負傷し交代した。その後、手術を要する重傷であることが判明し、手術は成功したもののシーズン内の復帰が叶わないことが発表された。
9月21日、UEFAチャンピオンズリーグGL第1節のPSVアイントホーフェン戦でCLデビューを果たした。 10月28日、プレミアリーグ第10節シェフィールド・ユナイテッド戦でコーナーキックのこぼれ球を押し込み、出場50試合目でアーセナル移籍後初ゴールを決めた。11月2日、サポーター投票で64%の票を集め、2021年9月以来2度目の受賞となる10月のアーセナル月間最優秀選手に選出。12月2日、プレミアリーグ第14節ウルヴァーハンプトン戦で先発出場し、ブカヨ・サカの先制点をアシストするも後半に脹脛を痛めて負傷交代。12月31日のフラム戦で実戦復帰するまで約1ヶ月の離脱となった。
2024年3月20日、アーセナルとの契約延長が発表された。一部報道では、年俸は1年につき10億円超えで、契約期間は2026年夏までとされた。5月20日、リーグ逆転優勝の可能性を残す中、プレミアリーグ最終節エヴァートンFC戦で先制点となるゴールを決める。チームは2-1で勝利したが、同時刻にマンチェスター・シティがウェストハムに勝利したため、アーセナルの優勝は叶わなかった。
2024年7月21日、膝の負傷を鑑みアメリカ開催のプレシーズンツアーのメンバーに入らず、治療のためアーセナルのトレーニングセンターに残ることが発表された。同年10月5日、プレミアリーグ第7節サウサンプトンFC戦で復帰するまで約2ヶ月半の離脱となった。しかし、同試合後に再び離脱。長引くことはないだろうとミケル・アルテタ監督は説明していたが、復帰することはなく詳しい説明がなされないまま、コンディションについて不透明な状況が続いた。2月の恒例のドバイキャンプには、負傷中のブカヨ・サカが帯同するなか冨安のみ不参加。2025年2月19日、冨安の右膝の負傷が再発し8月の手術に続いて2度目の手術を行ったこと、2025年末を復帰目標としたリハビリを開始したことをクラブが発表した。これにより、2024-25シーズンは公式戦わずか6分のみの出場に終わった。
2025年7月4日、双方合意のもとアーセナルと契約解除したことが公式発表された。
2025年12月16日、オランダのアヤックス・アムステルダムに所属することが発表された。2026年6月30日までの短期契約となる。同クラブには日本代表DFの板倉滉が所属しており、クラブ史上2人目の日本人選手となる。
2026年2月1日のエールディヴィジ第21節エクセルシオール戦で途中出場。484日ぶりの実戦復帰となった。
2026年8月7日、プレシーズンマッチのトライアルテストを経て、フリー移籍でクリスタル・パレスFCに完全移籍した。背番号は17番。
2016年7月1日、リオ五輪のトレーニングパートナーに選出された。同年10月に開催されたAFC U-19選手権のメンバーにも選出。17日のグループリーグ第2戦・イラン戦ではセンターバックとして無失点に抑えて、中山雄太とともに安定したディフェンスを披露した。30日の決勝のサウジアラビア戦でも日本のピンチを抑えて初優勝に貢献した。
2018年8月30日、キリンチャレンジカップに挑む日本代表に初招集され、10月12日のパナマ戦で先発して日本代表初出場を果たした。10代での日本代表デビューは2012年の宮市亮以来で、センターバックの選手としては史上初となった。
2019年1月、AFCアジアカップ2019のメンバーに選出。1月9日、初戦のトルクメニスタン戦でスタメン出場し大会最年少での出場を飾った。 1月21日のサウジアラビア戦ではコーナーキックを頭で合わせ、同大会トルクメニスタン戦の堂安律(20歳207日)の記録をさらに上回り、アジアカップの日本人最年少ゴールを2週間足らずで更新した(20歳77日)。準決勝のイラン戦では、CBでコンビを組む吉田麻也と共にイランのエースのサルダル・アズムンを完全に抑え、長友佑都から絶賛された。この大会、最年少ながらレギュラーとして移籍金が急騰するような活躍を見せたが、決勝でカタールに敗れて準優勝となった。
2019年6月、東京五輪世代中心で臨んだコパ・アメリカのメンバーに選出。全試合に先発出場したが、チームは2分1敗でグループリーグ敗退となった。
2019年9月、2022年カタールW杯アジア2次予選のメンバーに選出。9月10日、アウェイのミャンマー戦でスタメン出場し日本代表のセンターバックとしては越田剛史以来39年ぶりの20歳でのW杯予選デビューとなった。劣悪なピッチコンディションの中でチームトップとなる95本(成功率は90.5)のパスを成功させ、こぼれ球奪取数3回、シュートブロック2回、クリア数3回を記録するなど守備面での貢献度は絶大であった。また、ミドルサードでのプレー数もチーム1位となる126回を記録しており、幅広いエリアを的確にカバーしていた。
2021年の東京五輪にメンバーとして選出された。A代表の中心選手であることもあり大きな期待がされたが、怪我の影響で出遅れ、期待された程の活躍はすることが出来なかった。チームも準決勝及び3位決定戦で敗れ、目標としていたメダル獲得には届かなかった。
2022年11月1日、2022 FIFAワールドカップに臨む代表メンバーに招集された。大会直前にハムストリングを負傷していたためコンディションが万全ではなく同大会のグループステージでは出場時間は抑えめであった。それでも1戦目のドイツ戦で後半から途中出場し大金星となる逆転勝利に貢献、3戦目のスペイン戦では終盤に途中出場しジョルディ・アルバやアンス・ファティらを押さえるなど強豪ドイツ、スペインと同組の厳しいグループを1位で突破するのに貢献した。日本代表初のベスト8進出を懸けた前回準優勝クロアチア戦では大会初スタメンを果たし延長戦120分フル出場したがチームはPK戦の末、敗退した。
2023年9月10日に行われたドイツ戦に先発出場し、約9ヶ月ぶりに代表に復帰した。そのドイツ戦において、好調だった相手FWレロイ・サネの決定機を阻止し、勝利に貢献した。
2024年1月1日、AFCアジアカップ2023に向けた代表メンバーに招集された。
2026年3月24日、イングランドとスコットランド代表との強化試合に挑む日本代表メンバーにおよそ1年9ヶ月ぶりに選出されるも怪我によるコンディション不良を理由に無念の不参加となることが発表された。
5月15日、2026 FIFAワールドカップに臨むサッカー日本代表のメンバーに選出された。自身2度目のワールドカップメンバー選出となった。
大会直前の5月31日に行われたキリンチャレンジカップ・アイスランド戦で約2年ぶりに代表戦のピッチへ復帰。
本大会では、6月14日のグループステージ第1戦・オランダ戦(2-2)に後半途中から出場し、約1年8ヶ月ぶりとなる公式戦での代表復帰を果たす。続く6月20日の第2戦・チュニジア戦ではセンターバックとして先発出場。試合では、対面となった相手の攻撃のキーマンであるMFハンニバル・メイブリに対して激しいプレッシングを行い、仕事をさせず封じ込めた。冨安はこのマンマークについて、事前の指示ではなくピッチ上の判断で周囲とコミュニケーションを取りながら対応した旨を試合後に明かしている。79分間プレーし、チームの4-0の無失点大勝に貢献した。ラウンド32のブラジル戦では先発フル出場し、前半には相手のシュートをゴール前で顔面でブロックするなど活躍したが、チームは逆転負けを喫した。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「冨安は別の負傷を抱えており、次のインターナショナルマッチウィークまで欠場となる」
出典:サッカーキング 2026年10月23日
「可能性はある。1、2試合前にも同じことを言ったが、実際にはそうならなかった」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月16日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 2015 | 16 | J2リーグ | 0 | 0 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 1 | 0 | |
| 2016 | 17 | J1リーグ | 10 | 0 | 1 | 0 | 5 | 0 | — | — | — | — | 16 | 0 | |
| 2017 | 18 | J2リーグ | 35 | 1 | 2 | 0 | — | — | — | — | — | — | 37 | 1 | |
| 通算 | 45 | 1 | 4 | 0 | 5 | 0 | — | — | — | — | 54 | 1 | |||
| 2017-18 | 18 | ジュピラー・プロ・リーグ | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | 1 | 0 | 1 | 0 | |
| 2018-19 | 19 | ジュピラー・プロ・リーグ | 27 | 1 | 3 | 0 | — | — | — | — | 10 | 0 | 40 | 1 | |
| 通算 | 27 | 1 | 3 | 0 | — | — | — | — | 11 | 0 | 41 | 1 | |||
| 2019-20 | 20 | セリエA | 29 | 1 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 30 | 1 | |
| 2020-21 | 21 | セリエA | 31 | 2 | 2 | 0 | — | — | — | — | — | — | 33 | 2 | |
| 2021-22 | 22 | セリエA | 1 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 1 | 0 | |
| 通算 | 61 | 3 | 3 | 0 | — | — | — | — | — | — | 64 | 3 | |||
| 2021-22 | 22 | プレミアリーグ | 21 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | — | — | — | — | 22 | 0 | |
| 2022-23 | 23 | プレミアリーグ | 21 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 8 | 0 | — | — | 31 | 0 | |
| 2023-24 | 24 | プレミアリーグ | 22 | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | 6 | 0 | 0 | 0 | 30 | 2 | |
| 2024-25 | 25 | プレミアリーグ | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — | 1 | 0 | |
| 通算 | 65 | 2 | 2 | 0 | 3 | 0 | 14 | 0 | 0 | 0 | 84 | 2 | |||
| 2025-26 | 26 | エールディヴィジ | 7 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | 2 | 0 | 9 | 0 | |
| 2026-27 | 27 | プレミアリーグ | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — | 3 | 0 | |
| キャリア通算 | 208 | 7 | 12 | 0 | 8 | 0 | 14 | 0 | 13 | 0 | 255 | 7 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
日本 としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 2018 | 19 | 2 | 0 | |
| 2019 | 20 | 16 | 1 | |
| 2020 | 21 | 3 | 0 | |
| 2021 | 22 | 7 | 0 | |
| 2022 | 23 | 4 | 0 | |
| 2023 | 24 | 5 | 0 | |
| 2024 | 25 | 5 | 0 | |
| 2026 | 27 | 4 | 0 | |
| 通算 | 46 | 1 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| — | — | 三筑キッカーズ |
| 2011〜2013 | 12 | アビスパ福岡U-15 |
| 2014〜2015 | 15 | アビスパ福岡U-18 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 2015〜2017 | 16 | 47 | 1 | |
| 2018〜2019 | 19 | 27 | 1 | |
| 2019〜2021 | 20 | 61 | 3 | |
| 2021〜2025 | 22 | 67 | 2 | |
| 2025〜2026 | 26 | — | — | |
| 2026〜 | 27 | — | — |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2013〜2015 | 14 | |
| 2015〜2017 | 16 | |
| 2018〜2021 | 19 | |
| 2018〜 | 19 | |
| 2021 | 22 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2014 | 15 | アビスパ福岡U-15 | アビスパ福岡U-18 | 移籍 | — | 下部組織への移籍 形態・移籍金は未確認 |
| 2015 | 16 | アビスパ福岡U-18 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2018-01 | 19 | 完全移籍 | — | 移籍金は非公表・不明 | ||
| 2019-07 | 20 | 完全移籍 | 12.4億円 € 7M | |||
| 2021-08 | 22 | 完全移籍 | 33.8億円 £16m | 移籍金は非公表・不明 移籍金は英語版 Wikipedia のシーズン記事による | ||
| 2025-07 | 26 | フリー移籍 | — | |||
| 2026-08 | 27 | フリー移籍 | — |
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
報道・公開資料に載った年俸を、その媒体・日付とともに掲載しています(当サイトの推定ではありません)。基本給・ボーナス・肖像権収入の扱いは情報源により異なります。出典が確認できない値は掲載しません。
| 時期 | 年齢 | 所属 | 年俸 (報道値) | 備考 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2025-26 | 26 | 10.7億円 £5.2m(税込・週給£100k×52週で年額換算)/1ポンド=205円で換算 | The National 2025年8月13日 | ||
| 2026-27 | 27 | — | 1.9億円 JPY 190.0m | 報道値(自動抽出) 契約は2028-29シーズンまでと報道 | サッカーキング 2026年10月13日 |
| 2027-28 | 28 | — | 1.9億円 JPY 190.0m | 契約期間内のため 2026-27 の報道値を継続表示(契約は 2028-29 まで) | サッカーキング 2026年10月13日 |
| 2028-29 | 29 | — | 1.9億円 JPY 190.0m | 契約期間内のため 2026-27 の報道値を継続表示(契約は 2028-29 まで) | サッカーキング 2026年10月13日 |
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| ブカヨ・サカ | 2021〜2024 | 4 | ||
| ベン・ホワイト | 2021〜2024 | 4 | ||
| エディー・ケシャ | 2021〜2026 | 4 | ||
| ガブリエウ・マガリャンイス | 2021〜2024 | 4 | ||
| ガブリエウ・テオドロ・マルティネッリ・シウヴァ | 2021〜2024 | 4 | ||
| マルティン・ウーデゴール | 2021〜2024 | 4 | ||
| セドリック・ソアレス | 2021〜2023 | 3 | ||
| イーサン・ヌワネリ | 2022〜2024 | 3 | ||
| エミール・スミス・ロウ | 2021〜2023 | 3 | ||
| ガブリエウ・フェルナンド・ジ・ジェズス | 2022〜2024 | 3 | ||
| ジョルジーニョ | 2022〜2024 | 3 | ||
| カール・ヤコブ・ハイン | 2021〜2023 | 3 | ||
| レアンドロ・トロサール | 2022〜2024 | 3 | ||
| マイルズ・ルイス=スケリー | 2022〜2024 | 3 | ||
| モハメド・エルネニー | 2021〜2023 | 3 | ||
| ニコラス・ドミンゲス | 2019〜2021 | 3 | ||
| リッカルド・オルソリーニ | 2019〜2021 | 3 | ||
| ウィリアン・サリバ | 2022〜2024 | 3 | ||
| ウカシュ・スコルプスキ | 2019〜2021 | 3 | ||
| アマリオ・コジア=デュベリー | 2022〜2023 | 2 |
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| 西野朗 | 2018年4月〜2018年7月 | |
| 森保一 | 2018年8月〜 | |
| ミケル・アルテタ | 2019年12月〜 | |
| オリヴァー・グラスナー | 2024年2月〜 | |
| ピエール・サージュ | 2026年7月〜 |
日本語名を確認できない監督 8 人は掲載していません。
英語の記録名しか確認できないもの(4件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
代表チームで獲得したメダルです(銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| AFCアジアカップ | 銀 2019 |
|---|
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
英語の記録名しか確認できないもの(1件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「冨安健洋」(版 110969805)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
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