「個人の記録よりも、選手たちが今年韓国で行う最後の公式Aマッチをうまく締めくくり、勝利でファンの皆さんに恩返しできたことが一番うれしいです。」
「若い頃から、この立場を当然のものだと思ったことはありません。たくさん得点できるのは、いつも自分のことのように応援してくれた仲間、コーチ、監督、ファンの皆さんのおかげです。」
「自分のゴールだけが貴重なのではなく、一緒に過ごした瞬間と16年という時間が、私にとって本当に大切です。」
出典:Star News Korea 2026年10月6日
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ソン・フンミン(Son Heung-min、1992年7月8日生)は、春川市出身のサッカー選手。ポジションはFW、2025年からロサンゼルスFCに所属、背番号は7。韓国では2010年から通算151試合59得点を記録している。クラブでは公式戦通算675試合243得点(2009-10 シーズン以降)。クラブ・代表で通算8個のタイトルを獲得、個人賞は95回(IFFHSアジア年間ベストイレブン 6回、プレミアリーグ月間最優秀選手 4回)。
孫 興慜(ソン・フンミン、、、1992年7月8日 - )は、韓国・江原道春川市出身のサッカー選手。MLS・ロサンゼルスFC所属。韓国代表。ポジションはFW。
2020-21シーズンにはアジア人初となるPFA年間ベストイレブンに選出された。
2023-24シーズンにはプレミアリーグ史上7人目となる8シーズン連続で二桁得点を記録した。
2024年にはプレミアリーグ通算68アシストを記録し、トッテナムのクラブ歴代最多アシスト記録を達成した。
2024-25シーズンにはトッテナムでキャプテンを務め、トッテナムをUEFAヨーロッパリーグ優勝に導いた。これにより、欧州大会でトロフィーを掲げた史上初のアジア人キャプテンとなった。
2019年と2022年にはバロンドールにもノミネートされるなど、アジアを代表するスター選手である。
本貫は密陽孫氏。父親はKリーグとU-23韓国代表としての経験もあるである。孫興慜は小学校と中学校ではサッカー部に所属せず、父が運営するサッカースクールで父から直接指導を受けるという韓国では珍しい経歴を持っていた。父のウンジョンは韓国では主流の結果重視の指導とは異なり、試合の勝敗にはこだわらずにパスやドリブル、リフティング、両足練習などの基本的な動きを集中的に身につけさせる指導を行っていた。
2008年、FCソウルのユース所属選手として東北高等学校に在籍していた孫は、夏にKFAが主導で行っている優秀選手海外留学プログラムの第6期生として金敏爀、金鐘必と共にハンブルガーSV U-17チームに加入。中心選手としてリーグ戦15試合に出場し9得点を挙げた。さらに活躍が評価され、翌年の5月9日には1つ上のカテゴリーであるU-19チームでリーグ戦に途中出場した。シーズン終了後に一旦帰国し、母校である東北高校に戻った。
2010年1月、ハンブルガーSVへ正式に移籍した。なお契約期間は4年で、移籍後はトップチームではなくU-21チームのメンバーとして出場し国内カップ戦で活躍した。このシーズンはU-19のリーグ戦で11試合に出場し6得点を挙げ、4部リーグに所属するセカンドチームでは6試合1得点の成績を残した。
2010-11シーズンのプレシーズンマッチでは9ゴールを記録したが、開幕前のチェルシーとの試合で左足指を骨折して手術を受け、開幕を待たずにチームを離脱した。2010年10月30日の1.FCケルン戦にて初出場、初スタメン、初ゴールを記録した。ブンデスリーガ公式サイトにて前半戦最も良いデビューを果たした選手に選出され、また、FIFA公式サイトの10代の有望選手の23人中の1人として名を連ねた。2012-13シーズンは先発に定着し、リーグ戦33試合出場で12得点をあげた。
2013年6月13日、チェルシーFCに移籍したアンドレ・シュールレの代役としてバイエル・レバークーゼンへの移籍が決定した。レヴァークーゼンで2年連続の2桁ゴールを記録、ブンデスリーガでは3年連続2桁ゴールを記録した。
2015年8月28日、5年契約でイングランドの トッテナム・ホットスパーへ移籍した。背番号は7番。移籍金は中田英寿がASローマからパルマFCへ移籍した時に次ぐ、ヨーロッパでアジア人歴代2位となる3000万ユーロ。9月17日のUEFAヨーロッパリーグ、カラバフFKとの試合でクラブ初ゴールを含む2ゴールを記録した。9月20日のクリスタル・パレス戦でプレミアリーグ初ゴールを記録した。
昨シーズン高額の移籍金で移籍してきたものの、途中出場やベンチが多く、シーズン前には移籍の話があったが、2016-17シーズンが始まると9月にはストーク戦で2ゴールを記録するなど、プレミアリーグ月間最優秀選手に選出された。3月12日、FAカップのミルウォール戦ではハットトリックを達成した。4月9日のワトフォード戦では2得点を挙げた。4月には初のプレミアリーグでの2桁ゴールを記録すると同時に、自身2度目の受賞となるプレミアリーグ月間最優秀選手に選出された。トッテナムの選手では歴代7人目のプレミアリーグ月間最優秀選手の複数回受賞者となった。5月18日、延期されていた第34節のレスター戦では2ゴールを決め、リーグ戦、カップ戦などを合わせてシーズン21ゴールを達成した。
9月13日、ボルシア・ドルトムントとの対戦でシーズン初ゴールを決め、3-1での勝利に貢献。リーグ戦では10月22日にウェンブリーで行われたリヴァプールFCとの対戦で、ハリー・ケインのアシストからシーズン初ゴールを決め勝利に貢献した。11月5日のクリスタル・パレス戦においてゴールを決め、勝利の立役者となった。12月9日のストーク・シティ戦では1ゴール1アシストの活躍で、5-1での勝利に貢献、スカイスポーツ選出の同試合MVPに選ばれた。12月13日のブライトン戦でもゴールを決め、2-0での勝利をもたらした。12月26日のサウサンプトンとの対戦でもトッテナムの4点目を決め、5-2での勝利に貢献した。3月4日のハダースフィールド戦で2ゴールを決め勝利に貢献、プレミアリーグで2年連続2桁得点を達成した。2017年のアジア年間国際最優秀選手に選出。2015年に続く2回目の選出により同賞設立後、初の複数回受賞者となった。
アジア大会への参加のため出遅れたものの、11月24日のリーグ第13節チェルシー戦にてシーズン初ゴールを決めた。12月にはエヴァートンFC戦とAFCボーンマス戦でともに2ゴールを記録するなど復調し、さらに上述のチェルシー戦で決めたゴールが11月のプレミアリーグ月間最優秀ゴールに選ばれた。4月3日に行われたクリスタル・パレスFCとのリーグ戦では、55分にトッテナムの新スタジアムであるトッテナム・ホットスパー・スタジアムでの第1号ゴールを決めた。さらにUEFAチャンピオンズリーグのラウンド16準々決勝マンチェスター・シティFC戦の第1戦では78分に先制点を挙げて新スタジアムのCLファーストゴールを記録し、これが決勝点となった。さらに第2戦では2ゴールを決めてトッテナムのクラブ史上初となるチャンピオンズリーグベスト4入りに大きく貢献した。
その後チームは決勝まで勝ち進み、リヴァプールとの決勝戦でも先発出場、同胞のパク・チソンに次ぐ、アジアで史上2人目のCL決勝戦に出場した選手となったが0-2で準優勝となった。3月、ロンドン年間最優秀選手賞を受賞した。5月4日のプレミアリーグ・AFCボーンマス戦では、前半終了間際にジェフェルソン・レルマとの競り合いで激昂、レルマを突き飛ばし、自身2度目の退場処分を受けた。シーズン終了後、クラブ年間最優秀選手賞・ジュニア世代選出クラブ年間最優秀選手賞・サポーター選出クラブ年間最優秀選手賞の個人賞3つを獲得し、さらに前述のチェルシー戦で決めた独走ゴールが年間最優秀ゴールに選ばれ、クラブ個人賞を独占しての4冠を達成した。
前述のボーンマス戦でのレッドカードにより開幕2節は出場停止。9月14日のリーグ第5節クリスタル・パレス戦でシーズン初ゴールを含む2ゴールを記録した。10月21日、 2019年バロンドールの30人の候補リストに選ばれた。11月3日、リーグ第11節エヴァートンFC戦で、アンドレ・ゴメスに対して背後からスライディング行った。倒されたゴメスの右足は不自然な方向に曲がり、右足の脱臼骨折として最終的に3ヶ月の長期離脱となった。主審は孫に対し一度はイエローカードを提示したものの、VARの助言により判定が覆り、レッドカードを受け退場となった。このプレーで3試合の出場停止を受けたが、トッテナムがFAに対して処分を取り消すよう抗議をした結果、11月5日にレッドカードが取り消された。
事故の3日後、4-0で勝利したCLグループステージ・レッドスター・ベオグラード戦でゴールを決めた後にはゴールを祝福することはせずに、カメラに向かってグディソン・パークで起こったことへの謝罪の意を示した。2月22日のチェルシー戦でアントニオ・リュディガーとの接触で転んだ際にリュディガーの脇腹を故意に蹴り上げ、報復行為によるレッドカードを受けて1発退場となった。
11月23日、3-2で勝利したウェストハム戦で1ゴール目を決めたが、このゴールはジョゼ・モウリーニョがトッテナムの監督に就任してから初めてのゴールとなった。 12月7日の5-0で勝利したバーンリーFC戦で、自陣深くから相手選手7人をかわしてゴールを決めた。この得点は試合後にモウリーニョからロナウドと掛け合わせて、"ソナウド・ナザーリオ"と称賛され、2020年1月には12月のプレミアリーグ月間最優秀ゴール、シーズン終了後にはに選ばれ、さらに12月には2020年のFIFAプスカシュ賞にも選ばれた。2月16日、ヴィラ・パークで2ゴールを決め3-2での勝利に大きく貢献した。また、この2得点によってプレミアリーグ通算51ゴールとなり、初めて50ゴールを記録したアジア人選手となった。試合にはフル出場した一方で、キックオフから僅か31秒で右腕を骨折しており、この怪我の影響で数週間の離脱となった。
新型コロナウイルスの世界的拡大の影響によるリーグ戦中断期間中に一時帰国し、兵役任務を消化。7月12日のアーセナル戦で1ゴール1アシストを決め、アジア人としては、プレミアリーグで1シーズンに10ゴール10アシストを記録した初の選手となった。シーズン終了後、前年度と同じクラブ個人賞3つ全てを再び獲得し、前述したバーンリー戦のゴールがクラブ年間最優秀ゴールに選ばれ、2シーズン連続のクラブ個人賞4冠を達成した。
9月20日、リーグ第2節のサウサンプトンFC戦では自身プレミアリーグ初のハットトリックを含む4ゴールを決める活躍を見せ、5-2の勝利に貢献した。なおアシストは全てハリー・ケインが記録し、孫はリーグ史上初めて同一選手の4アシストから4ゴールを記録した選手となった。また、プレミアリーグにおけるアジア人選手のハットトリックは2013年の香川真司以来である。10月のリーグ戦3試合ではオールド・トラッフォードでの2ゴール1アシストを含む4ゴール2アシストを記録し、自身3度目となるプレミアリーグ月間最優秀選手賞を受賞した。
2021年3月7日、リーグ第27節クリスタル・パレスFC戦でハリー・ケインの得点をアシストし、同選手とのコンビネーションによるゴールはシーズン14点目を記録した。これは94-95シーズンのアラン・シアラーとクリス・サットンによる13点を更新しリーグ史上最多である。4月21日、ジョゼ・モウリーニョ監督の解任を受けて暫定監督に就任したライアン・メイソンの初戦となる第29節サウサンプトン戦では、PKによる決勝ゴールを決めた。最終的にリーグ戦では37試合に出場、17得点10アシストを記録し、シーズン終了後には自身初、及びアジア人男子初となるプレミアリーグPFA年間ベストイレブンに選出された。
21-22シーズン初戦、マンチェスター・シティとの試合でゴールを決め、勝利に貢献すると、次々にゴールを記録し、2022年5月8日、リヴァプールFC戦では今シーズン20得点を決め、アジア人として初となる「欧州5大リーグで20得点」を記録した。2021-22シーズンでは最終的にリーグ戦35試合に出場、PKなしで23得点7アシストを記録し、エジプト代表のモハメド・サラーと並び、アジア人史上初となるプレミアリーグ得点王を獲得する快挙を成し遂げた。これらの活躍により、トッテナムのCL出場にも大きく貢献した。
2023年4月8日、ブライトン戦にてアジア人選手初となるプレミアリーグ通算100ゴールを達成した。試合後「プレミアリーグで100ゴールを決めるのはとても大きなことで私が夢見てきたこと。仲間がいなければ成し遂げることができなかった。この数週間は祖父が亡くなったりと、簡単ではなかった。このゴールは彼に捧げたい」と語っている。
2023年7月17日、サウジアラビアからオファーを受けていたが、移籍せずトッテナムに残留する事を明言した。2023-24シーズン、ハリー・ケインが移籍したことによりチームの主将に就任した。孫は「この大きなクラブでキャプテンを務めるのは光栄。驚くとともに非常に誇らしい瞬間だ」と述べた。エースとして活躍してリーグ戦35試合出場で17得点10アシストを記録した。
プレミアリーグで8年連続で達成してきた「二桁得点」が途切れて、所属チームもリーグ17位に沈む苦しいシーズンだったが、主将としてトッテナムをUEFAヨーロッパリーグ優勝に導いてプロ入り後初めてチームタイトルを獲得した。シーズン終了後の8月2日、プレシーズンキャンプ地の韓国・ソウルでトッテナム・ホットスパーからの退団を発表。翌8月3日のニューカッスル・ユナイテッドとの親善試合がトッテナム最後の試合となった。
2009年にナイジェリアで開催されたFIFA U-17ワールドカップではチームトップの3ゴールを記録し、韓国代表のベスト8に貢献した。2010年12月30日のシリアとの親善試合で代表デビューを果たした。
2014年6月、2014 FIFAワールドカップに選ばれ、W杯初選出を果たす。チームが戦ったグループステージ3試合に出場し、第2戦のアルジェリア戦でW杯初得点を決めた。しかしチームは1分2敗のグループ最下位となり、グループステージ敗退を喫した。9月に開幕した自国開催の2014年アジア競技大会において、大韓サッカー協会は同大会に孫を出場させる意向であったが、所属先のバイエル・レバークーゼンは孫の出場を許可しなかった。
2015年9月3日の2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選のラオス戦で代表初となるハットトリックを達成した。2016年8月、2016年リオデジャネイロオリンピックにオーバーエイジとして出場したが、チームは準々決勝のホンジュラス戦で敗退したため、銅メダル以上で与えられる兵役免除の機会を逃した。
2018年6月、2018 FIFAワールドカップに2大会連続で選出され、チームが戦ったグループステージ3試合に出場し、第2戦のメキシコ戦、第3戦のドイツ戦と2試合で得点を決めた。しかしチームは初戦から連敗し、背水の陣となったドイツ戦で勝利。前回大会優勝国を破る番狂わせを起こしたものの、他会場の結果により2大会連続のグループステージ敗退となった。8月に開催された2018年アジア競技大会に臨むU-23韓国代表メンバーにオーバーエイジで選出され、1得点を記録し大会連覇に貢献。チームの優勝により兵役免除の恩典を受けた。
2019年1月に開催されたAFCアジアカップ2019では、クラブ事情によりグループステージ2戦目終了後に韓国代表に合流。3試合に出場したが自身は無得点に終わりチームも準々決勝でカタールに0-1で敗れ、敗退した。なお、グループステージ3戦目の中国戦で先発出場し、前半にPKを獲得したが、そのPKはファン・ウィジョがキッカーを務めPKを成功させた。
2022年6月6日のチリとの親善試合で、韓国代表史上16人目となる通算100試合出場を達成した。11月、2022 FIFAワールドカップに3大会連続で選出され、チームが戦った全4試合に出場。決勝トーナメント進出が懸かった第3戦のポルトガル戦では、1-1で迎えた終了間際に相手CKを見方が跳ね返すと自身がボールを拾い、PA手前まで独走で駆け上がり相手選手3人を引き付け、最後は走りこんできたファン・ヒチャンにラストパスを出すと、これを同選手が決めて逆転に成功。試合は2-1で勝利。3大会ぶり3度目の決勝トーナメント進出を決め、自身は3大会連続ゴールを逃したものの、ベスト16入りに貢献。
2026年5月16日、2026 FIFAワールドカップに4大会連続で選出された。チームが戦ったグループステージ3試合に出場。しかし自身に得点はなく、チームも1勝2敗でグループ3位となり、他グループの結果を受けてグループステージ敗退となった。9月29日、国際親善試合のウルグアイ戦で国際Aマッチ通算150試合出場を達成。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「個人の記録よりも、選手たちが今年韓国で行う最後の公式Aマッチをうまく締めくくり、勝利でファンの皆さんに恩返しできたことが一番うれしいです。」
「若い頃から、この立場を当然のものだと思ったことはありません。たくさん得点できるのは、いつも自分のことのように応援してくれた仲間、コーチ、監督、ファンの皆さんのおかげです。」
「自分のゴールだけが貴重なのではなく、一緒に過ごした瞬間と16年という時間が、私にとって本当に大切です。」
出典:Star News Korea 2026年10月6日
「主将として、チーム同僚として申し訳なく感謝している」
出典:Star News Korea 2026年10月2日
「この試合で自分たちの足りない部分が見えると思っていた。前半に3失点して自信を失い、普段どおりのプレーができなかったことが残念だった。」
「今は本当に何も感じない。今日の敗戦のほうがより悔やまれる。」
「試合結果のほうが大事だ。自分がボールに触ったかどうかもわからない。」
出典:Star News Korea 2026年9月28日
「回復は容易ではない。 今でもそのことを考えると、とても苦しい。」
「それでも変えられない過去を持ち続けるより、好きなことをしながら忘れて前に進もうとする。 これからサッカー選手生活もそうする」
「多くのことを見せなければならない。 選手たちがW杯でファンに失望した姿を見せたが、その気持ちを変えるのも選手たちだ。」
出典:Star News Korea 2026年9月23日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 2009-10 | 17 | レギオナルリーガ北地区* | 6 | 1 | — | — | — | — | — | — | — | — | 6 | 1 | |
| 2010-11 | 18 | ブンデスリーガ | 13 | 3 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 14 | 3 | |
| 2011-12 | 19 | ブンデスリーガ | 27 | 5 | 3 | 0 | — | — | — | — | — | — | 30 | 5 | |
| 2012-13 | 20 | ブンデスリーガ | 33 | 12 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 34 | 12 | |
| 通算 | 73 | 20 | 5 | 0 | — | — | — | — | — | — | 78 | 20 | |||
| 2013-14 | 21 | ブンデスリーガ | 31 | 10 | 4 | 2 | — | — | 8 | 0 | — | — | 43 | 12 | |
| 2014-15 | 22 | ブンデスリーガ | 30 | 11 | 2 | 1 | — | — | 10 | 5 | — | — | 42 | 17 | |
| 2015-16 | 23 | ブンデスリーガ | 1 | 0 | 0 | 0 | — | — | 1 | 0 | — | — | 2 | 0 | |
| 通算 | 62 | 21 | 6 | 3 | — | — | 19 | 5 | — | — | 87 | 29 | |||
| 2015-16 | 23 | プレミアリーグ | 28 | 4 | 4 | 1 | 1 | 0 | 7 | 3 | — | — | 40 | 8 | |
| 2016-17 | 24 | プレミアリーグ | 34 | 14 | 5 | 6 | 0 | 0 | 8 | 1 | — | — | 47 | 21 | |
| 2017-18 | 25 | プレミアリーグ | 37 | 12 | 7 | 2 | 2 | 0 | 7 | 4 | — | — | 53 | 18 | |
| 2018-19 | 26 | プレミアリーグ | 31 | 12 | 1 | 1 | 4 | 3 | 12 | 4 | — | — | 48 | 20 | |
| 2019-20 | 27 | プレミアリーグ | 30 | 11 | 4 | 2 | 1 | 0 | 6 | 5 | — | — | 41 | 18 | |
| 2020-21 | 28 | プレミアリーグ | 37 | 17 | 2 | 0 | 3 | 1 | 9 | 4 | — | — | 51 | 22 | |
| 2021-22 | 29 | プレミアリーグ | 35 | 23 | 2 | 0 | 4 | 0 | 4 | 1 | — | — | 45 | 24 | |
| 2022-23 | 30 | プレミアリーグ | 36 | 10 | 3 | 2 | 0 | 0 | 8 | 2 | — | — | 47 | 14 | |
| 2023-24 | 31 | プレミアリーグ | 35 | 17 | 0 | 0 | 1 | 0 | — | — | — | — | 36 | 17 | |
| 2024-25 | 32 | プレミアリーグ | 30 | 7 | 2 | 0 | 4 | 1 | 10 | 3 | — | — | 46 | 11 | |
| 通算 | 333 | 127 | 30 | 14 | 21 | 5 | 70 | 27 | — | — | 454 | 173 | |||
| 2025 | 32 | メジャーリーグサッカー | 10 | 9 | — | — | — | — | — | — | 3 | 3 | 13 | 12 | |
| 2026 | 33 | メジャーリーグサッカー | 26 | 6 | — | — | — | — | 8 | 2 | 3 | 0 | 37 | 8 | |
| 通算 | 36 | 15 | — | — | — | — | 8 | 2 | 6 | 3 | 50 | 20 | |||
| キャリア通算 | 510 | 184 | 41 | 17 | 21 | 5 | 97 | 34 | 6 | 3 | 675 | 243 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
韓国 としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 2010 | 17 | 1 | 0 | |
| 2011 | 18 | 7 | 1 | |
| 2012 | 19 | 3 | 0 | |
| 2013 | 20 | 11 | 4 | |
| 2014 | 21 | 12 | 2 | |
| 2015 | 22 | 12 | 9 | |
| 2016 | 23 | 6 | 1 | |
| 2017 | 24 | 9 | 3 | |
| 2018 | 25 | 13 | 3 | |
| 2019 | 26 | 13 | 3 | |
| 2020 | 27 | 2 | 0 | |
| 2021 | 28 | 7 | 4 | |
| 2022 | 29 | 12 | 5 | |
| 2023 | 30 | 8 | 6 | |
| 2024 | 31 | 15 | 10 | |
| 2025 | 32 | 9 | 3 | |
| 2026 | 33 | 11 | 5 | |
| 通算 | 151 | 59 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 期間 | 年齢 | チーム | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 2008 | 15 | — | — | |
| 2008〜2010 | 15 | 13 | 3 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は代表戦の合計です(大会別の内訳は「個人成績」の表)。
| 期間 | 年齢 | チーム | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 2010 | 17 | — | — | |
| 2010〜2013 | 17 | 60 | 17 | |
| 2013〜2015 | 20 | 62 | 21 | |
| 2015〜2025 | 22 | 333 | 127 | |
| 2025〜 | 32 | — | — |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2008〜2009 | 15 | |
| 2010〜 | 17 | |
| 2016 | 23 | |
| 2018 | 25 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | 15 | ハンブルガーSV U-17 | 移籍 | — | 下部組織への移籍 形態・移籍金は未確認 | |
| 2013-07 | 20 | 完全移籍 | 17.7億円 € 10M | |||
| 2015-08 | 23 | 完全移籍 | 44.3億円 € 25M | |||
| 2025-08 | 33 | 完全移籍 | — |
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| ベン・デイヴィス | 2015〜2024 | 10 | ||
| エリック・ダイアー | 2015〜2023 | 9 | ||
| ハリー・ケイン | 2015〜2023 | 9 | ||
| アンドリー・シェフチェンコ | 2015〜2020 | 6 | ||
| ルーカス・ロドリゲス・モウラ・ダ・シルヴァ | 2017〜2022 | 6 | ||
| スラヴィシャ・ストヤノヴィッチ | 2015〜2019 | 5 | ||
| ディディエ・デシャン | 2018〜2023 | 5 | ||
| ライアン・セセニョン | 2019〜2023 | 5 | ||
| クリスティアン・ロメロ | 2021〜2024 | 4 | ||
| デヤン・クルゼフスキ | 2021〜2024 | 4 | ||
| ジオヴァニ・ロ・チェルソ | 2019〜2023 | 4 | ||
| ヨアヒム・レーヴ | 2016〜2019 | 4 | ||
| フアン・フォイス | 2017〜2020 | 4 | ||
| ロドリゴ・ベンタンクール | 2021〜2024 | 4 | ||
| ブライアン・ヒル・サルバティエラ | 2021〜2023 | 3 | ||
| ユリアン・ブラント | 2013〜2015 | 3 | ||
| ジョー・ロドン | 2020〜2022 | 3 | ||
| パペ・マタル・サール | 2022〜2024 | 3 | ||
| ペドロ・ポロ | 2022〜2024 | 3 | ||
| リシャルリソン・デ・アンドラーデ | 2022〜2024 | 3 |
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| ジョゼ・モウリーニョ | 2019年11月〜2021年4月 |
日本語名を確認できない監督 8 人は掲載していません。
英語の記録名しか確認できないもの(39件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
代表チームで獲得したメダルです(金1・銀1・銅1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| AFCアジアカップ | 銀 2015 オーストラリア銅 2011 カタール |
|---|---|
| アジア競技大会 | 金 2018 ジャカルタ・パレンバン |
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
英語の記録名しか確認できないもの(1件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「孫興ミン」(版 111246350)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
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