概要
ディディエ・デシャン(Didier Deschamps、1968年10月15日生)は、フランス・バイヨンヌ出身の元サッカー選手。ポジションはMF。フランスでは1989年から通算103試合4得点を記録している。クラブでは公式戦通算561試合21得点(1985-86 シーズン以降)。クラブ・代表で通算34個のタイトルを獲得、個人賞は19回。
ディディエ・クロード・デシャン(, 1968年10月15日 - )は、フランス・バイヨンヌ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。
2012年から2026年までフランス代表監督を務めた。選手時代はフランスのFCナント、イタリアのユヴェントスFC、フランスのオリンピック・マルセイユ、FCジロンダン・ボルドー、イングランドのチェルシーFC、スペインのバレンシアCFなどでプレーした。
クラブ経歴
選手時代
1989年、対ユーゴスラビア戦でフランス代表デビュー。「将軍」ミシェル・プラティニ引退後、低迷を続けたレ・ブルー(Les Bleus、フランス代表の愛称)の不動のレギュラーとして奮闘した。
1996年の欧州選手権でベスト4に終わったことを受け、当時の代表監督エメ・ジャケは全幅の信頼を置いていたデシャンに主将を任命。1998年、地元開催のワールドカップにおいて、デシャンはピッチの内外でチームを牽引、決勝でブラジルを3-0で撃破してフランス代表はついに栄冠を勝ち取った。
その後フランスは、W杯優勝から2年後のEURO2000も制覇。ワールドカップと欧州選手権優勝という「スーパー・ダブル」を欧州で最初に達成したチームとなった。デシャンはこの快挙からほどなくして代表を引退。フランス代表歴代4位の103試合に出場(1位はリリアン・テュラムの142試合)、キャプテンマークを巻いて出場した試合数は56試合でプラティニの50試合を上回る。
クラブレベルでは、マルセイユ在籍時に2度の国内リーグ優勝、1992-93シーズンには欧州チャンピオンズカップを制覇した。1994年に強豪ユヴェントスに移籍した後はさらにタイトルに恵まれ、3度のスクデット(1994-95、1996-97、1997-98シーズン)をはじめ、1994-95シーズンのコッパ・イタリア、1995-96シーズンには自身2度目のチャンピオンズリーグ制覇。1995年のトヨタカップでは、アルゼンチンのリーベル・プレートを破り世界一となった。その後デシャンはイングランド・スペインのトップリーグを渡り歩き、2001年シーズン終了をもって選手生活に終止符を打った。
代表経歴
試合数
註1 フランスサッカー連盟は2000年8月16日に行われたFIFA選抜戦を国際Aマッチとして認めている。
監督経歴
指導者時代
フランスに戻ったデシャンは、休む間もなくフランスリーグのASモナコ監督に就任。1年目こそ下位に甘んじたが、2年目の2002-03シーズンには2位に大躍進。それを受けて出場した2003-04シーズンのチャンピオンズリーグでは、並み居る強豪を打ち破り準優勝という快進撃を繰り広げた。しかし、2005-06シーズンの出だしにつまずき、9月に解任。
2006-07シーズンからは、自身の古巣でもあるイタリアのユヴェントスFCの指揮を執ることになった。しかし、同クラブは2005-06シーズンの審判などに対する不正疑惑によってセリエB降格、さらには勝ち点のマイナス状態からのスタートと言う厳しい処分が下され、それに伴う主力の選手の大量流出も予想されるなど厳しい局面での舵取りを余儀なくされたが、結果的には首位で昇格させることに成功。しかし優勝が決まった試合の直後、突然辞任を発表した。原因はフロントとの軋轢など、さまざまな憶測が飛び交った。
その後、デシャンはインタビューに応え、「当時、私とクラブの間では意見の相違があった。信頼と平穏に欠けた状況でユーベとともに前進することは困難だった。」と語った。しかし、退団を後悔しているという発言も交えた。
2009-10シーズンからは、フランスのマルセイユの監督に就任し、リーグカップ優勝で18シーズンぶりのタイトルを獲得すると、勢いに乗りリーグ優勝も果たした。
2011-12シーズンはチャンピオンズリーグでベスト8入りし、またリーグ・カップ3連覇を果たしたものの、リーグ戦では低迷。シーズン終了後の2012年7月にマルセイユ監督を辞任し、同年7月8日、ローラン・ブランの後任としてサッカーフランス代表監督に就任した。
2018 FIFAワールドカップにおいて、フランスを1998年以来2回目の優勝へ導いた。選手と監督の両方でワールドカップを制したのはマリオ・ザガロ、フランツ・ベッケンバウアーに続く史上3人目。
2026年7月、2026 FIFAワールドカップの指揮を終えてフランス代表監督を退任し、14年間に及ぶ長期政権に幕を下ろした。
個人成績
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
クラブ
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | 大陸大会2 | その他3 | シーズン通算 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 1985-86 | 16 | ディヴィジョン1 | 7 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | — | — | 8 | 0 | |
| 1986-87 | 17 | ディヴィジョン1 | 19 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | — | — | 22 | 0 | |
| 1987-88 | 18 | ディヴィジョン1 | 30 | 2 | 3 | 0 | — | — | — | — | 33 | 2 | |
| 1988-89 | 19 | ディヴィジョン1 | 36 | 1 | 5 | 0 | — | — | — | — | 41 | 1 | |
| 1989-90 | 20 | ディヴィジョン1 | 19 | 1 | 0 | 0 | — | — | — | — | 19 | 1 | |
| 通算 | 111 | 4 | 9 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 123 | 4 | |||
| 1989-90 | 20 | ディヴィジョン1 | 17 | 1 | 5 | 3 | 4 | 0 | — | — | 26 | 4 | |
| 1991-92 | 22 | ディヴィジョン1 | 36 | 4 | 4 | 0 | 4 | 0 | — | — | 44 | 4 | |
| 1992-93 | 23 | ディヴィジョン1 | 36 | 1 | 3 | 0 | 11 | 0 | — | — | 50 | 1 | |
| 1993-94 | 24 | ディヴィジョン1 | 34 | 0 | 4 | 0 | — | — | — | — | 38 | 0 | |
| 通算 | 123 | 6 | 16 | 3 | 19 | 0 | 0 | 0 | 158 | 9 | |||
| 1990-91 | 21 | ディヴィジョン1 | 29 | 3 | 1 | 0 | 4 | 0 | — | — | 34 | 3 | |
| 1994-95 | 25 | セリエA | 14 | 1 | 3 | 0 | 6 | 0 | — | — | 23 | 1 | |
| 1995-96 | 26 | セリエA | 30 | 2 | 1 | 0 | 8 | 0 | 1 | 0 | 40 | 2 | |
| 1996-97 | 27 | セリエA | 26 | 1 | 3 | 0 | 10 | 0 | 2 | 0 | 41 | 1 | |
| 1997-98 | 28 | セリエA | 25 | 0 | 0 | 0 | 8 | 0 | 1 | 0 | 34 | 0 | |
| 1998-99 | 29 | セリエA | 29 | 0 | 1 | 0 | 9 | 0 | 1 | 0 | 40 | 0 | |
| 通算 | 124 | 4 | 8 | 0 | 41 | 0 | 5 | 0 | 178 | 4 | |||
| 1999-2000 | — | プレミアリーグ | 27 | 0 | 6 | 0 | 14 | 1 | — | — | 47 | 1 | |
| 2000-01 | 31 | ラ・リーガ | 13 | 0 | 1 | 0 | 7 | 0 | — | — | 21 | 0 | |
| キャリア通算 | 427 | 17 | 41 | 3 | 88 | 1 | 5 | 0 | 561 | 21 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 3. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
代表
フランス としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 1989 | 20 | 5 | 2 | |
| 1990 | 21 | 6 | 1 | |
| 1991 | 22 | 6 | 0 | |
| 1992 | 23 | 11 | 0 | |
| 1993 | 24 | 8 | 0 | |
| 1994 | 25 | 4 | 0 | |
| 1995 | 26 | 5 | 0 | |
| 1996 | 27 | 12 | 0 | |
| 1997 | 28 | 6 | 1 | |
| 1998 | 29 | 17 | 0 | |
| 1999 | 30 | 9 | 0 | |
| 2000 | 31 | 14 | 0 | |
| 通算 | 103 | 4 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
監督成績
在任別・通算
英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1378165367)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。
| 在任期間 | 年齢 | チーム | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 勝率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001.07〜2005.09 | 32 | 220 | 110 | 59 | 51 | 50.0% | |
| 2006.07〜2007.05 | 37 | 43 | 30 | 11 | 2 | 69.8% | |
| 2009.07〜2012.07 | 40 | 163 | 82 | 40 | 41 | 50.3% | |
| 2012.07〜2026.07 | 43 | 185 | 120 | 35 | 30 | 64.9% | |
| 通算 | 611 | 342 | 145 | 124 | 56.0% | ||
所属チーム
ユース
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1976〜1983 | 7 | |
| 1983〜1985 | 14 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
クラブ
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1985〜1989 | 16 | |
| 1989〜1994 | 20 | |
| 1990〜1991 | 21 | |
| 1994〜1999 | 25 | |
| 1999〜2000 | 30 | |
| 2000〜2001 | 31 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
代表
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1988〜1989 | 19 | |
| 1989〜2000 | 20 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
監督
移籍金・年俸・市場価値の推移
移籍履歴
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1989 | 20 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1990 | 21 | 期限付き移籍 | — | 期間・移籍金は未確認 | ||
| 1994 | 25 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1999 | 30 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2000 | 31 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
人物相関
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
共にプレーした選手
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| ベン・デイヴィス | 2018〜2023 | 5 | ||
| エリック・ダイアー | 2018〜2023 | 5 | ||
| ハリー・ケイン | 2018〜2023 | 5 | ||
| ソン・フンミン | 2018〜2023 | 5 | ||
| ルーカス・ロドリゲス・モウラ・ダ・シルヴァ | 2018〜2022 | 4 | ||
| ライアン・セセニョン | 2019〜2023 | 4 | ||
| トロイ・パロット | 2018〜2022 | 4 | ||
| ブライアン・ヒル・サルバティエラ | 2021〜2023 | 3 | ||
| クリスティアン・ロメロ | 2021〜2023 | 3 | ||
| デヤン・クルゼフスキ | 2021〜2023 | 3 | ||
| ジオヴァニ・ロ・チェルソ | 2019〜2023 | 3 | ||
| ロドリゴ・ベンタンクール | 2021〜2023 | 3 | ||
| アブドゥル・ファタウ・イサハク | 2024〜2025 | 2 | ||
| ボビー・リード | 2024〜2025 | 2 | ||
| ビラル・エル・カンヌス | 2024〜2025 | 2 | ||
| アンドリー・シェフチェンコ | 2018〜2019 | 2 | ||
| リュック・ホルツ | 2018〜2019 | 2 | ||
| ヨアヒム・レーヴ | 2018〜2019 | 2 | ||
| ジョルダン・アイェウ | 2024〜2025 | 2 | ||
| フアン・フォイス | 2018〜2019 | 2 |
指導を受けた監督
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| マルチェロ・リッピ | 1994年7月〜1999年2月 | |
| クラウディオ・ラニエリ | 2000年9月〜2004年6月 | |
| ラファエル・ベニテス | 2001年7月〜2004年6月 |
タイトル
クラブ
マルセイユ(選手)
- リーグ・アン:2回(1989-90, 1991-92)
- UEFAチャンピオンズリーグ:1回(1992-93)
ユヴェントス(選手)
- セリエA:3回(1994-95, 1996-97, 1997-98)
- コッパ・イタリア:1回(1994-95)
- スーペルコッパ・イタリアーナ:2回(1995, 1997)
- インターコンチネンタルカップ:1回(1996)
- UEFAチャンピオンズリーグ:3回(1995-96, 1996-97, 1997-98)
- UEFAカップ準優勝:1回(1994-95)
- UEFAスーパーカップ:1回(1996)
チェルシー(選手)
- FAカップ:1回(1999-2000)
バレンシア(選手)
- UEFAチャンピオンズリーグ準優勝:1回(2000-01)
フランス代表(選手)
- FIFAワールドカップ:1回(1998)
- UEFA欧州選手権:1回(2000)
モナコ(監督)
- UEFAチャンピオンズリーグ準優勝:1回(2003-04)
ユヴェントス(監督)
- セリエB:1回(2006-07)
マルセイユ(監督)
- リーグ・アン:1回(2009-10)
- トロフェ・デ・シャンピオン:2回(2010, 2011)
フランス代表(監督)
- FIFAワールドカップ:2回(2018, 2022)
- UEFA欧州選手権準優勝:1回(2016)
個人
- フランス年間最優秀選手(フランス・フットボール誌):1回(1996)
- UEFA欧州選手権 大会ベストイレブン:1回(1996)
- FIFA 100(偉大な選手100人):1回(2004)
- The Best FIFA男子監督賞:1回(2018)
- ワールドサッカー誌 年間最優秀監督:1回(2018)
- レジオンドヌール勲章シュヴァリエ:1回(1998)
英語の記録名しか確認できないもの(13件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
獲得メダル
代表チームで獲得したメダルです(金3・銀2・銅1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| UEFA欧州選手権 | 金 2000 ベルギー・オランダ金 2018 ロシア金 2021 イタリア銀 2016 フランス銀 2022 カタール銅 2025 ドイツ |
|---|
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ディディエ・デシャン」(版 110348212)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
出典
- API-Football(移籍データ)、2026年10月22日 取得 https://www.api-football.com/
- Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
- Wikipedia(日本語版)「ディディエ・デシャン」、版 ID 110348212、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A8%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%B3
- Wikipedia(英語版)、版 ID 1378165367、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Didier_Deschamps
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
関連項目
- ナント
- マルセイユ
- ボルドー
- ユヴェントス
- チェルシー
- バレンシア
- モナコ
- フランス
- フランス U-21
- リーグ・アン
- UEFAチャンピオンズリーグ
- セリエA
- コッパ・イタリア
- スーペルコッパ・イタリアーナ
- インターコンチネンタルカップ
- UEFAカップ準優勝
- UEFAスーパーカップ
- FAカップ
- UEFAチャンピオンズリーグ準優勝
- FIFAワールドカップ
掲載写真は Wikidata API および Wikimedia Commons API を通じて、ライセンス(CC BY-SA / パブリックドメイン等)と作者表示の要件を確認したうえで掲載します。