マリオ・ザガロ

SOCCERPEDIA / 選手ページ / ブラジルのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

ブラジルマリオ・ザガロ(Mário Zagallo、1931年8月9日 - 2024年1月5日)は、Atalaia出身の元サッカー選手。ポジションはFW。クラブ・代表で通算23個のタイトルを獲得、個人賞は3回。

マリオ・ジョルジ・ロボ・ザガロ(Mário Jorge Lobo Zagallo, 1931年8月9日 - 2024年1月5日)は、ブラジル・アラゴアス州出身の元サッカー選手・サッカー指導者。選手時代のポジションはフォワード。

FIFAワールドカップにおいて選手時代に2度、監督・コーチとして1度の優勝、1度の準優勝経験を持つ。

クラブ経歴

選手として

1950年代前半、CRフラメンゴの左ウイングとして頭角を現したザガロは、フラメンゴ、ボタフォゴ時代も合計5回のリオ州選手権優勝を果たした。

ブラジル代表に選出され、1958年のW杯スウェーデン大会と1962年のW杯チリ大会の連続優勝の偉業を達成したチームにおいて、ウイングとして常に先発メンバーに名を連ねた。体格面ではさほど恵まれてはいなかったが、足元の技術は元より、守備時に前線から真っ先に戻ってきて自陣を固める、献身的なプレイヤーだった。

指導者として

1965年に現役を引退した後は指導者に転身し、自身も選手としてプレーしたボタフォゴFRなどブラジル国内の有力クラブの監督を歴任。またナショナルチームにも度々携わり、1970年のW杯メキシコ大会ではリヴェリーノ、ペレらをまとめ上げて優勝を果たし、初の選手と指導者双方でのワールドカップのタイトルを獲得した(その後、選手と指導者双方で優勝したのはフランツ・ベッケンバウアーとディディエ・デシャンである)。

1989年にはUAE代表監督に就任し、見事1990 FIFAワールドカップ・アジア予選を勝ち抜き、同代表をW杯初出場に導いた。

その後1994年のW杯アメリカ大会では、愛弟子でもあるカルロス・アルベルト・パレイラ監督をアシスタントコーチとして支えチームを優勝に導いた。大会後、代表監督に復帰、オリンピック世代の代表監督も兼任した。1995年のコパ・アメリカ以降は次の1998 FIFAワールドカップに向け、年齢を考慮した選手選考をするという明確な方針があり、これまで召集されてきた一部のベテラン選手たちが代表を外れた。1996年のアトランタオリンピックでは3位に終わった。

1998年のW杯フランス大会ではアシスタントコーチにジーコを配して再び指揮を執り、決勝でフランスに敗れたはしたものの準優勝を果たした。ブラジル代表の監督・コーチとして臨んだ試合は合計154試合に上るが、うち110勝と33の引き分け、敗戦はたったの11試合しかない。(マイアミの奇跡が奇跡と呼ばれる一つの理由でもある)選手として、指導者として4度の世界王者に輝いたザガロは、多くの後輩たちから「教授」と呼ばれ尊敬を集める存在となっている。

監督時代には数々の輝かしい実績を残しているが、その守備寄りな戦術ゆえ、攻撃的なサッカーを好むブラジル国内ではしばしば批判の対象となった。しかし1994年、98年のW杯に見られた2人のボランチと両サイドバックが攻守に献身するサッカーは、ボール支配率を重視する現代サッカーを体現するものであり、優勝・準優勝という結果でもってその理念を証明して見せた。彼が重用した守備的なポジションのプレイヤーであるカフー、ロベルト・カルロスといった選手たちは、その後現代を代表する名選手として世界的な名声を手に入れ、また2006年7月から2010年7月まではザガロのチームで長く主将を務めたドゥンガが代表チームを指揮していた。

2001年のフラメンゴを最後に監督業からは勇退。W杯日韓大会でブラジル代表が5度目の優勝を遂げた直後の2002年11月20日、韓国代表との親善試合でブラジル代表監督に一時的に復帰し、3-2の勝利で自身の代表監督100勝目を飾った。

所属チーム

代表

期間年齢チーム
1958〜196426ブラジルブラジル

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

タイトル

クラブ

ブラジル代表(選手)

アル・ヒラル(監督)

ブラジル代表(監督)

ブラジル代表

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獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(金6・銀4・銅2)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

FIFAワールドカップ金 1970 メキシコ金 1994 アメリカ銀 1998 フランス
コパ・アメリカ金 1997 ボリビア金 2004 ペルー銀 1995 ウルグアイ
FIFAコンフェデレーションズカップ金 1997 サウジアラビア金 2005 ドイツ
CONCACAFゴールドカップ銀 1996 アメリカ銅 1998 アメリカ
オリンピック銅 1996 アトランタ
AFCアジアカップ銀 1976 イラン

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

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本文の一部は、ウィキペディア日本語版「マリオ・ザガロ」(版 108795618)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「マリオ・ザガロ」、版 ID 108795618、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%82%AC%E3%83%AD
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1378168032、2026年10月18日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/M%C3%A1rio_Zagallo

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