「このルールは人種差別と戦うために導入されたものなのに、僕が口に手を当てたからといって彼は試合で有利になろうとした。僕は彼に一言も言っていない。」
「人種差別に反対するルールなのに、どうしてあんなことができるのか。現実とは思えない。」
「僕は愚か者に自分をさらけ出す機会を与えた。ありがとう、ネストル。」
出典:Goal.com 2026年10月25日
SOCCERPEDIA / 選手ページ / ブラジルのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
ネイマール(Neymar、1992年2月5日生)は、ブラジル出身のサッカー選手。ポジションはMF(ミッドフィールダー)、2025年からサントス(ブラジル・セリエA)に所属、背番号は10。ブラジルでは2010年から通算130試合80得点を記録している。クラブでは公式戦通算644試合381得点(2009 シーズン以降)。Wikidata に登録されている受賞は2種・8件(サンバ・ゴールド 6回、南米年間最優秀選手賞 2回)。登録漏れがあるため実際の受賞回数より少ない場合がある。
ネイマール(Neymar )こと、ネイマール・ダ・シウバ・サントス・ジュニオール(Neymar da Silva Santos Júnior , 1992年2月5日 - )は、ブラジル・サンパウロ州モジ・ダス・クルーゼス出身のサッカー選手。ブラジレイロ・セリエA・サントスFC所属。元ブラジル代表。ポジションはFW(LWG)、MF(OMF)。
ブラジル代表歴代最多得点記録保持者。FIFAコンフェデレーションズカップ2013ではゴールデンボールに選出された。2016年にはリオデジャネイロオリンピックにオーバーエイジ枠で出場し、金メダルを獲得した。
2021年には、パリ・サンジェルマンFCと総額約638億円の年俸契約を結んだことが世界的なニュースになった。
サントスFC時代には、南米年間最優秀選手賞を2度獲得している。欧州の舞台ではFCバルセロナに所属しリオネル・メッシ、ルイス・スアレスと攻撃トリオを組み、ラ・リーガ、コパ・デル・レイ、UEFAチャンピオンズリーグの三冠に貢献した。2015年のバロンドールでは3位にランクした。翌年もラ・リーガとコパ・デル・レイの連覇に貢献し、2017年には史上最高額の2億2200万ユーロ(約284億円)の移籍金でパリ・サンジェルマンに移籍した。1年目にはリーグ・アン年間最優秀選手賞に選ばれた。
世界で最も有名なスポーツ選手の一人であり、SportsProは2012年と2013年に世界で最も市場価値のあるアスリートと発表し、2016年にESPNが発表した世界で最も有名なアスリートでは4位に選出された。2017年にはTIMEによる世界で最も影響力のある選手の一人に選出された。2019年に発表されたフォーブスのスポーツ選手長者番付はリオネル・メッシ、クリスティアーノ・ロナウドに次ぐ3位であった。
ネイマール・ダ・シウバ・サントス・ジュニオールは、ネイマール・サントスとナディーン・ダ・シウバとの間に一男一女の長子として出生。4歳年下の実妹のラファエッラ・ベックランはモデル業をしており、実父もかつてサッカー選手であった。成長すると、ネイマールはフットサルとストリートサッカーに夢中になった。
1992年、ネイマールは家族と共にに転居した。1999年にポルトゥゲーザ・サンチスタのユースクラブ入団を経て、2003年にサントスFCのユースクラブに移籍した。ユース年代で成功を収めると、家族はの隣に初めての物件を購入した。ネイマールは、15歳の時には1カ月に10,000レアル、16歳の時には1カ月に25,000レアルの収入があった。17歳でプロ契約を交わしサントスのトップチームに昇格し、スポンサー契約も得た。
2005年1月、12歳だったネイマールはレアル・マドリードとの契約を交わす予定だったが、締結には至らなかった。2008年2月10日、サントスFCとプロ契約を結び、違約金は5000万ユーロに設定された。
13歳の時に、元レアル・マドリードFWロビーニョの年末チャリティマッチに参加。試合はテレビ中継されたこともあり、一躍有名になる。その後幾度となくサッカー番組などに出演し、サポーターからも一軍でのデビューを期待されるようになった。
デビュー戦となったサンパウロ州選手権のオエステFC戦では、得意の高速ドリブルやペダラーダを連発し、負けていた試合を逆転勝利に導いた。翌節のモジミリンEC戦でプロ初ゴールを決め、試合を観戦していたペレに「彼はうまくいけば私を超える潜在能力を持っている」と評された。
2011年のコパ・リベルタドーレス決勝戦の対CAペニャロール戦では、アウェーの第1戦を0-0の引き分けで終え、ホームでの第2戦では47分に値千金の先制弾を決め、最終的に2-1でサントスが1963年大会以来、3度目のコパ・リベルタドーレス制覇を達成した。なおネイマール自身はこの大会で計6ゴールを記録しており、優勝の原動力となった。南米代表として出場したFIFAクラブワールドカップ2011では、12月14日の初戦の柏レイソル戦で、キックフェイントからのミドルシュートで先制点を挙げ、勝利に貢献。しかし決勝ではFCバルセロナの前に徹底マークに苦しみ、チームも0-4で敗北し準優勝に終わった。
2012年1月1日、2011年の南米年間最優秀選手賞に選出されたことが発表された。
2013年5月26日、サントスでの最後の試合に出場し、試合前の国歌斉唱の際には涙を流した。
2013年5月24日、サントスがネイマールの放出を発表、26日にFCバルセロナとの5年契約での合意が発表された。6月3日、正式に契約を締結した。背番号は当初決まっていなかったが、ティアゴ・アルカンタラがバイエルン・ミュンヘンに移籍した後、サントスでも着けていた11番を着けることになった。8月21日のスーペルコパ・デ・エスパーニャのアトレティコ・マドリード戦にてチームを優勝に導くアウェーゴールを決め、公式戦初得点を記録した。9月25日のレアル・ソシエダ戦ではチャンピオンズリーグも含め5戦連続アシストを記録した。10月26日の自身初のエル・クラシコでは1ゴール1アシストを記録し、2-1での勝利に貢献した。12月11日のチャンピオンズリーググループステージのセルティック戦では移籍後初のハットトリックを達成した。
2014-15シーズンはアルゼンチン代表のリオネル・メッシ、ウルグアイ代表のルイス・スアレスと3トップを組み、公式戦39ゴール、3トップとしてはスペイン史上最多となる公式戦ゴール数122ゴールを記録した。さらにはチャンピオンズリーグ決勝のユヴェントス戦でも5試合連続となるゴールを決めてメッシ、クリスティアーノ・ロナウドと並んでCL得点王となり、ラ・リーガ、コパ・デル・レイ、チャンピオンズリーグの三冠を達成して欧州初のメジャータイトルを獲得した。また欧州と南米でクラブ王者のタイトルを獲得した史上8人目の選手となった。12月に日本で開催されたFIFAクラブワールドカップ2015決勝でも南米王者のリーベル・プレート相手に華麗な5人抜きドリブルをみせリオネル・メッシの先制点とルイス・スアレスの3点目をアシストし優勝に貢献した。サントスFC時代にFIFAクラブワールドカップ2011決勝で敗れた相手でもあるFCバルセロナで今度はクラブ世界一を手にした。
2015-16シーズン、エースであるメッシの負傷による長期離脱の際には攻撃を牽引し、10月17日の第9節ラージョ・バジェカーノ戦ではハットトリックを含む4得点の活躍を見せた。さらに、メッシ、クリスティアーノ・ロナウドと共に自身初となる世界最優秀選手賞FIFAバロンドールの最終候補3人に選ばれた。シーズン後半は調子を落とすものの、公式戦31ゴール16アシストを記録し、コパ・デル・レイの決勝でも追加点を決めるなど、ラ・リーガとコパの連覇に貢献した。
2016年7月1日、クラブとの契約を2021年まで延長した。契約解除金は1年目は2億ユーロ、2年目は2億2000万ユーロ、3年目以降は2億5000万ユーロに設定された。2017年3月8日のチャンピオンズリーグ、PSG戦では終了間際に3得点に絡む活躍を見せ、第1戦0-4からの逆転勝利に貢献した。5月27日のコパ・デル・レイの決勝では2年連続で得点し、優勝に貢献した。
2017年7月中旬、母国ブラジルの報道機関であるグローボ紙がネイマールがFCバルセロナから退団するかもしれないという事を伝えた。現地バルセロナの機関紙であるSPORTもこれを報じたがムンド・デポルティーボは否定していた。さらに、7月23日にチームメイトであるジェラール・ピケが彼は残るとInstagramに投稿し、メッシとスアレスが約1時間ネイマール本人と話し合ったことからこの移籍騒動は沈静化するかと思われたが、ピケ本人から個人的な意見だった説明した事や本人の口からは何も話されていない事から移籍騒動はぶり返された。FCバルセロナのプレシーズンマッチも終わり、8月になり7月30日からの自身のプロモーションの為に訪れていた中国からバルセロナに帰国、このまま練習に参加するかと思われたが、FCバルセロナから公式にネイマール本人が退団の意思を見せた事を明らかにし、契約解除金として2億2200万ユーロを払わなければ放出しない事も同時に明らかにした。現地時間の8月3日、FCバルセロナからネイマール名義で契約解除金の2億2200万ユーロが支払われたと発表された。しかし、スペイン・プロリーグ機構は、契約解除金の受け取りを拒否し、それに対してフランス・プロサッカーリーグがネイマールのパリ・サンジェルマン移籍を全面的にサポートすると発表する事態となった。
移籍決定後、ネイマールの父親はバルサに前年の契約更新ボーナスの支払いを求めたが、クラブ側は条件を満たさないとしてこれを拒否した。また、8月22日にFCバルセロナは、契約延長のボーナスとして支払われた金額の返還と損害賠償金として850万ユーロに遅延金の10パーセントを上乗せた金額を支払う事を求めた事を発表した。
2017年8月3日、パリ・サンジェルマンFCへの移籍が発表され、2022年までの5年契約を締結した。背番号はハビエル・パストーレから譲られた10番に決定。なお、背番号10番はズラタン・イブラヒモヴィッチやオーガスティン・オコチャといった名手、同郷のロナウジーニョやライーが着けた背番号である。2017年8月12日、EAギャンガン戦で同クラブの選手としてリーグデビュー、同試合で1ゴール1アシストを記録した。2018年2月25日のオリンピック・マルセイユ戦で足を骨折してその後のシーズンは離脱した。公式戦30試合の出場で28ゴールを記録した。
2018-19シーズンは開幕戦からゴールを決めた。10月4日、欧州CL第2節のレッドスター・ベオグラード戦ではハットトリックを決めて今季CL初勝利に貢献した。2019年1月下旬のクープ・ドゥ・フランスラウンド16のRCストラスブール戦で相手のチャージを受け、中足骨骨折を負った。欠場した欧州CL決勝T1回戦のマンチェスター・ユナイテッドFC戦第2戦での審判の判定に対し、自身のSNSで怒りを露にした。これにより3試合のCL出場停止処分を受けた。約3か月離脱したのち、4月22日のASモナコ戦で復帰。同月27日のクープ・ドゥ・フランス決勝のスタッド・レンヌ戦では得点を挙げたが敗れた。その表彰式で、PSGの選手が近くの観客と握手を交わしながらメダルを受け取るために階段を上っていく中、列の最後尾近くにいたネイマールがチームメイトを侮辱したという観客の一人の顔を殴打した。この行為は監督やチームメイトからも苦言を呈され、フランスサッカー連盟(FFF)から3試合の出場停止に加えて2試合の執行猶予処分を下された。
2019-20シーズンは怪我や開幕後まで移籍話があったことも影響し、9月14日のリーグ・アン第5節・RCストラスブール戦で初出場。ホーム開催にも関わらず自身に対してブーイングが起きたが、後半アディショナルタイムに決勝点となるゴールをオーバーヘッドキックで決めた。しかし10月の代表戦や2月のリーグ戦でも負傷してしばしば離脱しており、リーグ戦は15試合の出場に留まった。欧州CLではラウンド16ボルシア・ドルトムント戦にてホーム戦とアウェー戦でそれぞれ1ゴールずつ決め、チームの準々決勝進出に貢献した他、チームを決勝まで導いた。
2023年8月15日、アル・ヒラルに移籍した。契約期間は2025年6月までの2年間。9月15日、アル・リヤドSC戦に途中出場して移籍後初出場すると、移籍後初アシストも記録した。
しかし、移籍から間もない2023年10月、ブラジル代表活動中に膝の前十字靭帯断裂の重傷を負って1年間の長期離脱を強いられた。さらに2024年10月には一度復帰したもののハムストリングの怪我で再び離脱を余儀なくされた。
2025年1月28日、双方合意の下にアル・ヒラルとの契約を解除したことが発表された。負傷の影響でアル・ヒラルでのプレーはわずか7試合に留まった。
2025年1月30日、自身のInstagramアカウント上で「明日の発表が待ちきれない」として古巣のサントスFCへの復帰を明かした。翌1月31日にはサントスFCからも正式に加入が発表された。
2010 FIFAワールドカップ後のブラジルの最初の試合となった2010年8月10日のアメリカ戦でブラジル代表に初めて招集された。ネイマールはこの試合で代表デビューを果たし、先制点となる代表初ゴールを挙げた。
2011年1月に開催された南米ユース選手権では得点王となる9得点を挙げる活躍でブラジルの優勝に貢献した。ロンドンオリンピックのU-23ブラジル代表メンバーに選出されると、全7試合に出場して4得点を挙げ銀メダル獲得に貢献した。
2011年3月27日のスコットランドとの親善試合では初の1試合2得点を記録した。この試合では2得点目を決めた際に、ネイマールに対して観客席からバナナが投げつけられた。バナナは黒人差別を示唆する物であり、スコットランドサポーターによる人種差別がなされたのではないかと問題になった。後にバナナを投げつけたのはドイツ人観光客だと判明し、人種差別的意図は無かったと主張したことから事態は沈静化した。
2012年9月10日の中国との親善試合で代表では初となるハットトリックを記録した。
2013年、ネイマールはルイス・フェリペ・スコラーリ率いるブラジル代表の一員として、母国開催のFIFAコンフェデレーションズカップ2013のメンバーに選出された。また、背番号はそれまで11番を着用していたが、この大会から10番が割り当てられた。
6月15日にエスタジオ・ナシオナル・デ・ブラジリア・マネ・ガリンチャで行われた日本戦では、フレッジが胸トラップで落としたボールをペナルティエリア外からダイレクトボレーを放ち、大会のオープニングゴールを決めた。第2戦のメキシコ戦でもネイマールはゴールを決めると、後半にもジョーのゴールもアシストして2-0の勝利に貢献した。第3戦のイタリア戦では、ペナルティエリアの端から強烈なフリーキックで3試合連続ゴールを決め、3試合連続でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。
6月30日、スペイン代表との決勝戦でネイマールはフレッジの先制点をアシスト。さらにブラジルの2点目も決めて3-0で勝利し、地元ブラジルで優勝を果たした。これらの活躍によってネイマールは大会で最も活躍した選手に贈られるゴールデンボール賞を受賞した。
地元ブラジルでの開催となった2014 FIFAワールドカップでは、グループリーグのクロアチア戦、カメルーン戦で2ゴールずつを奪い、準々決勝の時点でチーム最多得点となる4ゴールを挙げていたが、準々決勝コロンビア戦後半43分にDFフアン・スニガの膝による激しいチャージを背後から受け負傷、そのまま担架で運ばれ、フォルタレザ市内の病院に搬送、脊椎骨折で全治数週間と診断され、残る準決勝以降の試合に出場できなくなった。続く準決勝でネイマールを欠いたブラジルが大敗したこともあり、スニガには非難が殺到し、脅迫や犯罪予告が行われる事態となったため、ネイマールは当時流行していたアイス・バケツ・チャレンジでスニガを指名すると、スニガもこれに応じ和解をアピールした。
ワールドカップ後の初戦となった2014年9月5日のコロンビアとの親善試合では、チアゴ・シウバの負傷に伴い、ブラジル代表史上最年少となる22歳での主将に任命され、試合前にはコロンビアのキャプテンとなった因縁の相手であるスニガと抱擁し、和解を強調。試合では直接フリーキックによる決勝点を挙げた。
2014年10月14日の日本との親善試合では自身初となる1試合4得点を記録した。ブラジル代表では2000年10月8日のベネズエラ戦でロマーリオが記録して以来14年ぶり8人目(9回目)で、22歳での4得点は最年少、4-0で全4得点を挙げたのは史上初めてだった。この4得点で代表通算40得点とし、ベベットを抜きブラジル代表歴代5位となった。また日本からは通算7得点目となり、日本代表を相手に史上最も得点を挙げた選手となった。
2015年5月5日にブラジル代表としてコパ・アメリカ2015のメンバーに選出された。6月14日にグループステージ初戦のペルー戦で1得点1アシストをマークし初戦を勝利したが、6月17日のコロンビア戦でドゥンガ体制になって初めて敗れた。その試合後に相手DFパブロ・アルメロに対してボールを蹴りつけ、その後乱闘に発展した。この乱闘により相手FWカルロス・バッカと共にレッドカードを提示され、6月19日に南米サッカー連盟(CONMEBOL)は4試合の出場停止処分を下したことを発表した。これによりネイマールのコパ・アメリカ2015が終了した。また2014 FIFAワールドカップで負傷させられたコロンビア代表DFフアン・スニガに対して皮肉コメントを浴びせていた。
2016年6月29日、リオデジャネイロオリンピックのU-23ブラジル代表メンバーにオーバーエイジ枠として選出された。ネイマールはリオデジャネイロオリンピックの出場を優先するため、コパ・アメリカ・センテナリオの出場を欠場していた。準決勝のホンジュラス戦で、オリンピック史上最速となる試合開始からわずか15秒でゴールを決めた。ブラジルW杯の雪辱戦となったドイツとの決勝戦では先制点を挙げて大会4ゴールを記録し、PK戦でも最終キッカーとして成功し、ブラジルのオリンピック初優勝に大きく貢献した。
リオデジャネイロオリンピック後、「キャプテンであることは名誉だった、様々な愛情を受けてキャプテンをしていた。しかしもうブラジル代表のキャプテンはやりたくない」と心境を吐露し、チアゴ・シウバから受け継いでいたキャプテンマークをジョアン・ミランダに引き継ぎ、自らはキャプテンを降りた。なお、2018年のW杯後に再びキャプテンになったが、問題行動により2019年に監督からはく奪された。
2018 FIFAワールドカップの最終メンバーにも選ばれた。6月3日のクロアチアとの親善試合で足の怪我から3か月ぶりに国際試合に復帰し、ゴールを決めた。本大会ではグループリーグ第2戦のコスタリカ戦で1ゴール、決勝トーナメント1回戦メキシコ戦では1ゴール1アシストを決めた。しかし、準々決勝のベルギー戦で敗れた。大会を通じてデータ上は良いパフォーマンスを見せたものの、相手のチャージに対する過剰演技を何度も繰り返し、批判を集めてしまった。
コパ・アメリカ2019の代表メンバーにも選出されたが、直前の親善試合で右足首に靭帯損傷を負い、欠場が決まった。
コパアメリカ2021に臨む代表メンバーに選出。グループステージでは2G2Aの活躍でグループ首位に導くと、そのままの勢いでベスト8でチリに勝利。ベスト4のペルー戦では1Aをあげ、チームの決勝進出に貢献するも、決勝で宿敵アルゼンチンに敗れ2連覇とはならなかった。
2022 FIFAワールドカップ・南米予選の第2節ペルー戦でハットトリックを達成したことで通算得点数を64に伸ばし、ロナウドの62を超えて代表歴代2位となった。 2022年11月7日、W杯カタール大会に向けたメンバーの1人に選ばれた。今大会が最後のW杯と話していた本大会では、グループG初戦のセルビア戦を2-0で制するも、試合中に足首を負傷してしまいグループステージの残りの試合を欠場することになった。チームは続くスイス戦も1-0で勝利し、最終節のカメルーン戦で24年ぶりにグループリーグで敗戦を喫したが1位で通過した。ネイマールは決勝トーナメント1回戦の韓国戦から復帰し、自身のPKでの得点を含む4-1で快勝した。準々決勝クロアチア戦の延長前半には、ペレが持つブラジル代表最多得点記録(77得点)に並ぶ先制点を決めたが、延長後半に同点弾を決められてPK戦に突入。PK戦では1人目のロドリゴのシュートをドミニク・リヴァコヴィッチに阻まれ、さらに4人目のキッカーのマルキーニョスも決められなかったことで、ネイマールはPKを蹴らずして2大会連続のベスト8敗退を味わうことになった。
2023年9月8日、2026 FIFAワールドカップ・南米予選のボリビア戦でその試合チーム4点目となるゴールを挙げ、ブラジル代表最多得点記録を更新した。2026年5月18日、2026 FIFAワールドカップに臨むブラジル代表に選出された。しかし、本大会を前に負傷しグループステージ初戦のモロッコ戦1-1、第2戦のハイチ戦3-0の2試合を欠場した。第3節のスコットランド戦の後半31分、マテウス・クーニャに変わってピッチに投入された。決勝トーナメント1回戦の日本戦は2-1と勝利するも出場はなく、決勝トーナメント2回戦のノルウェー戦で途中出場し、終了間際にPKによるゴールを決めたが1-2で敗戦。ワールドカップベスト16での敗退となった。その後、ネイマールは代表引退を宣言。代表キャリアでワールドカップ優勝という夢を叶えることはできなかった。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「このルールは人種差別と戦うために導入されたものなのに、僕が口に手を当てたからといって彼は試合で有利になろうとした。僕は彼に一言も言っていない。」
「人種差別に反対するルールなのに、どうしてあんなことができるのか。現実とは思えない。」
「僕は愚か者に自分をさらけ出す機会を与えた。ありがとう、ネストル。」
出典:Goal.com 2026年10月25日
「彼は自分が私に何と言ったか分かっている。あれは私に対しても、バイーアのユニフォームに対しても敬意を欠いた行為だった。」
「選手としては皆の手本だが、今日はあの話し方のせいで人間性の面で失敗した。あのように振る舞うべきではない。」
「両親は私を非常にしっかり育ててくれたし、その教えに感謝している。私ならあのようなことは決して言わない。」
出典:Goal.com 2026年10月25日
「当然、引退したら丸1年は何もしないで過ごすつもりだ。」
「バスケットボールは大好きだけど、たまにしか観ない。サッカーを観ると腹が立つんだ。」
「サッカーは大好きだが、好きなのはプレーすることだ。ソファに座ってテレビで試合を観ることは、僕にはできない。」
出典:Goal.com 2026年10月23日
「ラミン・ヤマルは世界最高だ。」
出典:Goal.com 2026年10月17日
「メッシを見て。ダンスしている」
「スアレス、メッシ、俺。ベロベロだ」
「メッシは普段絶対こんなんじゃない」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月8日
「サッカーを愛する人なら誰もが、これまでずっとあなたのプレーを楽しんできました。」
「あなたのおかげで、僕はサッカーをさらに好きになれました。あなたと対戦できたことは光栄でしたし、あなたとともに歴史を作れたことはそれ以上の光栄です。」
「ありがとう、レオ・メッシ。」
出典:Softfootball - Where football truly comes alive! 2026年10月6日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 2009 | 17 | 10 | 12 | 3 | 3 | 1 | — | — | — | — | — | — | 48 | 14 | |
| 2010 | 18 | 17 | 19 | 14 | 8 | 11 | — | — | 2 | 0 | — | — | 60 | 42 | |
| 2011 | 19 | 13 | 11 | 4 | — | — | — | — | 13 | 6 | 2 | 1 | 47 | 24 | |
| 2012 | 20 | 14 | 16 | 20 | — | — | — | — | 12 | 8 | 2 | 1 | 47 | 43 | |
| 2013 | 21 | 0 | 18 | 12 | 4 | 1 | — | — | — | — | — | — | 23 | 13 | |
| 通算 | 76 | 53 | 15 | 13 | — | — | 27 | 14 | 4 | 2 | 225 | 136 | |||
| 2013-14 | 21 | 9 | — | — | 3 | 1 | — | — | 10 | 4 | 2 | 1 | 41 | 15 | |
| 2014-15 | 22 | 22 | — | — | 6 | 7 | — | — | 12 | 10 | — | — | 51 | 39 | |
| 2015-16 | 23 | 24 | — | — | 5 | 4 | — | — | 9 | 3 | 1 | 0 | 49 | 31 | |
| 2016-17 | 24 | 13 | — | — | 6 | 3 | — | — | 9 | 4 | 0 | 0 | 45 | 20 | |
| 通算 | — | — | 20 | 15 | — | — | 40 | 21 | 3 | 1 | 186 | 105 | |||
| 2017-18 | 25 | 19 | — | — | 1 | 2 | 2 | 1 | 7 | 6 | — | — | 30 | 28 | |
| 2018-19 | 26 | 15 | — | — | 3 | 2 | 1 | 1 | 6 | 5 | 1 | 0 | 28 | 23 | |
| 2019-20 | 27 | 13 | — | — | 2 | 2 | 3 | 1 | 7 | 3 | 0 | 0 | 27 | 19 | |
| 2020-21 | 28 | 9 | — | — | 3 | 1 | — | — | 9 | 6 | 1 | 1 | 31 | 17 | |
| 2021-22 | 29 | 13 | — | — | 0 | 0 | — | — | 6 | 0 | 0 | 0 | 28 | 13 | |
| 2022-23 | 30 | 13 | — | — | 2 | 1 | — | — | 6 | 2 | 1 | 2 | 29 | 18 | |
| 通算 | — | — | 11 | 8 | 6 | 3 | 41 | 22 | 3 | 3 | 173 | 118 | |||
| 2023-24 | 31 | 0 | — | — | 0 | 0 | — | — | 2 | 1 | 0 | 0 | 5 | 1 | |
| 2024-25 | 32 | 0 | — | — | 0 | 0 | — | — | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | |
| 通算 | — | — | 0 | 0 | — | — | 4 | 1 | 0 | 0 | 7 | 1 | |||
| 2025 | 33 | 8 | 7 | 3 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 28 | 11 | |
| 2026 | 34 | 8 | 2 | 0 | 5 | 0 | — | — | 5 | 2 | — | — | 25 | 10 | |
| 通算 | 9 | 3 | 6 | 0 | — | — | 5 | 2 | — | — | 53 | 21 | |||
| キャリア通算 | 85 | 57 | 52 | 36 | 6 | 3 | 117 | 60 | 10 | 6 | 644 | 381 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
ブラジル としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 2010 | 17 | 2 | 1 | |
| 2011 | 18 | 13 | 7 | |
| 2012 | 19 | 12 | 9 | |
| 2013 | 20 | 19 | 10 | |
| 2014 | 21 | 14 | 15 | |
| 2015 | 22 | 9 | 4 | |
| 2016 | 23 | 6 | 4 | |
| 2017 | 24 | 8 | 3 | |
| 2018 | 25 | 13 | 7 | |
| 2019 | 26 | 5 | 1 | |
| 2020 | 27 | 2 | 3 | |
| 2021 | 28 | 13 | 6 | |
| 2022 | 29 | 8 | 7 | |
| 2023 | 30 | 4 | 2 | |
| 2024 | 31 | 0 | 0 | |
| 2025 | 32 | 0 | 0 | |
| 2026 | 33 | 2 | 1 | |
| 通算 | 130 | 80 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1999〜2003 | 6 | |
| 2003〜2009 | 10 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 2009〜2013 | 16 | 70 | 44 | |
| 2013〜2017 | 20 | 123 | 68 | |
| 2017〜2023 | 24 | 112 | 82 | |
| 2023〜2025 | 30 | 3 | 0 | |
| 2025〜 | 32 | — | — |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2009 | 16 | |
| 2010〜2026 | 17 | |
| 2011 | 18 | |
| 2012〜2016 | 19 | |
| 2012〜2016 | 19 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2013-07 | 21 | 完全移籍 | 156.4億円 € 88.2M | |||
| 2017-08 | 25 | 完全移籍 | 393.6億円 € 222M | |||
| 2023-08 | 31 | 完全移籍 | 141.8億円 € 80M | |||
| 2025-01 | 32 | フリー移籍 | — |
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
報道・公開資料に載った年俸を、その媒体・日付とともに掲載しています(当サイトの推定ではありません)。基本給・ボーナス・肖像権収入の扱いは情報源により異なります。出典が確認できない値は掲載しません。
| 時期 | 年齢 | 所属 | 年俸 (報道値) | 備考 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2018 | 26 | 115.5億円 US$73.0M(競技収入) | 総収入 142.4億円(US$90M) うちスポンサー等 26.9億円(US$17M) | Forbes(2018年版) | |
| 2019 | 27 | 118.7億円 US$75.0M(競技収入) | 総収入 166.1億円(US$105M) うちスポンサー等 47.5億円(US$30M) | Forbes(2019年版) | |
| 2020 | 28 | 111.5億円 US$70.5M(競技収入) | 総収入 151.1億円(US$96M) うちスポンサー等 39.6億円(US$25M) | Forbes(2020年版) | |
| 2021 | 29 | 120.2億円 US$76.0M(競技収入) | 総収入 150.3億円(US$95M) うちスポンサー等 30.1億円(US$19M) | Forbes(2021年版) | |
| 2022 | 30 | 110.8億円 US$70.0M(競技収入) | 総収入 150.3億円(US$95M) うちスポンサー等 39.6億円(US$25M) | Forbes(2022年版) | |
| 2024 | 32 | 126.6億円 US$80.0M(競技収入) | 総収入 170.9億円(US$108M) うちスポンサー等 44.3億円(US$28M) | Forbes(2024年版) |
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| キリアン・エムバペ | 2017〜2023 | 7 | ||
| リオネル・メッシ | 2013〜2022 | 7 | ||
| マルコス・アオアス・コレア | 2017〜2023 | 7 | ||
| ファン・ベルナト | 2018〜2023 | 6 | ||
| ハファエウ・アルカンタラ・ド・ナシメント | 2014〜2021 | 6 | ||
| アンドレス・イニエスタ | 2013〜2017 | 5 | ||
| ダニ・アウヴェス | 2013〜2018 | 5 | ||
| ジョルディ・アルバ | 2013〜2017 | 5 | ||
| レアンドロ・パレデス | 2018〜2022 | 5 | ||
| セルジ・ロベルト | 2013〜2017 | 5 | ||
| セルヒオ・ブスケツ | 2013〜2017 | 5 | ||
| ティロ・ケーラー | 2018〜2022 | 5 | ||
| アンヘル・ディ・マリア | 2017〜2021 | 5 | ||
| アマド・ディアロ | 2019〜2022 | 4 | ||
| アンデル・エレーラ | 2019〜2022 | 4 | ||
| ダニーロ・ペレイラ | 2020〜2023 | 4 | ||
| エドゥ・ドラセナ | 2010〜2013 | 4 | ||
| フェリペ・アンデルソン・ペレイラ・ゴメス | 2010〜2013 | 4 | ||
| ヘセ・ロドリゲス | 2017〜2020 | 4 | ||
| ホルヘ・サンパオリ | 2014〜2017 | 4 |
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| ウド・ラテック | — | |
| セサル・ルイス・メノッティ | — | |
| ルイス・フェリペ・スコラーリ | 2012年11月〜2014年7月 | |
| ヘラルド・マルティーノ | 2013年7月〜2014年5月 | |
| ウナイ・エメリ | 2016年6月〜2018年5月 | |
| トーマス・トゥヘル | 2018年7月〜2020年12月 | |
| ジョルジェ・ジェズス | 2023年7月〜2025年5月 |
日本語名を確認できない監督 12 人は掲載していません。
Wikidata に登録されている受賞を、受賞年とともにまとめています。当サイトが独自に集計した数ではなく、登録されている分の件数です(登録漏れがあるため、実際の受賞回数より少ない場合があります)。
代表チームで獲得したメダルです(金3・銀2)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| FIFAコンフェデレーションズカップ | 金 2013 ブラジル |
|---|---|
| コパ・アメリカ | 銀 2021 ブラジル |
| オリンピック | 金 2016 リオデジャネイロ銀 2012 ロンドン |
| 南米U-20選手権 | 金 2011 ペルー |
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ネイマール」(版 111226266)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
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