アンヘル・ディ・マリア

SOCCERPEDIA / 選手ページ / アルゼンチンのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

アルゼンチンアンヘル・ディ・マリア(Ángel Di María、1988年2月14日生)は、ロサリオ出身のサッカー選手。ポジションはFW、2025年からロサリオ・セントラルに所属、背番号は11。アルゼンチンでは2008年から通算145試合31得点を記録している。クラブでは公式戦通算863試合216得点(2005-06 シーズン以降)。クラブ・代表で通算41個のタイトルを獲得、個人賞は24回(アルゼンチン年間最優秀選手賞 2回、ESM チーム・オブ・ザ・イヤー 2回)。

アンヘル・ファビアン・ディ・マリア・エルナンデス(, 1988年2月14日 - )は、アルゼンチン・サンタフェ州ロサリオ出身のサッカー選手。CAロサリオ・セントラル所属。元アルゼンチン代表。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。スペイン語での標準的発音では「ディ・マリーア」に近い。

クラブ経歴

ロサリオ・セントラル

サンタフェ州ロサリオの労働者階級の人々が住むアルベルディ区に生まれる。幼少の頃から非常に活発な子供で、周囲に多動性障害ではないかと心配され、母マリアーナが小児科医に相談するほどだったという。4歳で地元のクルブ・トリートというサッカークラブに通い始め、14歳でCAロサリオ・セントラルに入団し、2005年に17歳でデビュー。当時はサイドバックでプレーしていたが、スピードはあるもののスタミナや対人プレーが弱かったことから大成しない選手とされ、コーチからは「才能がないから他の職業を探した方がいい」と言われた。しかし、2007年にロサリオ・セントラルを率いたカルロス・イスチアによって左ウィングにコンバートされたことにより才能が開花した。

ベンフィカ

2007年7月、ボカ・ジュニアーズとの獲得争いを制したベンフィカにシモン・サブローザの代役として移籍した。初参加となったUEFAチャンピオンズリーグではグループリーグ6試合全てに出場した。2009-10シーズンはリーグトップの12アシストを決め、優勝に貢献。ディエゴ・マラドーナからは、「2年以内に世界的なスター選手になる」と言われた。ディ・マリアはそのシーズン、ポルトガルリーグ最優秀選手に選ばれた。

レアル・マドリード

2010年6月28日、移籍金2500万ユーロの6年契約でレアル・マドリードに移籍した。クラブ・アメリカとの親善試合でデビューし、RCDマジョルカとのリーグ初戦にもスターティングメンバーに選ばれた。ソシエダ戦ではリーグ初ゴールを記録。その後もコンスタントにプレーし、ディ・マリアのアンヘル(Ángel)というファーストネームから、移籍したラウル・ゴンサレスに代わる『マドリーの新たな天使』というニックネームを授かった。しかし、リーグ、カップ、UEFAチャンピオンズリーグと3つの大会を戦うという過密日程から「疲れた」と心情を吐露した。

チャンピオンズリーグ・ラウンド8でのトッテナム・ホットスパーFC戦第1戦で挙げた3点目は、相手監督のハリー・レドナップから「3点目のようなプレーを見せられてはお手上げだ。あのゴールは本当に素晴らしかった」と賞賛された。FCバルセロナとのコパ・デル・レイ決勝は、延長前半に左サイドのクロスからクリスティアーノ・ロナウドの決勝点を演出した。

2013年にレアル・マドリードがガレス・ベイル獲得に動いていたことにより同じポジションであるディ・マリアが移籍すると見られていたが、新監督のカルロ・アンチェロッティ曰く、「チームのバランスのための技術的な決断」で移籍市場最終日にメスト・エジルの移籍が決定したことにより、ディ・マリアは残留となった。開幕当初は出場機会が減ったものの、セントラルMFとしてプレーすることにより出場機会を増やした。チャンピオンズリーグでは、決勝で鋭いドリブル突破からベイルの決勝点をアシストし、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれるなどクラブの「ラ・デシマ」達成に大きく貢献した。

マンチェスター・ユナイテッド

2014年夏にレアル・マドリードがハメス・ロドリゲス、トニ・クロースらを獲得した事により移籍を志願、8月26日にマンチェスター・ユナイテッドFCにプレミアリーグ史上最高額の5970万ポンドで移籍、背番号は伝統の7番を背負うこととなった。QPR戦で移籍後初ゴール、リーグ戦27試合に出場、10アシストを記録するも、ゴールは3ゴールに留まった。

パリ・サンジェルマン

2015年8月6日、フランスのパリ・サンジェルマンFCへ移籍することをクラブ公式Twitter上で発表した。契約は2019年6月30日までの4年間で、背番号は11番である。これによりマンチェスター・ユナイテッドFCにプレミアリーグ史上最高額で移籍も1年で退団することになった。

2015-16シーズン、18アシストを記録しリーグ優勝に貢献、18アシストはリーグ・アンの新記録となった。

2016-17シーズン、2月14日、チャンピオンズリーグ、ラウンド16のFCバルセロナ戦第1戦では2得点を決めて勝利に貢献したが、第2戦では破れ、準々決勝には進出出来なかった。 4月1日に行われたクープ・ドゥ・フランス決勝、ASモナコとの試合では得点を決め、優勝に貢献した。

2017-18シーズン、2月6日、クープ・ドゥ・フランス3回戦のソショー戦ではハットトリック、準々決勝のマルセイユ戦でも2ゴールゴールを決めるなど、トータル7ゴールを決め、同大会制覇に貢献した。2018-19シーズンはリーグ戦で12ゴール12アシストを決め、リーグ制覇に貢献した。

2019-20シーズン、9月18日、チャンピオンズリーグ、グループステージのレアル・マドリード戦で2得点を挙げ、バルセロナとレアル・マドリードの両方を相手に1試合2得点を達成した史上2人目の選手となった。リーグ戦では26試合で7ゴール14アシストでリーグ3連覇に貢献、チャンピオンズリーグ準々決勝は出場停止で欠場したが、準決勝のライプツィヒ戦では1ゴール2アシストとチームの全てのゴールに関わり、MOMに選ばれる活躍で、チームを初の決勝進出に導いた。

2021-22シーズン、リーグ優勝を果たしたが、このシーズン限りで、7シーズンプレーしたパリ・サンジェルマンを退団することとなった。PSGでは294試合に出場し、クラブ記録である 111アシストを刻んだ。

ユヴェントスFC

2022年7月8日、ユヴェントスFCへの移籍が発表された。契約期間は2023年6月30日までの1年間。背番号はレアルマドリードでも着用していた22番。リーグ開幕節のサッスオーロで移籍後初ゴールを挙げるデビューを果たした。UEFAヨーロッパリーグ決勝トーナメントプレーオフの第2戦ではハットトリックを決めてラウンド16入りに導いた。

2023年2月23日、彼はヨーロッパリーグのナント戦でハットトリックを達成し、ユヴェントスの3-0のアウェー勝利に貢献した。3月9日には、フライブルク戦で決勝点を挙げ、ホームでの1-0の勝利を導いた。これは彼にとって大会4ゴール目となった。 シーズンを通して印象的なプレーを見せたものの、度重なるハムストリングの負傷により出場時間が制限された。そして6月6日、ディ・マリアは契約満了に伴いユヴェントスを退団することを発表した。

ベンフィカ復帰

2023年7月5日、2010年以来13年ぶりにSLベンフィカに復帰することを発表。背番号は11番を身につけることも併せて発表された。

2023-24シーズン終了後、古巣のCAロサリオ・セントラルに戻ってキャリアを終えたいと思っていたが、自身と親族に対する脅迫や殺害予告を受けて断念せざるを得なくなったことを2024年7月にロサリオのテレビ局のインタビューで語っている。

2025年5月29日、ロサリオ・セントラルはディ・マリアの加入が決定したことを発表。FIFAクラブワールドカップ2025での活動を最後にベンフィカを退団することになった。

代表経歴

代表経歴

2007年に行われたFIFA U-20ワールドカップでは3得点を記録して優勝に貢献し、多くのビッグクラブの注目を集めた。2008年の北京オリンピックではラッキーボーイ的な存在となり、アルゼンチンの金メダル獲得に貢献した。準々決勝のオランダ戦では延長後半でチームを準決勝へ導くゴールを決め、決勝のナイジェリア戦では、カウンターから決勝点となる鮮やかなループシュートを決めた。

2008年9月6日にワールドカップ予選のパラグアイ戦でフル代表デビューした。2010年5月24日のカナダ戦でフル代表初ゴールを決めた。2010年FIFAワールドカップ・南アフリカ大会にも出場し、ギリシャ戦を除く全ての試合に先発出場した。

2014年FIFAワールドカップブラジル大会決勝トーナメント1回戦のスイス戦では延長後半に決勝ゴールを決め、チームの準々決勝進出を助けたが、ベルギー戦で負傷し途中交代、準決勝、決勝には出場出来ず、チームは決勝でドイツに敗れた。

コパ・アメリカ2015では準決勝のパラグアイ戦で1ゴール2アシストを決め、決勝進出に貢献したが、決勝ではチリに破れ準優勝に終わった。

2018年、ワールドカップロシア大会、決勝トーナメント1回戦のフランス戦でミドルシュートで1ゴールを決めたが、3-4で敗れた。

2021年、コパ・アメリカ決勝のブラジル戦で決勝点を挙げ、28年ぶりのコパ・アメリカ優勝に貢献した。2022年、ワールドカップカタール大会。決勝のフランス戦で1ゴールを決め、36年ぶりのワールドカップ優勝に貢献した。

2023年11月24日、自身のSNS(インスタグラム)を更新し、コパ・アメリカ2024を最後に代表から引退することを表明した。

2024年7月14日、コパ・アメリカ2024でアルゼンチンが優勝したことにより、正式に代表を引退した。

人物像

人物

優れたドリブルを持ち、左右どちらのサイドでもプレーすることが出来るアタッカー。レアル・マドリードではウイングで起用されることが多いが、ウイングとしては発想と判断力を重視してプレーしていた。また、ジョゼ・モウリーニョの下で守備への意識を強く持つようになった。

キリスト教を信仰しており、試合前にはロッカールームでお祈りを欠かさない。また、腕に刺青で地元であるペルドリエル地区に対するメッセージを入れており、試合前にはその刺青にキスをしているという。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(2件)
2026年9月28日本人コメントアンヘル・ディ・マリア(本人)/公式インタビュー
メッシの代表引退を控え、アルゼンチン代表の新主将にクリスティアン・ロメロが指名されたことについて、ロサリオ・セントラル所属のディ・マリアが『SportsCenter』に出演して見解を述べた。ロメロの主将就任を全面的に支持し、新たなリーダーシップ体制への転換をサポーターに呼びかけた。
「彼にふさわしい。スカローニとコーチングスタッフにとって素晴らしい選択だと思う。」
「人々がこれからも代表チームを支え続けてくれることをうれしく思う。きっとこれからも私たちに喜びをもたらしてくれるだろう」

出典:GOAL 2026年9月28日

2026年9月28日対戦相手評ガリー・ネビル(対戦相手)
元マンチェスター・ユナイテッドDFのガリー・ネビル氏は、2014年に6000万ポンド弱の移籍金でマンUに加入したアンヘル・ディ・マリアについて、サー・アレックス・ファーガソン退任後の同クラブ最悪の補強選手だと評価した。ネビル氏は高い期待を持っていたが、ディ・マリアがルイ・ファン・ハール監督のサッカーに適応できず、イングランドでの生活にも馴染めず、わずか1シーズンで32試合4ゴールに終わったことを残念だったと述べている。
「ディ・マリアは最悪だった。ちなみに、私は彼にとても期待していたんだ。」

出典:dメニューニュース 2026年9月28日

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1リーグカップ2大陸大会3その他4シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
アルゼンチンロサリオ・セントラル2005-0617アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオン10000——4000140
2006-0718アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオン25600——0000256
通算35600——4000396
ポルトガルベンフィカ2007-0819プリメイラ・リーガ260503011100451
2008-0920プリメイラ・リーガ24210515100354
2009-1021プリメイラ・リーガ2651041144004510
通算767701223060012515
スペインレアル・マドリード2010-1122ラ・リーガ35680——10300539
2011-1223ラ・リーガ23500——7220327
2012-1324ラ・リーガ32771——11021529
2013-1425ラ・リーガ34474——113005211
2014-1526ラ・リーガ00——————1010
通算12422225——3985119036
イギリスマンチェスター・ユナイテッド2014-1526プレミアリーグ2735100————324
フランスパリ・サンジェルマン2015-1627リーグ・アン29104042103004715
2016-1728リーグ・アン296313374104314
2017-1829リーグ・アン3011674251004521
2018-1930リーグ・アン3012432082124519
2019-2031リーグ・アン268203193114113
2020-2132リーグ・アン27450——10110435
2021-2233リーグ・アン26500——5000315
通算19756241116854144329592
イタリアユヴェントス2022-2334セリエA26440——104——408
ポルトガルベンフィカ2023-2435プリメイラ・リーガ2895032115114817
2024-2536プリメイラ・リーガ258333391444419
通算53178365206559236
アルゼンチンロサリオ・セントラル202537アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオン167————————167
202638アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオン24820——72123412
通算401520——72125019
キャリア通算56913072203415164401410863216

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

アルゼンチン としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
20081910
20092050
201021112
201122103
20122383
20132491
201425132
201526134
201627123
201728101
20182951
20193050
20203120
202132142
202233116
20233471
20243592
通算14531

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
1991〜19922トリト
1992〜20053アルゼンチンロサリオ・セントラル

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム出場得点
2005〜200716アルゼンチンロサリオ・セントラル——
2007〜201018ポルトガルベンフィカ——
2010〜201421スペインレアル・マドリード12422
2014〜201525イングランドマンチェスター・ユナイテッド273
2015〜202226フランスパリ・サンジェルマン19756
2022〜202333イタリアユヴェントス264
2023〜202534ポルトガルベンフィカ5317
2025〜36アルゼンチンロサリオ・セントラル——

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。

代表

期間年齢チーム
200718アルゼンチンアルゼンチン U-20
200819アルゼンチンアルゼンチン・オリンピック
2008〜202419アルゼンチンアルゼンチン

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
2007-0719アルゼンチンロサリオ・セントラルポルトガルベンフィカ完全移籍14.2億円
€ 8M
2010-0722ポルトガルベンフィカスペインレアル・マドリード完全移籍44.3億円
€ 25M
2014-0826スペインレアル・マドリードイギリスマンチェスター・ユナイテッド完全移籍133億円
€ 75M
2015-0827イギリスマンチェスター・ユナイテッドフランスパリ・サンジェルマン完全移籍111.7億円
€ 63M
2022-0734フランスパリ・サンジェルマンイタリアユヴェントスフリー移籍—
2023-0735イタリアユヴェントスポルトガルベンフィカフリー移籍—
2025-0637ポルトガルベンフィカアルゼンチンロサリオ・セントラルフリー移籍—

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

共にプレーした選手

同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。

選手クラブ期間シーズン 
ヘセ・ロドリゲスフランスパリ・サンジェルマン2011〜20209
マルコス・アオアス・コレアフランスパリ・サンジェルマン2015〜20217
セルヒオ・ラモススペインレアル・マドリード2010〜20216
チアゴ・エミリアーノ・ダ・シウバフランスパリ・サンジェルマン2015〜20206
アドリアン・ラビオフランスパリ・サンジェルマン2015〜20225
クリスティアーノ・ロナウドスペインレアル・マドリード2010〜20145
イケル・カシージャススペインレアル・マドリード2010〜20145
ファン・ベルナトフランスパリ・サンジェルマン2018〜20235
カリム・ベンゼマスペインレアル・マドリード2010〜20145
キリアン・エムバペフランスパリ・サンジェルマン2017〜20215
レアンドロ・パレデスフランスパリ・サンジェルマン2018〜20225
マルセロ・ヴィエイラ・ダ・シウヴァ・ジュニオルスペインレアル・マドリード2010〜20145
ナチョ・フェルナンデス・イグレシアススペインレアル・マドリード2010〜20145
ネイマールフランスパリ・サンジェルマン2017〜20215
ぺぺスペインレアル・マドリード2010〜20145
シャビ・アロンソスペインレアル・マドリード2010〜20145
アルバロ・アルベロアスペインレアル・マドリード2010〜20145
アルバロ・モラタスペインレアル・マドリード2010〜20145
アンデル・エレーラフランスパリ・サンジェルマン2014〜20214
クリストフェル・エンクンクフランスパリ・サンジェルマン2015〜20184

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
ジョゼ・モウリーニョスペインレアル・マドリード2010年7月〜2013年6月
ルイ・ファン・ハールイングランドマンチェスター・U2014年7月〜2016年5月
ヘラルド・マルティーノアルゼンチンアルゼンチン代表2014年8月〜2016年7月
ウナイ・エメリフランスパリ・サンジェルマン2016年6月〜2018年5月
トーマス・トゥヘルフランスパリ・サンジェルマン2018年7月〜2020年12月
リオネル・スカローニアルゼンチンアルゼンチン代表2018年8月〜
マッシミリアーノ・アッレグリイタリアユヴェントス2021年5月〜2024年5月
ロジャー・シュミットポルトガルベンフィカ2022年7月〜2024年8月

日本語名を確認できない監督 8 人は掲載していません。

タイトル

クラブ

ベンフィカ

レアル・マドリード

パリ・サンジェルマン

ロサリオ・セントラル

その他

代表

アルゼンチン代表

個人

英語の記録名しか確認できないもの(18件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(金6・銀3・銅1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

FIFAワールドカップ金 2022 カタール銀 2014 ブラジル
コパ・アメリカ金 2021 ブラジル金 2022 イングランド金 2024 アメリカ銀 2015 チリ銀 2016 アメリカ銅 2019 ブラジル
オリンピック金 2008 北京
FIFA U-20ワールドカップ金 2007 カナダ

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「アンヘル・ディ・マリア」(版 110353579)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. API-Football(移籍データ)、2026年10月22日 取得 https://www.api-football.com/
  2. API-Football(選手・監督データ)、2026年10月25日 取得 https://www.api-football.com/
  3. GOAL、2026年9月28日、2026年10月9日 取得 https://www.goal.com/jp/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88/%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%8D%E3%83%AB-%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%B7%E3%81%AE%E6%84%9F%E5%8B%95%E7%9A%84%E3%81%AA%E5%88%A5%E3%82%8C%E3%81%8B%E3%82%99%E8%BF%91%E3%81%A4%E3%82%99%E3%81%8F%E4%B8%AD-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%AB-%E3%83%86%E3%82%99%E3%82%A3-%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%8B%E3%82%99%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%B3-%E3%83%AD%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%82%99%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%B3%E4%B8%BB%E5%B0%86%E7%B6%99%E6%89%BF%E3%81%AB%E8%A6%8B%E8%A7%A3%E3%82%92%E7%A4%BA%E3%81%99/bltfd59b81c5722a6e4
  4. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  5. Wikipedia(日本語版)「アンヘル・ディ・マリア」、版 ID 110353579、2026年10月8日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2
  6. Wikipedia(英語版)、版 ID 1379094313、2026年10月13日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/%C3%81ngel_Di_Mar%C3%ADa
  7. dメニューニュース、2026年9月28日、2026年10月9日 取得 https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/theworldmagazine/sports/theworldmagazine-507508

※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。

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