概要
ベベット(Bebeto、1964年2月16日生)は、サルヴァドール出身の元サッカー選手。ポジションはFW。ブラジルでは1985年から通算75試合38得点を記録している。クラブでは公式戦通算372試合197得点(1983 シーズン以降)。クラブ・代表で通算21個のタイトルを獲得、個人賞は14回。
ベベト(Bebeto、)ことジョゼ・ロベルト・ガマ・ジ・オリヴェイラ(José Roberto Gama de Oliveira、1964年2月16日 - )は、ブラジル・サルヴァドール出身の元サッカー選手、サッカー指導者。元ブラジル代表。ポジションはフォワード。2010年のブラジル総選挙で政界入りし、民主労働党からリオデジャネイロ州議会議員に選出された。
1989年度南米年間最優秀選手賞受賞者で、1992-93シーズンのラ・リーガ得点王である。またゆりかごダンスの生みの親でもある。
クラブ経歴
クラブ経歴
ブラジルのフラメンゴではジーコの後継者と言われ6シーズンを過ごした。当初は活躍できるのか疑問視され、サポーターからブーイングを受けることすらあったが、次第に彼らの心を掴んだ。その後はヴァスコ・ダ・ガマで活躍した。
1992-93シーズン、バルセロナやバイエルン・ミュンヘンからのオファーを蹴り、1部に昇格したばかりのデポルティーボ・ラ・コルーニャに移籍した。1992-93シーズンの開幕戦となったセルタ戦でPKによるゴールを決め、以降の2試合でもゴールを奪い、開幕から3試合連続ゴールを決めると、10月2日のレアル・マドリード戦では2ゴールを決め勝利に貢献、10月16日のバルセロナ戦でも決勝ゴール、12月6日から1月27日まで7試合連続ゴールを決め、この間の1月3日エスパニョール戦では1PKを含む、ラリーガ移籍後初のハットトリックを決めるなど、29ゴールを決めラリーガの得点王となった。
1993-94シーズン、2月23日のアルバセテ・バロンピエ戦でハットトリックを決めるなど、リーグ戦では16ゴールを決め、最終節まで首位を走り、勝利すれば優勝というところまで行くが、はバレンシアと対戦し、試合中にPKを得たが、PKキッカーを務めていたドナトが既に交代、ベベトがPKを蹴ることを拒否、ジュキッチがこれを外した結果、引き分けに終わり、バルセロナがセビージャに勝利したことで逆転優勝を許した。
1994-95シーズン、4月9日のテネリフェ戦でハットトリックを決めるなど、リーグ戦では16ゴールを決めた。またコパ・デル・レイの優勝に貢献した。
1995-96シーズン、10月1日のアルバセテ・バロンピエ戦では一人で5ゴールを決め、12月21日のレアル・マドリード戦ではハットトリック、最終節のバルセロナ戦でも2ゴールを決めるなど、リーグ戦で25ゴールを決めた。在籍中の4シーズンで131試合86ゴールを決める活躍をした。その後フラメンゴに復帰、1996-97シーズンにはセビージャに移籍したが、5試合でノーゴールに終わり短期で退団した。
1997年には短期のレンタル移籍でクルゼイロに加入し、トヨタカップの獲得を目指し、ボルシア・ドルトムントとの試合に先発出場したが0-2と敗れた。
1999年、 ワールドサッカー誌の20世紀の偉大なサッカー選手100人で100位に選出された。
2000年にはジーコからの誘いを受け、サンダーランドからのオファーを断り、Jリーグの鹿島アントラーズに入団。大きく注目を集め、本人も入団会見で得点王宣言をするなど活躍が期待されたが、4月1日の横浜F・マリノス戦でJリーグ初ゴールを決めるも、全く水が合わず8試合出場しその1ゴールを挙げたのみで退団した。
引退後
引退後の2010年、ブラジルのリオデジャネイロ州会議員選挙に立候補し、当選を果たした、その後2度連続して当選した。2012年2月、2014年ブラジルW杯大会組織委員会理事に就任。
代表経歴
代表経歴
1989年度の南米選手権で6ゴールを決め得点王となり優勝に大きく貢献、南米年間最優秀選手賞を受賞した。1990年のイタリアW杯に出場したが、プレータイムは僅か7分に終わった。
1994年のアメリカW杯ではロマーリオと2トップを組み、グループリーグのカメルーン戦で1ゴール、決勝トーナメントのアメリカ戦、準々決勝のオランダ戦で1ゴール1アシストを決めるなど、ブラジルの4回目の優勝に貢献した。オランダ戦でゴールを決めた時に、自身の子供の誕生を祝うゆりかごダンスを披露した。この時のベベトによるゆりかごダンスが有名になり現在も使われている。
1996年にはアトランタ五輪にオーバーエイジとして参加。ポルトガルとの3位決定戦でハットトリックを決めるなど、チームトップとなる大会6得点を挙げ、銅メダル獲得に貢献。
1998年にはフランスW杯に出場、グループリーグのスコットランド戦ではセザール・サンパイオのゴールをアシスト、モロッコ戦、ノルウェー戦ではゴールを決めると、準々決勝のデンマーク戦では先制点を決めるなど、決勝進出に貢献、決勝ではフランスに敗れて連覇は出来なかった。
個人成績
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
クラブ
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | 国内カップ1 | 大陸大会2 | その他3 | シーズン通算 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 1983 | 19 | 0 | — | — | — | — | — | — | 2 | 0 | |
| 1984 | 20 | 5 | — | — | 7 | 4 | — | — | 18 | 9 | |
| 1985 | 21 | 9 | — | — | — | — | — | — | 22 | 9 | |
| 1986 | 22 | 5 | — | — | — | — | — | — | 17 | 5 | |
| 1987 | 23 | 6 | — | — | — | — | — | — | 14 | 6 | |
| 1988 | 24 | 9 | — | — | — | — | — | — | 14 | 9 | |
| 通算 | — | — | 7 | 4 | — | — | 87 | 38 | |||
| ヴァスコ・ダ・ガマ | 1989 | 25 | 6 | — | — | — | — | — | — | 12 | 6 |
| 1990 | 26 | 1 | — | — | 5 | 1 | — | — | 13 | 2 | |
| 1991 | 27 | 3 | — | — | — | — | — | — | 8 | 3 | |
| 1992 | 28 | 18 | — | — | — | — | — | — | 25 | 18 | |
| 通算 | — | — | 5 | 1 | — | — | 58 | 29 | |||
| 1992-93 | 28 | 29 | 1 | 0 | — | — | — | — | 38 | 29 | |
| 1993-94 | 29 | 16 | 1 | 0 | 4 | 3 | — | — | 39 | 19 | |
| 1994-95 | 30 | 16 | 1 | 0 | 3 | 4 | — | — | 33 | 20 | |
| 1995-96 | 31 | 25 | 2 | 0 | 5 | 6 | 2 | 1 | 43 | 32 | |
| 通算 | 5 | 0 | 12 | 13 | 2 | 1 | 150 | 100 | |||
| 1996 | 32 | 7 | — | — | — | — | — | — | 15 | 7 | |
| 1996-97 | 32 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | 5 | 0 | |
| 1997 | 33 | 8 | — | — | — | — | — | — | 8 | 8 | |
| 1998 | 34 | 9 | — | — | — | — | — | — | 17 | 9 | |
| 1999 | 35 | — | — | — | — | — | — | — | — | — | |
| 通算 | — | — | — | — | — | — | 17 | 9 | |||
| 1998-99 | 34 | 2 | — | — | — | — | — | — | 8 | 2 | |
| 2000 | 36 | 1 | — | — | — | — | — | — | 8 | 1 | |
| 2000 | 36 | 0 | — | — | — | — | — | — | 3 | 0 | |
| ヴァスコ・ダ・ガマ | 2001 | 37 | 2 | — | — | — | — | — | — | 8 | 2 |
| 2002 | 38 | — | — | — | — | — | — | — | — | — | |
| 通算 | — | — | — | — | — | — | 8 | 2 | |||
| 2002-03 | 38 | 1 | — | — | — | — | — | — | 5 | 1 | |
| キャリア通算 | 5 | 0 | 24 | 18 | 2 | 1 | 372 | 197 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 3. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
代表
ブラジル としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 1985 | 20 | 6 | 0 | |
| 1986 | 21 | 0 | 0 | |
| 1987 | 22 | 0 | 0 | |
| 1988 | 23 | 0 | 0 | |
| 1989 | 24 | 18 | 10 | |
| 1990 | 25 | 3 | 0 | |
| 1991 | 26 | 5 | 0 | |
| 1992 | 27 | 8 | 7 | |
| 1993 | 28 | 9 | 6 | |
| 1994 | 29 | 11 | 8 | |
| 1995 | 30 | 2 | 2 | |
| 1996 | 31 | 1 | 1 | |
| 1997 | 32 | 3 | 1 | |
| 1998 | 33 | 9 | 3 | |
| 通算 | 75 | 38 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属チーム
クラブ
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1980〜1982 | 15 | |
| 1983〜1989 | 18 | |
| 1989〜1992 | 24 | |
| 1992〜1995 | 27 | |
| 1996 | 31 | |
| 1996〜1997 | 31 | |
| 1997 | 32 | |
| 1997 | 32 | |
| 1998〜1999 | 33 | |
| 1999 | 34 | |
| 2000 | 35 | |
| 2000 | 35 | |
| 2001〜2002 | 36 | |
| 2002 | 37 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
代表
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1985〜1998 | 20 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
監督
| 在任 | 年齢 | チーム | 役職 |
|---|---|---|---|
| 2009〜2010 | 44 | 監督 |
移籍金・年俸・市場価値の推移
移籍履歴
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1983 | 19 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1989 | 25 | ヴァスコ・ダ・ガマ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 1992 | 28 | ヴァスコ・ダ・ガマ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 1996 | 32 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1996 | 32 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1997 | 33 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1997 | 33 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1998 | 34 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1999 | 35 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2000 | 36 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2000 | 36 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2001 | 37 | ヴァスコ・ダ・ガマ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2002 | 38 | ヴァスコ・ダ・ガマ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
タイトル
クラブ
デポルティボ・ラ・コルーニャ
- コパ・デル・レイ:1回(1994-95)
- スーペルコパ・デ・エスパーニャ:1回(1995)
鹿島アントラーズ
- 天皇杯:1回(2000)
- JリーグYBCルヴァンカップ:1回(2000)
ブラジル代表 U-20
- FIFA U-20ワールドカップ:1回(1983)
ブラジル代表
- FIFAワールドカップ:1回(1994)
- コパ・アメリカ:1回(1989)
個人
- ピチーチ賞:1回(1992-93)
英語の記録名しか確認できないもの(22件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
獲得メダル
代表チームで獲得したメダルです(金4・銀2・銅1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| FIFAワールドカップ | 金 1994 アメリカ銀 1998 フランス |
|---|---|
| FIFAコンフェデレーションズカップ | 金 1997 サウジアラビア |
| コパ・アメリカ | 金 1989 ブラジル |
| オリンピック | 銀 1988 ソウル銅 1996 アトランタ |
| 南米U-20選手権 | 金 1983 ボリビア |
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
英語の記録名しか確認できないもの(1件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ベベト」(版 111327294)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
出典
- Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
- Wikipedia(日本語版)「ベベト」、版 ID 111327294、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%99%E3%83%88
- Wikipedia(英語版)、版 ID 1379903657、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Bebeto
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
関連項目
- フラメンゴ
- ヴァスコ・ダ・ガマ
- デポルティーボ・ラ・コルーニャ
- セビージャ
- ヴィトーリア
- ボタフォゴ
- トロス・ネサ
- 鹿島アントラーズ
- アル・イテハド
- クルゼイロ
- アメリカ-RJ
- ブラジル
- コパ・デル・レイ
- スーペルコパ・デ・エスパーニャ
- 天皇杯
- JリーグYBCルヴァンカップ
- FIFA U-20ワールドカップ
- FIFAワールドカップ
- コパ・アメリカ
- FIFAコンフェデレーションズカップ
掲載写真は Wikidata API および Wikimedia Commons API を通じて、ライセンス(CC BY-SA / パブリックドメイン等)と作者表示の要件を確認したうえで掲載します。