マイケル・キャリック

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / イングランドのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

イングランドマイケル・キャリック(Michael Carrick、1981年7月28日生)は、イングランド出身の元サッカー選手。ポジションはMF(ミッドフィールダー)、所属はマンチェスター・U。イングランドでは2001年から通算34試合0得点を記録している。クラブでは公式戦通算706試合34得点(1999-2000 シーズン以降)。クラブ・代表で通算20個のタイトルを獲得、個人賞は5回(PFA チーム・オブ・ザ・イヤー 2回)。

マイケル・キャリック(, 1981年7月28日 - )は、イングランド・タインアンドウィア州ウォールズエンド出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。元イングランド代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー。現在はマンチェスター・ユナイテッドFCの監督を務める。

1997年にウェストハム・ユナイテッドに加入し、2年後にはFAユースカップを獲得した。デビューシーズンにはスウィンドン・タウンとバーミンガム・シティの2つのクラブへのローン移籍を経験した。2000-01シーズンにはトップチームでポジションを掴み、チームが下部リーグに降格して迎えた2003-04シーズンに昇格を目指して戦うチームで活躍し、ディビジョン1のベストイレブンに選出された。ハマーズでは150試合以上に出場したが、2004年に350万ポンドと言われる移籍金でロンドンのライバルクラブであるトッテナム・ホットスパーに移籍が決定した。スパーズでは2006年に1800万ポンドでマンチェスター・ユナイテッドに移籍するまで75試合に出場し2ゴールを記録した。

マンチェスター・ユナイテッドでは移籍初年度からレギュラーポジションを確立し、50試合以上の試合に出場するとともに2006-07シーズンのリーグ優勝に貢献した。翌シーズンにチームはチャンピオンズリーグ決勝に進出し、PK戦ではキッカーを務め成功を収めた。2008-09シーズンはリーグ戦では3連覇を達成し、2シーズン連続でチャンピオンズリーグ決勝に進出したが、FCバルセロナに敗れた。マンチェスター・ユナイテッドFCではキャプテンを務めていた。

イングランド代表ではU-18、U-21、B代表、A代表を経験している。2001年にA代表デビューを果たし、34キャップを保持したが、ゴールは記録していない。キャリックのポジションはスティーヴン・ジェラード、フランク・ランパード、ギャレス・バリー、スコット・パーカーが起用され、2012-13シーズンまでこうした状況は続いた。2006 FIFAワールドカップ、2010 FIFAワールドカップのメンバーである。

クラブ経歴

生い立ち

タイン・アンド・ウィアのウォールズエンドにヴィンスとリン夫妻の間に生まれ、5歳の頃にはサッカーに親しむようになっていた。子どもの頃はニューカッスル・ユナイテッドのファンであった。また、土曜日の夜には父親がボランティアをしていたウォールズエンド・ボーイズ・クラブで5人制のサッカーをしていた。12歳でカルダー・ハイスクール(後にノース・タインサイド・スクールに移る)に入ると真剣にサッカーに取り組み始め、ウォールズエンドのU-16部門でプレーするようになり、イングランドのクラブ選抜にも選ばれた。13歳の時にはBBCの『Live & Kicking』という子ども向けの番組に取り上げられ、1995年2月4日にエピソード49で紹介された。進学を前にウェストハム・ユナイテッドに加入したが、当時のポジションはセンターフォワードであり、ウェストハム以外でミッドフィールダーを務めることはなかった。ウェスタン・ミドルスクールとバーンサイド・コミュニティ・ハイスクールで学び、1997年に全科目のGCSEを取得した。

キャリックには4歳下の弟グレイムがおり、ウェストハム・ユナイテッドに所属していたが、複数箇所の怪我を負ってしまい、現在はFAでコーチを務めており、ニューカッスル・ユナイテッド・アカデミーのU-10とU-16、チーム・ノーザンブリアでコーチを務めていた。キャリックはピラティスのインストラクターを務めていたリサ・ラフヘッドと2007年6月16日にレスターシャーで式を挙げた。二人はともに学生の頃から交際を始め、娘のルイーズ、息子のジェシーがいる。

ウェストハム・ユナイテッド

1998-99シーズンにFAユースカップを制したメンバーであり、2試合計9-0で勝利したコヴェントリー・シティ戦では2ゴールを挙げた。当時監督を務めていたハリー・レドナップによると、キャリックのキャリアのスタートはフィジカルの問題と急成長による怪我のため2シーズンをほぼ棒に振ってしまったことが難しくしていた。トップチームデビューは1999年7月24日に1-1で引き分けたUEFAインタートトカップのFCヨケリトとのアウェー戦であり、5週間の8月28日に行われたブラッドフォード・シティ戦にリオ・ファーディナンドと交代で出場し、リーグデビューを果たした。1999年11月に1ヶ月のローンでスウィンドン・タウンに加入し、ノリッジ・シティとのホームゲームでデビューを果たすと、11月23日に行われたチャールトン・アスレティック戦でプロとしての選手キャリアで初ゴールを記録した。キャリックは良いプレーを見せたが出場した6試合で勝ちを挙げられず、2000年2月にはバーミンガム・シティに再びローンで加入したが、そこでは2試合の出場に留まった。ウェストハムに復帰すると、4月22日に行われ5-0で勝利したコヴェントリー・シティ戦でウェストハムでの初ゴールを記録し、シーズン終了後にはウェストハム・ユナイテッドの最優秀若手選手に選出された。

2000-01シーズンは公式戦41試合、リーグ戦では33試合に出場し、2005年までクラブに留めて置くために新たな契約を提示された。2001年4月20日にはチームメイトのジョー・コールとともにPFA年間最優秀若手選手賞にノミネートされたが、4月29日に同賞はリヴァプールのスティーヴン・ジェラードに贈られた。翌シーズンもチームで活躍を続け、公式戦32試合に出場、2001年10月24日に行われ、2-1で勝利したチェルシー戦での先制ゴールを含め2ゴールを挙げ、クラブの年間最優秀選手に選ばれた。鼠径部の怪我により、UEFA U-21欧州選手権2002に出場するイングランド代表U-21のメンバーからは外れた。

2002-03シーズンはキャリック自身も怪我に苦しみ、チームもシーズン終了後にディビジョン1への降格が決定した。ジョー・コール、フレデリック・カヌーテ、ジャーメイン・デフォーといった面々はクラブを去ったが、キャリックは残留し、昇格を目指して戦うことになった。2003-04シーズン、チームは最終日に4位に入り、プレーオフへの進出を決めた。決勝ではクリスタル・パレスに0-1で敗れたが、ディビジョン1のベストイレブンに選出された。

トッテナム・ホットスパー

ディビジョン1で1シーズンを過ごしたキャリックは、「本音を言えば、ディビジョン1でそれほど長くプレーしたいとは思っていない。」とプレミアリーグへの移籍を検討していた。ポーツマス、アーセナル、エヴァートン、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンと多くのクラブとの噂が流れたが、2004年8月20日、ウェストハムとトッテナムはクラブ間で合意し、キャリックはメディカルチェックを受けることになった。メディカルチェックをクリアし、4日後に350万ポンドの移籍金で移籍が成立した。リザーブチームで調整をしていたが9月14日に負傷し、トップチームデビューは遅れることになってしまった。23番のユニフォームを纏い、トップチームデビューとなったのは10月18日に行われ1-0で敗れたポーツマス戦であり、交代で出場した。

チームには馴染んでいたが、ジャック・サンティニはキャリックをメンバーから外すことも少なくなかったため、メディアはサンティニではなくダイレクターのフランク・アルネセンが欲し、サンティニが本当に欲しかった選手ではなかったのではないかと推測していたが、真相はわからなかった。サンティニに代わりマルティン・ヨルが監督に就任すると、キャリックは中盤でレギュラーとしてプレーをするようになった。11月9日に行われたリーグカップのバーンリー戦で初めてスターティングメンバーとして出場するとロビー・キーンのゴールをアシストし、3-0の勝利に貢献した。12月18日に行われ5-1で勝利したサウサンプトン戦では試合に影響を与える活躍を見せた。最終的にリーグ戦では29試合に出場したが無得点に終わり、チームも9位でUEFAカップの出場権にも届かなかった。

2005年12月3日に行われ3-2で勝利したサンダーランド戦でトッテナムでの初ゴールを記録し、4月8日に行われたマンチェスター・シティ戦で2ゴール目を挙げた。4月22日に行われたノース・ロンドン・ダービーでは1-1の引き分けに終わった試合で活躍を見せた。5月7日にアウェーのウェストハム戦に備えて宿泊したホテルで食中毒が発生し、トッテナムの選手も10人食中毒を患ったが、キャリックはその中の一人であった。試合にはなんとか出場することができたが63分で交代し、チームも1-2で敗れた。この敗北によりアーセナルに4位の座を譲り、チャンピオンズリーグの出場権を逃す結果となった。2005-06シーズンはパスとクロスでチャンスを演出し、アシスト数はミドと並んでチームトップであった。

マンチェスター・ユナイテッド ― 2006-2008シーズン

6月10日、トッテナムはロイ・キーンの後釜を探すマンチェスター・ユナイテッドからのオファーを断ったことを明らかにした。翌日にマルティン・ヨルは、「キャリックのような選手を失いたくはない。おそらく彼は我々のチームの中盤の選手で昨シーズンは一番だった。」と話した。7月28日、トッテナムはマンチェスター・ユナイテッドとキャリックの移籍についてクラブ間で合意したことを発表し、3日後に選手個人とも合意したことが明らかとなった。その1週間前には合意がされていたにも関わらず、スパーズが証券取引所に声明を出すまで移籍金は公表されなかった。ユナイテッドのチーフ・エグゼクテティブを務めていたデイヴィッド・ギルは移籍金1400万ポンド、活躍に応じて1,860万ポンドまで上がる内容であることを確認した。その当時ユナイテッド史上6番目に高価な選手となり、ロイ・キーンが付けていた16番の背番号が与えられた。

2006-07シーズンはアムステルダム・トーナメントのアヤックス戦で負傷した影響で開幕には間に合わなかったが、2006年8月23日に行われたチャールトン・アスレティック戦でデビューを果たし、3日後に行われたワトフォード戦で初めてスターティングメンバーとして出場した。2007年1月13日に行われたアストン・ヴィラ戦でユナイテッドでの初ゴールを記録し、2月17日に行われたFAカップのブラックバーン・ローヴァーズ戦でキャリア初となるFAカップでのゴールを挙げた。4月10日に行われ7-1で勝利したチャンピオンズリーグ準々決勝のローマ戦でチャンピオンズリーグでの初ゴールを記録した。チームは準決勝のACミラン戦に2試合計3-5で敗れたため、リヴァプールとの同国対決となる決勝戦は実現しなかったが、ユナイテッドでの最初のシーズンはプレミアリーグ優勝を果たした。2007-08シーズンを前にクラブはオーウェン・ハーグリーヴス、アンデルソンを獲得したため、キャリックは自身のポジションが保証されていないことを理解していた。2007年10月に行われたローマ戦で肘を骨折し、6週間チームを離脱することになったが、11月3日行われたアーセナル戦で復帰し、2008年2月10日に行われたマンチェスター・ダービーではアディショナルタイムに決勝ゴールを挙げた。チェルシーを押さえリーグ戦では2連覇を達成し、リオ・ファーディナンド、ウェズ・ブラウンとともに契約延長のオファーを受けたキャリックは、5月18日に4年間の契約延長にサインした。チームはチャンピオンズリーグ決勝にも進出し、5月21日に行われたチェルシーとの決勝戦ではフル出場を果たした。試合は延長戦を終えても1-1のまま決着がつかずPK戦に突入し、2番目のキッカーを務め成功した。最終的にPK戦を6-5で勝利し、初めてヨーロッパのタイトルを獲得した。

マンチェスター・ユナイテッド ― 2008-2012シーズン

2008-09シーズンは開幕戦でニューカッスル・ユナイテッドをホームに迎えたが、キャリックは足首を負傷し25分で交代を余儀なくされた。3週間チームを離脱することになり、8月29日に行われるUEFAスーパーカップは欠場することになった。9月21日に行われたリヴァプール戦で復帰したが、ヨッシ・ベナユンのタックルを受けハーフタイムに交代した。3日後に足を骨折しており、6週間チームを離脱することが発表された。11月1日に行われたハル・シティ戦でシーズン初ゴールを記録し、2009年5月13日に行われ2-1で勝利したウィガン・アスレティック戦ではカルロス・テベスのゴールをアシストし、自身もゴールを決めた。このゴールはユナイテッド加入後に初めてアウェーの試合で決めたゴールであった。チームは18度目のリーグタイトルを獲得し、キャリックはユナイテッド加入後3シーズン連続でリーグ優勝を経験することになった。チャンピオンズリーグでも2シーズン連続で決勝に進出したが、バルセロナに敗れ、キャリックは自身のキャリアを通して最悪の敗戦だったと話した。「試合はただ目の前を通過するようで、何もできないまま終わった。試合全体を見て異なる印象を抱くようであれば、それはこの試合とは別のものだと思う。」。

2009-10シーズンはVfLヴォルフスブルク戦でシーズン初ゴールを挙げ、2ヶ月後に行われたエヴァートン戦でリーグ戦での初ゴールを記録した。ディフェンスラインに欠場者が多く、ガリー・ネヴィルが途中交代したウェストハム・ユナイテッド戦ではセンターバックを務め、4-0の勝利に貢献した。キャリアを通してディフェンダーを務めたことはなかったが、アレックス・ファーガソンはキャリックのプレーを賞賛した。12月8日に行われたヴォルフスブルク戦ではパトリス・エヴラ、ダレン・フレッチャーと3バックを構成し、再びディフェンダーとしてプレーすることになったが、チームは3-1で勝利した。2010年1月25日に行われたリーグカップのマンチェスター・シティ戦ではキャリア初となるリーグカップでのゴールを記録した。2月6日に行われたポーツマス戦のゴールは一度リチャード・ヒューズのオウンゴールと判定されたが、試合後に行われた委員会の審議によりキャリックのゴールに変更された。2月16日にサン・シーロで行われたACミラン戦ではアディショナルタムにアレシャンドレ・パトに抜かれたパトリス・エヴラをフォローしたが、2枚目のイエローカードを提示されキャリアで初めてとなる退場処分を受けた。チームは2シーズン連続でリーグカップのタイトルを獲得し、キャリック自身も初めて決勝戦に出場したが、リーグ戦ではチェルシーに1ポイント届かず、ユナイテッドに加入後初めてリーグタイトルを逃す結果となった。

2010年8月6日、プレシーズンマッチのリーグ・オブ・アイルランド選抜との試合で負傷した足首の影響により、2010-11シーズンの開幕戦には間に合わないとの発表がなされたが、2日後に行われたコミュニティ・シールドにスターティングメンバーとして出場し79分間プレーした。ファーガソンは、「彼は昨日戻ってきた。もう大丈夫だと言い練習に参加して、試合に出場したいと言ったのだ。」と話した。2011年3月3日に新たに3年間の契約を結び、4月6日に行われたチャンピオンズリーグのチェルシー戦ではキャリックのパスからウェイン・ルーニーのゴールが生まれ、試合後にはパフォーマンスが賞賛を集めた。

2011-12シーズンもプレシーズンの試合で負った怪我の影響で欠場すると言われていたが、コミュニティ・シールドの試合にスターティングメンバーとして名を連ねた。12月18日に行われたQPR戦でシーズン初ゴールを挙げ、マン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。2012年1月8日にユナイテッドでの公式戦250試合出場を達成し、2月16日に行われたヨーロッパリーグのアヤックス戦ではキャリア通算500試合出場を達成した。

マンチェスター・ユナイテッド ― 2012-2014シーズン

2012-13シーズンの開幕を前にディフェンスラインに怪我人が多く、キャリックはセンターバックとして開幕戦のエヴァートン戦を迎えたが、経験不足からマルアン・フェライニにその試合唯一のゴールを許しチームは敗れた。2戦目のフラム戦でもセンターバックを務めた。チャンピオンズリーグのガラタサライ戦で香川のアシストからシーズン初ゴールを挙げた。11月22日には1年間の延長オブションの付いた2015年までの契約を結んだとクラブから発表された。2012年11月24日に行われたQPR戦でメンバーから外れ、リーグ戦でのスターティングメンバーとしての連続出場記録は33試合で途絶えた。

2013年4月にはPFA年間最優秀選手賞の候補に選ばれ、アーセン・ヴェンゲルは、「彼は質の高いパサーであり、バルセロナでも完全に適応してプレーできるだろう。広い視野と知性を持った選手だ。」と話し、個人的にはキャリックが受賞に相応しいと述べた。最終的に投票の結果、同賞にはガレス・ベイルが選ばれたが、キャリックはベストイレブンに選出された。また、選手間投票によりクラブの年間最優秀選手に選出された。

2013年11月22日、ユナイテッドは1年間の延長オプションの付いた2015年までの契約延長に合意したことを発表した。2013-14シーズンはデイヴィッド・モイーズの下でチームが低迷したこともあり、キャリックも前シーズンのような活躍を披露することはできず、11月から12月にかけては慢性的なアキレス腱の負傷にも悩まされた。2014年2月にはユナイテッドの元キャプテンであるロイ・キーンにプレーが単調であると非難され、全公式戦で42試合に出場したにも関わらず、キャリックのユナイテッドでのキャリアに懐疑的な目を持たれることもあった。

マンチェスター・ユナイテッド ― 2014-15シーズン

2014年7月に行われていたプレシーズン中の練習で負傷してしまい、12週間チームを離脱する見込みとなった。シーズン中の復帰は2014年11月2日に行われ、0-1で敗れたマンチェスター・シティ戦であり、クリス・スモーリングの退場後はセンターバックを務めた。その試合ではマルコス・ロホも肩を脱臼してしまったが、キャリックはセンターバックでプレーすることを楽しんでいると述べた。12月に本来のポジションに戻ると、『マッチ・オブ・ザ・デイ2』の番組中に解説者のディートマー・ハマンは、12月中のユナイテッドの改善点の一つはキャリックが復帰したことだと述べ、ユナイテッドはその後6試合すべてで勝利を挙げた。2014年12月にルイ・ファン・ハール監督からクラブの副キャプテンに任命され、その直後に行われた「BTスポーツ」のインタビューでサー・アレックス・ファーガソンは、キャリックがイングランド人選手の中ではベストだと話した。

2015年3月15日に行われたトッテナム・ホットスパー戦ではマルアン・フェライニのゴールをアシストし、自身も1年以上振りとなるゴールを挙げ、チームの3-0の勝利に貢献した。3月20日には1年間の契約延長に合意し、クラブ在籍10年目を迎えることとなった。

マンチェスター・ユナイテッド ― 2015~2018

2016年1月2日のスウォンジー戦にてマンチェスター・ユナイテッドでの400試合出場を達成した。FAカップ決勝では120分間プレーし勝利に貢献し、6月9日にクラブとの契約を1年延長した。2016-17シーズンにはジョゼ・モウリーニョが新たな監督に就任、当初は余り出場が無かったが、次第にモウリーニョからの信頼を得て出場が増え、2017年5月28日、クラブとの契約を1年延長した。

2016-17シーズン終了後、キャプテンであったウェイン・ルーニーがエヴァートンFCに復帰することにより、キャプテンに就任した。

キャプテンとして臨んだ2017-18シーズンであったが、9月20日のリーグカップ3回戦バートン戦中に体に違和感を覚え検査した結果不整脈を患ったことが判明し殆どの試合を欠場。2018年3月12日、2017-18シーズンで現役引退することを表明した。

代表経歴

代表経歴

イングランド代表ではU-18、U-21レベルでの出場経験があったが、スヴェン=ゴラン・エリクソン監督により2001年2月、初めてA代表に招集された。しかし、2月28日に行われた スペイン代表との親善試合では出場機会は得られなかった。それから3ヶ月後に行われたメキシコ代表との親善試合にデビッド・ベッカムと交代で後半から出場し、A代表デビューを果たした。2006年5月8日、2006 FIFAワールドカップに臨む23人の暫定メンバーに含まれ、最終的にメンバー入りを果たした。グループBの3試合に出場機会はなく、決勝トーナメント1回戦のエクアドル代表戦が大会唯一の出場機会であり、スターティングメンバーとして出場したが、準々決勝のポルトガル代表戦はオーウェン・ハーグリーヴスが起用され、PK戦の末にイングランド代表の敗退が決定した。

キャリックのポジションはフランク・ランパードとスティーヴン・ジェラードが起用されることが多く、エリクソンとその後任のスティーヴ・マクラーレンの下でスターティングメンバーとして出場したのは9試合である。ファビオ・カペッロ監督就任後に最初に招集されたメンバーには含まれず、就任1年目は呼ばれることはなかった。その後チェコ代表との試合に招集されたが、ニューカッスル・ユナイテッド戦で負った怪我の影響により、招集は辞退せざるを得なかった。2008年11月に行われたドイツ代表戦との親善試合で再び招集を受け、ギャレス・バリーと中盤センターを構成し、2-1の勝利に貢献するとキャリックをマン・オブ・ザ・マッチに選ぶメディアもあった。

2010 FIFAワールドカップの予選では1試合しか出場機会はなかったが、2010年5月11日にカペッロが大会前に向けて招集した30人のメンバーに含まれた。最終的にメンバー入りを果たしたが、本大会で出場機会はなく、チームも決勝トーナメント1回戦でドイツ代表に1-4で敗れた。

2011年8月6日、アレックス・ファーガソンは怪我により2週間離脱するのでキャリックは翌週の水曜日(8月11日)に行われる親善試合には出場できないと話し、カペッロは招集メンバーに加えなかったが、キャリックは8月8日に行われたコミュニティ・シールドの試合に出場した。ウェンブリー・スタジアムにはカペッロも観戦に訪れ、優勝メダルを受け取りに行く際にキャリックがカペッロの前を通り過ぎようとすると、カペッロはキャリックに対し電話を掛けるジェスチャーをした。

2012年5月16日、ロイ・ホジソンがUEFA EURO 2012のメンバーを発表したが、そこにキャリックは含まれなかった。メディアからは驚きの声も上がったが、キャリックが事前に控えメンバーとして参加することを望まないとFAに話していたことが明らかとなった。しかし、代表引退はしておらず、代表チームが苦境に陥ったときには力になってくれると説明がされた。8月15日に行われたイタリア代表戦で復帰し、フル出場を果たすと、最後の20分間はキャプテンマークを巻いた。

2012年9月7日に行われた2014 FIFAワールドカップ予選のモルドバ代表戦に後半から交代で出場し、翌月に行われたサンマリノ代表戦にはスターティングメンバーとして出場した。2012年10月17日に行われたポーランド代表戦ではスティーヴン・ジェラードと中盤センターを構成し、2013年3月26日に行われたモンテネグロ代表戦でも再びタッグを組んだ。予選最終戦となった10月15日に行われたポーランド代表戦にもスターティングメンバーとして出場し、イングランド代表はワールドカップの出場権を獲得した。

2014年5月12日、ワールドカップに出場する23名のメンバーには入らず、予備登録メンバーに留まった。

監督経歴

マンチェスター・ユナイテッド

現役引退して間もなく、マンチェスター・ユナイテッドのコーチングスタッフに加わった。

2021年11月21日、ワトフォード戦での大敗を受けオーレ・グンナー・スールシャール監督が解任され、暫定監督として3試合指揮を執り、12月2日に退任すると共に現役時代を含めて15年間を過ごしたマンチェスター・ユナイテッドから退団した。

ミドルズブラ

就任当時チャンピオンシップ21位と降格圏の一歩手前のチームを立て直し、2023年3月にはチャンピオンシップの月間最優秀監督賞を受賞。4位フィニッシュで昇格プレーオフ進出を決めた。プレーオフは準決勝でコヴェントリー・シティに敗れた。

2023-24シーズン、リーグカップベスト4に導いた。これはミドルズブラが2003-04シーズンにリーグカップを制した以来の出来事である。リーグ戦は8位フィニッシュ。シーズン終了後に契約延長を勝ち取った。

2024-25シーズンは第40節終了時点で昇格プレーオフ圏内の5位に位置していたが、残りの6試合で1勝1分4敗と4ポイントしか獲得できず10位に終わり、シーズン終了後に解任された。

マンチェスター・ユナイテッド復帰

2026年1月13日、シーズン終了までの暫定監督としてマンチェスター・ユナイテッドに復帰した。第2期の初采配はホームでのマンチェスター・ダービー(第22節)。前任者のルベン・アモリムが固執した3バックを撤廃して4バックに回帰し、先発起用や配置などに大きく変更を加えて挑んだこの試合は、2-0の完封勝利。続く第23節の首位アーセナルとのアウェイゲームも、2-3で逆転勝利。この実績が認められ、2026年1月度のプレミアリーグ月間最優秀監督賞を受賞した。その後も順調に勝ち点を重ね、第35節のリヴァプール戦に勝利したことで、3季ぶりのUEFAチャンピオンズリーグ出場権を確定させた。

シーズン中の5月22日には、翌季から指揮官として正式就任することが発表された。契約は2年。暫定監督として指揮したこのシーズンでは、17試合で12勝3分2敗、BIG 6には全勝するなど、大きな結果をもたらした。

プレースタイル

プレースタイル

ディフェンスラインの前でプレーする守備的ミッドフィールダーであるが、フィジカル能力に優れそれを活かしボールを奪取する典型的なタイプではなく、試合の流れを読みスペースをカバーすることによって相手の攻撃の芽を摘み、チームの助けとなる選手である。パスの散らしや供給範囲においてはヨーロッパでもベストな選手の1人と考えられており、攻撃の起点となることはもちろん、試合の組立てにおいても重要な役割を果たしている。

2006年のユナイテッド加入後は主にポール・スコールズが試合を組立て、キャリックがより守備的な役割を果たすことにより中盤で効果的なペアを形成し、アレックス・ファーガソンやカルロス・ケイロスに認められることによって、これまでの縦に早いイングランド的なスタイルから、パスやポゼッションを重視するスタイルへとチームを変貌させた点について大きな影響を与えた。代表キャップ数は少ないが、キャリックは控えめに見えるスタイルによってフランク・ランパードやスティーヴン・ジェラードなどの選手と比べ歴代のイングランド代表監督に過小に評価されてきたとウェイン・ルーニーは指摘した。

しかしながら、監督のルイ・ファン・ハールはキャリックの知性と経験を評価し、「ピッチ上の監督」だと述べ、元チームメイトのスコールズとガリー・ネヴィルはチームのパフォーマンスに影響を与えるキャリックの重要性について絶えず賞賛し、シャビ・エルナンデスやシャビ・アロンソといった選手からも評価を集めてきた。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(15件)
2026年10月24日チームメイト評エマニュエル・ラテ・ラス(元教え子(ミドルスブラ時代の選手))/公式インタビュー
現在ウニオン・ベルリンにレンタル中のFWラテ・ラスが、BBC Sportの取材で自身の歩みを振り返った中での発言。2023年にミドルスブラへ加入した際、当時の指揮官だったキャリックがチームへの適応を助けたと語った。落ち着いた人柄を評価しつつ、状況に応じて適切な言葉をかける点が自信につながったと説明している。これはマンチェスター・ユナイテッドではなくミドルスブラ時代の指導に対する評価である。
「いい監督であり、いい人物に出会えました。おかげですぐに自信が持てました。」
「彼は落ち着いた人で、落ち着いた監督でした。ときには落ち着きすぎるくらいでしたが、私たちにはそれが必要でした。」
「だから私にとって、人生のあの時期においては、本当に重要なことでした。」

出典:BBC Sport Football 2026年10月24日

2026年10月23日本人コメントマイケル・キャリック(本人)
プレミアリーグ第8節、日曜のボーンマス戦を前にした会見での発言。直近の内容と結果に満足していないと認め、水曜夜の試合は到底受け入れられないものだったと振り返った。年初からの5か月間の好調を引き合いに、サポーターとの絆や、プレーの強度と情熱を取り戻す必要があると強調した。ブルーノ・フェルナンデスの主将剥奪の是非には答えず、クラブのためになる決断を下すとだけ述べた。ファーガソンやバズビーらの名を挙げ、謙虚さと勤勉さというクラブの価値観を守る決意も示した。マンチェスター・ユナイテッドの監督としての発言。
「ここ最近、私たちは良い時期を過ごしていない。それは誰の目にも明らかだと思うし、今直面している状況を私は全面的に受け入れる。」
「最近の一部の試合で、私たちはクラブとサポーターが誇れるアイデンティティから離れてしまった。私はこの問題を十分に認識していて、改善に取り組んでいる。」
「クラブは私よりも、どの選手よりも大きな存在であり、それは昔からずっと変わらない。」

出典:Goal.com 2026年10月23日

2026年10月23日対戦相手評ファビアン・ヒュルツェラー(対戦相手の監督(ブライトン監督))/試合後会見
ブライトンのヒュルツェラー監督が金曜の記者会見で語った内容。ユナイテッドが直近7試合未勝利で、キャリック監督の去就やヒュルツェラー自身の後任候補報道が出る中での発言である。ヒュルツェラーは自身の去就の噂を否定して目の前の仕事に集中していると強調し、今のブライトンでの歩みはまだ終わっていないと語った。そのうえで、同業者であるキャリックの人柄と仕事ぶりに敬意を示した。キャリックはマンチェスター・ユナイテッドを率いる立場にある。
「マイケル・キャリックと、彼が昨季マンチェスター・ユナイテッドで成し遂げた仕事には大きな敬意を持っている。彼は素晴らしい人間であり、素晴らしい人格の持ち主で、心から尊敬している。」

出典:Goal.com 2026年10月23日

2026年10月22日チームメイト評ウェイン・ルーニー(元チームメイト(元マンチェスター・U選手))
コモに1-4で敗れた欧州CL戦の後、キャリック監督の戦術を批判したフェルナンデスと、その問題を語ったルーニーのポッドキャストでの発言。ルーニーは親しい友人であるキャリックに対し、クラブ上層部が将来について明確な姿勢を示すべきだと求めた。マルティネスやフェルナンデスら選手の姿勢にも苦言を呈し、責任の所在を問うた。指揮官としてキャリックを後押しする内容である。
「自分もあの状況(プリマスとバーミンガム時代)にいた。今振り返って言えるのは、もし今自分がマイケル・キャリックの立場なら、闘う姿勢を前面に出すということだ。」
「もう優しいお人好しではいられない。選手たちを守るためにやるべきことはあるが、自分自身のためにも闘わなければならない。」

出典:BBC Sport Football 2026年10月22日

2026年10月20日監督評エリク・テン・ハフ(監督)/公式インタビュー
2024年10月にマンチェスター・Uを解任された元監督テン・ハフが、The Athleticの2回連載インタビューの第1回で語った内容です。現在はFCトゥベンテの技術ディレクターを務めています。ユナイテッドの周囲が再び荒れていると触れたうえで、現在指揮を執るキャリックの解任論に反対しました。さらにキャリックのスタッフ陣の質も評価しています。このほか、クラブ上層部との約束が守られなかったことや、買収に伴う混乱についても語っています。
「彼を解任することは解決策ではない。100パーセント違う。」
「彼はミドルズブラと昨季で優れた指導力を示した。だから彼のプロセスを進めさせるべきだ。」
「結果が改善しなければファンはそれを求めるだろうが、それは胃の底から、感情から出てくるものだ。合理的な判断をしなければならない。」

出典:Sky Sports Football 2026年10月20日

2026年10月20日対戦相手評セスク・ファブレガス(対戦相手)
チャンピオンズリーグでコモがマンチェスター・ユナイテッドを迎える前日の20日、コモを率いるファブレガス監督が試合前会見で語った内容。キャリックは6試合勝利がなく、後任候補に自分の名前が挙がっているのではと問われたが、質問自体が失礼だとして答えを拒み、かつて選手として対戦した相手を擁護した。さらに、ユナイテッドは歴史あるクラブでよく知っており、選手の質も高いので敬意を払っていると述べ、チェルシー時代に知るスティーブ・ホランドにも触れた。
「その質問には答えない。あまり良い質問ではないと思うからだ。」
「素晴らしいマンチェスター・ユナイテッドを率いるマイケル・キャリックのような偉大な選手であり監督に対して、十分な敬意を示しているとは思えない。」

出典:Goal.com 2026年10月20日

2026年10月20日本人コメントマイケル・キャリック(本人)
チャンピオンズリーグのコモ戦を翌日に控えた会見での発言。直近のリーズ戦は1-1の引き分けで、今季は10試合でクリーンシートが1回にとどまる守備の問題を問われ、改善の必要性を率直に認めた。左サイドバックの人選ではハリー・アマスも競争圏内だと述べ、若手に機会を与える難しさを語った。移籍市場については、限られた状況で最善を尽くしたと振り返り、隣に座っていたアンドレイ・サントスの加入を評価した。マンチェスター・U監督としての立場での発言である。
「おっしゃる通りです。それに反論はできません。」
「物事をより楽にするために、私たちのプレーには確実に改善しなければならない部分があります。そのことは十分に承知しています。」
「どこかの時点で、若い選手には機会が必要です。ちょうどいい時期を見つけるだけのことです。」

出典:BBC Sport Football 2026年10月20日

2026年10月19日監督評ガリー・ネヴィル(評論家(元DFで現在はメディアで活動))
ガリー・ネヴィルがマンチェスター・ユナイテッドの不調が続く中、キャリック監督に対して厳しい警告を発した。リーズ・ユナイテッド戦で1-1で引き分け、6試合未勝利に陥ったチームについて、ネヴィルはシーズン半ばまでに改善がなければキャリックの立場が危ぶまれると指摘。その一方で、この引き分けをポジティブに捉え、今後の復調に向けた足がかりになり得ると述べた。チャンピオンズリーグ出場が必須条件であり、6位以下に転落した場合の財政的・競技的影響の深刻さを強調している。
「今は水準が下がり、期待も低い」
「マイケル・キャリックとマンチェスター・ユナイテッドが、投資を受けながら成長を続けるには、5位が必須だ。今後数週間で状況を変えなければならない。」
「目標は5位と言わなければならない。5位を下回れば失望を招き、開幕時に誰もが予想した順位からすれば水準を落としたことになる。」

出典:Goal.com 日本語版 2026年10月19日

2026年10月19日監督評ピーター・シュマイケル(元選手)/メディアインタビュー
マンチェスター・ユナイテッドが公式戦6試合連続未勝利に陥り、順位表13位に沈んでいる状況の中で、元デンマーク代表GKシュマイケルがViaplaysでキャリックに対する信頼を表明した。クラブ首脳陣は監督の解任を検討していないこと、再建には長期的な視点が必要であることなどを述べ、短期的な成績不振を理由とした解任の可能性は低いと断定している。
「マンチェスター・ユナイテッドの監督なら、常にプレッシャーにさらされる」
「クラブ首脳陣はマイケル・キャリックを非常に信頼していると思う。彼らは忍耐強く、再建には時間がかかると理解している」

出典:Goal.com 日本語版 2026年10月19日

2026年10月17日本人コメントマイケル・キャリック(本人)/公式インタビュー
プレミアリーグのリーズ戦(アウェー、日曜開催)を翌日に控えた時期の、マンチェスター・ユナイテッド監督キャリックの発言。5試合勝ちなしで解任論も出るなか、リサンドロ・マルティネスがクラブ首脳陣の補強姿勢を公に批判した件を受けて語った。1月の補強に前向きな姿勢を示し、続投への不安よりクラブ全体の向上が大事だと強調。マルティネスの件は内部では解決済みとし、ファンの不満には理解を示した。
「我々は間違いなくそこに目を向け、どんな形であれより強くなって臨めるよう努める。」
「そう思う。ただ、それは私が考えていることではない。」
「私はこのクラブを、あるべき場所へ導きたくてたまらない。」

出典:Sky Sports Football 2026年10月17日

2026年10月17日監督評ハリー・レドナップ(監督)
レドナップ氏が英紙サンのコラムで語った内容。かつてウェストハムでキャリックを指導した経験から、サッカーIQは称賛しつつ、監督向きの性格かには疑問を示した。一方で、アトレティコ・マドリードに0-2で敗れた後のマルティネスの苦言を擁護し、不振の主因は監督ではなく補強の失敗だと主張。現在ユナイテッドは開幕6試合で1勝、14位と苦しんでおり、日曜のリーズ戦ではマグワイアのような強い個性が必要だとも述べた。
「彼に監督の姿を常に見ていたとは言えない。マイケルは素晴らしい家庭の出の気持ちのいい男で、試合を理解し、読み、コントロールできる非常に知的な選手だった。」
「ただ、彼はずっと物静かで落ち着いた若者でもあった。それが彼という人間なんだ。」
「補強、補強、補強、それが問題だ。明日マイケルを替えたとしても、今季5位か6位より上には行けないだろう。」

出典:Goal.com 2026年10月17日

2026年10月13日チームメイト評ニッキー・バット(チームメイト)/ポッドキャスト番組
2026-27シーズンのマンチェスター・ユナイテッドで開幕から成績不振に陥るキャリック監督について、元チームメイトのバットが語った。バットによれば、キャリックが監督就任前は実は強い躊躇を示していたという。負担の大きさと心の整理の付きにくさから、よほど大きな仕事でなければ引き受けないつもりだったが、ユナイテッドという大きなクラブだったため決断したと明かされている。現在13位に低迷するチームの立て直しが急務となっている。
「マイケルがユナイテッドの監督に就任する前、彼と一緒にいて、監督業について話していた。彼は『いや、俺には向いていない。」

出典:Goal.com 日本語版 2026年10月13日

2026年10月12日チームメイト評マイケル・オーウェン(元チームメイト)/公式インタビュー
5月に2年契約で正式就任したキャリック監督は、今季プレミアで18ポイント中6ポイントにとどまり、トッテナム戦も10人の相手に1-1と引き分けて批判が強まっている。元ユナイテッドFWのオーウェンはGOALの取材に、続くアウェー戦の厳しさを指摘しつつ擁護した。エバートン戦やマンチェスター・ダービーの不運で勝ち点を落としたと語り、チームは近年より良いと評価した。リーズ戦にも勝機はあると見ている。
「私はキャリックの大ファンだ。彼が監督に就くべきだと思っていた。」
「昨季の彼の出来を考えれば、時間を与えられるべきだと間違いなく思う。」
「彼がこれまでにやってきたことを考えれば、もう少し時間を与えられて当然だと思う。」

出典:Goal.com 2026年10月12日

2026年10月12日本人コメントマイケル・キャリック(本人)
マンチェスター・ユナイテッドを率いるキャリック監督が、チャンピオンズリーグのアトレティコ・マドリード戦(火曜)を前にした会見で語った内容。大会初のアウェー戦となる強豪を、バルセロナやレアルと同じ敬意で見ていると強調した。シメオネ監督の長期政権にも賛辞を送り、前の試合の後半にスパーズ戦で見せた反応に自信を示した。ほかにマイヌーやショーが遠征に同行しないこと、シェシュコの追加検査、デ・リフトの復帰、ベイルバの評価にも触れた。
「もちろんブルーノ・フェルナンデスはあのレベルに戻れる。彼は並外れた選手だからだ。」
「我々はアトレティコを、この大会のどのチームにも劣らず強く、欧州のどのチームにも劣らず危険な相手だと見ている。それは長年にわたって証明されてきたことだ。」
「私自身、現役時代の試合の80%は何らかの身体の問題を抱えながらプレーした。理想的ではないが、多くの場合は対処できるものだ。」

出典:Goal.com 2026年10月12日

2026年10月9日本人コメントマイケル・キャリック(本人)
オールド・トラッフォードで行われるプレミアリーグのトッテナム戦を翌日に控えた、キャリック監督の試合前会見での発言。代表ウィーク明けで、ドルグーは数週間の離脱、マズラウィは打撲で状態を見極め中、バレバは回復傾向だと負傷者の状況を説明した。マンチェスター・シティの違反認定を巡る質問には、自分なりの疑問があると明かしつつ、早期決着が全員のために必要だと強調した。トッテナムについては、勝ち点以上に良い内容を見せてきた手強い相手だと警戒し、罠となる試合かと問われると『ただの1試合だ』と答えた。
「スピードが不可欠だ。誰もが状況をはっきり理解し、何が起きても前に進めるようにならなければいけない。」
「どちらの結果になるにせよ、あの瞬間に感じた感情は取り戻せない。それは変わらない。」
「勝ち点だけを見れば、彼らは時にそれ以上に良いプレーをしてきた。内容に見合った結果が出ていなかったのだろう。」

出典:The Peoples Person 2026年10月9日

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグリーグカップ1大陸大会2その他3シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
イギリスアカデミーオブフットボール1999-2000—1000010——91
2000-011914040————411
2001-022021010————322
2002-032112020————341
2003-042214010——30431
通算1108010301596
イングランドスウィンドン・タウン1999-2000—200——————62
イングランドバーミンガム・シティ1999-2000—0————————20
イングランドトッテナム2004-052306030————380
2005-062421010————372
通算7040————752
イギリスマンチェスター・ユナイテッド2006-072537100122——526
2007-08262401012010492
2008-0927430109020434
2009-1028300518110445
2010-11290301011010440
2011-1230220107010412
2012-13311500051——462
2013-1432100307010401
2014-153312000————201
2015-16340501080——420
2016-1735020517010381
2017-183602010000050
通算3511928648046424
キャリア通算53131287411070634

1. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 2. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 3. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

イングランド としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
20011920
20022000
20032100
20042200
20052320
20062470
20072530
20082610
20092750
20102820
20112900
20123040
20133150
20143200
20153330
通算340

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1379562329)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
2021.11〜2021.1240イギリスマンチェスター・ユナイテッドFC321066.7%
2022.10〜2025.0641イギリスミドルズブラ13663244946.3%
2026.01〜現在44イングランドマンチェスター・U25146556.0%
通算16479315448.2%

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
1986〜19974ウォールズエンド・ボーイズ・クラブ
1997〜199915イングランドウェストハム・ユナイテッド

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム出場得点
1999〜200417イングランドウェストハム・ユナイテッド——
199917イギリススウィンドン・タウン——
200018イングランドバーミンガム・シティ——
2004〜200622イングランドトッテナム——
2006〜201824イングランドマンチェスター・ユナイテッド1695

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。

代表

期間年齢チーム
——イングランド U-18
2000〜200318イングランドイングランド U-21
2001〜201519イングランドイングランド
200624イングランドイングランド B

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2021〜202139イングランドマンチェスター・ユナイテッド(暫定)監督
2022〜202540イングランドミドルズブラ監督
2026〜44イングランドマンチェスター・ユナイテッド(暫定正規)監督
2026〜44イングランドマンチェスター・U監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
199715ウォールズエンド・ボーイズ・クラブイギリスウェストハム・ユナイテッド移籍—下部組織への移籍
形態・移籍金は未確認
1999-1018イギリスウェストハム・ユナイテッドイングランドスウィンドン・タウン期限付き移籍—
2000-0218イギリスウェストハム・ユナイテッドイングランドバーミンガム・シティ期限付き移籍—
2004-0823イギリスウェストハム・ユナイテッドイングランドトッテナム完全移籍7.1億円
€ 4M
2006-0825イングランドトッテナムイギリスマンチェスター・ユナイテッド完全移籍48.2億円
€ 27.2M

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

共にプレーした選手

同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
デイヴィッド・モイーズイングランドマンチェスター・U2013年6月〜2014年4月
ルイ・ファン・ハールイングランドマンチェスター・U2014年7月〜2016年5月
ジョゼ・モウリーニョイングランドマンチェスター・U2016年5月〜2018年12月
トーマス・トゥヘルイングランドイングランド代表2025年1月〜

日本語名を確認できない監督 8 人は掲載していません。

タイトル

クラブ

マンチェスター・U(選手)

個人

英語の記録名しか確認できないもの(6件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「マイケル・キャリック」(版 110744029)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. API-Football(移籍データ)、2026年10月22日 取得 https://www.api-football.com/
  2. API-Football(選手・監督データ)、2026年10月25日 取得 https://www.api-football.com/
  3. BBC Sport Football、2026年10月20日、2026年10月21日 取得 https://www.bbc.co.uk/sport/football/articles/cje362v35175o?at_medium=RSS&at_campaign=rss
  4. BBC Sport Football、2026年10月22日、2026年10月23日 取得 https://www.bbc.co.uk/sport/football/articles/cqe8rglz8p90o?at_medium=RSS&at_campaign=rss
  5. BBC Sport Football、2026年10月24日、2026年10月24日 取得 https://www.bbc.co.uk/sport/football/articles/cqrkyl1gp4leo?at_medium=RSS&at_campaign=rss
  6. Goal.com、2026年10月12日、2026年10月12日 取得 https://www.goal.com/en/lists/michael-carrick-sacked-michael-owen-man-utd-boss-time-away-games/blt596a8657506e1236
  7. Goal.com、2026年10月12日、2026年10月13日 取得 https://www.goal.com/en/news/carrick-atletico-resemble-real-madrid-and-barcelona-and-bruno-is-playing-injured/blta427b021e0a807bf
  8. Goal.com、2026年10月17日、2026年10月18日 取得 https://www.goal.com/en/lists/never-saw-manager-harry-redknapp-questions-michael-carrick-manchester-united-struggles/blt51b32d5b4973f4b8
  9. Goal.com、2026年10月20日、2026年10月21日 取得 https://www.goal.com/en/lists/not-nice-question-fabregas-furiously-dismisses-disrespectful-rumours-replacing-carrick-manchester-united/blt0bd862dc71ea57bd
  10. Goal.com、2026年10月23日、2026年10月23日 取得 https://www.goal.com/en/news/carrick-manchester-united-have-lost-their-identity-and-i-won-t-answer-the-bruno-question/blt9bc5a470818d3637
  11. Goal.com、2026年10月23日、2026年10月24日 取得 https://www.goal.com/en/news/brighton-fabian-hurzeler-man-utd-links-michael-carrick-axe/blt63645c7806528c30
  12. Goal.com 日本語版、2026年10月13日、2026年10月13日 取得 https://www.goal.com/jp/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88/%E7%A7%81%E3%81%AB%E3%81%AF%E8%8D%B7%E3%81%8B%E3%82%99%E9%87%8D%E3%81%99%E3%81%8D%E3%82%99%E3%82%8B-%E8%A7%A3%E4%BB%BB%E5%9C%A7%E5%8A%9B%E3%81%8B%E3%82%99%E9%AB%98%E3%81%BE%E3%82%8B%E4%B8%AD-%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%83%A6%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%99%E3%81%A6%E3%82%99%E3%81%AE%E4%BB%95%E4%BA%8B%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB-%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E7%8E%87%E7%9B%B4%E3%81%AA%E5%91%8A%E7%99%BD%E3%81%8B%E3%82%99%E6%98%8E%E3%82%89%E3%81%8B%E3%81%AB/bltcda5e88c0189ed2c
  13. Goal.com 日本語版、2026年10月19日、2026年10月19日 取得 https://www.goal.com/jp/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88/%E5%85%A8%E7%84%B6%E8%B6%B3%E3%82%8A%E3%81%AA%E3%81%84-%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%83%A6%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%99%E3%81%AE%E4%BD%8E%E8%BF%B7%E3%81%8B%E3%82%99%E7%B6%9A%E3%81%8F%E4%B8%AD-%E3%82%AB%E3%82%99%E3%83%AA%E3%83%BC-%E3%83%8D%E3%82%A6%E3%82%99%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%81%8B%E3%82%99%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB-%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AB%E8%A7%A3%E4%BB%BB%E3%81%AE%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7%E3%82%92%E5%8E%B3%E3%81%97%E3%81%8F%E8%AD%A6%E5%91%8A/blt3e14219819e05bb2
  14. Goal.com 日本語版、2026年10月19日、2026年10月20日 取得 https://www.goal.com/jp/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88/%E6%9C%AA%E5%8B%9D%E5%88%A9%E3%81%8B%E3%82%99%E7%B6%9A%E3%81%8F%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%83%A6%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%99-%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%81%8B%E3%82%99%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB-%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E4%BB%8A%E5%BE%8C%E3%81%AB%E8%A6%8B%E8%A7%A3/blta567ecf3c57a8c7e
  15. Sky Sports Football、2026年10月17日、2026年10月17日 取得 https://www.skysports.com/football/news/11095/13599969/man-utd-transfer-news-michael-carrick-opens-door-to-january-signings-ahead-of-planned-defensive-rebuild
  16. Sky Sports Football、2026年10月20日、2026年10月20日 取得 https://www.skysports.com/football/news/11095/13601227/erik-ten-hag-interview-man-utds-broken-promises-wanting-kane-ronaldo-tension-fa-cup-glory
  17. The Peoples Person、2026年10月9日、2026年10月16日 取得 https://thepeoplesperson.com/2026/10/09/every-word-of-michael-carricks-tottenham-hotspur-pre-match-press-conference-318532/
  18. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  19. Wikipedia(日本語版)「マイケル・キャリック」、版 ID 110744029、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF
  20. Wikipedia(英語版)、版 ID 1379562329、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Carrick

※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。

掲載写真は Wikidata API および Wikimedia Commons API を通じて、ライセンス(CC BY-SA / パブリックドメイン等)と作者表示の要件を確認したうえで掲載します。