フランク・ランパード

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / イングランドのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

イングランドフランク・ランパード(Frank Lampard、1978年6月20日生)は、イングランド・ロンドン出身の元サッカー選手。ポジションはMF(ミッドフィールダー)、所属はコヴェントリー。イングランドでは1999年から通算106試合29得点を記録している。クラブでは公式戦通算915試合274得点(1995-96 シーズン以降)。クラブ・代表で通算20個のタイトルを獲得、個人賞は38回(プレミアリーグ月間最優秀選手 4回、PFA チーム・オブ・ザ・イヤー 3回)。

フランク・ランパード(Frank James Lampard Jr. , 1978年6月20日 - )は、イングランド・ロンドン出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。元イングランド代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー。愛称はランプス。

主に4-2-3-1のダブルボランチの一角ながら高い得点能力を誇り、チェルシーFCにおける歴代最多得点記録の保持者である。13シーズン所属したチェルシーでは、3度のプレミアリーグ優勝、クラブ初のUEFAチャンピオンズリーグ優勝に中心選手として大きく貢献した。

クラブ経歴

少年期

1978年6月20日、フランク・ランパード・シニアの息子として生まれる。裕福な家庭に育ち、学業も優秀であった。一般に0.1%しかいないと言われる150を超えるIQの持ち主である。またクリケットでも地元の代表チームに選抜されている。パブリックスクールであるブレントウッド・スクールを卒業。

プロとしてのキャリア ― ウエストハム

1995年にウェストハムでプロ生活を始める。その後スウォンジー・シティにレンタル移籍する。復帰後はあまり活躍できずにいたが徐々に頭角を現し、1998-99シーズンは全試合に出場する。1999年にイングランド代表に招集され着実に成長していく。しかし、ウェストハムでは数シーズンに渡って経験を積むが、伯父のハリー・レドナップが監督、父親のフランク・ランパード・シニアがコーチであったために、調子が悪い時には批判の対象となっていた。ファンから愛されず、またレドナップ、フランク・シニアが不明確な理由でクラブから解雇されてしまい、自身の環境転換の為に2001年夏に移籍金1100万ポンドでチェルシーへ移籍。

プロとしてのキャリア ― チェルシー

2005年にはバロンドール、FIFA最優秀選手賞共にロナウジーニョに次ぐ第2位の得票数を獲得。

イングランド代表GKのディビッド・ジェームスが保持していたプレミアリーグの連続試合出場記録を更新。2005年12月28日、マンチェスター・シティ戦でウイルス性疾患のため欠場するまで、164試合連続出場という記録を残した。

モウリーニョ監督の「国内選手にクラブを引っ張ってほしい」との方針から、チェルシーでは副キャプテンを務める。2006-07シーズンは故障がちなジョン・テリーに代わって、多くの試合でキャプテンマークを巻いた。

2008年5月21日にルジニキ・スタジアムで行われたマンチェスター・ユナイテッドとのUEFAチャンピオンズリーグ2007-08決勝では、45分に同点ゴールを決めた。しかし、チームはPK戦で敗れ、初優勝を逃した。2008年のシーズンオフにはモウリーニョ率いるインテルへの移籍が噂されたが、最終的にはチェルシー残留を選んで5年契約を結び、チェルシーでキャリアを終える意向を明らかにした。

2010年3月27日のアストン・ヴィラ戦で4得点を記録し、チェルシーでのプレミアリーグ通算100得点を達成した。2009-10シーズンはMFのプレミアリーグ史上最多得点となる22得点を挙げ、5年連続でシーズン20得点を記録。チェルシーの4シーズンぶりのプレミアリーグ制覇に貢献した。

2012年4月9日に行われたフラム戦で1得点を挙げ、このゴールでプレミアリーグ通算150得点を記録。これはプレミアリーグのミッドフィールダーでは史上初の記録である。また、2月26日に行われたボルトン戦の得点でプレミアリーグ連続2桁得点記録を9に伸ばしている。2012年4月18日にスタンフォード・ブリッジで行われたUEFAチャンピオンズリーグ準決勝FCバルセロナ戦第1戦では、ラミレスへのパスを通しこれがディディエ・ドログバの決勝点の起点となった。4月24日の第2戦では、2-0とリードされた前半ロスタイムにマスチェラーノのプレスを弾き飛ばしラミレスへ絶妙なアシストを決め、決勝進出へ大きく貢献した。5月19日にアリアンツ・アレーナで行われたUEFAチャンピオンズリーグ2011-12決勝では、出場停止のジョン・テリーに代わりキャプテンマークを巻いた。PK戦の末にバイエルン・ミュンヘンを破り、悲願のビッグイヤーを掲げた。自身もPK戦では3人目のキッカーを務め、成功させている。

2013年2月2日のニューカッスル戦でプレミアリーグ10季連続2桁得点を達成。3月17日のウェストハム戦では、チェルシーでの通算200得点目を記録。さらに5月11日のアストン・ヴィラ戦で2得点を決め、チェルシー歴代最多得点記録となる通算203得点を達成した。このシーズンはUEFAヨーロッパリーグ優勝を果たした。

2014年4月2日のパリSG戦でチャンピオンズリーグ出場100試合を達成、4月5日、ストーク戦でチェルシーでの250ゴールを達成した。2014年6月、2013-14シーズン限りで13年間所属したチェルシーを退団する事を発表。

2014年7月24日、2015年からメジャーリーグサッカーに創設されるニューヨーク・シティFCへの加入が決定。

プロとしてのキャリア ― マンチェスター・シティ

8月5日にマンチェスター・シティFCへシーズン開幕までの間、レンタル移籍することが発表された。

2014年9月13日、エミレーツ・スタジアムでのアーセナル戦に先発し、移籍後初出場。前半のみでの途中交代となった。9月21日に行われたチェルシー戦では途中出場し、貴重な同点ゴールをあげたが、古巣への敬意から喜びの表情は見せなかった。

2014年12月31日、マヌエル・ペレグリーニ監督の希望より、ニューヨークシティFCと本人とのシーズン終了までのレンタル延長が合意した。2015年1月8日、ニューヨーク・シティと契約を交わした上で、レンタルの形でマンチェスター・シティに加わったとされていたが、プレミアリーグの出した声明により、ランパードはニューヨーク・シティと契約を交わしていなかったことが明らかになった。夏の移籍市場で正式にニューヨークシティFCの移籍が決定した。

2015年3月15日、バーンリー戦でプレミアリーグ600試合出場を達成、5月24日、リーグ最終節のサウサンプトンFC戦ではキャプテンとしてプレーしプレミアリーグ177点目となるゴールを決め77分までプレーした。シティではトータル38試合8ゴールの成績を残した。2015年6月、大英帝国勲章OBEを受ける。

プロとしてのキャリア ― ニューヨーク・シティ

2016年7月31日のコロラド・ラピッズ戦でニューヨーク・シティの選手として初めてとなるハットトリックを成し遂げた。2016年11月14日、2016年シーズンの契約満了をもって、ニューヨーク・シティを退団することを発表。

2017年2月2日、自身のFacebookで現役を引退することを発表した。ラストシーズンは19試合に出場し13ゴール3アシストを決めた。

代表経歴

代表経歴

1999年10月10日のベルギー戦でデビューを果たす。デビュー後しばらくは目立った活躍をすることはできず、2002年の日韓ワールドカップではメンバー選考から外れた。しかし、チェルシーの躍進と共に自身もコンスタントに出場機会を得るようになると、EURO 2004ではレギュラーとして出場し、準々決勝で敗退するが、自身は3得点を挙げ、大会ベスト11にも選出された。

2006年ドイツワールドカップ予選では5得点を挙げ、イングランドの本大会出場に貢献。

2010年南アフリカワールドカップ決勝トーナメント1回戦の対ドイツ戦では、1点リードされて迎えた前半38分に放ったシュートがクロスバーに当たりゴールラインを越えたがゴールと認められず、1-4でイングランドは敗戦。「幻の同点ゴール」と言われ、科学的な判定の導入を求めた。イングランドは1966年イングランドワールドカップ決勝戦で起こった「疑惑のゴール」とは逆の「誤審」を味わうこととなり、英メディアの憤激を呼び起こした他、たまたま開催中だった2010年サミットの合間に共にテレビ観戦していたアンゲラ・メルケル独首相がデーヴィッド・キャメロン英首相に謝罪する一幕もあった。2014年8月26日、代表引退を表明した。ランパードは、「代表引退を決めた。ワールドカップ以降、深く考えてきたし、すごくタフな決断だった。国を代表することはいつも、すごく誇らしいことだったし、振り返れば、イングランドのシャツを着ている時はいつでも楽しかった」とコメントしている。

監督経歴

ダービー・カウンティ

2018年5月31日、ダービー・カウンティFCの監督に就任した。9月25日、EFLカップ3回戦で現役時代に指導を受けたモウリーニョ監督率いるマンチェスター・ユナイテッドと対戦し、PK戦の末勝利した。10月31日、EFLカップ4回戦で古巣のチェルシーに敗れた。このシーズン、リーグ戦を6位で終えて昇格プレーオフに進出した。リーズ・ユナイテッドとの昇格プレーオフ準決勝では、第1戦は0-1で敗れたものの第2戦を4-2で勝利し決勝に進出した。決勝のアストン・ヴィラ戦は1-2で敗れ、プレミアリーグ昇格を逃した。シーズン終了後の6月25日、ダービーはチェルシーとランパード監督が交渉を行う許可をした。

チェルシー

2019年7月4日、古巣であるチェルシーFCの監督に就任した。2019-20シーズン、リーグ戦では第4位にチームを導き、来季のチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。しかし、2020-21シーズンは、カイ・ハフェルツやティモ・ヴェルナーなどを、総額2億4700万ユーロを費やし獲得しながらも、金額に見合う活躍をしているとは言えず、チームもリーグ戦19節消化時点で9位に沈むなど、成績不振に陥り、サポーターからランパードの解任を求める声が高まっていた。またマンチェスター・ユナイテッドFCの復活やエヴァートンFCやアストン・ヴィラFCなどの躍進にも押され、更にアントニオ・リュディガーやエンゴロ・カンテ、オリヴィエ・ジルーらとの確執も取り沙汰されていた。そして2021年1月24日のFAカップのルートン・タウンFC戦に勝利した翌日に、オーナーのロマン・アブラモヴィッチが、ランパードの解任を決断した。

エヴァートン

1年間仕事から遠ざかっていたランパードは、2022年1月31日、プレミアリーグのエヴァートンFCの監督に就任した。エヴァートンFCは成績不振によりラファエル・ベニテスを解任、ランパード就任時には16位と、プレミア創設以来の降格危機に晒されていた。2021-22シーズン最終戦であり残留を掛けた試合となるクリスタル・パレスFC戦において、前半で0-2と厳しい状況に追い込まれるも、後半より攻撃的なフォーメーションをとって、逆転に成功。チームに勝利をもたらし、残留を決めた。ランパードはその夜を「キャリア最高の夜の1つ」と表現した。

しかし、翌 2022-23年シーズン、クラブは再び降格争いに巻き込まれ、11試合で1勝しかできず、1月にはリーグで19位となった。エヴァートンFCのオーナーのファルハド・モシリは、インタビューでこの状況にも関わらずクラブでのランパードの地位が安定していることを示唆した。しかし2023年1月23日、ウエストハムに2-0で敗戦した後、解任された。

チェルシー再任

2023年4月6日、シーズン終了までの暫定監督として、約2年ぶりにチェルシーFCに復帰した。低迷に喘ぐチェルシーではすでにトーマス・トゥヘル、グレアム・ポッターを解任しており、チームの立て直しが期待されていた。就任後しばらくは1つも勝ち点を上げることができず、ほぼ唯一となるトロフィー獲得の希望であったチャンピオンズリーグ準々決勝(レアル・マドリード戦)の2試合を含む6連敗を喫した。またチームの順位も12位まで落とした。その後のボーンマス戦で再任後初勝利をあげ、連敗を阻止したものの、その後はチームを勝利に導くことはできず、2023年5月29日のシーズン最終戦をもって予定通り暫定監督を退任した。

2022-23シーズン、エヴァートンFC、チェルシーFCと指揮を執ったプレミアリーグの29試合では、4勝8分け17敗と厳しい1年を送ったランパードだが、今後も監督を続けていく意欲を示している。

コヴェントリー・シティ

2024-25シーズン途中の11月末、解任されたマーク・ロビンズの後任としてEFLチャンピオンシップ(イングランド2部)のコヴェントリー・シティFCの監督に就任。就任時に17位だったチームを立て直し、リーグ戦を5位で終えた。その結果、昇格プレーオフに進出したものの、準決勝で4位のサンダーランドAFCに敗れ、プレミアリーグ昇格とはならなかった。なお、チームには日本代表経験を持つ坂元達裕が所属している。

フルシーズンで指揮を執った2025-26シーズンには、コヴェントリー・シティをEFLチャンピオンシップ優勝に導き、クラブにとって59年ぶりとなるチャンピオンシップ制覇と、25年ぶりとなるプレミアリーグ昇格を達成した。この功績によりEFLチャンピオンシップの今季最優秀監督に選出された。当時の契約は残り1年となっており、チェルシーFCを含む他クラブへの移籍が噂されたものの、クラブは2026年6月30日にランパードとの契約を2029年まで延長したことを発表した。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(7件)
2026年10月24日本人コメントフランク・ランパード(本人)/試合後会見
プレミアリーグでフラムに本拠地で敗れた後のコヴェントリー・シティ監督ランパードの会見です。試合は80分にオスカー・ボブが決めた決勝点で決まり、コヴェントリーは前節ニューカッスル戦の4-1勝利から一転、順位も下から2番目となりました。ランパードは内容自体は互角だったと認めつつ、攻撃の質の差を悔やみました。さらに、プレミアリーグでは相手に止められるのが当然で、常に望む結果が得られるわけではないため、前へ進み続けるしかないという趣旨も語りました。
「0-0で終わっていたら、双方がフェアな結果だと言っただろう。フラムは良いチームで、多くのチャンスを作っている。」
「相手は我々のゴール前で大きな問題を与えたわけではないが、我々が見つけられなかった質の高い瞬間を見つけた。」
「前線に本当の鋭さがなかった。それは残念だ。」

出典:The Guardian Football 2026年10月24日

2026年10月22日本人コメントフランク・ランパード(本人)
コヴェントリー・シティを率いるランパード監督が、土曜のプレミアリーグ、本拠地でのフラム戦を前にした会見で語った内容。最初の2つはグスタボ・ハーメルがU-21戦出場を自ら希望した件と、チャウナとボーホが遠征メンバー外だった件についての発言。後半はフラムの攻撃面を評価した発言。ほかに、エクルズの足首の負傷でリハビリが遅れていること、選手選考は最も難しい仕事で特定の選手を優遇しないこと、DFボビー・トーマスの成長にも触れた。
「私は、それがとても気に入っている。私とスタッフは、彼の仕事への姿勢に本当に感銘を受けているんだ。」
「その裏に、人々が思い込むようなドラマがあるわけではないんだ。」
「彼らの結果は、内容と釣り合っていない。とても良いスタイルを持っていて、ボール保持を好むチームだ。」

出典:BBC 2026年10月22日

2026年10月19日本人コメントフランク・ランパード(本人)/試合後会見
コヴェントリーがトッテナムに1-3で敗れた試合後、ランパード監督がBBCに語った内容。内容面は高く評価し、勇敢に前線へ人を送り込めたと振り返った。一方で、2点目は顔に腕が入った場面があり疑問が残ると指摘し、勝ち点を取れた可能性もあったと悔しさをにじませた。昨季チャンピオンシップでプレーした8人の成長にも触れ、次戦のフルハム戦に向けて選手たちを引き締める考えも示した。
「内容には非常に誇りを持っている。最後のゴールのせいで、3-1という結果は終わってみると後味が悪い。」
「この結果が我々に響くことはない。内容を見たので、今夜の敗戦についても前向きに語れる。」
「我々は大きく前進してきた。フルハムは違った課題と期待を持ち込んでくるだろう。」

出典:BBC 2026年10月19日

2026年10月17日本人コメントフランク・ランパード(監督)/公式インタビュー
コヴェントリー・シティのランパード監督が、MF坂元達裕についてコメントした。プレミア初挑戦の坂元は出場機会が限られているが、監督は人柄と練習姿勢を高く評価。12日のニューカッスル戦で後半から出場して活躍したことで、今後の選考に向けてアピール機会を得た形となっている。
「タツのことはよく知っている」
「タツのことはよく知っているし、選手としても人としても大好きだ。何度も言っているが、一緒に仕事ができて本当にうれしい選手だよ。」

出典:Yahoo!ニュース 2026年10月18日

2026年10月12日本人コメントフランク・ランパード(本人)/試合後会見
コヴェントリーがプレミアリーグのホームでニューカッスルに4-1で勝った後の会見でのコメント。直前のノッティンガム・フォレスト戦に続く連勝で、順位は14位に上がった。ランパードはプレミアでの出場経験が乏しい選手たちの成長を評価しつつ、油断への戒めも口にした。次の試合も厳しいとして、自信と過信のバランスが大事だと語った。初先発で得点した19歳のシディキ・シェリフについては、謙虚さと向上心を併せ持つと称賛した。
「これは大きなことで、我々はそれを謙虚に、良い形で生かさなければならない。我々は興奮すべきだし、選手たちが急速に成長しているのが私の目にも見える。」
「我々はほぼすべての試合で相対的に格下の立場になるだろう。だからあらゆる面で最大限を尽くし、限界まで出し切らなければならない。」
「彼には少し特別な何かがあると思う。」

出典:BBC Sport Football 2026年10月12日

2026年10月9日本人コメントフランク・ランパード(本人)
代表ウィーク明けに行われた、月曜のニューカッスル戦を前にしたコヴェントリー・シティ指揮官としての会見での発言。独立委員会がマンチェスター・シティを115件の財務違反のうち114件で有罪と判断し、同クラブが控訴している件について質問が集中した。ランパードは1年間在籍した元所属クラブとして敬意を示しつつ、自分は当事者ではないと述べた。さらに、こうした回答は逃げに聞こえるかもしれないと認め、自チームの仕事に集中すると繰り返した。
「アピールが進行中なのに、何が言えるでしょう。私はこの件の外にいて、完全に部外者です。」
「マンチェスター・シティには小さな縁があります。1年間そこで素晴らしい時間を過ごし、皆がとても良くしてくれましたから。」
「処分の有無や重さについて語るのは私の役割でも仕事でもありません。私にはその質問には答えられません。」

出典:Coventry Telegraph 2026年10月9日

2026年9月19日本人コメントフランク・ランパード(監督)/試合後会見
コヴェントリー・シティのランパード監督が、ノッティンガム・フォレストとのプレミアリーグ第5節で1-0の勝利を収めた試合後に述べた。同クラブにとっては26シーズンぶりのプレミア昇格後、9287日ぶりとなるリーグ戦での白星だった。開幕4試合連続無得点での4連敗から初勝利を挙げたことについて、ランパード監督は喜びすぎず冷静さを保つ姿勢を見せながら、マンチェスター・シティやアーセナルとの難敵との対戦を経ていたことは関係なく、0勝から脱却できたこと、インターナショナルブレイク前の勝利が精神的に重要だったことを強調した。
「地に足をつけていく必要がある。まだ1勝しただけだし、このリーグの厳しさはすでに身をもって感じているからね」
「マンチェスター・シティやアーセナルといった、前評判では最も厳しい部類に入る2試合を戦ってきたが、それは関係ないことだ。4試合を終えて勝ち点ゼロという状況は痛手だった。」
「ここが出発点だとわかっているから、この経験を活かせるはずだ。どんな状況であれ、勝利は常に安堵をもたらすものだ。」

出典:マイナビニュース 2026年9月20日

2024-25シーズン(1件)
2025年5月13日本人コメントフランク・ランパード(本人)/試合後会見
チャンピオンシップ昇格が決まったブラックバーン戦後の会見でのランパード監督の発言。コヴェントリーは2025年5月に59年ぶりの2部優勝を達成し、プレミアリーグへの昇格を決めた。ランパード監督は涙ぐみながら、降格圏からの出発からわずか半年でこの成果を遂行したことの感動と、資金的に限定された状況(ミニバン)でのチーム運営の苦労を語った。この優勝は、プレミアリーグでの蹉跌が続いた監督キャリアの本当の転機となった。
「これは私が成し遂げたことの中でも、間違いなく最高の部類に入る」
「15カ月前、私たちはミニバンでやって来た」

出典:note 2026年10月16日

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1リーグカップ2大陸大会3その他4シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
イギリスアカデミーオブフットボール1995-9617プレミアリーグ200000————20
1996-9718プレミアリーグ1301020————160
1997-9819プレミアリーグ3156154————4210
1998-9920プレミアリーグ3851021————416
1999-2000—プレミアリーグ3471043104——4914
2000-0122プレミアリーグ3074131————379
通算14824132169104——18739
スウォンジー・シティ1995-96172部リーグ91——————20111
イングランドチェルシー2001-0223プレミアリーグ375814041——537
2002-0324プレミアリーグ386513021——488
2003-0425プレミアリーグ38104120144——5815
2004-0526プレミアリーグ38132062124——5819
2005-0627プレミアリーグ3516521082105020
2006-0728プレミアリーグ37117663111106221
2007-0829プレミアリーグ24101234114104020
2008-0930プレミアリーグ37127322113——5720
2009-1031プレミアリーグ3622631071115127
2010-1132プレミアリーグ2410330040103213
2011-1233プレミアリーグ30115220123——4916
2012-1334プレミアリーグ29154230100405017
2013-1435プレミアリーグ266101111110408
通算4291475826341211725101648211
イングランドマンチェスター・シティ2014-1536プレミアリーグ326201230——388
アメリカニューヨーク・シティ201536メジャーリーグサッカー103————————103
201637メジャーリーグサッカー191200————202112
通算291500————203115
キャリア通算6471937328512313029141915274

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

イングランド としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
19992010
20002100
20012230
20022330
20032491
200425136
20052693
200627132
20072892
20082960
200930106
20103170
20113273
20123333
201334103
20143530
通算10629

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
1994〜199515イングランドウェストハム

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム
1995〜200116イングランドウェストハム・ユナイテッド
1995〜199616ウェールズスウォンジー・シティ
2001〜201422イングランドチェルシー
2014〜201535イングランドマンチェスター・シティ
2015〜201636アメリカニューヨーク・シティ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1997〜200018イングランド U-18
1997〜200018イングランドイングランド U-21
199819イングランドイングランド B
1999〜201420イングランドイングランド

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2018〜201939イングランドダービー・カウンティ監督
2019〜202140イングランドチェルシー監督
2022〜202343イングランドエヴァートン監督
2023〜202344イングランドチェルシー監督
2024〜45イングランドコヴェントリー・シティ監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
199516イギリスウェストハム・ユナイテッドスウォンジー・シティ期限付き移籍—期間・移籍金は未確認
200122イギリスウェストハム・ユナイテッドイングランドチェルシー移籍—形態・移籍金は未確認
201435イングランドチェルシーイングランドマンチェスター・シティフリー移籍—
201536イングランドマンチェスター・シティアメリカニューヨーク・シティフリー移籍—

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
英語版 Wikipedia(クラブのシーズン記事)。移籍金・形態は英語版 Wikipedia の各クラブのシーズン記事の移籍の表による。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

共にプレーした選手

同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。

選手クラブ期間シーズン 
ダヴィド・ルイス・モレイラ・マリーニョイングランドチェルシー2010〜20134
フェルナンド・トーレスイングランドチェルシー2010〜20134
ジョン・ミケル・オビイングランドチェルシー2010〜20134
ペトル・チェフイングランドチェルシー2010〜20134
ラミレス・サントス・ド・ナシメントイングランドチェルシー2010〜20134
ダニエル・スタリッジイングランドチェルシー2010〜20123
ガリー・ケーヒルイングランドチェルシー2011〜20133
セサル・アスピリクエタイングランドチェルシー2012〜20132
ダビド・シルバイングランドマンチェスター・シティ2014〜20152
ディディエ・ドログバイングランドチェルシー2010〜20112
エディン・ジェコイングランドマンチェスター・シティ2014〜20152
フェルナンド・ルイス・ローザイングランドマンチェスター・シティ2014〜20152
ヘスス・ナバスイングランドマンチェスター・シティ2014〜20152
ホセ・アンヘル・ポソイングランドマンチェスター・シティ2014〜20152
ケヴィン・デ・ブライネイングランドチェルシー2013〜20152
マルティン・デミチェリスイングランドマンチェスター・シティ2014〜20152
ロメル・ルカクイングランドチェルシー2011〜20132
サミル・ナスリイングランドマンチェスター・シティ2014〜20152
ヴァンサン・コンパニイングランドマンチェスター・シティ2014〜20152
ヤヤ・トゥーレイングランドマンチェスター・シティ2014〜20152

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
ラファエル・ベニテスイングランドチェルシー2012年11月〜2013年5月
マヌエル・ペジェグリーニイングランドマンチェスター・シティ2013年6月〜2016年6月
ジョゼ・モウリーニョイングランドチェルシー2013年6月〜2015年12月
トーマス・トゥヘルイングランドイングランド代表2025年1月〜

日本語名を確認できない監督 8 人は掲載していません。

タイトル

クラブ

チェルシー(選手)

チェルシー(監督)

個人

英語の記録名しか確認できないもの(21件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「フランク・ランパード」(版 111116165)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. API-Football(選手・監督データ)、2026年10月25日 取得 https://www.api-football.com/
  2. BBC、2026年10月19日、2026年10月25日 取得 https://www.bbc.co.uk/sport/football/articles/cmx28rp9ke4lo
  3. BBC、2026年10月22日、2026年10月25日 取得 https://www.bbc.com/sport/football/articles/cwp8geppj775o
  4. BBC Sport Football、2026年10月12日、2026年10月13日 取得 https://www.bbc.co.uk/sport/football/articles/cw78p7l7rp30o?at_medium=RSS&at_campaign=rss
  5. Coventry Telegraph、2026年10月9日、2026年10月12日 取得 https://www.coventrytelegraph.net/sport/football/football-news/inside-frank-lampards-press-conference-34738244
  6. The Guardian Football、2026年10月24日、2026年10月25日 取得 https://www.theguardian.com/football/2026/oct/24/coventry-fulham-premier-league-match-report
  7. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  8. Wikipedia(日本語版)「フランク・ランパード」、版 ID 111116165、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%89
  9. Wikipedia(英語版)、版 ID 1375758129、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Frank_Lampard
  10. Yahoo!ニュース、2026年10月18日、2026年10月25日 取得 https://news.yahoo.co.jp/articles/bc795a7fb637a629e9a3ebef275d06d46b9d5595
  11. note、2026年10月16日、2026年10月25日 取得 https://note.com/serene_chimp8943/n/n406619ed3eeb
  12. マイナビニュース、2026年9月20日、2026年10月12日 取得 https://news.mynavi.jp/article/20260920-4998915/

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