「チームとして良くなってきていると思う。我々は90分間戦い続けている。」
「60分や30分いいプレーができたかどうかではなく、90分間戦い続ける必要があると理解しなければならない。」
「ときには選手の質で勝たなければならない。チームとして良い試合だったが、最後は一瞬のオスカーの質が試合を決めた。」
出典:The Guardian Football 2026年10月24日
SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / スペインのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
アルバロ・アルベロア(Álvaro Arbeloa、1983年1月17日生)は、スペイン出身の元サッカー選手。ポジションはDF(ディフェンダー)、所属はフルアム。クラブでは公式戦通算459試合8得点(2002-03 シーズン以降)。
アルバロ・アルベロア・コカ(Álvaro Arbeloa Coca, 1983年1月17日 - )は、スペイン・カスティーリャ・イ・レオン州サラマンカ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。元スペイン代表。
レアル・マドリードの下部組織出身であり、2004-05シーズンにトップチームデビューしたが、レアル・マドリード・カスティージャでのプレー時間のほうが長かった。2006年夏にデポルティーボ・ラ・コルーニャに移籍し、2007年冬にプレミアリーグのリヴァプールFCに移籍した。イングランドでサッカー選手としての地位を固め、2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝にも出場した。2009年夏にレアル・マドリードに復帰した。
2008年にスペイン代表デビューし、UEFA EURO 2008で優勝している。FIFAコンフェデレーションズカップ2009、2010 FIFAワールドカップにも出場し、後者ではスペインの初優勝に貢献した。
2009年夏に幼少時からの幼馴染と結婚し、2010年4月26日に第一子である女児が生まれた。
レアル・サラゴサの下部組織に所属していたが、17歳の時にレアル・マドリードの下部組織に移り、リザーブチームであるレアル・マドリード・カスティージャではキャプテンを務めた。トップチームでの出場は2試合にとどまった。
2006年7月24日、デポルティーボ・ラ・コルーニャに移籍した。デポルティーボではレギュラーとしてプレーしていたが、在籍はわずか半年間に終わった。
2007年1月31日、イングランド・プレミアリーグのリヴァプールFCに移籍し、約400万ユーロの移籍金がデポルティーボとレアル・マドリードに半分ずつ支払われた。
2月10日のニューカッスル・ユナイテッドFC戦でMFジャーメイン・ペナントとの途中交代でデビューした。UEFAチャンピオンズリーグのFCバルセロナ戦(アウェー)で初めてフル出場し、中央に切り込むことが得意なFWリオネル・メッシを止める役割を任せられて左サイドバックとして試合終了までプレーした。アルベロアはラファエル・ベニテスの期待に応えてメッシに良いプレーをさせず、前年度優勝チーム相手に2-1の勝利を収めた。
移籍後初得点を挙げたのは4月7日のレディングFC戦であった。UEFAチャンピオンズリーグでは決勝に進出し、ACミラン戦に途中出場したが、1-2で敗れて準優勝に終わった。
2007-08シーズンは好調なチームに合わせてアルベロアも調子を維持し、トップチームでの立ち位置を固めた。2009年5月18日のウェストブロムウィッチ・アルビオンFC戦では軽率なディフェンスをしたことでチームメイトのDFジェイミー・キャラガーと口論になり、副キャプテンであるキャラガーは「僕らは無失点を継続したい。レイナにゴールデン・グローブ賞を獲ってほしいんだ」と説明したが、ベニテス監督は事件に対するコメントを拒否した。
2009年7月29日、古巣レアル・マドリードと5年契約を交わし、リヴァプールFCには移籍金500万ポンドが支払われた。DFミチェル・サルガドやDFミゲル・トーレスがいなくなったため背番号2を譲り受け、右サイドバックにはセルヒオ・ラモスがいるために主に左サイドバックを務めた。2010年2月13日のアウェーでのシェレスCD戦で移籍後初得点を挙げた。3月28日のアトレティコ・マドリードとのマドリードダービーでは右足でGKダビド・デ・ヘアから得点を奪い、3-2での勝利に貢献した。
2010-11シーズンは左サイドバックにマルセロが重宝されたが、そのユーティリティー性から両サイドバックの控え選手として多くの試合に出場した。リーガで初のタイトルとなったコパ・デル・レイの決勝でも右サイドバックで先発フル出場した。2011-2012シーズンでもその堅実なプレースタイルから監督のジョゼ・モウリーニョから信頼を得ており、ラモスがセンターバックで起用される事が多くなると、本来の右サイドバックで起用されている。
しかし2013-14シーズンは、復帰したダニ・カルバハルが右サイドバックに定着したため、出場機会を減らしたが、チームはコパデルレイ優勝、UEFAチャンピオンズリーグ2013-14でも優勝を果たし、デシマ(10回目のCL優勝)を経験した。
2015-16シーズンはシーズンを通して出場機会を得られずにシーズン終盤を迎え、クラブからは契約満了という形で退団が発表された。現地時間5月8日のバレンシア戦で退団セレモニーが行われ、クラブから惜しまれて、本拠地サンティアゴ・ベルナベウに別れを告げた。その後クラブはウン・デシマ(11回目のCL優勝)を成し遂げた。
2016年8月31日、イングランド・プレミアリーグのウェストハム・ユナイテッドFCへフリーで加入。契約期間は1年間。リヴァプール以来、約7年ぶりのプレミアリーグ復帰であったが、加齢や負傷の影響もあってわずか3試合の出場に留まり、クラブから契約延長のオファーもなくシーズン終了後に契約満了により退団。
シーズン終了後の2017年6月23日、モチベーションの低下を理由に現役引退を発表した。
2006年にはアラゴン州の選抜チームに選出された。2010年10月にはアラゴン州のスポーツ功労賞を受賞している。
2008年2月1日、ルイス・アラゴネス監督によってフランスとの親善試合のためのスペイン代表に初招集されたが、負傷により出場を逃した。3月26日、イタリア戦でスペイン代表デビューを飾った。UEFA EURO 2008本大会に招集され、グループリーグ初戦のギリシャ戦に出場した。FIFAコンフェデレーションズカップ2009にも招集され、準決勝進出を助けた。2010 FIFAワールドカップにも招集され、グループリーグのホンジュラス戦で77分にセルヒオ・ラモスに代わって途中出場した1試合のみの出場にとどまったものの、スペインの初優勝に控え選手として貢献した。
EURO 2012においては、カルレス・プジョルの負傷により右サイドバックのレギュラーとなり、スペインの優勝に貢献した。
2014年5月、2014 FIFAワールドカップメンバーから選外になり、代表引退を表明した。
引退時に古巣レアル・マドリードに携わっていきたい旨を表明しており、その後、レアル・マドリードTV(オフィシャルクラブTV)のコメンテーターに就任した。
2019年、指導者に転身してレアル・マドリードのインファンティル(U-14)の監督に就任。2022年、フベニールA(U-19)監督に就任。
2025年5月27日、レアル・マドリード・カスティージャ(Bチーム)の監督を務めていたラウル・ゴンサレスの退任に伴い、2025-2026シーズンから同監督に昇格。さらにシーズン半ばの翌2026年1月、退任したシャビ・アロンソの後任として、レアル・マドリード・トップチーム監督に昇格した。
2026年7月7日、プレミアリーグのフラム監督に就任。2029年6月30日までの3年契約。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「チームとして良くなってきていると思う。我々は90分間戦い続けている。」
「60分や30分いいプレーができたかどうかではなく、90分間戦い続ける必要があると理解しなければならない。」
「ときには選手の質で勝たなければならない。チームとして良い試合だったが、最後は一瞬のオスカーの質が試合を決めた。」
出典:The Guardian Football 2026年10月24日
「私のことではなく、クラブと選手とサポーターのことです。」
「私の将来の話ではありません。前にも言った通り、大事なのはクラブと選手たちです。」
「私としては、そのレベルを90分間保つ努力が必要です。それが大切なことです。」
出典:BBC Sport Football 2026年10月16日
「自分の立場を心配したことはないし、恐れも感じていない。恐れを感じるようでは監督は務まらない。」
「問題は私の立場ではなく、フラムの状況であり、それが何より重要だ。まだ6試合しか戦っていないのは事実だが、私たちには勝ち点が必要だ。」
出典:Goal.com 2026年10月13日
「気にしていない」
「コメントは控えたい。私はフラムの監督だ。」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月10日
「ファウルはすべて向こうのものだったと思う。判定はすべて向こう寄りで、マンチェスター・シティ戦のあとから、ここでマンチェスター・ユナイテッドを負けさせないだろうと分かっていた。」
出典:Goal.com 2026年10月14日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 2002-03 | 19 | テルセーラ・ディビシオン | 16 | 0 | — | — | — | — | — | — | — | — | 16 | 0 | |
| 2003-04 | 20 | セグンダ・ディビシオンB | 22 | 0 | — | — | — | — | — | — | — | — | 22 | 0 | |
| 2004-05 | 21 | セグンダ・ディビシオンB | 28 | 0 | — | — | — | — | — | — | — | — | 28 | 0 | |
| 2005-06 | 22 | セグンダ・ディビシオン | 34 | 0 | — | — | — | — | — | — | — | — | 34 | 0 | |
| 通算 | 84 | 0 | — | — | — | — | — | — | — | — | 84 | 0 | |||
| 2004-05 | 21 | ラ・リーガ | 2 | 0 | 2 | 0 | — | — | 0 | 0 | — | — | 4 | 0 | |
| ラ・コルーニャ | 2006-07 | 23 | ラ・リーガ | 20 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 20 | 0 |
| 2006-07 | 23 | プレミアリーグ | 9 | 1 | — | — | — | — | 5 | 0 | — | — | 14 | 1 | |
| 2007-08 | 24 | プレミアリーグ | 28 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 | 9 | 0 | — | — | 41 | 0 | |
| 2008-09 | 25 | プレミアリーグ | 29 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 12 | 0 | — | — | 43 | 1 | |
| 通算 | 66 | 2 | 3 | 0 | 3 | 0 | 26 | 0 | — | — | 98 | 2 | |||
| 2009-10 | 26 | ラ・リーガ | 30 | 2 | 2 | 0 | — | — | 6 | 0 | — | — | 38 | 2 | |
| 2010-11 | 27 | ラ・リーガ | 26 | 0 | 8 | 0 | — | — | 9 | 1 | — | — | 43 | 1 | |
| 2011-12 | 28 | ラ・リーガ | 26 | 0 | 3 | 0 | — | — | 9 | 0 | 0 | 0 | 38 | 0 | |
| 2012-13 | 29 | ラ・リーガ | 26 | 0 | 6 | 0 | — | — | 7 | 0 | 2 | 0 | 40 | 0 | |
| 2013-14 | 30 | ラ・リーガ | 18 | 0 | 8 | 0 | — | — | 4 | 1 | — | — | 30 | 1 | |
| 2014-15 | 31 | ラ・リーガ | 22 | 1 | 3 | 0 | — | — | 9 | 1 | 1 | 0 | 35 | 2 | |
| 2015-16 | 32 | ラ・リーガ | 6 | 0 | 1 | 0 | — | — | 2 | 0 | — | — | 9 | 0 | |
| 通算 | 153 | 3 | 31 | 0 | — | — | 46 | 3 | 3 | 0 | 233 | 6 | |||
| 2016-17 | 33 | プレミアリーグ | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | — | — | — | — | 4 | 0 | |
| キャリア通算 | 344 | 5 | 36 | 0 | 6 | 0 | 72 | 3 | 3 | 0 | 459 | 8 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 2009 | 25 | 3 | 0 | |
| 2010 | 26 | 1 | 0 | |
| 2013 | 29 | 4 | 0 | |
| 通算 | 8 | 0 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1379543930)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。
| 在任期間 | 年齢 | チーム | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 勝率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025.05〜2026.01 | 42 | 19 | 10 | 1 | 8 | 52.6% | |
| 2026.01〜2026.05 | 42 | 28 | 18 | 2 | 8 | 64.3% | |
| 2026.07〜現在 | 43 | 8 | 2 | 2 | 4 | 25.0% | |
| 通算 | 55 | 30 | 5 | 20 | 54.5% | ||
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1995〜2001 | 11 | |
| 2001〜2002 | 17 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 2002〜2003 | 18 | — | — | |
| 2003〜2006 | 19 | — | — | |
| 2004〜2005 | 20 | — | — | |
| 2006〜2007 | 22 | — | — | |
| 2007〜2009 | 23 | — | — | |
| 2009〜2016 | 25 | 118 | 1 | |
| 2016〜2017 | 32 | — | — |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2001 | 17 | |
| 2001 | 17 | |
| 2005 | 21 | |
| 2008〜2014 | 24 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 在任 | 年齢 | チーム | 役職 |
|---|---|---|---|
| 2019〜2022 | 35 | 監督 | |
| 2022〜2025 | 38 | レアル・マドリードU-19 | 監督 |
| 2025〜2026 | 41 | 監督 | |
| 2026〜2026 | 42 | 監督 | |
| 2026〜 | 42 | 監督 |
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001 | 18 | サラゴサ | 移籍 | — | 下部組織への移籍 形態・移籍金は未確認 | |
| 2002 | 19 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2003 | 20 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2006 | 23 | ラ・コルーニャ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2007 | 24 | ラ・コルーニャ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2009-07 | 26 | 完全移籍 | — | |||
| 2016 | 33 | フリー移籍 | — |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
英語版 Wikipedia(クラブのシーズン記事)。移籍金・形態は英語版 Wikipedia の各クラブのシーズン記事の移籍の表による。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| クリスティアーノ・ロナウド | 2010〜2015 | 6 | ||
| カリム・ベンゼマ | 2010〜2015 | 6 | ||
| マルセロ・ヴィエイラ・ダ・シウヴァ・ジュニオル | 2010〜2015 | 6 | ||
| ナチョ・フェルナンデス・イグレシアス | 2010〜2015 | 6 | ||
| ぺぺ | 2010〜2015 | 6 | ||
| セルヒオ・ラモス | 2010〜2015 | 6 | ||
| イケル・カシージャス | 2010〜2014 | 5 | ||
| ヘセ・ロドリゲス | 2011〜2015 | 5 | ||
| シャビ・アロンソ | 2010〜2014 | 5 | ||
| アンヘル・ディ・マリア | 2010〜2014 | 5 | ||
| アルバロ・モラタ | 2010〜2014 | 5 | ||
| カルロス・エンリケ・ジョゼ・フランシスコ・ヴェナンシオ・カジミーロ | 2012〜2015 | 4 | ||
| ファビオ・コエントラン | 2011〜2014 | 4 | ||
| ルカ・モドリッチ | 2012〜2015 | 4 | ||
| ダニ・カルバハル | 2013〜2015 | 3 | ||
| ディエゴ・ジョレンテ | 2012〜2014 | 3 | ||
| アシエル・イジャラメンディ | 2013〜2015 | 3 | ||
| フランシスコ・ロマン・アラルコン | 2013〜2015 | 3 | ||
| カカ | 2010〜2012 | 3 | ||
| ラウール・アルビオル | 2010〜2012 | 3 |
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| ルイス・アラゴネス | 2004〜2008 | |
| ラファエル・ベニテス | 2004年7月〜2010年6月 | |
| ビセンテ・デル・ボスケ | 2008年7月〜2016年7月 | |
| ジョゼ・モウリーニョ | 2010年7月〜2013年6月 | |
| ラファエル・ベニテス | 2015年6月〜2016年1月 | |
| ルイス・デ・ラ・フエンテ | 2023年1月〜 |
日本語名を確認できない監督 7 人は掲載していません。
代表チームで獲得したメダルです(金3)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| FIFAワールドカップ | 金 2010 南アフリカ |
|---|---|
| UEFA欧州選手権 | 金 2008 オーストリア・スイス金 2012 ポーランド・ウクライナ |
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「アルバロ・アルベロア」(版 110776643)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
掲載写真は Wikidata API および Wikimedia Commons API を通じて、ライセンス(CC BY-SA / パブリックドメイン等)と作者表示の要件を確認したうえで掲載します。