概要
サミュエル・エトー(Samuel Eto'o、1981年3月10日生)は、カメルーン出身の元サッカー選手。ポジションはFW(フォワード)。カメルーンでは1997年から通算118試合56得点を記録している。クラブでは公式戦通算764試合371得点(1997-98 シーズン以降)。クラブ・代表で通算24個のタイトルを獲得、個人賞は37回(ESM チーム・オブ・ザ・イヤー 4回、FIFA FIFProワールドイレブン 2回)。
サミュエル・エトー・フィス(Samuel Eto'o Fils, 1981年3月10日 - )は、カメルーン・リトラル州ドゥアラ出身の元サッカー選手。元カメルーン代表。ポジションはフォワード。
サミュエル・エトオと表記されることもある。フィスは英語の Jr. (ジュニア)に相当するフランス語の添え名である。
カメルーン代表の最多得点記録保持者であり、史上最多の4度のアフリカ年間最優秀選手賞受賞、2度のアフリカネイションズカップ優勝、3度のUEFAチャンピオンズリーグ優勝など数々の栄誉を手にしている。
クラブ経歴
初期の経歴
カメルーンのドゥアラ市にあるカジ・スポーツアカデミーの一期生。その後、16歳でレアル・マドリード・カスティージャと契約。しかし、外国人であった為セグンダ・ディビシオンBでは試合に出場できず、成長を妨げないようレンタルされ、CDレガネス、RCDエスパニョール、RCDマジョルカで過ごした。
2000年のシーズン終了後に、6億6000万円でRCDマジョルカに完全移籍し、2002年にコパ・デル・レイ優勝に導くなど活躍している。
バルセロナ
2006年9月のUEFAチャンピオンズリーグ1次リーグ、ヴェルダー・ブレーメン戦で右ひざ半月板を痛め、全治5ヶ月と診断された。自身が「第二の故郷」としているマヨルカ島で療養していたが、2007年2月に復帰し、ゴールも決めている。なお、復帰後の起用法を巡って出場を拒否するなど、トラブルメーカー的な側面も見せた。
2007-08シーズンはティエリ・アンリがバルセロナに加入し、前述のフロントとの衝突などから放出が噂されたが、結局チームに残った。しかし開幕前のインテルナツィオナーレ・ミラノとの親善試合で怪我を負うと、ボージャン・クルキッチの台頭などもあり出場機会が減少。ただし、出場した試合では18試合で16ゴールと抜群の決定力を見せた。また、2007年10月17日にはスペイン国籍を取得し、カメルーンとの二重国籍となった。
2008-09シーズン、監督に就任したジョゼップ・グアルディオラの意向により一度戦力外通告を受けるが、最終的に残留する形で踏み止まると、10月25日の第8節UDアルメリア戦でバルサ史上最短の23分間でのハットトリックを達成し(この時点で8試合9得点を記録、バルサ在籍中の得点率が1.34試合となり、バルサ歴代2位につく)、リオネル・メッシ、アンリとともに世界最強ともいわれる3トップを組むと、自己最多、リーガ2位の30ゴールを記録し、チャンピオンズリーグ決勝のマンチェスター・ユナイテッドFC戦では決勝点を挙げた。3シーズンぶりのリーガ・エスパニョーラ制覇とUEFAチャンピオンズリーグ、さらにはコパ・デル・レイをも制し、スペイン勢史上初の3冠獲得に大きく貢献した。
インテル
2009年7月、ズラタン・イブラヒモビッチとのトレード(エトー+移籍金4600万ユーロ)により、5年契約でインテルナツィオナーレ・ミラノへ移籍。2008-09シーズンセリエA24得点(得点ランキング2位タイ)のディエゴ・ミリートと2トップを組むことになった。8月8日のスーペルコッパ・イタリアーナ、SSラツィオ戦で移籍後公式戦初出場、初得点を記録すると、セリエAデビューとなった2週間後のASバーリ戦でPKによりセリエA初得点を挙げた。2010年3月16日のUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦第2戦のチェルシーFC戦では、チームを4シーズンぶりのベスト8へと導く決勝ゴールを挙げた。その後インテルはセリエA、コッパ・イタリア、チャンピオンズリーグを制覇。エトーはヨーロッパのフットボールにおいて、史上初めて異なるふたつのクラブでの三冠、並びに2シーズン連続での三冠を獲得した選手となり、これらはいずれも現在に至るまで唯一の記録である。
2010-11シーズンも好調が続き、UEFAチャンピオンズリーグではグループリーグ6戦で1位の7得点を記録。セリエAでも得点ランクトップを走ったが、11月21日のACキエーヴォ・ヴェローナ戦では相手選手に頭突きをしてしまい、3試合の出場停止処分を受けた。FIFAクラブワールドカップ2010では決勝のマゼンベ戦で1ゴール1アシストを記録するなど活躍し、ゴールデンボール(MVP)を獲得した。12月21日にはクラブでの活躍が評価され、4度目のアフリカ年間最優秀選手賞を受賞した。その後はセリエ、チャンピオンズリーグともに得点王こそ逃したものの攻撃の中心として活躍。2011年5月9日のコッパ・イタリア決勝のUSチッタ・ディ・パレルモ戦では2得点を挙げ、インテルの2連覇に貢献。またこの2得点でシーズンの総得点を37とし、バルセロナ時代の2008-09シーズンに記録した自己記録を更新した。
アンジ・マハチカラ
2011年8月24日、ロシア・ダゲスタン共和国に本拠地を置くFCアンジ・マハチカラに3年契約で移籍した。移籍金は非公表であるが、移籍金2700万ユーロ、年俸は2000万ユーロと伝えられている。その3日後に行われたロシア・プレミアリーグ第22節のFCロストフ戦(2-2)では後半58分から出場して80分に同点ゴールを挙げ、第23節のFCヴォルガ・ニジニ・ノヴゴロド戦では2試合連続となる得点を挙げた。
チェルシー
2013年8月、アンジは経営規模の縮小を発表。結果、主力選手の大半が市場に出ることになった。古巣のインテルなどが獲得に動いたが、2013年8月29日、チェルシーFCに1年契約で移籍決定。再びモウリーニョの下でプレーすることになる。背番号は29番。 10月19日のカーディフ・シティFC戦で移籍後初ゴールを挙げると、2014年1月20日のマンチェスター・ユナイテッドFC戦ではハットトリックを達成した。
アンタルヤスポル
2015年7月1日、スュペル・リグのアンタルヤスポルと3年契約を結んだことを発表した。同年12月7日、が監督を退任すると、翌2016年1月初頭まで暫定的に選手兼任監督を務め、最初の2試合で2勝を挙げた。
コンヤスポル
2018年1月30日、フリーエージェントでコンヤスポルに加入した。8月3日、クラブと双方合意の上で契約を解除した。
カタールSC
2018年8月13日、カタールリーグ・1部のカタールSCが契約を結んだことを発表した。そして翌2019年2月に退団し、同9月に現役の引退を表明。
代表経歴
代表
1998年のFIFAワールドカップ・フランス大会にはカメルーン代表史上最年少となる17歳3ヶ月で出場した。同年のトヨタカップ、2000年のアフリカネイションズカップ、シドニー五輪を制した。
また、カメルーン代表として2002年日韓ワールドカップで来日した際にサガン鳥栖と試合をして決勝点を奪っている。ワールドカップではグループリーグ第2戦のサウジアラビア戦で決勝点となるゴールを決め勝利に導く。しかし1勝1分1敗の3位でグループリーグ敗退となった。
2006年ワールドカップドイツ大会のアフリカ最終予選は、アウェーでコートジボワールに勝利し最終戦を前に首位に立つが、最終戦でエジプトに終盤に追いつかれ、ロスタイムにピエール・ウォメがPKを失敗して引き分けに終わる。最終戦に勝利したコートジボワールに抜かれ本大会出場を逃した(ヤウンデの悲劇)。
2006年のアフリカネイションズカップ・エジプト大会では、準々決勝でワールドカップの最終予選で最後まで出場を争ったコートジボワールとPK戦までもつれたが全員成功し2巡目の最初の番でエトーはクロスバーを越えるミスキックをしてしまい、チームはベスト8で敗れた。
2010年ワールドカップ南アフリカ大会ではグループリーグ初戦の日本戦では、チーム事情から本来のポジションとは異なる右サイドでのプレイを余儀なくされ無得点だったが、デンマーク戦とオランダ戦ではゴールを記録した。9月5日のアフリカネイションズカップ2012予選のモーリシャス戦で2得点を挙げ、代表通算100試合出場と50得点を達成した。
2011年11月15日、代表戦出場ボーナスの支払いがないことから、アルジェリア代表との親善試合をボイコットして試合は中止された。これを重く見たカメルーンサッカー連盟は、16日に代表戦15試合の出場停止処分を下したが、エトーは処分が不服であるとして規律委員会に訴え、4試合の出場停止に軽減された。
2025年3月7日、スポーツ仲裁裁判所は、CAF執行委員会メンバー選挙の候補者リストにサミュエル・エトーの候補資格を復活させるよう命じた。
個人成績
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
クラブ
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 1997-98 | 16 | セグンダ・ディビシオン | 28 | 3 | 2 | 1 | — | — | — | — | — | — | 30 | 4 | |
| 1998-99 | 17 | ラ・リーガ | 1 | 0 | 0 | 0 | — | — | 0 | 0 | — | — | 1 | 0 | |
| 1999-2000 | — | ラ・リーガ | 2 | 0 | 0 | 0 | — | — | 3 | 0 | 1 | 0 | 6 | 0 | |
| 通算 | 3 | 0 | 0 | 0 | — | — | 3 | 0 | 1 | 0 | 7 | 0 | |||
| 1998-99 | 17 | ラ・リーガ | 0 | 0 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 1 | 0 | |
| 1999-2000 (loan) | — | ラ・リーガ | 13 | 6 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 13 | 6 | |
| 2000-01 | 19 | ラ・リーガ | 28 | 11 | 5 | 2 | — | — | — | — | — | — | 33 | 13 | |
| 2001-02 | 20 | ラ・リーガ | 30 | 6 | 1 | 1 | — | — | 9 | 3 | — | — | 40 | 10 | |
| 2002-03 | 21 | ラ・リーガ | 30 | 14 | 6 | 5 | — | — | — | — | — | — | 36 | 19 | |
| 2003-04 | 22 | ラ・リーガ | 32 | 17 | 2 | 0 | — | — | 7 | 4 | 2 | 1 | 43 | 22 | |
| 通算 | 133 | 54 | 14 | 8 | — | — | 16 | 7 | 2 | 1 | 165 | 70 | |||
| 2004-05 | 23 | ラ・リーガ | 37 | 25 | 1 | 0 | — | — | 7 | 4 | — | — | 45 | 29 | |
| 2005-06 | 24 | ラ・リーガ | 34 | 26 | 0 | 0 | — | — | 11 | 6 | 2 | 2 | 47 | 34 | |
| 2006-07 | 25 | ラ・リーガ | 19 | 11 | 2 | 1 | — | — | 3 | 1 | 3 | 0 | 27 | 13 | |
| 2007-08 | 26 | ラ・リーガ | 18 | 16 | 3 | 1 | — | — | 7 | 1 | — | — | 28 | 18 | |
| 2008-09 | 27 | ラ・リーガ | 36 | 30 | 4 | 0 | — | — | 12 | 6 | — | — | 52 | 36 | |
| 通算 | 144 | 108 | 10 | 2 | — | — | 40 | 18 | 5 | 2 | 199 | 130 | |||
| インテル・ミラノ | 2009-10 | 28 | セリエA | 32 | 12 | 2 | 1 | — | — | 13 | 2 | 1 | 1 | 48 | 16 |
| 2010-11 | 29 | セリエA | 35 | 21 | 4 | 5 | — | — | 10 | 8 | 4 | 3 | 53 | 37 | |
| 2011-12 | 30 | セリエA | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | |
| 通算 | 67 | 33 | 6 | 6 | — | — | 23 | 10 | 6 | 4 | 102 | 53 | |||
| 2011-12 | 30 | ロシア・プレミアリーグ* | 22 | 13 | 1 | 0 | — | — | 0 | 0 | — | — | 23 | 13 | |
| 2012-13 | 31 | ロシア・プレミアリーグ* | 25 | 10 | 3 | 2 | — | — | 16 | 9 | — | — | 44 | 21 | |
| 2013-14 | 32 | ロシア・プレミアリーグ* | 6 | 2 | 0 | 0 | — | — | 0 | 0 | — | — | 6 | 2 | |
| 通算 | 53 | 25 | 4 | 2 | — | — | 16 | 9 | — | — | 73 | 36 | |||
| 2013-14 | 32 | プレミアリーグ | 21 | 9 | 3 | 0 | 2 | 0 | 9 | 3 | — | — | 35 | 12 | |
| 2014-15 | 33 | プレミアリーグ | 14 | 3 | 1 | 0 | 1 | 0 | 4 | 1 | — | — | 20 | 4 | |
| サンプドリア | 2014-15 | 33 | セリエA | 18 | 2 | — | — | — | — | — | — | — | — | 18 | 2 |
| 2015-16 | 34 | スュペル・リグ* | 31 | 20 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 32 | 20 | |
| 2016-17 | 35 | スュペル・リグ* | 30 | 18 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 30 | 18 | |
| 2017-18 | 36 | スュペル・リグ* | 15 | 6 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 15 | 6 | |
| 通算 | 76 | 44 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 77 | 44 | |||
| 2017-18 | 36 | スュペル・リグ* | 13 | 6 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 18 | 6 | |
| 2018-19 | 37 | カタール・スターズリーグ | 17 | 6 | 3 | 3 | 0 | 0 | — | — | 3 | 1 | 23 | 10 | |
| キャリア通算 | 587 | 293 | 46 | 22 | 3 | 0 | 111 | 48 | 17 | 8 | 764 | 371 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
代表
カメルーン としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 1997 | 15 | 3 | 0 | |
| 1998 | 16 | 5 | 0 | |
| 1999 | 17 | 1 | 0 | |
| 2000 | 18 | 9 | 5 | |
| 2001 | 19 | 9 | 2 | |
| 2002 | 20 | 13 | 5 | |
| 2003 | 21 | 7 | 2 | |
| 2004 | 22 | 9 | 4 | |
| 2005 | 23 | 6 | 1 | |
| 2006 | 24 | 5 | 5 | |
| 2007 | 25 | 3 | 1 | |
| 2008 | 26 | 11 | 11 | |
| 2009 | 27 | 8 | 5 | |
| 2010 | 28 | 12 | 8 | |
| 2011 | 29 | 9 | 4 | |
| 2012 | 30 | 2 | 0 | |
| 2013 | 31 | 4 | 2 | |
| 2014 | 32 | 3 | 1 | |
| 通算 | 118 | 56 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属チーム
ユース
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1992〜1996 | 10 | |
| 1996〜1997 | 14 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
クラブ
| 期間 | 年齢 | チーム | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 1997〜2000 | 15 | — | — | |
| 1997〜1998 | 15 | — | — | |
| 1999 | 17 | — | — | |
| 2000 | 18 | — | — | |
| 2000〜2004 | 18 | — | — | |
| 2004〜2009 | 22 | — | — | |
| 2009〜2011 | 27 | 35 | 21 | |
| 2011〜2013 | 29 | — | — | |
| 2013〜2014 | 31 | 21 | 9 | |
| 2014〜2015 | 32 | 14 | 3 | |
| 2015 | 33 | 18 | 2 | |
| 2015〜2018 | 33 | 76 | 44 | |
| 2018 | 36 | 13 | 6 | |
| 2018〜2019 | 36 | — | — |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。
代表
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1997〜2014 | 15 | |
| 2000 | 18 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
監督
| 在任 | 年齢 | チーム | 役職 |
|---|---|---|---|
| 2015〜2016 | 33 | 監督 |
移籍金・年俸・市場価値の推移
移籍履歴
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997-08 | 16 | 期限付き移籍 | — | |||
| 1999 | 17 | 期限付き移籍 | — | 期間・移籍金は未確認 | ||
| 2000 | 18 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2000-01 | 19 | 期限付き移籍 | 9.6億円 € 5.4M | |||
| 2004-08 | 23 | 完全移籍 | 47.9億円 € 27M | |||
| 2009-07 | 28 | インテル・ミラノ | 完全移籍 | 35.5億円 € 20M | ||
| 2011-08 | 30 | インテル・ミラノ | 完全移籍 | 47.9億円 € 27M | ||
| 2013-08 | 32 | フリー移籍 | — | |||
| 2014-08 | 33 | フリー移籍 | — | |||
| 2015-01 | 33 | サンプドリア | 完全移籍 | — | 移籍金は非公表・不明 | |
| 2015-08 | 34 | サンプドリア | フリー移籍 | — | ||
| 2018-01 | 36 | フリー移籍 | — | |||
| 2018-08 | 37 | フリー移籍 | — |
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
人物相関
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
共にプレーした選手
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| ロメル・ルカク | 2013〜2014 | 2 | ||
| アレッシオ・ロマニョーリ | 2014 | 1 | ||
| アンジェロ・パロンボ | 2014 | 1 | ||
| クリスティアーノ・ビラーギ | 2010 | 1 | ||
| 今矢直城 | 2014 | 1 | ||
| クリスティアン・キヴ | 2010 | 1 | ||
| セサル・アスピリクエタ | 2013 | 1 | ||
| ダニエレ・ガスタルデッロ | 2014 | 1 |
指導を受けた監督
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| フース・ヒディンク | 1998年7月〜1999年3月 | |
| ビセンテ・デル・ボスケ | 1999年11月〜2003年6月 | |
| ラファエル・ベニテス | 2010年7月〜2010年12月 | |
| クラウディオ・ラニエリ | 2011年9月〜2012年3月 | |
| ロベルト・マルティネス | 2013年6月〜2016年5月 | |
| ジョゼ・モウリーニョ | 2013年6月〜2015年12月 |
日本語名を確認できない監督 10 人は掲載していません。
タイトル
クラブ
レアル・マドリード
- UEFAチャンピオンズリーグ:1回(1999-2000)
マジョルカ
- コパ・デル・レイ:1回(2002-03)
FCバルセロナ
- ラ・リーガ:3回(2004-05, 2005-06, 2008-09)
- コパ・デル・レイ:1回(2008-09)
- スーペルコパ・デ・エスパーニャ:2回(2005, 2006)
- UEFAチャンピオンズリーグ:2回(2005-06, 2008-09)
インテル
- セリエA:1回(2009-10)
- コッパ・イタリア:2回(2009-10, 2010-11)
- スーペルコッパ・イタリアーナ:1回(2010)
- UEFAチャンピオンズリーグ:1回(2009-10)
- FIFAクラブワールドカップ:1回(2010)
個人
- ESM チーム・オブ・ザ・イヤー:4回(2004-05, 2005-06, 2008-09, 2010-11)
- FIFA FIFProワールドイレブン:2回(2005, 2006)
- UEFAチーム・オブ・ザ・イヤー:2回(2005, 2006)
- ピチーチ賞:1回(2005-06)
- FIFAクラブワールドカップ ゴールデンボール:1回(2010)
- ゴールデンフット賞:1回(2015)
英語の記録名しか確認できないもの(20件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
獲得メダル
代表チームで獲得したメダルです(金3・銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| オリンピック | 金 2000 シドニー |
|---|---|
| アフリカネイションズカップ | 金 2000 ガーナ・ナイジェリア金 2002 マリ |
| FIFAコンフェデレーションズカップ | 銀 2003 フランス |
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「サミュエル・エトー」(版 110631966)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
出典
- API-Football(移籍データ)、2026年10月22日 取得 https://www.api-football.com/
- API-Football(選手・監督データ)、2026年10月25日 取得 https://www.api-football.com/
- Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
- Wikipedia(日本語版)「サミュエル・エトー」、版 ID 110631966、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%88%E3%83%BC
- Wikipedia(英語版)、版 ID 1375586880、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Samuel_Eto%27o
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
関連項目
- レガネス
- レアル・マドリード
- エスパニョール
- マジョルカ
- バルセロナ
- インテル・ミラノ
- アンジ・マハチカラ
- チェルシー
- エヴァートン
- サンプドリア
- アンタルヤスポル
- コンヤスポル
- カタールSC
- アンタルヤスポル(暫定)
- カメルーン
- カメルーン・オリンピック
- UEFAチャンピオンズリーグ
- コパ・デル・レイ
- ラ・リーガ
- スーペルコパ・デ・エスパーニャ
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