リアム・ロシニアー

SOCCERPEDIA / 監督ページ / イングランドのサッカー監督 / 最終更新:2026年9月1日


概要

イングランドリアム・ロシニアー(Liam James Rosenior、1984年7月9日生)は、イングランド・ロンドン出身のサッカー監督。2026からパリFCの監督を務めている。これまでに5クラブを指揮した。クラブ・代表で通算2個のタイトルを獲得。

リアム・ジェイムズ・ロシニアー(Liam James Rosenior, 1984年7月9日 - )は、イングランド・ワンズワース出身の元サッカー選手。サッカー指導者。現役時代のポジションはDF(右サイドバック)。

クラブ経歴

選手時代 ― ブリストル・シティ

2001-02シーズンに3部リーグのブリストル・シティFCでデビュー。2003年夏の契約満了に伴いフラムFCへの入団を主張したが、ブリストル・シティ側は移籍は無効だとして訴訟を起こした。結局フラムFC側が和解金を支払うことで決着し、2003年11月に正式に契約を交わした。

選手時代 ― フラム

これまでは攻撃的ミッドフィールダーだったが、クリス・コールマン監督により、スティーブ・フィナンの移籍により手薄となった右サイドバックへコンバートされる。1年以上リザーブチームで修行を積み、2004年9月のカーリング・カップ、ボストン・ユナイテッドFC戦でデビューを果たした。プレミアリーグ公式戦デビューとなった同年12月のマンチェスター・ユナイテッドFC戦では、対面のクリスティアーノ・ロナウドを完封し、マン・オブ・ザ・マッチに選出された。

同年代・同ポジションの有望株であるモリッツ・フォルツとポジションを争い、2005-06シーズンにはフォルツをベンチに追いやることも多く、レギュラー争いで一歩前に出る。2006年夏にはクラブと新たに4年の長期契約を交わした。

選手時代 ― レディング

2007年8月、移籍期限最終日にレディングFCへ移籍。契約期間は3年。「スティーブ・コッペル監督のスタイルは典型的なイングランドフットボールで、プレーがフィットせずあまり楽しめなかった」「イプスウィッチにレンタル移籍するまでの2ヶ月だけ関わったブレンダン・ロジャースの指導に大きく影響を受けた」と後に語っている。

選手時代 ― ハル・シティ

2010年10月29日、ハル・シティAFCへ加入する。2012-13シーズンは、スティーヴ・ブルース監督の下、プレミアリーグ昇格に貢献。シーズン終了後に契約を2年間延長した。2013-14シーズンにクラブ創設初のFAカップ決勝に進出。2014-15シーズンはプレミア降格が決定し、自身も放出された。

選手時代 ― ブライトン

2015-16シーズンより、EFLチャンピオンシップのブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFCと3年契約を締結した。2016-17シーズンにはクラブのプレミアリーグ昇格を経験した。

代表経歴

代表歴

2005年3月、イングランドU-21代表に招集され、同年3月25日のドイツU-21戦でデビュー。2005年6月のトゥーロン国際大会でレギュラーとしてプレー。3試合に出場し、韓国U-21戦で1得点した。

2007年UEFA U-21欧州選手権では準決勝オランダU-21戦にのみ途中出場(後半開始より)。この試合の延長PK戦にてキッカーを務めPKを成功させたが、チームは13-12で敗退。これがイングランドU-21代表で最後の出場となった。

監督経歴

指導者時代

現役引退後もブライトンに残留し、U-23部門でアシスタントコーチに就任すると共に、Sky Sportsのコメンテーターを務めた。

指導者時代 ― ダービー・カウンティ

2019年7月10日、EFLチャンピオンシップのダービー・カウンティFCにて、フィリップ・コクー監督のスタッフに専門トップチームコーチとして加わる。若手選手のトレーニングや、試合前の対戦相手分析を担当した。

2021年1月15日、ウェイン・ルーニーが監督に就任したことを受け、同クラブのアシスタントマネージャーに就任。2020-21シーズンの降格を免れた。しかし翌シーズンの2021年9月18日にクラブが破産。勝ち点21剥奪のペナルティを受けた影響が大きくEFLリーグ1(3部)へ降格。

2022年6月24日、ルーニーの辞任後、若干37歳で暫定監督となり、EFLリーグ1(3部)12試合を指揮して7勝3敗2分けとして、7位となった。就任時点でクラブとの契約選手が5人という状況からチームを再建したにもかかわらず、2022年9月21日に暫定監督を解任された。

指導者時代 ― ハル・シティ

2022年11月3日、現役時161試合に出場した古巣ハル・シティAFCのヘッドコーチに就任した。契約期間は2年半。EFLチャンピオンシップの5位へと導きプレーオフに進出。2023年12月17日、新たに3年契約に署名。契約期間は2026年まで。

2024年4月、EFLチャンピオンシップ最優秀監督賞にノミネートされた後、オンライン上で人種差別発言を受けた。

2024年5月7日、EFLチャンピオンシップ最終節でプレーオフ進出を3ポイント差で逃し7位。監督を解任された。ハル・シティのオーナーであるトルコ人実業家アクン・イリカリは、解任理由として「サッカー哲学の相違」を挙げ、イリカリが求める攻撃的で楽しいサッカーをロシニアーが実現できなかったと説明した。

指導者時代 ― ストラスブール

2024年7月25日、チェルシーFCを傘下に収める投資グループのブルーコ(BlueCo)が所有する、リーグ・アンのRCストラスブールの新監督に3年契約で就任。前季13位でシーズンを終え退任したパトリック・ヴィエラの後任となった。フランスで監督を務める史上2人目のイングランド人監督である。

2024年8月18日、監督就任初戦となるモンペリエ戦で、フィールドプレーヤー全員が23歳未満のメンバーを起用し1-1の引き分け。これはフランス1部リーグ初の出来事である。2025年4月25日、プレミアリーグ複数クラブからのオファーを断ったと報じられる中、ストラスブールとの契約を2028年6月まで3年間延長した。フランスでの初シーズンを7位で終え、UEFAカンファレンスリーグ出場権を獲得した。

2025-26シーズン、UEFAカンファレンスリーグのリーグフェーズ首位(6試合で5勝1分)の成績を残してクラブを退任した。

指導者時代 ― チェルシー

1月7日のフラム戦終了後より職務に就き、初戦となるFAカップ3回戦チャールトン・アスレティック戦にアウェイで5-1で勝利した。これによりチェルシーの監督として2016年のアントニオ・コンテ以来、初戦で勝利を収めた監督となり、2008年8月のルイス・フェリペ・スコラーリ以来、最大の点差をつけての初陣勝利となった。しかし徐々に失速し、4月21日のブライトン戦にて0-3で敗北し、1912年11月以来となるリーグ戦5試合連続完封負けを喫するなど低迷。翌22日、直近の結果やパフォーマンスが求められる水準を下回っているとして、在任期間わずか107日間で監督を解任された。

人物像

人物

実父は1980年代にフラムFCでFWとして活躍した(現解説者)。新生児の頃から父のプレーをスタジアムで見て育つ。リロイが4部リーグのトーキー・ユナイテッドFCの監督を務めていた2004年3月、リアムを短期レンタルで獲得したこともある。

幼い頃からサッカーの戦術に強い関心を示しており、9歳でチャールズ・ヒューズ著『FAサッカー戦術・技術指導書』を読破し、11歳で自身が通う小学校のチームにおいてトレーニングセッションを組み始めた。また父親とは毎週金曜の夜に「戦術の儀式」を続け、フィッシュアンドチップスを食べながら、翌日の試合のラインナップやセットプレーのルーティンを分析していた。

幼い頃、父親リロイのサッカー友達が訪ねてくると、彼らの戦術談義を聞くためソファで「寝たふり」をよくする子供だったと父親は後に回想している。

2020年6月、ドナルド・トランプが米国大統領に公開書簡を送り、ジョージ・フロイド死亡事件に対する対応を批判した。

ウェイン・ルーニーは2026年、自身のBBCポッドキャストにて「リアム・ロシニアーは、これまで一緒に仕事をした中でも最高レベルのコーチだ。細部へのこだわり、日々の取り組み方、そのすべてが一流だ」「彼は、私にとって非常に重要な存在だった。コーチング能力は本当に素晴らしく、私は主にマネジメントや選手対応を担当していたが、その点で彼から多くを学んだ。総合的に見ても、彼は本当に素晴らしい仕事をしてきたと思う」と評価している。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(1件)
2026年9月19日本人コメントリアム・ロシニアー(本人)/試合後会見
2026年9月19日のリーグ・アン第5節、パリFC監督として初めて古巣ストラスブール相手にホームで2-1勝利した試合後の会見での発言。試合後、ロシニアー監督がストラスブールサポーター側に向けて挑発的なパフォーマンスを行い、一触即発の事態に至った。監督は記者会見で、家族への侮辱に対する感情的な反応であったこと、および自身の成功を望まない勢力へのメッセージであったことを説明した。パリFCはこの時点で開幕5試合無敗、3位の好位置にいた。
「ストラスブールのサポーターの中に、私の家族を侮辱する人たちがいた。私は彼らが何を言いたいか理解していた。」
「私なりのメッセージ」

出典:Yahoo!ニュース 2026年9月23日

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1376274969)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
2022.06〜2022.0937イングランドハル・シティ1272358.3%
2022.11〜2024.0538イングランドハル・シティ7827282334.6%
2024.07〜2026.0139フランスストラスブール6331151749.2%
2026.01〜2026.0441イングランドチェルシー231121047.8%
2026.07〜現在41フランスパリFC532060.0%
通算18179495343.6%

所属チーム

ユース(選手時代)

期間年齢チーム
2001〜200216イングランドブリストル・シティ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ(選手時代)

期間年齢チーム
2002〜200317イングランドブリストル・シティ
2003〜200718イングランドフラム
200419イギリストーキー・ユナイテッド
2007〜201022イングランドレディング
2009〜201024イングランドイプスウィッチ・タウン
2010〜201525イングランドハル・シティ
2015〜201830イングランドブライトン

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表(選手時代)

期間年齢チーム
200520イギリスイングランド U-20
2005〜200720イングランドイングランド U-21

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2022〜202237イングランドダービー・カウンティ監督
2022〜202437イングランドハル・シティ監督
2024〜202639フランスストラスブール監督
2026〜202641イングランドチェルシー監督
2026〜41フランスパリFC監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
200318イングランドブリストル・シティイギリスフラム移籍—形態・移籍金は未確認
200419イギリスフラムイギリストーキー・ユナイテッド期限付き移籍—期間・移籍金は未確認
200722イギリスフラムイングランドレディング移籍—形態・移籍金は未確認
200924イングランドレディングイギリスイプスウィッチ・タウン期限付き移籍—期間・移籍金は未確認
201025イングランドレディングイングランドハル・シティフリー移籍—
201530イングランドハル・シティイングランドブライトンフリー移籍—

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
英語版 Wikipedia(クラブのシーズン記事)。移籍金・形態は英語版 Wikipedia の各クラブのシーズン記事の移籍の表による。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)

年俸の推移

報道・公開資料に載った年俸を、その媒体・日付とともに掲載しています(当サイトの推定ではありません)。基本給・ボーナス・肖像権収入の扱いは情報源により異なります。出典が確認できない値は掲載しません。

時期年齢所属年俸
(報道値)
備考出典
2026-2742フランスパリFC3.9億円
€2.1m(SalaryLeaksの監督頁に掲載された、2026/28年契約(2年)の推定基本給(年額・グロス)€2.1M。ボーナス最大€450,000/年(合計€2.6M)は除く。)/1ユーロ=185円で換算
SalaryLeaks

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

タイトル

クラブ

ハル・シティ(選手)

英語の記録名しか確認できないもの(1件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「リアム・ロシニアー」(版 111094082)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. SalaryLeaks、2026年10月24日 取得 https://www.salaryleaks.com/football/managers/liam-rosenior
  2. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  3. Wikipedia(日本語版)「リアム・ロシニアー」、版 ID 111094082、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%BC
  4. Wikipedia(英語版)、版 ID 1376274969、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Liam_Rosenior
  5. Yahoo!ニュース、2026年9月23日、2026年10月11日 取得 https://news.yahoo.co.jp/articles/fd99dac0cd40ebb7c0cc4a0fbbc7d865d0089cfc

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