ティモシー・チャンドラー

SOCCERPEDIA / 選手ページ / アメリカのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

アメリカティモシー・チャンドラー(Timothy Chandler、1990年3月29日生)は、ドイツ出身のサッカー選手。ポジションはDF(ディフェンダー)、2014年からアイントラハト・フランクフルトに所属、背番号は22。クラブでは公式戦通算370試合26得点(2007-08 シーズン以降)。

ティモシー・チャンドラー(Timothy "Timmy" Chandler, 1990年3月29日 - )は、西ドイツ(現ドイツ)・フランクフルト出身のアメリカ代表のサッカー選手。ポジションは、右サイドバック及び右サイドハーフ。ブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルト所属。

クラブ経歴

クラブ ― 初期

ニューヨーク出身でドイツに駐留したアフリカ系アメリカ人の米軍兵士とドイツ人の母の下でフランクフルトに生まれたチャンドラーは、ニューヨークで3年間暮らしていたが、両親が離婚したために母とフランクフルトへ戻り、シュポルトフラインデ・オーベラウ(Sportfreunde Oberau)でキャリアを開始した。11歳の時から9年に渡ってアイントラハト・フランクフルトの下部組織に在籍し、最終的に4部南部/南東部を戦うU-23チームでプレーしていたが、トップチームを率いるミヒャエル・スキッベ監督はチャンドラーの一貫性のないパフォーマンスから引き上げる動きを見せなかった。そのため、昇格の可能性がないと感じたチャンドラーは2010年に契約を解消した。

クラブ ― ニュルンベルク

チャンドラーは、自由契約選手となったチャンドラーに対して1.FCニュルンベルクのリザーブ監督が接触してきた際に若手選手に多くの機会を与えているのを見ていたため、同クラブと2010年夏に1年契約を締結することを決意し、その3ヶ月後にトップチームへ昇格を果たす。10月8日のSKシグマ・オロモウツとの練習試合で初めてトップチームの試合に起用された後、11月20日の1.FCカイザースラウテルン戦を以って右サイドバックの選手を2人失ったことで次のマインツ05戦での出場の見込みがあったが、ユーリ・ユート(de)が負傷から回復したことでデビューはお流れとなった。2010-11シーズンの冬の中断期間に行われたトルコ合宿に帯同すると、2011年1月15日のボルシア・メンヒェングラートバッハ戦で初ベンチ入りを果たし、その4日後のキッカーズ・オッフェンバッハとのDFBポカールでデビューを果たす。22日のSCフライブルク戦でリーグ戦初出場を飾ると、右サイドハーフとして初先発した2月12日のVfBシュトゥットガルト戦でユリアン・シーバーのクロスから初得点を挙げた。シーズン終了までにプロ1季目ながら、右サイドバックのレギュラーとして冬の17試合中14試合に出場し、3月にはクラブと契約を2013年まで延長した。

2011年7月30日のDFBポカール1回戦アルミニア・ビーレフェルト(5-1)相手にマルクス・フォイルナーの同点弾をアシストした試合で2011-12シーズン公式戦初出場を飾り、それから1週間後の8月6日のヘルタ・ベルリン戦(0-1)でリーグ戦初出場にして90分フル出場した。リーグ戦8節目となる11月26日の1.FCカイザースラウテルン戦(1-0)では、サイドから中央へドリブル突破から同シーズン唯一となる得点を挙げてチームのシーズン初勝利に貢献した一方、2週間後の12月10日のTSG1899ホッフェンハイム戦(0-2)でセヤド・サリホヴィッチに対してのファールでレッドカードを提示され退場となり、1人少なくなったチームは苦しみヴェダド・イビシェヴィッチに2得点を許した。さらに、21日のDFBポカール3回戦のSpVggグロイター・フュルトとのフランケン地方ダービーでは、不慣れな左サイドバックでの起用だったこともあって弱点となってしまい、チームは敗退するという悪い状況にもなっていた。

2012年4月11日のシャルケ04戦(4-0)でダニエル・ディダヴィの得点によってシーズン2度目のアシストを記録。同シーズンに出場した最後の試合にして出場30試合中先発29試合目となった4月28日のホッフェンハイム戦で3-2の勝利に貢献し、1発退場して敗北した前回対戦のリベンジを果たすことに成功した。主力の1人として活躍していたことから、ハリド・ブラールズの後釜として考えていたシュトゥットガルトを含めて数クラブから関心を寄せられていたが、シーズン終盤の4月にクラブと2015年まで延長することを決定した。

2012-13シーズンは、2012年8月19日のDFBポカール1回戦で4部西部のTSVハベルセ(en)相手に不覚を取って屈辱の敗北を喫する(2-3)不安なスタートを切ったが、最終的に昨季と同位置の10位でシーズンを終了した。チャンドラー個人としては、9月26日のハノーファー96戦(1-4)でシーズン初得点を挙げ、シーズン途中にディーター・ヘッキング(en)監督からミヒャエル・ビージンガー(en)監督に交代後も同様に主力の1人としてプレーしていたが、5月7日の練習中に靭帯を損傷したことで残り2試合を残して離脱することが決定。偶然にも昨季と同じく出場30試合中先発29試合1得点となった。

2013-14シーズンのリーグ戦第2節目ヘルタ・ベルリン戦で負傷から復帰し、8月24日のバイエルン・ミュンヘン戦でニュルンベルクでの通算100試合目を達成。以後、右サイドバックの主力の1人としてプレーしていたが、2月8日のバイエルン戦中に左膝の外側半月板を損傷したことで最大10週間の欠場となった。

代表経歴

代表

2007年1月にドイツU-17代表に招集されていたが、アメリカ人の父とドイツ人の母の下で生まれたことでアメリカ代表とドイツ代表のどちらかで出場する資格があったため、2011年1月になるとアメリカ代表でのプレーに興味を示した結果、3月16日にパラグアイとアルゼンチンとの親善試合に向けてアメリカ代表のメンバー24人の招集リスト入りをし、3月26日のアルゼンチン戦(1-1)でジョナサン・スペクターに代わって後半頭からアメリカ代表として初出場を飾った。29日のパラグアイ戦では先発出場をしている。しかし、今後もアメリカ代表としてプレーしていくかどうか悩んでいたため、2012年5月15日にユルゲン・クリンスマン監督から親善試合と2014 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選へ向けた合宿へ招集されていたものの、参加を辞退する騒動を起こした。この騒動に対してチャンドラーの所属クラブであるニュルンベルのスポーツディレクターマーティン・ベイダーは、ドイツへの移行を示唆していたものの、最終的に11月なると、アメリカ代表としての決意が出来たためにロシア戦へ向けた招集を受けた。

それまでに出場した全試合が親善試合だったため、ドイツ代表でのプレーの可能性が残されていたが、FIFA主催大会の公式戦である2013年2月6日の2014 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選ホンジュラス戦に出場したことで本格的にドイツに別れを告げた。しかし、5月にクラブで負傷したことにより翌月に行われる同予選のジャマイカ、パナマ、ホンジュラス戦の3試合への出場が危ぶまれると、その後、負傷から復帰してクラブで主力として活躍を示し、また、右サイドバック1番手のスティーブ・チェルンドロの負傷する事態があったものの招集リストから除外されたことでクリンスマン監督の構想外となったと報じられた。そのため、代表への扉が閉ざされたかに思われたが、2014年2月4日にussoccer.com上で行われた質疑応答の中でクリンスマン監督から「この半年間に渡って一貫性のある良い仕事をしている」と言及されたことで代表復帰に迫っていた。しかし、8日にクラブでの試合中に負傷してしまい代表復帰のチャンスを逃した。

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1大陸大会2その他3シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
ドイツアイントラハト・フランクフルトII*2007-0817ヘッセンリーガ*30——————30
2008-0918レギオナルリーガ南地区*192——————192
2009-1019レギオナルリーガ南地区*286——————286
通算508——————508
1.FCニュルンベルクII2010-1120レギオナルリーガ南地区*174——————174
ニュルンベルク2010-1120ブンデスリーガ14120————161
2011-1221ブンデスリーガ30130————331
2012-1322ブンデスリーガ30110————311
2013-1423ブンデスリーガ21110————221
通算95470————1024
ドイツアイントラハト・フランクフルト2014-1524ブンデスリーガ29100————291
2015-1625ブンデスリーガ12000——20140
2016-1726ブンデスリーガ32060————380
2017-1827ブンデスリーガ24211————253
2018-1928ブンデスリーガ1000000010
2019-2029ブンデスリーガ2254070——335
2020-2130ブンデスリーガ15120————171
2021-2231ブンデスリーガ1700050——220
2022-2332ブンデスリーガ601010——80
2023-2433ブンデスリーガ600020——80
2024-2534ブンデスリーガ300000——30
2025-2635ブンデスリーガ10——————10
2026-2736ブンデスリーガ200000——20
キャリア通算332252111502037026

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 3. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

年年齢出場得点得点グラフ
20152440
通算40

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
——シュポルトフロインデ・オーバーアウ
2001〜200810ドイツアイントラハト・フランクフルト

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム出場得点
2008〜201017ドイツフランクフルトⅡ——
2010〜201119ドイツニュルンベルクⅡ442
2011〜201420ドイツニュルンベルク512
2014〜23ドイツアイントラハト・フランクフルト1709

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。

代表

期間年齢チーム
2011〜201620アメリカアメリカ合衆国

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
2010-0820ドイツフランクフルトドイツ1.FCニュルンベルクフリー移籍—
2014-0724ドイツ1.FCニュルンベルクドイツフランクフルト完全移籍1.8億円
€ 1M

出典: API-Football(移籍データ)。API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

共にプレーした選手

同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
アディ・ヒュッタードイツフランクフルト2018年7月〜2021年6月
オリヴァー・グラスナードイツフランクフルト2021年7月〜2023年6月
マウリシオ・ポチェッティーノアメリカアメリカ代表2024年9月〜

日本語名を確認できない監督 7 人は掲載していません。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ティモシー・チャンドラー」(版 108209168)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. API-Football(移籍データ)、2026年10月22日 取得 https://www.api-football.com/
  2. API-Football(選手・監督データ)、2026年10月25日 取得 https://www.api-football.com/
  3. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  4. Wikipedia(日本語版)「ティモシー・チャンドラー」、版 ID 108209168、2026年10月22日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A2%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BC

※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。

掲載写真は Wikidata API および Wikimedia Commons API を通じて、ライセンス(CC BY-SA / パブリックドメイン等)と作者表示の要件を確認したうえで掲載します。