ディエゴ・シメオネ

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / ギリシャのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

アルゼンチンディエゴ・シメオネ(Diego Simeone、1970年4月28日生)は、ブエノスアイレス出身の元サッカー選手。ポジションはMF、所属はアトレティコ・M。クラブでは公式戦通算641試合101得点(1987-88 シーズン以降)。Wikidata に登録されている受賞は1種・1件。登録漏れがあるため実際の受賞回数より少ない場合がある。

ディエゴ・パブロ・シメオネ・ゴンサレス(、スペイン語発音:、イタリア語発音:、1970年4月28日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。リーガ・エスパニョーラ2011-12シーズン途中の2011年12月から、スペインのアトレティコ・マドリードの監督を務める。元アルゼンチン代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー。愛称はチョロ(El Cholo )。

スペインのアトレティコ・マドリードやイタリアのインテル・ミラノ、ラツィオなどで活躍した。アルゼンチン代表として、史上初めてを達成し、現在も歴代4位の出場試合数を誇る。現役時代のポジションは守備的ミッドフィールダー。豊富な運動量でピッチの至る所に顔を出すプレースタイルから、14歳の時に監督から「チョロ」(、インディオの意)というあだ名を付けられた。このあだ名はかつてボカ・ジュニアーズでプレーした同姓の選手、のあだ名を引用したものだが、ディエゴとカルメロの間に血縁関係はない。

アトレティコ・マドリードの監督として、ラ・リーガ歴代3位の323試合以上を指揮し、勝利数はクラブ史上最多の200勝を達成している。リーグ中位に沈んでいたクラブを、就任から10シーズン連続でリーグ3位以内とUEFAチャンピオンズリーグ出場を果たし、2度のUEFAチャンピオンズ・リーグ決勝進出、コパ・デル・レイ、2度のラ・リーガ 、スーペル・コパ 、UEFAヨーロッパ・リーグ、UEFAスーパー・カップで計8つのタイトルを獲得し、アトレティコ史上最高の成功をもたらしている。

クラブ経歴

クラブ

1987年にCAベレス・サルスフィエルドからデビューし、その後はイタリアとスペインで長くプレーした。

1990年に初めてヨーロッパに渡り、ミルチェア・ルチェスクが監督を務めるイタリアのACピサ1909に移籍。スペイン・リーガ・エスパニョーラのセビージャを経て、1994年にアトレティコ・マドリードに移籍すると、1995-96シーズンにはリーグ戦とコパ・デル・レイの2冠を達成した。

1997年に再びセリエAに戻り、インテルではロナウドらとともにプレーした。1998年のUEFAカップでは、でラツィオを3-0で破って優勝した。

1999年、スヴェン=ゴラン・エリクソン監督が率いるラツィオに移籍し、ベテランのセンシーニ、アルメイダ、クレスポ、優れたパス技術を持つベロンなど多くのアルゼンチン人選手たちとともにプレーした。彼らのチームはシメオネの加入とともにスクデット争いに加わり、シメオネはユヴェントスFCとの白熱した首位争い参加に貢献した。最終節を前にして勝ち点2差を付けられていたが、ユヴェントスは雨中のペルージャ・カルチョ戦に敗れ、ラツィオはホームのスタディオ・オリンピコ・ディ・ローマでレッジーナ1914相手に会心の勝利を挙げたため、自身初となるセリエAのタイトルを手に入れた。

1999-2000シーズンはコッパ・イタリアでも決勝でインテルを破って優勝し、スペイン時代に続く2冠を達成した。その後、2002-03シーズンまでラツィオでプレーした。2001-02シーズン最終節のインテル戦では古巣相手にゴールを決め、インテルのリーグ制覇の夢を打ち砕いた。

2003年にアトレティコ・マドリードに復帰し、2シーズンプレーした後に母国のラシン・クラブに移籍した。ファンであるラシン・クラブで引退するという願いが叶い、長い選手生活を終え、2006年に引退した。

代表経歴

代表

1988年にオーストラリア戦でアルゼンチン代表デビューしてから2002年までに106試合に出場し、アルゼンチン代表の当時の最多出場記録を更新した。1991年と1993年にはコパ・アメリカで優勝し、1994 ワールドカップ、1998 ワールドカップ、2002 ワールドカップと3度のワールドカップ出場を果たしている。

1992年のキング・ファハド・カップでは決勝で得点した。1994年のワールドカップでは全4試合でフル出場、グループリーグ初戦のギリシャ戦で1アシストを決めた。

1998 ワールドカップではグループリーグのジャマイカ戦でガブリエル・バティストゥータのゴールをアシスト、決勝トーナメント1回戦のイングランド戦では、ファウルを得てPKを獲得、またシメオネを蹴ったデヴィッド・ベッカムが報復行為とみなされて退場処分を受けた。シメオネは後に、ベッカムを退場に追い込むために痛がる振りをしたことを認めている。次戦の準々決勝のオランダ戦ではタックルを受けて実際に負傷した。最後の国際大会となった2002 ワールドカップは2試合に先発したが、グループリーグ最終戦のスウェーデン戦では出場が無く、チームは敗退に終わった。

監督経歴

ラシン・クラブ

2006年2月17日の試合で現役を終えると同時にラシン・クラブの監督に就任。シーズン終了後にクラブの会長が交代したことに伴い、レイナルド・メルロに後任の座を譲った。

エストゥディアンテス・デ・ラ・プラタ

2006年5月18日、エストゥディアンテス・デ・ラ・プラタ監督に就任した。12月13日のボカ・ジュニアーズとのシーズン最終戦(優勝決定戦となった)に2-1で勝利し、アペルトゥーラ2006ではクラブを23年ぶりのリーグ優勝に導いた。同年10月にOle紙が行った投票でアルゼンチンリーグの最優秀監督に選ばれ、元アルゼンチン代表のに「生まれながらの監督」と称された。アペルトゥーラ2007では低調なスタートとなり、9試合無敗でシーズンを終えたものの、優勝争いに加わることができず、シーズン終了後に退任した。

リーベル・プレート

2007年12月15日、ダニエル・パサレラの後任としてリーベル・プレートの監督に就任した。コパ・リベルタドーレスでは決勝トーナメント1回戦でサン・ロレンソ・デ・アルマグロとの同国対決に敗れて早期敗退したが、クラウスーラ2008ではエスタディオ・モヌメンタルで行われた最終節でを2-1で下して優勝した。同年のコパ・スダメリカーナではウルグアイのデフェンソール・スポルティングなどを下して準々決勝に進出したが、準々決勝でメキシコのグアダラハラに敗れてベスト8に終わった。国内リーグでも11試合連続未勝利となって最下位に低迷し、2008年11月7日に辞任した。

サン・ロレンソ・デ・アルマグロ

2009年4月15日、コパ・リベルタドーレス1回戦で敗退して解任されたミゲル・アンヘル・ルッソの後任としてサン・ロレンソ・デ・アルマグロ監督に就任した。2010年4月3日、成績不振と積み重なる批判の責任を取って辞任した。

カルチョ・カターニア

2011年1月、解任されたマルコ・ジャンパオロの後任としてセリエAのカルチョ・カターニアの監督に就任した。セリエA残留という目標を果たし、2010-11シーズン終了後の2011年6月1日にカルチョ・カターニアの職を離れた。

アトレティコ・マドリード

2011-12シーズン途中の2011年12月23日、グレゴリオ・マンサーノを監督から解任した古巣アトレティコ・マドリードから後任のオファーを受けて監督に就任、1年半の契約を結んだ。ヨーロッパリーグ 2011-12では、指揮をした全9試合に勝利をし優勝に導いた。

2012-13シーズンの2012年8月31日、チェルシーを4-1で破り、UEFAスーパーカップを制覇した。国内リーグでは、前半戦をバルセロナに次ぐ2位で終え、ライバルのレアル・マドリードを上回る好成績を収めた。最終的にチームをリーグ3位に導き、当時のアトレティコにとって17年間で最高の成績となった。2013年5月17日、サンティアゴ・ベルナベウでレアル・マドリードを2-1で破り、コパ・デル・レイを制した。2013年3月には契約を2017年まで4年間延長したことが発表された。

2013-14シーズン、も前シーズンと同じようなチーム編成で開幕した。リーグ開幕前のスーペルコパ・デ・エスパーニャでバルセロナに敗れたが、リーグ戦開幕8連勝を記録し、クラブ史上最高のスタートを切った。この中には、レアル・マドリードとのアウェーでの1-0の勝利も含まれており、1999年のクラウディオ・ラニエリ以来、アトレティコの監督として初めて、サンティアゴ・ベルナベルでのリーグ戦勝利を記録、ダービー連勝は、63年ぶりだった。リーガ首位でシーズン前半戦を終え、勝ち点47でバルセロナと同点となった。バルセロナとの優勝争いは最終節までもつれ込み、最終節、カンプ・ノウでのバルセロナ戦では優勝には引き分け以上が必要となった。48分にコーナーキックからのディエゴ・ゴディンのヘディングでの同点ゴールをもたらし、引き分け、アトレティコが1996年以来のリーグ10度目のタイトルを獲得した。アトレティコの選手、監督両方でリーグ優勝を経験したのは、ルイス・アラゴネスに次いで2人目だった。シメオネ監督の下、アトレティコはリーグ戦で勝ち点90を獲得し、1996年の勝ち点87を上回り、2013-14シーズンはクラブ史上最も成功したシーズンとなった。チャンピオンズリーグ 2013-14では、グループステージで首位に立ち、ラウンド16でミランを5-1破り、準々決勝進出を果たした。アトレティコがチャンピオンズリーグの準々決勝に進出したのは、シメオネが在籍していた1996-97シーズン以来のことだった。準々決勝では、バルセロナを2-1で破り、準決勝ではチェルシーを3-1で破り、クラブ史上2度目、1974年以来のチャンピオンズリーグ決勝進出を果たした。決勝前のチャンピオンズリーグで唯一無敗のチームであり、9勝3敗を記録し、12試合でわずか6失点で、この大会で最高の守備力を誇っていた。2014年5月24日に行われた決勝戦では、リスボンのエスタディオ・ダ・ルスで市内のライバルであるレアル・マドリードと対戦した。ディエゴ・ゴディンのヘディングで先制したものの、93分に同点ゴールを許してしまった。その後、延長戦の末に1-4で敗れ、シメオネはルイス・カルニグリア、エレニオ・エレーラに続く3人目のアルゼンチン人監督としてチャンピオンズリーグ優勝を決勝戦で逃した。決勝ゴールの後、レアル・マドリードのラファエル・ヴァランがシメオネに向かってボールを蹴ったため、シメオネは怒りのあまりピッチに走り出し、退場させられた。シメオネは「自分の反応を間違えてしまった。彼は将来性のある若い男だ」と語った。また、ストライカーのジエゴ・コスタを先発に起用したのは間違いだったと認めた。

2014-15シーズン、8月のスーペル・コパではレアル・マドリードを破り、9月のリーグ戦ではベルナベウで前年に続いてのダービーに勝利した。しかし、リーグ戦を3位で終え、チャンピオンズリーグ準々決勝でレアル・マドリードに1-0で敗れ、アグリゲーションで敗退した。

2015-16シーズンは、ヤン・オブラクを始めとした守備陣の奮闘もあり、リーグ戦38試合で18失点のみとヨーロッパの5大リーグで最高の守備成績を残した。また、最も多くのクリーンシートを記録したチームでもあった。最終節までバルセロナ、レアル・マドリードとリーグタイトルを争っていたが、勝ち点88で3位に沈んだ。チャンピオンズリーグでは、アトレティコを3シーズンぶり2度目のチャンピオンズリーグ決勝に導いた。ラウンド16でPSVをPK戦で破り、ディフェンディングチャンピオンのバルセロナを3-2で破り、アウェイゴールでバイエルン・ミュンヘンを2-2で下し、2014年の決勝以来2年ぶりに再びレアル・マドリードと対戦することになった。決勝戦では延長戦の末、1-1のまま終了し、PK戦となった。フアンフランが唯一キックを外し、クリスティアーノ・ロナウドがレアルの最後のPKを決め、アトレティコは3シーズンぶり2度目のチャンピオンズリーグ決勝敗退を喫した。

2016-17シーズンは、リーグ戦では再び3位に終わり、UEFAチャンピオンズリーグ準決勝では再びレアル・マドリードに敗れた。

2017-18シーズン、リーグ戦では、バルセロナに次ぐ2位に終わった。チャンピオンズリーグ 2017-18では、グループステージで3位となり敗退。ヨーロッパリーグ 2017-18に出場し、決勝でマルセイユを破りチームは優勝するも、準決勝アーセナル戦第1戦で退場処分となり、第2戦と決勝ではベンチ入り出来なかった。2017年9月5日、アトレティコとの契約を2020年6月まで2年延長した。

2018-19シーズン、リーグ戦では再びバルセロナに次ぐ2位に終わった。チャンピオンズリーグ2018-19では、決勝トーナメントに進出し、ユヴェントスにホームでの第1戦を2-0で勝利したものの、第2戦ではクリスティアーノ・ロナウドに3得点決められれ、3-0で敗れた。2019年2月14日、アトレティコと契約を2020年まで延長した。

2019-20シーズンは、試合形式の変わったスーペルコパ・デ・エスパーニャでは、バルセロナを破り決勝に進出するも、レアル・マドリードに敗れ準優勝となった。リーグ戦では、一時はチャンピオンズリーグ出場圏内獲得が危ぶまれたが、コロナウイルスによるリーグ戦再開後は11試合無敗で、最終的にはレアル・マドリード、バルセロナに次ぐ3位に終わった。2020年6月27日、デポルティーボ・アラベスを2-1で下し、スペインサッカーのトップリーグで195試合目の勝利を収めた。この勝利により、ルイス・アラゴネス(194勝)を抜いて、クラブ史上最多のリーガ勝利数を誇る監督となった。7月7日、セルタ戦(リーガ323試合目)で、ジョン・トシャックを抜いて、スペインサッカーのトップリーグの歴史上、1つのクラブで最も多くの試合を指揮した3人目の監督となった(ミゲル・ムニョス(レアル・マドリード、424試合)、ルイス・アラゴネス(アトレティコ・マドリード、407試合))。チャンピオンズリーグ 2019-20では、ラウンド16で前回王者のリヴァプールを破り、準々決勝に進出するも、準々決勝ではライプツィヒに敗れ、ベスト8に終わった。

2020-21シーズン開幕前に新型コロナウイルス陽性と発表され無症状だったが自宅にて待機した。10月17日にセルタ・デ・ビーゴとのアウェイ戦でリーグ通算200勝目を達成した。11月21日、就任以来リーグ戦17戦未勝利だったバルセロナ戦で、1-0で初勝利した。就任から9年目を迎えた2020年12月30日、ヘタフェ戦でアトレティコでの公式戦で500試合目の指揮となった。 通算成績は301勝118分け81敗。そしてリーグ最終節で激戦を制し、7年ぶりの優勝に導いた。好成績の結果、クラブとの契約を2024年6月末まで延長した。

2021-22シーズンの2022年2月13日、ラ・リーガでヘタフェCFと対戦し、4-3で勝利したことで、フェルディナンド・ダウチークを抜いてラ・リーガにおける外国人監督としてのリーグ最多勝利を挙げた監督となった。

2022-23シーズン、2023年3月4日のセビージャ戦でルイス・アラゴネスの612試合を抜いてチームの歴代監督として最多の試合数を指揮したこととなった。

2023-24シーズン途中の2023年11月、アトレティコと2027年6月までの契約延長に合意した。

プレースタイル

プレースタイル

機動力があり、空中での動きがよく、ボールを奪うことも攻撃の起点となることもできる、粘り強く、多才で、努力家で、攻守において完璧なミッドフィルダーとみなされていた。そのため、キャリアを通じて中盤のどこでもプレーすることができたが、通常は中央でや守備的なミッドフィルダーの役割を担っていた。 才能がありながらも戦闘的な選手である彼は、主にリーダーシップ、戦術的な多才さ、知性、強さ、スタミナで知られていたが、テクニック、視野の範囲の広さでも評論家から称賛されていた。シメオネは、自分のスタイルを「歯の間にナイフを挟んでいる」と表現した。彼が影響を受けた選手は、ブラジル人MFファルカンとドイツ人MFローター・マテウスであった。

戦術・人物

シメオネの思想・哲学を表した「チョリスモ」(シメオネ主義)と呼ばれる徹底守備の堅守速攻スタイルが特徴であり、アトレティコ・マドリードではカテナチオ・堅守速攻を重視する。2022年4月6日のマンチェスター・シティFC戦などにて5-5-0フォーメーションのパーク・ザ・バスも使用している。アトレティコ・マドリードではリトリートで自陣に撤退し、強度のあるプレスで堅守を徹底し失点を最小限に抑え、隙があれば速攻を仕掛けて最小限の力で得点し、最小限の得点力で手堅く常勝することで勝ち点を積み重ねる。シメオネは決断スピード・細部への注意力・変化適応力を持ち、アグレッシブさも特徴的で「泥が見えたら、私はすぐに飛び込む。サッカーの世界で生まれる挑戦が好きだ」と語っている。合理主義的な徹底したリアリストであり「綺麗なサッカー」よりも合理的な「より良いサッカー」を重視している。

基本フォーメーションは4-4-2で(2020年からは3バックと5バックも使用)、コンパクトなローライン(最終ラインのみハイライン)とゾーンディフェンスを使用していた。相手チームがボールを保持している場合は中央から片方のサイドに集中してハードなプレスをかける。逆サイドのSBも片方のサイドへスライドし、ローリスクのために残りのDF3人で後方を固める。プレス失敗時は素早く自陣にリトリートし強固な鉄壁を築く。相手選手をサイドへ追い込み、中央にボールが入った場合はトラップが発動し相手選手を囲い込む。ボール奪取後は流動的な4-2-2-2フォーメーションとなり、フォワードは時折サイドにシフトして更にスペースを作る。シメオネの堅守は徹底した物であるため、選手には不可欠なハードワークと規律を求め、逆境の中でチームを勝利に導く。

5バックでは完全な堅牢カテナチオで堅守を徹底し、失点を最小限にし、最低限でも引分に持ち込む事が特徴的であり、その戦術で効率的にリーグ上位を維持する。

クラウディオ・ラニエリ率いる2015-16シーズンのプレミアリーグ優勝チームのレスター・シティFCはコンパクトな4-4-2で強豪相手に勝利を挙げ、シメオネのアトレティコ・マドリードと比較されてきた。シメオネは2006年のエストゥディアンテス・デ・ラ・プラタ監督時に4-4-2を初使用した。アトレティコ・マドリードでは相手にセットプレーからチャンスを作らせない一方でセットプレーからのチャンスメイクを重視し、アトレティコ・マドリードが2013-14シーズンのリーガタイトル獲得時での1点を含め重要なゴール数個はセットプレーによる物である。2015-16 UEFAチャンピオンズリーグ準決勝のFCバイエルン・ミュンヘン戦では1-0でリードされている時に4-4-2から4-1-4-1にフォーメーションを変更し、CAリーベル・プレート監督時には攻撃的な3-3-1-3を使用し、カルチョ・カターニャを指揮した際には4-2-3-1と4-3-1-2を使い分けた。「硬直した戦術で自分を化石化させたくない」と語っている。

少年時代からラシン・クラブのサポーターであり、CAベレス・サルスフィエルドのユース出身であったがラシン・クラブで引退することを選び、ラシン・クラブへの移籍時にCAベレス・サルスフィエルドのサポーターから反感を買った。少年時代に好きだった選手はパウロ・ロベルト・ファルカン、。コーチングについて影響を受けた人物はマルセロ・ビエルサ、スヴェン=ゴラン・エリクソン、アルフィオ・バシーレ、、ルイジ・シモーニ、カルロス・ビラルド、ラドミル・アンティッチ。

3男2女の子供のうち、長男ジョバンニ・シメオネ、次男、三男ジュリアーノ・シメオネの3人は、全員がFWのポジションを務めるサッカー選手である。

ディエゴ・ゴディンはシメオネについて「選手たちは彼(シメオネ)のために死ぬだろう。彼は我々がもっと大きなチームと競い合えるという確信を与えてくれる。私たちは彼に大きな自信を持っており、私たちは死ぬまで彼と一緒にいるし、彼も私たちと一緒にいる。チーム全体が監督に自信を持っていると信じているし、自分たちが進むべき道を全員が知っている。そうやって物事を成し遂げる。」と語っている。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(6件)
2026年10月19日本人コメントディエゴ・シメオネ(本人)
アトレティコ・マドリードを率いるシメオネ監督が、チャンピオンズリーグ第3節のシュトゥットガルト戦を翌日に控えた会見で語った内容です。チームは全大会で6連勝中で、直近はCLでマンチェスター・ユナイテッドに2-0、リーグ戦でエスパニョールに1-0と勝っています。監督は好調への称賛に浮かれず、次の試合の内容こそが評価を決めると述べて気の緩みを戒めました。あわせて相手の守備と圧力のかけ方を分析し、試合の流れを自分たちの狙う展開へ運ぶ必要性を強調しています。
「みんな今褒めていることなどすぐに忘れて、明日我々が何をするかで我々を評価するだろう。」
「我々はフィジカルの強いチームとの難しい試合に臨む。相手は敵陣でのプレッシングという考え方を明らかによく理解しているチームだ。」
「相手はマンツーマンでプレスをかけ、守るときは非常に深く引く。我々は相手にダメージを与えられると考える場所へ試合を持っていかなければならない。」

出典:Goal.com 2026年10月20日

2026年10月16日本人コメントディエゴ・シメオネ(本人)
ラ・リーガ第9節でアトレティコ・マドリードがエスパニョールに乗り込む前日、土曜の試合に向けた会見でのシメオネ監督の発言。レアル・マドリードのビニシウスの処分をめぐる質問には、一言ではぐらかして踏み込まなかった。会見ではコケとカルドソが翌日は起用できないことに触れ、層の厚さが重要だと語った。チームは構築の途上にあり、選手の出場時間を管理しながら勝利を目指すと説明した。エスパニョールのマノロ・ゴンサレス監督のチームについては、競争力が高く、これまで苦戦してきた相手だと評価した。
「ビニシウスとイケル・ルケの処分の違い?エスパニョールだ。」
「あらゆる面で常に改善の余地がある。5試合勝ったからといって、非常にうまくやれているわけではない。」
「こうした言葉が彼に悪影響を与えたり、弱らせたりしてはならない。パブロは我々にとって非常に重要な選手だ。」

出典:Goal.com 2026年10月16日

2026年10月14日本人コメントディエゴ・シメオネ(本人)/試合後会見
チャンピオンズリーグでアトレティコ・マドリードがマンチェスター・ユナイテッドに2-0で勝った試合後の会見での発言です。シメオネ監督は、開始直後の先制点で主導権を握れたことや、相手の高いプレスをかわしてサイドを突く狙いが機能したことを振り返りました。追加点の好機もあり内容面でも上回ったと語っています。途中交代でブーイングを受けたアルバレスについては、ファンの反応は選手の出来次第としつつ、状態の上向きを評価しました。カルドーソの好調も称えています。
「彼らが高い位置からプレスをかけてくることは分かっていた。彼らはそれが得意だが、最初のプレスをかわせば重要な位置に入り込めると考えていた。」
「ジュリアンは、私たちが見たい選手像に近づいている。私たちには彼が必要だ。」
「彼は今とても良い状態にある。私たちにはあの選手が必要で、クラブが獲得しに行ったのはまさにあの選手だ。」

出典:Goal.com 2026年10月14日

2026年10月12日本人コメントディエゴ・シメオネ(本人)
アトレティコ・マドリードを率いるシメオネ監督が、本拠地でのマンチェスター・ユナイテッド戦(チャンピオンズリーグのグループステージ第2戦)を翌日に控えた会見で語った内容。初戦のアンフィールドでのリバプール戦に敗れており、勝ち点の重要性を強調した。無得点が続くアルバレスを擁護し、決勝の話題には目の前の一戦に集中する姿勢を示した。ルックマンには忍耐を求め、好調のバエナを称えた。
「ジュリアンのような特徴を持つFWは常にゴールを求められるものだが、そうなのは彼だけではない。」
「彼はチームプレーヤーで、つなぎも連係もできる。単にゴールを決めるだけではなく、他にも多くの武器を持っている。」
「結果がどうであれ、引き分けが多かったにせよ、彼らは昨季と同じ内容のプレーを見せている。強いチームだが、こちらが相手にダメージを与えられるスタイルで戦わなければならない。」

出典:Goal.com 2026年10月12日

2026年9月19日本人コメントディエゴ・シメオネ(本人)/試合前会見
2026年9月20日のラ・リーガ第7節でアトレティコ・マドリードがレアル・マドリードを迎えるマドリード・ダービー前のシメオネ監督の会見。2013年5月のコパ・デル・レイ決勝以来となるモウリーニョ監督率いるレアル戦に向け、敬意を払いながらも対策を述べた。アルバレスについては先発か途中出場かは未定としながら出場の見通しを示した。
「そんなに何年も前のことをさかのぼって考えると…。質問に対する答えが思い浮かばないよ。」
「彼らのほうがトランジションに長けている。我々がボールを失えば、エンバペとヴィニシウスを生かしてすぐに攻撃を狙ってくる。」
「選手によって様々だが、正直に言おう。ここ数年で我々はライバル関係を復活させることができた。」

出典:Yahoo!ニュース 2026年9月19日

2026年9月13日本人コメントディエゴ・シメオネ(本人)/試合後会見
アトレティコ・マドリードがラ・リーガ第5節でレアル・ソシエダを3-0で下した試合後、シメオネ監督は新加入のグリマルドとJ・デイヴィッドの初ゴールについてコメント。試合前に両選手と起用法について会話を設けていたことを明かし、グリマルドについては試合展開が活躍の機会をもたらしたと評価。J・デイヴィッドは先発に選ばれたガンインとルックマンの理由を説明する一方で、出番が必ず来ることと準備の重要性を伝えていたと述べた。さらに息子のジュリアーノ・シメオネの3点目についても、複数の相手選手をドリブル突破した見事なゴールとして称賛した。
「彼は非常に人柄が良く、好感の持てる若者だ。今日は幸運にも、彼自身が得意とする展開、そして我々も望んでいたような試合展開になった」
「一方で、今日の試合で彼が必要になること、結果を残すために準備をしてほしいということも伝えていた。確かに途中出場だったが、懸命にプレーし、彼の動きがチームにスペースと奥行きをもたらしてくれた。」
「あの時間帯に、3人の相手選手をドリブルで突破して決めてくれた。あのゴールはなかなかできるものではない」

出典:Yahoo!ニュース 2026年9月14日

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1大陸大会2その他3シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
ベレス・サルスフィエルド*1987-8817プリメーラ・ディビシオン284——————284
1988-8918プリメーラ・ディビシオン162——————162
1989-9019プリメーラ・ディビシオン328——————328
通算7614——————7614
ACピサ19091990-9120セリエA32410————334
1991-9221セリエB24240————282
通算56650————616
スペインセビージャFC1992-9322ラ・リーガ33420————354
1993-9423ラ・リーガ31874————3812
通算641294————7316
スペインアトレティコ・マドリード1994-9524ラ・リーガ29682————378
1995-9625ラ・リーガ371280————4512
1996-9726ラ・リーガ323307420447
通算9821192742012627
イタリアインテルナツィオナーレ・ミラノ1997-9827セリエA3062091——417
1998-9928セリエA2757092——437
通算571190183——8414
イタリアSSラツィオ1999-2000—セリエA2857211010477
2000-0130セリエA302208110413
2001-0231セリエA810050——131
2002-0332セリエA2474070——357
通算90151323112013618
スペインアトレティコ・マドリード2003-0433ラ・リーガ28240————322
2004-0534ラ・リーガ801061——151
通算3625061——473
アルゼンチンラシン・クラブ2004-0534プリメーラ・ディビシオン182——————182
2005-0635プリメーラ・ディビシオン201——————201
通算383——————383
キャリア通算5158460862940641101

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 3. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1380718624)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
2006.02〜2006.0535アルゼンチンラシン・クルブ1453635.7%
2006.05〜2007.1236アルゼンチンラシン・クルブ6134151255.7%
2007.12〜2008.1137アルゼンチンリーベル・プレート4520131244.4%
2009.04〜2010.0438アルゼンチンサン・ロレンソ472191744.7%
2011.01〜2011.0640イタリアカルチョ・カターニア1873838.9%
2011.06〜2011.1241アルゼンチンラシン・クルブ20810240.0%
2011.12〜現在41スペインアトレティコ・M80847517316058.8%
通算101357022621756.3%

所属チーム

クラブ

期間年齢チーム
1987〜199016アルゼンチンCAベレス・サルスフィエルド
1990〜199219イタリアACピサ1909
1992〜199421スペインセビージャFC
1994〜199723スペインアトレティコ・マドリード
1997〜199926イタリアインテルナツィオナーレ・ミラノ
1999〜200328イタリアSSラツィオ
2003〜200532スペインアトレティコ・マドリード
2005〜200634アルゼンチンラシン・クラブ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1988〜200217アルゼンチンアルゼンチン
198918アルゼンチンアルゼンチン U-20
199625アルゼンチンアルゼンチン 五輪

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2006〜200635アルゼンチンラシン・クラブ監督
2006〜200735アルゼンチンエストゥディアンテス・デ・ラ・プラタ監督
2007〜200836アルゼンチンCAリーベル・プレート監督
2009〜201038アルゼンチンCAサン・ロレンソ・デ・アルマグロ監督
2011〜201140イタリアカルチョ・カターニア監督
2011〜201140アルゼンチンラシン・クラブ監督
2011〜40スペインアトレティコ・マドリード監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
199019アルゼンチンCAベレス・サルスフィエルドACピサ1909移籍—形態・移籍金は未確認
199221ACピサ1909スペインセビージャFC移籍—形態・移籍金は未確認
199423スペインセビージャFCスペインアトレティコ・マドリード移籍—形態・移籍金は未確認
199726スペインアトレティコ・マドリードイタリアインテルナツィオナーレ・ミラノ移籍—形態・移籍金は未確認
199928イタリアインテルナツィオナーレ・ミラノイタリアSSラツィオ移籍—形態・移籍金は未確認
200332イタリアSSラツィオスペインアトレティコ・マドリード移籍—形態・移籍金は未確認
200534スペインアトレティコ・マドリードアルゼンチンラシン・クラブ移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
ルイス・アラゴネススペインセビージャFC1993〜1995

タイトル

Wikidata に登録されている受賞を、受賞年とともにまとめています。当サイトが独自に集計した数ではなく、登録されている分の件数です(登録漏れがあるため、実際の受賞回数より少ない場合があります)。

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(金4・銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

コパ・アメリカ金 1991 チリ金 1993 エクアドル
FIFAコンフェデレーションズカップ金 1992 サウジアラビア
フィナリッシマ金 1993 アルゼンチン
オリンピック銀 1996 アトランタ

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ディエゴ・シメオネ」(版 108664478)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Goal.com、2026年10月12日、2026年10月12日 取得 https://www.goal.com/en/news/simeone-leaps-to-julian-alvarez-s-defence-and-identifies-atletico-madrid-s-strength/blt63bb17561b6f9480
  2. Goal.com、2026年10月14日、2026年10月14日 取得 https://www.goal.com/en/lists/diego-simeone-atletico-madrid-man-utd-champions-league/blt302788140f8748d9
  3. Goal.com、2026年10月16日、2026年10月16日 取得 https://www.goal.com/en/news/in-a-single-word-simeone-dodges-commenting-on-vinicius-s-punishment/blt7806a9d7c67111dd
  4. Goal.com、2026年10月20日、2026年10月20日 取得 https://www.goal.com/en/lists/diego-simeone-alex-baena-atletico-madrid-stuttgart-champions-league/blt3fe7777e4cb07baa
  5. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  6. Wikipedia(日本語版)「ディエゴ・シメオネ」、版 ID 108664478、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A8%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%8D
  7. Wikipedia(英語版)、版 ID 1380718624、2026年10月18日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Diego_Simeone
  8. Yahoo!ニュース、2026年9月14日、2026年10月14日 取得 https://news.yahoo.co.jp/articles/88d4d3c96ecd734f0977a7c976639130ae186908
  9. Yahoo!ニュース、2026年9月19日、2026年10月11日 取得 https://news.yahoo.co.jp/articles/93deda6a9bffff2a5c44d8a113e5053ac466d45f

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