「大きなスキャンダル」
「サッカーが好きだから」
出典:BBC Sport Football 2026年10月23日
SOCCERPEDIA / 選手ページ / ポルトガルのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
デコ(Deco、1977年8月27日生)は、サンベルナルド・ド・カンポ出身の元サッカー選手。ポジションはMF。ポルトガルでは2003年から通算75試合5得点を記録している。クラブでは公式戦通算588試合96得点(1996 シーズン以降)。クラブ・代表で通算24個のタイトルを獲得、個人賞は14回(UEFA年間最優秀MF 2回)。
デコ(Deco)ことアンデルソン・ルイス・ジ・ソウザ(, 1977年8月27日 - )は、ブラジル・サンパウロ州サン・ベルナルド・ド・カンポ出身の元サッカー選手。元ポルトガル代表。ポジションはミッドフィールダー。
引退後はD20 Sportsという会社を設立して代理人業を行っており、クライアントにはジェジエウ、ジョアン・シミッチらがいる。
ブラジルでは目立った存在ではなく、19歳の時にポルトガルへ渡ってから才能が開花した。
1997年、ポルトガルの強豪、SLベンフィカに入団するが即座に2部リーグのアルベルカにレンタルされる。ここで32試合に出場し13得点をあげる活躍をみせ、このままベンフィカに復帰するのではと思われたが、翌1998年は1部のサルゲイロスへ移籍。ここでも活躍をみせるとこのシーズン途中にFCポルトに引き抜かれ、完全移籍する。
ポルトでも質の高いプレーを見せていたが、チームはデコの移籍初年度の1998-99シーズンを最後にリーグ優勝を果たせずにいた。しかし迎えた2002-03シーズン、監督にジョゼ・モウリーニョが就任すると、リカルド・カルヴァーリョ、パウロ・フェレイラ、マニシェらのポルトガル代表選手と共にデコは以前にも増してその本領を発揮、見事にリーグ優勝を決め、欧州の舞台でもUEFAカップも制す快進撃を支えた。翌2003-04シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグでは決勝のASモナコ戦でリードを広げるゴールを決め、優勝に貢献、UEFAチャンピオンズリーグMVPを受賞した。
2004年夏の移籍市場では、リカルド・クアレスマとのトレードでFCバルセロナに移籍。ロナウジーニョらスター選手に囲まれながらも、バルセロナの"心臓"と呼ばれ活躍し、2004-05シーズンは38試合中35試合に出場し、リーグ優勝に貢献、9月14日、チャンピオンズリーグのグループステージ、セルティックFC戦で移籍後初ゴールを決め、10月16日、第7節のエスパニョール戦でラリーガ初ゴールを決めた。2005-06シーズンはリーグ連覇に加え、自身2度目となるUEFAチャンピオンズリーグ優勝を達成。FIFAクラブワールドカップ2006では、決勝でSCインテルナシオナルに敗れるも同大会のMVPに選ばれる活躍を果たした。しかし、その後は自身の負傷やアンドレス・イニエスタの台頭もあって出場機会が減少していった。
2007-08シーズン終了後、FCバルセロナの新監督に就任したジョゼップ・グアルディオラから構想外を宣言され、ポルトガル代表での恩師であるルイス・フェリペ・スコラーリが監督に就任したチェルシーFCへ移籍金800万ポンドで移籍。2008-09シーズンのリーグ開幕戦であるポーツマスFC戦でデビューし、その試合でアシストを決めただけでなく、ミドルシュートを決めてプレミアリーグ初得点も挙げた。しかしその後、スコラーリが解任されてフース・ヒディンクが監督に就任すると出場機会を失っていき、2009年夏の移籍市場ではインテルなどへの移籍が注目されるも残留。しかし、2009-10シーズンは新監督に就任したカルロ・アンチェロッティにより、トップ下のポジションを得てプレーした。
チェルシー退団後はブラジルのフルミネンセFCでプレー。2013年8月に現役引退を発表した。
圧倒的なテクニックと、創造力豊かなプレーを披露するデコに目をつけていたルイス・フェリペ・スコラーリは、ポルトガル代表監督になると同時に、デコにポルトガル国籍取得を要請し、デコはポルトガルに帰化する。そしてポルトガル代表に選出されたが、当初は中心選手のルイス・フィーゴやマニュエル・ルイ・コスタから猛反発を受けてしまう。そのような状況下で2003年3月29日、ついに代表デビュー。相手は奇しくも生まれ故郷のブラジル。この試合はポルトのエスタジオ・ダス・アンタスで行われ、デコは後半15分に途中出場して決勝点を挙げ、ポルトガルが2-1で勝利を収めた。彼の活躍が対ブラジル戦37年振りの勝利につながり、一日でチームメイトや国民の信頼を確立した。その後はEURO2004にも出場。開幕戦のギリシャ戦で後半から出場した後は全試合に先発出場し、ポルトガル準優勝に貢献した。
2006 FIFAワールドカップでは、怪我のため初戦のアンゴラ戦を欠場したものの、2戦目のイラン戦で先発出場すると決勝点となるミドルシュートを豪快に決め、ポルトガルの40年ぶりの決勝トーナメント進出に貢献したが、オランダ戦では退場処分を受けている。大会を通じて「らしさ」は魅せたものの、やや精彩を欠いた。
2010 FIFAワールドカップでは、初戦のコートジボワール戦に出場。しかし、コートジボワール戦で股関節を負傷。スペイン戦前に回復したが、出場は1試合のみとなった。同大会限りで代表引退を発表した。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「大きなスキャンダル」
「サッカーが好きだから」
出典:BBC Sport Football 2026年10月23日
「それはもう過去のことだ。我々は前を向かなければならないし、現在のメンバーに満足しているよ。」
「獲得は実現しなかった。我々はオファーを出したが、相手クラブ(アトレティコ・マドリード)は一貫して彼を売却しないという姿勢を崩さなかったため、別の解決策を探さざるを得なくなった。」
出典:サッカーキング 2026年9月25日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 1996 | 18 | カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA | 2 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 2 | 0 | |
| 1997 | 19 | セリエC* | 0 | 0 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 1 | 0 | |
| 1997-98 | 19 | セグンダ・ディヴィザン | 32 | 12 | 1 | 1 | — | — | — | — | — | — | 33 | 13 | |
| 1998-99 | 20 | プリメイラ・ディヴィザン | 12 | 2 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 13 | 2 | |
| 1998-99 | 20 | プリメイラ・ディヴィザン | 6 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 6 | 0 | |
| 1999-2000 | — | プリメイラ・リーガ | 23 | 1 | 4 | 3 | — | — | 11 | 3 | — | — | 38 | 7 | |
| 2000-01 | 22 | プリメイラ・リーガ | 31 | 6 | 4 | 0 | — | — | 10 | 0 | 2 | 0 | 47 | 6 | |
| 2001-02 | 23 | プリメイラ・リーガ | 30 | 13 | 2 | 0 | — | — | 15 | 6 | 1 | 0 | 48 | 19 | |
| 2002-03 | 24 | プリメイラ・リーガ | 30 | 10 | 3 | 1 | — | — | 12 | 1 | — | — | 45 | 12 | |
| 2003-04 | 25 | プリメイラ・リーガ | 28 | 2 | 3 | 0 | — | — | 12 | 2 | 2 | 0 | 45 | 4 | |
| 通算 | 148 | 32 | 16 | 4 | — | — | 60 | 12 | 5 | 0 | 229 | 48 | |||
| 2004-05 | 26 | ラ・リーガ | 35 | 7 | 0 | 0 | — | — | 7 | 2 | — | — | 42 | 9 | |
| 2005-06 | 27 | ラ・リーガ | 29 | 2 | 1 | 0 | — | — | 11 | 2 | 2 | 0 | 43 | 4 | |
| 2006-07 | 28 | ラ・リーガ | 31 | 1 | 3 | 0 | — | — | 8 | 2 | 5 | 3 | 47 | 6 | |
| 2007-08 | 29 | ラ・リーガ | 18 | 1 | 5 | 0 | — | — | 6 | 0 | — | — | 29 | 1 | |
| 通算 | 113 | 11 | 9 | 0 | — | — | 32 | 6 | 7 | 3 | 161 | 20 | |||
| 2008-09 | 30 | プレミアリーグ | 24 | 3 | 1 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | — | — | 30 | 3 | |
| 2009-10 | 31 | プレミアリーグ | 19 | 2 | 2 | 0 | 2 | 1 | 4 | 0 | 1 | 0 | 28 | 3 | |
| 通算 | 43 | 5 | 3 | 0 | 3 | 1 | 8 | 0 | 1 | 0 | 58 | 6 | |||
| 2010 | 32 | カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA | 16 | 1 | — | — | — | — | — | — | — | — | 16 | 1 | |
| 2011 | 33 | カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA | 18 | 0 | 0 | 0 | — | — | 2 | 1 | 5 | 0 | 25 | 1 | |
| 2012 | 34 | カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA | 17 | 1 | 0 | 0 | — | — | 8 | 1 | 11 | 3 | 36 | 5 | |
| 2013 | 35 | カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA | 5 | 0 | 1 | 0 | — | — | 3 | 0 | 5 | 0 | 14 | 0 | |
| 通算 | 56 | 2 | 1 | 0 | — | — | 13 | 2 | 21 | 3 | 91 | 7 | |||
| キャリア通算 | 406 | 64 | 32 | 5 | 3 | 1 | 113 | 20 | 33 | 6 | 588 | 96 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
ポルトガル としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 2003 | 25 | 9 | 1 | |
| 2004 | 26 | 15 | 1 | |
| 2005 | 27 | 8 | 0 | |
| 2006 | 28 | 11 | 1 | |
| 2007 | 29 | 8 | 0 | |
| 2008 | 30 | 9 | 2 | |
| 2009 | 31 | 11 | 0 | |
| 2010 | 32 | 4 | 0 | |
| 通算 | 75 | 5 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1996〜1997 | 18 | |
| 1997〜1999 | 19 | |
| 1997〜1998 | 19 | |
| 1998〜1999 | 20 | |
| 1999〜2004 | 21 | |
| 2004〜2008 | 26 | |
| 2008〜2010 | 30 | |
| 2010〜2013 | 32 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2003〜2010 | 25 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997 | 19 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1997 | 19 | 期限付き移籍 | — | 期間・移籍金は未確認 | ||
| 1998 | 20 | 期限付き移籍 | — | 期間・移籍金は未確認 | ||
| 1999 | 21 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2004 | 26 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2008 | 30 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2010 | 32 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| ルイス・フェリペ・スコラーリ | 2008年7月〜2009年2月 | |
| フース・ヒディンク | 2009年2月〜2009年6月 |
英語の記録名しか確認できないもの(11件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
代表チームで獲得したメダルです(銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| UEFA欧州選手権 | 銀 2004 ポルトガル |
|---|
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「デコ (サッカー選手)」(版 109809241)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
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