アルベルト・ジラルディーノ

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / イタリアのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

イタリアアルベルト・ジラルディーノ(Alberto Gilardino、1982年7月5日生)は、イタリア出身の元サッカー選手。ポジションはFW(フォワード)、所属はパルマ。イタリアでは2004年から通算57試合19得点を記録している。クラブでは公式戦通算643試合232得点(1999-2000 シーズン以降)。クラブ・代表で通算8個のタイトルを獲得、個人賞は5回。

アルベルト・ジラルディーノ(Alberto Gilardino, 1982年7月5日 - )は、イタリア・ピエモンテ州ビエッラ出身の元同国代表サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード。愛称は「ジラ」。

クラブ経歴

クラブ

6歳で生まれ故郷のASコッサテーゼ1946の下部組織に入団。その後FCVビエッレーゼ=ヴィリャーノの下部組織を経て、1997年にピアチェンツァ・カルチョに入団。2000年1月6日に17歳でトップチームデビュー。2000年3月25日、SSCヴェネツィア戦でプロ初ゴールを記録した。

2000年7月1日にピアチェンツァとの共同保有の条件でエラス・ヴェローナFCへ移籍。2002-03シーズンにはパルマFCへ移籍。当初は出番が少なかったが、2002-03シーズン終了後にアドリアーノ、アドリアン・ムトゥらが移籍した事で出場機会が増えた。2003-04シーズンには定位置を確保し23得点を記録、アンドリー・シェフチェンコに次ぐ得点ランキング2位(イタリア人では1位)という結果で終え、その知名度が一気に高まる。

2005年7月17日、ACミランに移籍。移籍当初は先発メンバーの座を奪取していた。しかし自身の伸び悩みやロナウドの加入、フィリッポ・インザーギの復活やアレシャンドレ・パトの台頭によって徐々に出場機会が減少。

2008年5月28日に、出場機会を求めてパルマ時代の恩師チェーザレ・プランデッリ監督が指揮するACFフィオレンティーナへの移籍が決定した。

移籍後初のシーズンとなった2008-09シーズンでは、相次ぐ主力の離脱に苦しむチームの中にありながらもリーグ戦19ゴールとチームを牽引し、チャンピオンズリーグ出場権獲得に大きく貢献した。また、この活躍やイタリア代表の監督にマルチェロ・リッピが再就任したこともあり代表にも復帰した。

2012年1月3日、ジェノアCFCに移籍。しかし14試合で4ゴールに留まり、クラブは最後まで残留争いに巻き込まれリーグ17位に終わった。2012年8月31日、マルコ・ボリエッロの加入に伴いマルコ・ディ・ヴァイオの後釜としてボローニャFC1909にレンタル移籍。

2015年1月26日、買い取りオプション付きレンタルで古巣のフィオレンティーナに復帰。レンタル期間は2015年6月までとなっていた。シーズンを終えオプションは行使されず広州恒大にも復帰しなかったが、2015年8月27日にUSチッタ・ディ・パレルモへ移籍することを発表した。

2016年7月7日にエンポリFCへ加入したが、スタメン出場は5試合で無得点と苦戦。翌年1月9日にクラブとの契約を解除し、シーズン後半はセリエA最下位に沈むデルフィーノ・ペスカーラ1936でプレーした。

2017-18シーズンはヴェネツィアFC移籍の噂もあったが無所属のまま開幕を迎える。2017年10月3日、セリエBのスペツィア・カルチョとの契約が発表された。13試合6得点を記録したが、シーズン終了後に1年間残っていた契約を解除。2018年9月に現役を引退した。

代表経歴

代表

2004年のUEFA U-21欧州選手権ではダニエレ・デ・ロッシらとともに出場して優勝し、大会最優秀選手に輝いた。

同年のアテネオリンピックでは4得点を挙げ、U-23イタリア代表の銅メダル獲得に貢献した。この大会でイタリア代表はグループステージで日本代表と戦ったことから、日本におけるジラルディーノの存在が知れ渡ることになった。

2004年8月30日にはイタリア代表に初選出され、9月4日のノルウェー戦(パレルモ)で代表デビューを飾った。同年10月13日、ベラルーシ戦で代表初ゴールを記録した。

2006 FIFAワールドカップでは5試合に出場。グループステージのアメリカ戦で1得点、準決勝のドイツ戦ではアレッサンドロ・デル・ピエロの試合を決定づける追加点への1アシストを記録し、チームの24年振りのワールドカップ優勝に貢献した。

EURO2008には前述の所属クラブのACミランでの不調により、メンバーには選出されなかった。

2009年10月10日のW杯予選・アイルランド戦において試合終了間際の同点ゴールでチームのW杯出場を決めると、続く10月14日のキプロス戦では2点リードされた状態から3ゴールを決め逆転に貢献。代表では自身初のハットトリックを達成した。

2010 FIFAワールドカップ本大会では2試合に先発出場するも得点を挙げることができず、チームもグループリーグで大会を去ることとなった。

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1大陸大会2その他3シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
イタリアピアチェンツァ1999-2000—セリエA17300————173
2000-0118セリエA0032————32
通算17332————205
イタリアヴェローナ2000-0118セリエA223————20243
2001-0219セリエA17221————193
通算39521——20436
イタリアパルマ2002-0320セリエA2442120——285
2003-0421セリエA34232043——4026
2004-0522セリエA38231081114825
通算9650511441111656
イタリアミラン2005-0623セリエA341732100——4719
2006-0724セリエA301242112——4516
2007-0825セリエA307107220409
通算9436842842013244
イタリアフィオレンティーナ2008-0926セリエA351910106——4625
2009-1027セリエA36153094——4819
2010-1128セリエA351210————3612
2011-1229セリエA12211————133
通算11848611910——14359
イタリアジェノア2011-1229セリエA144——————144
2012-1330セリエA0011————11
2013-1431セリエA361511————3716
通算501922————5221
イタリアボローニャ2012-1330セリエA361310————3713
中国広州恒大201431中国スーパーリーグ*1451120——176
イタリアフィオレンティーナ2014-1532セリエA1440000——144
イタリアパレルモ2015-1633セリエA331011————3411
イタリアエンポリ2016-1734セリエA14021————161
イタリアペスカーラ2016-1734セリエA30——————30
イタリアスペツィア2017-1835セリエB16600————166
キャリア通算5441993114631851643232

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 3. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

イタリア としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
20042141
20052284
200623114
20072420
20082551
20092696
20102761
20112820
20122900
201330102
通算5719

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1378191536)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
2019.02〜2019.0636イタリアFCプロ・ヴェルチェッリ18921060460.0%
2019.07〜2020.0636イタリアFCプロ・ヴェルチェッリ1892309101130.0%
2020.09〜2021.0138イタリアSSローブル・シエーナ952255.6%
2021.02〜2021.1038—321310940.6%
2022.12〜2024.1140イタリアジェノア7932242340.5%
2025.06〜2026.0242イタリアピサ25112124.0%
2026.09〜現在44イタリアパルマ0000—
通算18566586135.7%

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
——コッサテーゼ
1996〜199713ビエッレーゼ
1997〜199914イタリアピアチェンツァ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム出場得点
1999〜200016イタリアピアチェンツァ——
2000〜200217イタリアヴェローナ——
2002〜200519イタリアパルマ——
2005〜200822イタリアミラン——
2008〜201225イタリアフィオレンティーナ4714
2012〜201429イタリアジェノア5019
2012〜201329イタリアボローニャ3613
2014〜201531中国広州恒大——
201532イタリアフィオレンティーナ144
2015〜201632イタリアパレルモ3310
201633イタリアエンポリ——
201734イタリアペスカーラ——
2017〜201834イタリアスペツィア——

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。

代表

期間年齢チーム
199815イタリア U-16
1999〜200016イタリアイタリア U-19
2000〜200417イタリア U-15
2000〜200417イタリアイタリア U-21
200421イタリアイタリア・オリンピック
2004〜201321イタリアイタリア

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2018〜201935レッツァート(TD兼任アシスタント)監督
2019〜202036FCプロ・ヴェルチェッリ監督
2020〜202137イタリアシエーナ監督
2022〜202239イタリアジェノア プリマヴェーラ監督
2022〜202439イタリアジェノア監督
2025〜202642イタリアピサ監督
2026〜43イタリアパルマ監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
2000-0818イタリアピアチェンツァイタリアヴェローナ完全移籍—
2002-0820イタリアヴェローナイタリアパルマ完全移籍—
2005-0823イタリアパルマイタリアミラン完全移籍—
2008-0826イタリアミランイタリアフィオレンティーナ完全移籍—
2012-0129イタリアフィオレンティーナイタリアジェノア完全移籍—
2012-0830イタリアジェノアイタリアボローニャ期限付き移籍—
2014-0731イタリアジェノア中国広州恒大完全移籍—
2015-0132イタリアパレルモイタリアフィオレンティーナ期限付き移籍—
2015-0833中国広州恒大イタリアパレルモフリー移籍—
2016-0733イタリアパレルモイタリアエンポリフリー移籍—
2017-0134イタリアエンポリイタリアペスカーラ完全移籍—移籍金は非公表・不明
2017-1035イタリアペスカーライタリアスペツィアフリー移籍—

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

共にプレーした選手

同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。

選手クラブ期間シーズン 
アレッサンドロ・ガンベリーニイタリアフィオレンティーナ2010〜20133
チェーザレ・ナターリイタリアフィオレンティーナ2010〜20123
フアン・マヌエル・バルガスイタリアフィオレンティーナ2010〜20143
アルベルト・アクイラーニイタリアフィオレンティーナ2014〜20162
アルトゥール・ボルツイタリアフィオレンティーナ2010〜20112
チェーザレ・ボヴォイタリアジェノア2011〜20162
ロレンツォ・デ・シルヴェストリイタリアフィオレンティーナ2010〜20112
ルカ・アントネッリイタリアジェノア2011〜20132
リッカルド・モントリーヴォイタリアフィオレンティーナ2010〜20112
クラウディオ・ラニエリイタリアジェノア20111
アハメド・ヘガジーイタリアフィオレンティーナ20141
アンドレア・カラッチョロイタリアジェノア20111
ボルハ・バレロイタリアフィオレンティーナ20141
ボシュコ・ヤンコヴィッチイタリアジェノア20111
クリスティアーノ・ビラーギイタリアペスカーラ20161

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
マルチェロ・リッピイタリアイタリア代表2008年7月〜2010年6月
ステファノ・ピオリイタリアボローニャ2011年10月〜2014年1月
ジャン・ピエロ・ガスペリーニイタリアジェノア2013年9月〜2016年6月
ルチアーノ・スパレッティイタリアイタリア代表2023年9月〜

日本語名を確認できない監督 7 人は掲載していません。

タイトル

クラブ

ACミラン

その他

イタリア代表

個人

英語の記録名しか確認できないもの(7件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(金2・銅2)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

FIFAワールドカップ金 2006 ドイツ
オリンピック金 2004 ドイツ銅 2004 アテネ
FIFAコンフェデレーションズカップ銅 2013 ブラジル

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「アルベルト・ジラルディーノ」(版 111209245)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. API-Football(移籍データ)、2026年10月22日 取得 https://www.api-football.com/
  2. API-Football(選手・監督データ)、2026年10月25日 取得 https://www.api-football.com/
  3. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  4. Wikipedia(日本語版)「アルベルト・ジラルディーノ」、版 ID 111209245、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8E
  5. Wikipedia(英語版)、版 ID 1378191536、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Alberto_Gilardino

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