アルベルト・アクイラーニ

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / イタリアのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

イタリアアルベルト・アクイラーニ(Alberto Aquilani、1984年7月7日生)は、イタリア出身の元サッカー選手。ポジションはMF(ミッドフィールダー)、所属はサッスオーロ。イタリアでは2006年から通算38試合5得点を記録している。クラブでは公式戦通算459試合43得点(2002-03 シーズン以降)。クラブ・代表で通算10個のタイトルを獲得、個人賞は2回。

アルベルト・アクイラーニ(, 1984年7月7日 - )は、イタリア・ローマ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。元イタリア代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー。

クラブ経歴

クラブ経歴

ローマ出身で地元ASローマの下部組織で育った。2001年にはイングランド・プレミアリーグのチェルシーやアーセナルが獲得に動いたが、「ローマでプレイするのが幼いころからの夢だ」として断っている。2002年5月10日のトリノ戦でセリエAデビュー。翌2003-04シーズンはセリエBのトリエスティーナへレンタル移籍した。復帰後はローマの主力となり、2004-05シーズンには計38試合に出場。その後もローマのタイトル獲得や2年連続のセリエA2位・UEFAチャンピオンズリーグベスト8などに貢献するが、慢性的な怪我により絶対的なレギュラー定着には至らなかった。

2008-09シーズン終了後には新たに4年契約を結んだものの、リヴァプールがスペインのレアル・マドリードへ移籍したシャビ・アロンソの後釜として獲得に動き、2009年8月5日に5年契約の移籍金2000万ユーロで加入した。ただし怪我を負ったままでの移籍だったため開幕から数カ月はリハビリに費やすことになり、10月21日にようやくリザーブチームで試合に出場。10月28日のカーリングカップ・アーセナル戦で途中出場し、リヴァプールでのデビューを果たした。11月9日のバーミンガム・シティ戦ではプレミアリーグデビューを飾り、12月9日のチャンピオンズリーグ・フィオレンティーナ戦では移籍後初の先発出場を記録した。2010年3月15日のポーツマス戦で移籍後初ゴールを記録したものの、2009-10シーズンは怪我で出場試合も数えるほどしかなく、2010 FIFAワールドカップでもイタリア代表から落選するなど、失意のシーズンとなった。

ラファエル・ベニテスが退任してロイ・ホジソンが新監督に就任してほどなく構想外となり、8月25日にクリスティアン・ポウルセンと入れ替わる形でユヴェントスにレンタル移籍。わずか1シーズンでの国内復帰となった。パサーの少ないユヴェントスにおける貴重な存在として、セントラルハーフのレギュラーに定着した。11月13日の古巣ローマとの初対戦ではヴィンチェンツォ・イアクィンタの先制点をアシストするなど活躍し、マンオブザマッチに選出された。結局7位に低迷しヨーロッパカップ戦への出場権すら得られなかったものの、自身は33試合に出場し2得点・5アシストを記録し復調の気配を見せた。

その後、買取オプションは行使されず2011年6月25日に一旦リヴァプールへ復帰したものの、8月26日にACミランへのレンタル移籍が決まった。ミランでは主にインサイドハーフとして起用された。

シーズン後はリヴァプールにレンタルバックされたが、2012年8月3日にリッカルド・モントリーヴォと入れ替わる形でフィオレンティーナに完全移籍することが発表された。

2015年8月6日、ポルトガルのスポルティングCPへ移籍することを、クラブ公式Twitter上で発表した。契約期間は2015年8月までである。

2016年8月26日、ペスカーラに移籍した。2017年1月3日、サッスオーロにレンタル移籍した。

2017年8月25日、スペインのUDラス・パルマスにフリーで加入した。契約期間は2年間。

代表経歴

代表経歴

イタリア代表では2006年11月15日の親善試合・トルコ戦で初出場。その後もEURO2008のメンバーに選ばれるなどコンスタントに招集され続けていたが、レギュラー獲得までには至らなかった。

2008年10月15日のワールドカップ予選のモンテネグロ戦では、代表初ゴールとなる先制点と決勝点の2得点を挙げる活躍を見せた。2009年2月10日のブラジル戦以降は招集されず、2010 FIFAワールドカップの出場も逃したが、ユヴェントスでの活躍が評価されて2010年11月14日に1年9ヶ月ぶりに代表に復帰した。2011年8月10日のスペインとの親善試合でおよそ2年ぶりの得点となる決勝ゴールを挙げ、勝利に貢献した。

2014年ワールドカップに臨む23人に選出されたが、イタリアが1次リーグで敗退したこともあり、出場機会は訪れなかった。

監督経歴

指導者経歴

2020年7月17日、フィオレンティーナのプリマヴェーラの監督に就任した。2023年6月29日、プリマヴェーラの監督を退任した。

2023年6月29日、ACピサ1909の監督に就任。しかし、2023-24シーズンのセリエBで13位に終わり、シーズン終了後の2024年6月18日に退任。

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1リーグカップ2大陸大会3その他4シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
ローマ2002-0318セリエA1010——————20
2004-0520セリエA29040——50——380
2005-0621セリエA24342——81——366
2006-0722セリエA13130——5012223
2007-0823セリエA21341——5010314
2008-0924セリエA14210——4010202
通算1029173——2713214915
イタリアトリエスティーナ2003-0419セリエB414————————414
イングランドリヴァプール2009-1025プレミアリーグ181201051——262
2010-1126プレミアリーグ00000020——20
通算181201071——282
イタリアユヴェントス2010-1126セリエA33210——00——342
イタリアミラン2011-1227セリエA23110——7000311
イタリアフィオレンティーナ2012-1328セリエA25720——————277
2013-1429セリエA31630——101——447
2014-1530セリエA25020——71——341
通算811370——172——10515
ポルトガルスポルティングCP2015-1631プリメイラ・リーガ19320318100325
イタリアペスカーラ2016-1732セリエA9100——————91
イタリアサッスオーロ2016-1732セリエA16000——————160
スペインラス・パルマス2017-1833ラ・リーガ21020——————230
キャリア通算35833313416343245943

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

イタリア としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
20062110
20072220
20082372
20092410
20102510
20112691
20122710
201328112
20142950
通算385

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1375751977)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
2023.07〜2024.0638イタリアピサ3911131528.2%
2025.06〜2026.0640イタリアUSカタンザーロ4418141240.9%
2026.06〜現在41イタリアサッスオーロ732242.9%
通算9032292935.6%

所属チーム

クラブ

期間年齢チーム出場得点
2002〜200917イタリアローマ——
2003〜200418イタリアトリエスティーナ——
2009〜201224イングランドリヴァプール——
2010〜201125イタリアユヴェントス332
2011〜201226イタリアミラン231
2012〜201527イタリアフィオレンティーナ8113
2015〜201630ポルトガルスポルティングCP193
2016〜201731イタリアペスカーラ——
201732イタリアサッスオーロ——
2017〜201832スペインラス・パルマス——

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。

代表

期間年齢チーム
200015イタリア U-16
2000〜200115イタリアイタリア U-17
2001〜200216イタリア U-18
2001〜200316イタリアイタリア U-19
200318イタリアイタリア U-20
2004〜200719イタリアイタリア U-21
2006〜201421イタリアイタリア

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2023〜202438イタリアピサ監督
2025〜202640イタリアカタンザーロ監督
2026〜41イタリアサッスオーロ監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
2003-0819ローマイタリアトリエスティーナ期限付き移籍—
2009-0825ローマイングランドリヴァプール完全移籍—
2010-0826イングランドリヴァプールイタリアユヴェントス期限付き移籍—
201126イングランドリヴァプールイタリアミラン期限付き移籍—期間・移籍金は未確認
201227イングランドリヴァプールイタリアフィオレンティーナ完全移籍15.2億円
€ 8.6M
2015-0831イタリアフィオレンティーナポルトガルスポルティングCPフリー移籍—
2016-0832ポルトガルスポルティングCPイタリアペスカーラ完全移籍—移籍金は非公表・不明
201732イタリアペスカーラスペインラス・パルマスフリー移籍—
2017-0132スペインラス・パルマスイタリアサッスオーロ期限付き移籍—

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
英語版 Wikipedia(クラブのシーズン記事)。移籍金・形態は英語版 Wikipedia の各クラブのシーズン記事の移籍の表による。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

共にプレーした選手

同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。

選手クラブ期間シーズン 
アハメド・ヘガジーイタリアフィオレンティーナ2012〜20143
ボルハ・バレロイタリアフィオレンティーナ2012〜20143
アルベルト・ジラルディーノイタリアフィオレンティーナ2014〜20162
ホアキン・サンチェスイタリアフィオレンティーナ2013〜20142
フアン・マヌエル・バルガスイタリアフィオレンティーナ2013〜20142
マルコス・アロンソ・メンドーサイタリアフィオレンティーナ2013〜20142
アレッサンドロ・デル・ピエロイタリアユヴェントス20101
アレッサンドロ・ネスタイタリアACミラン20111
アレシャンドレ・ロドリゲス・ダ・シウヴァイタリアACミラン20111
アンドレア・バルツァッリイタリアユヴェントス20101
アントニオ・カッサーノイタリアACミラン20111
ベニート・ラミレススペインUDラス・パルマス20171
ペドロ・ビガススペインUDラス・パルマス20171
ブルーノ・セザルポルトガルスポルティングCP20151
クリスティアーノ・ビラーギイタリアペスカーラ20161

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
ラファエル・ベニテスイングランドリヴァプール2004年7月〜2010年6月
マルチェロ・リッピイタリアイタリア代表2008年7月〜2010年6月
マッシミリアーノ・アッレグリイタリアACミラン2010年7月〜2014年1月
エウゼビオ・ディ・フランチェスコイタリアサッスオーロ2014年3月〜2017年6月
ルチアーノ・スパレッティイタリアイタリア代表2023年9月〜

日本語名を確認できない監督 8 人は掲載していません。

タイトル

クラブ

ASローマ(選手)

英語の記録名しか確認できないもの(6件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(銅1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

FIFAコンフェデレーションズカップ銅 2013 ブラジル

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「アルベルト・アクイラーニ」(版 109622928)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. API-Football(移籍データ)、2026年10月22日 取得 https://www.api-football.com/
  2. API-Football(選手・監督データ)、2026年10月25日 取得 https://www.api-football.com/
  3. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  4. Wikipedia(日本語版)「アルベルト・アクイラーニ」、版 ID 109622928、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%8B
  5. Wikipedia(英語版)、版 ID 1375751977、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Alberto_Aquilani

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