「決断力のあるプレーを見せてくれた」
「彼のゴールは素晴らしかった。集中力があり、決断力のあるプレーを見せてくれたので、とても満足している。」
出典:Goal.com 日本語版 2026年10月18日
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久保建英(Takefusa Kubo、2001年6月4日生)は、日本・川崎出身のサッカー選手。ポジションはMF(ミッドフィールダー)、2022年からレアル・ソシエダ(ラ・リーガ)に所属、背番号は20。日本では2019年から通算54試合7得点を記録している。クラブでは公式戦通算345試合45得点(2016 シーズン以降)。クラブ・代表で通算2個のタイトルを獲得、個人賞は8回(IFFHSアジア年間ベストイレブン 3回、日本プロサッカー選手会 ベストイレブン 2回)。
久保 建英(くぼ たけふさ、2001年6月4日 - )は、神奈川県川崎市麻生区出身のプロサッカー選手。ラ・リーガ・レアル・ソシエダ所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。日本代表。
小学3年生となった2009年の8月、パンフレットに「MVPに選出された選手はバルセロナと試合が出来るチャンスが与えられる」との告知を見て参加したFCバルセロナキャンプ(2007年より日本国内で毎年開催)でMVPを獲得。同年11月には、川崎フロンターレのアカデミー・セレクションに参加。3次選考まで受けたあと合格者が決まることになっていたが、第1次選考の時点で川崎フロンターレU-10チームの監督に素質を高く評価され入団が決まった。
2010年4月、FCバルセロナスクール選抜の一員としてベルギーで開催されたソデクソ・ヨーロピアン・ルーサスカップ(U-9チームによる大会)に参加。チームは3位に終わったが、通常は優勝チームから選出される大会MVPに選ばれた。
2011年8月、FCバルセロナのカンテラ(ラ・マシア)入団テストに日本人で初めて合格。川崎フロンターレアカデミーから移籍しスペインに渡る。10-11歳で構成されるアレビンCに入団した。2013‐14シーズンは地中海カップU-12トーナメントで大会得点王とMVPになり、またリーグ、カタルーニャ杯などのトーナメント制覇に貢献した。2014-15シーズンはインファンティルA(13-14歳で構成)に所属。しかしFCバルセロナがFIFAから18歳未満の外国人選手獲得・登録違反による制裁措置を受け、この影響で久保の公式戦出場停止処分が続いたため、ラ・マシアを退団。
2015年3月に日本へ帰国してFC東京の下部組織に入団した。2016年、中学3年ながらFC東京U-18に飛び級で昇格。日本クラブユースサッカー選手権では飛び級で出場し、大会史上初となる中学生ながら得点王(5得点)に輝いた。9月、FC東京のトップチームに2種登録される。同年11月5日に行われたJ3リーグ第28節・AC長野パルセイロ戦に後半開始から出場し、Jリーグ史上最年少記録を塗り替えた。2017年3月12日、J3開幕戦のカターレ富山戦では初の先発フル出場を果たした。4月15日、J3第5節のセレッソ大阪U-23戦では15歳10カ月11日でJリーグ最年少得点を決めた。5月3日、ルヴァンカップ第4節の北海道コンサドーレ札幌戦で後半21分から途中出場し、トップチームデビューを果たした。また、Jリーグの選手としては初の21世紀生まれである。
2017年11月1日、FC東京とプロ契約を結んだことが発表された。FC東京トップチームデビュー戦となった2017ルヴァンカップ第4節・札幌戦では84分に直接フリーキックの機会があり、久保が倒されて得たFKだったこともありボール地点に集まった髙萩洋次郎や阿部拓馬、東慶悟の3人から「蹴っていいよ」と言われたため、デビュー戦の久保がキッカーを務めたがボールはわずかに枠の外に外れた。11月5日、J3第30節のガンバ大阪U-23戦でプロ入り初得点を決めた。11月26日、J1第33節のサンフレッチェ広島戦で途中出場からJ1リーグデビューを果たした。16歳5か月22日でのJ1出場は森本貴幸、宮吉拓実に続いて歴代3位の年少記録となった。
2018年2月24日、J1開幕戦の浦和レッズ戦では途中出場し、3月7日にはルヴァンカップ第1節の横浜F・マリノス戦でプロ入り初先発。3月14日、ルヴァン杯第2節のアルビレックス新潟戦にてトップチーム初得点を含む大会最年少ゴールを決めた。3月25日、J3第4節のカターレ富山戦でも同季J3リーグ戦初得点を決めるなどJ3での結果は出ていたが、J1リーグ戦では監督の長谷川健太からさらに上のレベルで守備時の運動量を求められベンチ入りの機会が徐々に減少した。
2018 FIFAワールドカップに日本代表のトレーニングパートナーとなるU-19日本代表に選出され帯同。ロシアでのA代表メンバーとの練習やロシア現地で日本のグループリーグでの戦いを観戦 後は、自身の主戦場がJ3リーグとなっている現状に危機感を募らせ、FC東京首脳に「新しいチャレンジがしたい」と環境を変えることを直訴。FC東京は当初J2への育成型期限付き移籍を提案したが、久保がJ1でのプレーにこだわり、長谷川健太監督も慰留したが久保の移籍の意思が固く、横浜F・マリノスへの期限付き移籍を容認することとなった。長谷川健太監督は当時の久保に足りなかった部分を「オフ・ザ・ボール時の動きの量と質が足りていなかったが、この半年で落とし込めてシーズン後半の彼に期待していたので慰留したが変化を望む意志が固かった。新天地で力を発揮してもらいたい」「才能ある選手なので、日本全体でサポートしていくことが大事」と久保を送り出した。
2018年8月16日、横浜F・マリノスへの期限付き移籍が発表された。8月22日、天皇杯4回戦のベガルタ仙台戦で移籍後初先発し、初アシストを記録した。続く8月25日、第24節のヴィッセル神戸戦では56分に松原健から折り返しのパスを受けると、ワントラップから左足のハーフボレーでJ1リーグ初得点となるゴールをマークし、勝利に貢献した。この得点は森本貴幸に続くJ1歴代2位の最年少得点となった。久保はのちにF・マリノスでの4ヶ月間で得たものを「チームで求められるコンセプトを実践できないと試合に使われないのは当たり前であって、そのうえで自分の特徴を出して攻撃での貢献が必要だということを10代の早い時点で知ることができたのが大きな収穫だった」と語り、それまで「なぜ試合で使ってくれないのか」という外向きだった意識が「自分に足りないものは何か」とメンタル面で変化できたことを挙げている
2019年、FC東京に復帰。前年の期限付き移籍を経たことで、チーム始動キャンプから健太監督も驚く運動量と守備意識の向上を見せ、2月23日、開幕戦の川崎フロンターレ戦では、クラブ史上3番目の若さとなる17歳9か月19日でスタメンに抜擢された。試合は引き分けに終わったものの、久保の放った直接フリーキックがポストに直撃するなど、存在感を発揮した。3月10日、第3節のサガン鳥栖戦では初のフル出場を果たし、FWジャエルに決定的なパスを通す初アシストで勝利に貢献。5月12日、第11節のジュビロ磐田戦では後半39分に左足ボレーシュートを決め、FC東京の選手としてリーグ戦初得点を決めた。6月1日、第14節の大分トリニータ戦では2ゴールを挙げ自身プロ初の複数得点を決め勝利に貢献した。スペインへ完全移籍発表後の2019年6月29日に行われたFC東京の試合後に壮行セレモニーが行われた。当日の対戦相手が期限付き移籍先だった横浜F・マリノスだったため、両サポーターに感謝の言葉を述べた。
2019年6月14日、スペインのレアル・マドリードへの移籍が発表された。移籍発表時点では、FC東京はJ1リーグ首位であり、久保もレギュラーとしてチームに貢献していた中 での移籍だった。しかし、移籍発表翌日にFC東京の代表取締役社長である大金直樹のコメントで「18歳を迎える時にはもう一度(海外でプレーする)可能性を確かめるべく、クラブとの契約期間はその日までとなっておりました」と久保が18歳の誕生日を迎えた同年6月4日に契約が終了していた事を明かした。契約終了後にFC東京も契約延長のオファーを出し、久保も「FC東京の今シーズンのチーム状況、自身の成長の実感から、そのまま残留して優勝に貢献したい」という気持ちもあったものの、最終的にはレアル・マドリードへの移籍を決意した。
上記の経緯からレアル・マドリードには移籍金が発生しない自由移籍で加入したものと見られていたが、2021年9月21日になってスペインの「エル・コンフィデンシアル」がレアル・マドリードからFC東京に対して200万ユーロの移籍金が支払われたと報じている。
レアル・マドリード加入が発表された当初は、1年目はBチーム相当であるレアル・マドリード・カスティージャでプレーし、2年目にトップチームへの昇格あるいは別のトップレベルのクラブへの放出を約束したと報道されていた。7月9日、プレシーズンツアーの帯同メンバーに選出され、試合にも出場してトップチームで実戦デビューを果たした。同月に行われたアウディカップにも出場し、31日に行われたフェネルバフチェ戦では、後半73分からの出場で短い出場時間だったものの、ルカ・モドリッチとの連携で相手DFを翻弄するなど、随所で好プレーを見せ、スペイン紙『マルカ』は評価ランキングで1位に選出している。また、カスティージャでのテストマッチでは7番を背負ってプレーした。
2019年8月22日、プリメーラ・ディビシオンに7シーズンぶりに昇格 したマヨルカへの期限付き移籍が決定した。背番号は26番。日本人がマヨルカでプレーするのは大久保嘉人、家長昭博に次いで史上3人目となった。前述のプレシーズンマッチでの限られた出場時間の中で十分に通用するだけの素質を見せつけた事で、当初予定されたカスティージャよりレベルの高い1部の他クラブで経験を積むことになった。
9月2日、リーグ戦第3節のバレンシア戦で途中出場し、リーグ戦デビューを果たした。11月10日、第13節のビジャレアル戦で後半8分にミドルシュートでスペインでの初得点を決めた。このゴールが欧州4大リーグのアジア出身選手最年少得点(18歳5ヶ月6日)となった。シーズン序盤はベンチスタートが多かったものの、2020年に入ってからは主力の1人となっていった。最終的に、チームはセグンダ・ディビシオンへの降格が決定したものの、リーグ戦35試合4ゴール4アシストと下位で苦しむチームの中で結果を残した。このシーズン、欧州サッカー連盟によるラ・リーガの『ブレイクした11人』に選出されるなど、その活躍ぶりは国内外から注目を浴びた。
2020年8月10日、前シーズンを5位で終えたビジャレアルへの期限付き移籍が発表された。背番号は16番。開幕からリーグ戦6試合ベンチスタートとなり、10月22日、ヨーロッパリーグ、グループステージのスィヴァススポル戦で移籍後初の先発出場を果たし、移籍後初ゴールを決めただけでなく、2つのアシストも決めて勝利に貢献した。その後はヨーロッパリーグではグループステージ全試合に先発出場するも、リーグ戦では先発出場は2試合のみだった。冬の移籍市場開幕前には4試合連続で出場がなく、2021年1月2日のレバンテ戦ではシーズン初のベンチ外となった。最終的に出場した公式戦19試合で90分間フル出場したのはヨーロッパリーグでの2試合(スィヴァススポル戦、マッカビ・テルアビブ戦)のみにとどまり、リーグ戦で先発出場したのは2試合(カディス戦、レアル・ベティス戦)のみにとどまった。
2021年1月8日、ビジャレアルとの契約を破棄し、17位で残留を争っていたヘタフェへシーズン終了まで期限付き移籍すると発表された。背番号は5番。1月11日、第18節エルチェ戦に64分から途中出場を果たし、新天地デビューを飾った。 ヘタフェでの練習に一度も参加していないかったが、2得点に絡む活躍で敵地での逆転勝利に貢献した。その後は4試合連続でスタメン起用されるも結果を残せず、その後の6試合では途中出場となり、内アトレティコ戦では出場機会が訪れなかった。5月16日、第37節のレバンテ戦では決勝点をきめてチームの残留に貢献した。ヘタフェでは1ゴール1アシストで、スタメン8試合に対し、途中出場10試合、出番なしが4試合であった。
2021年8月11日、1シーズンでプリメーラ・ディビシオンに再昇格したRCDマジョルカに1シーズンローンで再加入が決定した。
2022年7月19日、レアル・ソシエダへの完全移籍が発表された。契約は2027年6月までの5年間だが、レアル・マドリードは買い戻すことが可能な50%の保有権を保持しており、今後の活躍次第ではレアル・マドリード復帰の可能性も残された形となった。また、ダビド・シルバとの出会いもあり、急激に成長をみせ、この移籍がキャリアを好転させた。
8月14日、開幕戦のカディスCF戦では先発出場を果たし、移籍後初ゴールを決めた。9月18日、第6節のRCDエスパニョール戦では、乾貴士以来日本人二人目となるラ・リーガ通算100試合を達成した。2023年1月に行われたアスレティック・ビルバオとのバスクダービーでシーズン3点目とPK奪取を見せてマン・オブ・ザ・マッチ(MOM)に輝く。21節には、2得点に絡んで、2試合連続のMOMに輝き、乾貴士以来日本人二人目となるラ・リーガ通算二桁得点も達成した。5月3日、レアル・マドリード戦で後半開始早々、古巣相手にゴールを決めた。その後も活躍を続け、最終的にリーグ戦9ゴール4アシストとキャリアハイを大きく更新し、チームの10シーズンぶりのUEFAチャンピオンズリーグ出場に貢献。チームの年間最優秀選手や海外紙選定のリーグ年間ベストイレブンに選ばれるなど飛躍のシーズンとなった。
2023年9月3日、ラ・リーガ第4節のグラナダCF戦ではスペインでのキャリア初となる1試合2得点を決め勝利に貢献。また、リーグ戦において乾貴士がもっていた日本人最多ゴール記録を更新した。9月20日、UEFAチャンピオンズリーグのグループD第一節、ホームでのインテル戦でチャンピオンズリーグ初出場を果たした。久保は72分までプレーし、結果は1-1の引き分けだった。9月のリーグ戦では5試合で4得点を決める活躍を見せ、ジュード・ベリンガムなどを抑えて日本人初の月間最優秀選手に選ばれた。
2024年2月12日、契約を2029年まで延長したと発表した。2026年4月18日、コパ・デル・レイ決勝のアトレティコ・マドリード戦で勝利して、自身初となるプロ入りタイトルを獲得した。
2016年、U-16日本代表としてAFC U-16選手権に参加。大会得点ランキング2位となる4得点をあげて、FIFA U-17ワールドカップの出場権の獲得に貢献した。同年11月、アルゼンチン遠征(11月30日 - 12月10日)を行うU-19日本代表に飛び級で初選出された。15歳5カ月20日での選出は史上最年少で中学生でU-19日本代表選出は史上初となる。そして、U-19アルゼンチン代表との親善試合でU-19代表デビューを果たした。
2017年、ドイツ遠征(3月19日 - 3月29日)を行うU-20日本代表メンバーに選出され、U-20ドイツ代表との親善試合を含む4試合に出場し、2得点を挙げた。同年5月2日、2017 FIFA U-20ワールドカップに挑むU-20日本代表に飛び級で選出された。5月21日、初戦のU-20南アフリカ戦で途中出場から堂安律の逆転ゴールをアシストして勝利に貢献した。9月、FIFA U-17ワールドカップのメンバーに選出。10月8日、U-17ホンジュラスとの初戦では1得点1アシストの活躍で勝利に貢献した。
2018年、AFC U-19選手権のメンバーに選出。10月19日、初戦のU-19北朝鮮戦では直接フリーキックを決めて勝利に貢献した。
2019年5月23日、キリンチャレンジカップの日本代表メンバーに初選出。21世紀生まれの選手がA代表に選出されるのは史上初である。その翌日に発表されたコパ・アメリカに臨む東京五輪世代中心で構成された日本代表にも選出された。6月9日、キリンチャレンジカップのエルサルバドル戦にて後半22分から途中出場し、A代表初出場を果たした。市川大祐に次ぐ史上2番目の若さでのデビューとなった。コパ・アメリカでは、初戦のチリ戦で代表初スタメンを果たし、グループリーグ全3試合に出場した。レアル・マドリード移籍発表後すぐの大会だったため、日本だけでは無く海外からも注目されたが、海外メディアも久保のプレーに高い評価を与えている。チームはグループリーグ敗退となったが、この大会でのラストパス本数はグループリーグ終了時点で大会最多の8本と、高い存在感を示した。
2021年、東京2020オリンピックのU-24日本代表メンバーに選出され、7月22日の予選リーグ初戦の南アフリカ戦で決勝ゴールを挙げてチームを勝利へ導いた。また7月25日の予選リーグ2戦目のメキシコ戦では、前半7分に堂安律からのパスをダイレクトでゴールへ入れ2試合連続ゴールを決めチームを勝利へと導いた。7月28日の予選リーグ3戦目のフランス戦でも前半27分に上田綺世が放ったシュートが相手GKにセーブされるもこぼれ球をゴールに入れ3試合連続ゴールを決めチームを予選リーグ3連勝に導いた。しかし決勝トーナメントではゴールを決めることができず、チームは準決勝のスペイン戦で延長戦の末に敗れ五輪史上初の決勝進出はならなかった。さらに3位決定戦では予選リーグで対戦したメキシコに1-3で敗れ、53年ぶりのメダル獲得には届かなかった。一方で、A代表では2019年のデビューから3年間得点を記録できなかったことから、決定力が課題とされている。
2022年6月10日、キリンチャレンジカップのガーナ戦で先発出場し、後半28分にA代表初ゴールを決めた。
11月1日、2022カタールW杯に臨む日本代表に選出された。グループリーグ1戦目のドイツ戦と3戦目のスペイン戦でスタメン出場。両試合とも前半で交代し、スペイン戦のインタビューでは「個人的にあのデキで代えられると思っていなかったので悔しい気持ちはありましたけれど、チームを信じた」と自身も調子の良さを感じていたが、スペイン戦後に体調不良で練習を欠席。決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦でもベンチ外となった。チームはPK戦の末クロアチアに敗れ、同大会は2試合のみの出場となり、初めてのW杯を不完全燃焼で終えた。
2023年6月15日のエルサルバドル戦では、1ゴール2アシストの活躍で勝利に貢献。9月10日のドイツ戦では後半30分から途中出場すると、浅野拓磨と田中碧のゴールをアシストした。11月21日のシリア戦にて、ワールドカップ予選初ゴールを記録。
2024年1月1日、AFCアジアカップ2023に臨む日本代表に選出。1月31日の決勝トーナメント1回戦のバーレーン戦にて、アジアカップ初ゴールを記録。
2026年5月15日、2026 FIFAワールドカップに臨む日本代表に選出された。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「決断力のあるプレーを見せてくれた」
「彼のゴールは素晴らしかった。集中力があり、決断力のあるプレーを見せてくれたので、とても満足している。」
出典:Goal.com 日本語版 2026年10月18日
「今日は絶対自分で行こうと決めていた」
「ホッとしている」
出典:FOOTBALL ZONE 2026年10月21日
「現時点では、彼が望むよりも出場機会が少なく、また、彼が最高の状態になったときに出場機会が増えるだろうと、我々全員が理解しているよりも少ないのは明らかだ」
「タケは我々にとって不可欠な選手だ」
出典:Goal.com 日本語版 2026年10月15日
「みんながおめでとうと言ってくれて。誕生日とかもそうですけど、こういう瞬間を日本代表で迎えられるのは凄く幸せだなと思います」
「もちろん育ててくれた両親だったり、家族のために今まで頑張ってきましたけど、これからはまた違った家族のためにも頑張らないといけないなというのは思ってますね。それはやっぱり、ここには人生の先輩がたくさんいるんで、みんなに相談できたらなと思います」
「皆からたくさん本当におめでとうって言ってもらって。それこそ他の選手が結婚することがあればおめでとうって僕も言ってきましたけど、おめでとうと言ってもらえると、うれしいんだなって改めて思いました」
出典:毎日新聞デジタル 2026年10月3日
「楽しみですけど日本代表なんで。ぶち抜かれてほしいなと思ってます」
「1対1が得意なので個人ではやっぱり。数的不利でも守り切れちゃう選手なので、裏に抜けたり、コンビネーションだったり、日本の得意としているパスで崩していくほうが有利なのかなと思います」
「実際、U-20の試合では(ヘディングで)決勝点を取られているので、そういった意味ではセットプレーとかも気をつけたいなと思います」
出典:Yahoo!ニュース 2026年9月27日
「決められて良かったなと思います。じゃなかったら結構ね、みんなに言われてもおかしくない中で、やっぱああやって自分で正解に持っていくっていうのは、ストライカーに大事なメンタリティだと思うし」
出典:Number Web 2026年9月26日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| FC東京U-23 | 2016 | 14 | J3リーグ | 3 | 0 | — | — | — | — | — | — | — | — | 3 | 0 |
| 2017 | 15 | J3リーグ | 21 | 2 | — | — | — | — | — | — | — | — | 21 | 2 | |
| 2018 | 16 | J3リーグ | 10 | 3 | — | — | — | — | — | — | — | — | 10 | 3 | |
| 通算 | 34 | 5 | — | — | — | — | — | — | — | — | 34 | 5 | |||
| 2017 | 15 | J1リーグ | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | — | — | — | — | 4 | 0 | |
| 2018 | 16 | J1リーグ | 4 | 0 | 0 | 0 | 6 | 1 | — | — | — | — | 10 | 1 | |
| 2019 | 17 | J1リーグ | 13 | 4 | 0 | 0 | 3 | 1 | — | — | — | — | 16 | 5 | |
| 通算 | 19 | 4 | 0 | 0 | 11 | 2 | — | — | — | — | 30 | 6 | |||
| 2018 | 16 | J1リーグ | 5 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | 6 | 1 | |
| 2019-20 | 18 | ラ・リーガ | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 0 | 0 | |
| 2019-20 | 18 | ラ・リーガ | 35 | 4 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 36 | 4 | |
| 2020-21 | 19 | ラ・リーガ | 13 | 0 | 1 | 0 | — | — | 5 | 1 | — | — | 19 | 1 | |
| 2020-21 | 19 | ラ・リーガ | 18 | 1 | 0 | 0 | — | — | 0 | 0 | — | — | 18 | 1 | |
| 2021-22 | 20 | ラ・リーガ | 28 | 1 | 3 | 1 | — | — | — | — | — | — | 31 | 2 | |
| 2022-23 | 21 | ラ・リーガ | 35 | 9 | 2 | 0 | — | — | 7 | 0 | — | — | 44 | 9 | |
| 2023-24 | 22 | ラ・リーガ | 30 | 7 | 3 | 0 | — | — | 8 | 0 | — | — | 41 | 7 | |
| 2024-25 | 23 | ラ・リーガ | 36 | 5 | 5 | 0 | — | — | 11 | 2 | — | — | 52 | 7 | |
| 2025-26 | 24 | ラ・リーガ | 24 | 2 | 3 | 0 | — | — | — | — | — | — | 27 | 2 | |
| 2026-27 | 25 | ラ・リーガ | 5 | 0 | 0 | 0 | — | — | 2 | 0 | 0 | 0 | 7 | 0 | |
| 通算 | 130 | 23 | 13 | 0 | — | — | 28 | 2 | 0 | 0 | 171 | 25 | |||
| キャリア通算 | 282 | 39 | 19 | 1 | 11 | 2 | 33 | 3 | 0 | 0 | 345 | 45 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
日本 としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 2019 | 17 | 7 | 0 | |
| 2020 | 18 | 4 | 0 | |
| 2021 | 19 | 2 | 0 | |
| 2022 | 20 | 9 | 1 | |
| 2023 | 21 | 7 | 2 | |
| 2024 | 22 | 11 | 2 | |
| 2025 | 23 | 8 | 2 | |
| 2026 | 24 | 6 | 0 | |
| 通算 | 54 | 7 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2010〜2011 | 8 | |
| 2011〜2015 | 9 | |
| 2015 | 13 | |
| 2016〜2017 | 14 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 2016〜2018 | 14 | 6 | 0 | |
| 2017〜2019 | 15 | 13 | 4 | |
| 2018 | 16 | 5 | 1 | |
| 2019〜2022 | 17 | — | — | |
| 2019〜2020 | 17 | 35 | 4 | |
| 2020 | 18 | 13 | 0 | |
| 2021 | 19 | 18 | 1 | |
| 2021〜2022 | 19 | 28 | 1 | |
| 2022〜 | 20 | 108 | 21 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2015〜2017 | 13 | |
| 2016〜2018 | 14 | |
| 2019〜2021 | 17 | |
| 2019〜 | 17 | |
| 2021 | 19 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2016 | 14 | FC東京U-18 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2018-08 | 17 | 期限付き移籍 | — | |||
| 2019 | 17 | 期限付き移籍 | — | 期間・移籍金は未確認 | ||
| 2019-07 | 18 | 完全移籍 | — | 移籍金は非公表・不明 | ||
| 2020-09 | 19 | 期限付き移籍 | — | |||
| 2021-01 | 19 | 期限付き移籍 | — | |||
| 2021-08 | 20 | 期限付き移籍 | — | |||
| 2022-07 | 21 | 完全移籍 | 11.5億円 € 6.5M |
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
報道・公開資料に載った年俸を、その媒体・日付とともに掲載しています(当サイトの推定ではありません)。基本給・ボーナス・肖像権収入の扱いは情報源により異なります。出典が確認できない値は掲載しません。
| 時期 | 年齢 | 所属 | 年俸 (報道値) | 備考 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2026-27 | 25 | 7.4億円 €4m(基本給 週給€77k×52週で年額換算(ボーナス除く。給与データサイトの集計))/1ユーロ=185円で換算 | SalaryLeaks 2026年9月13日 |
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| アイヘン・ムニョス | 2022〜2026 | 5 | ||
| アンデル・バレネチェア | 2022〜2026 | 5 | ||
| ベニャト・トゥリエンテス | 2022〜2026 | 5 | ||
| ミケル・オヤルサバル | 2022〜2026 | 5 | ||
| パブロ・マリン | 2022〜2026 | 5 | ||
| イゴール・スベルディア | 2022〜2026 | 5 | ||
| アレックス・レミロ | 2022〜2026 | 5 | ||
| アルセン・ザハリャン | 2023〜2026 | 4 | ||
| ブライス・メンデス | 2022〜2025 | 4 | ||
| ゴルカ・エルストンド・ウルコラ | 2022〜2025 | 4 | ||
| ホン・アランブル | 2023〜2026 | 4 | ||
| ジョン・パチェコ | 2022〜2026 | 4 | ||
| ウマル・サディク | 2022〜2025 | 4 | ||
| ウナイ・マレーロ | 2023〜2026 | 4 | ||
| ウルコ・ゴンサレス | 2022〜2025 | 4 | ||
| ヤンヘル・エレーラ | 2023〜2026 | 4 | ||
| ジョン・アンデル・オラサガスティ | 2022〜2024 | 3 | ||
| ジョン・マグナセライア | 2022〜2024 | 3 | ||
| ルカ・スチッチ | 2024〜2026 | 3 | ||
| マルティン・スビメンディ | 2022〜2024 | 3 |
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| ホセ・ボルダラス | 2016年9月〜2021年5月 | |
| 森保一 | 2018年8月〜 | |
| ウナイ・エメリ | 2020年7月〜2022年10月 | |
| ペッレグリーノ・マタラッツォ | 2025年10月〜 |
日本語名を確認できない監督 9 人は掲載していません。
英語の記録名しか確認できないもの(1件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
英語の記録名しか確認できないもの(1件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「久保建英」(版 110945058)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
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