マルセル・デサイー

SOCCERPEDIA / 選手ページ / フランスのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

フランスマルセル・デサイー(Marcel Desailly、1968年9月7日生)は、アクラ出身の元サッカー選手。ポジションはDF。フランスでは1993年から通算116試合3得点を記録している。クラブでは公式戦通算681試合27得点(1986-87 シーズン以降)。クラブ・代表で通算14個のタイトルを獲得、個人賞は16回(オンズ・ド・オンズ 6回)。

マルセル・デサイー(Marcel Desailly, 1968年9月7日 - )は、ガーナ・アクラ出身の元フランス代表サッカー選手。ポジションはDF(センターバック)、MF(ボランチ)。 日本語表記としては「デサイー」「ドゥサイー」「ドゥサイイー」などもメディアで使用される。

クラブ経歴

クラブ経歴

アクラにて、ガーナ人の両親のあいだにオデンケ・アベイ (Odenke Abbey) という名前で生まれる。 彼の母親がフランスの外交官と結婚して子供たちを養子とした際にマルセルと改められた。一家は1972年にフランスのナントへ移る。彼は12歳からFCナントのユースチームで育ち、1986年にプロ選手となった。1992年にマルセイユに移籍。バジール・ボリと鉄壁のディフェンコンビを組み、1992-93シーズンにUEFAチャンピオンズリーグ優勝と国内リーグ優勝を果たすが、国内リーグ戦での八百長が発覚したためリーグ優勝は剥奪された。

チャンピオンズリーグ決勝で対戦したACミランがそのプレーに注目し、1993年11月に冬の移籍市場でフランク・ライカールトの後継者的選手を探していた、ミランへ移籍した。すぐにレギュラーのポジションを確保し、1993-1994年のチャンピオンズリーグでは準決勝、ASモナコとの対戦で決勝ゴールを挙げ、決勝のFCバルセロナ戦ではミランの4点目を決め、優勝に貢献、異なるクラブで2年連続優勝を経験した最初の選手になった。1993-94と1995-96シーズンの2度リーグ優勝を果たした。ミラン加入以前はDFとしてプレーしていたため、 彼自身はセントラルディフェンダーとしてのプレーを好んだが、ミランでは専らミッドフィールダーで起用された。

1998年、イングランドのチェルシーへ移籍金460万ポンドで移籍し、2001年からはキャプテンを務めていた。2002-03シーズン度重なる負傷により僅か16試合の出場に留まり、キャプテンはジョン・テリーが務めることとなった。チェルシーにおいて彼はフランク・ルブーフと堅固なパートナーシップを築き、チェルシーでの222試合のうち94試合をキャプテンとしてプレーした。2004年ジョゼ・モウリーニョが新監督に就任することになり、チームを離れた。

2004年にカタールのアル・ガラファに移籍。クラブキャプテンを任され、2004-05シーズンのカタールリーグに優勝した。翌シーズンはカタールSCに移籍したが、2005年11月に退団した。その後はどこのクラブにも所属せず、2006年5月7日に現役引退を表明した。

引退後

2007年3月、古巣のACミランのフロントに就任。主としてアフリカの新人発掘スカウトの業務を担っている。

2007年にガーナ人として初めてとなるUNICEF親善大使に任命され、主に子供たちへの教育や福祉の問題に取り組んでいる。

代表経歴

代表経歴

フランス代表には、1993年8月22日のスウェーデン戦でデビュー。以降も守備の要として1998年のフランスW杯、2000年のEURO2000でそれぞれフランスの優勝に貢献。EURO2000後は殆どの試合でキャプテンを務めた。

1998年のフランスワールドカップでは7試合全てに出場して優勝を果たしたが、決勝のブラジル戦で後半2枚目のイエローカードを受けて退場処分となったが、チームは勝利した。日韓W杯、EURO2004ではそれぞれ出場を果たすが敗退、EURO2004後に代表からの引退を表明した。通算116キャップは2006年にリリアン・テュラムに破られるまでフランス代表の最多記録だった。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(1件)
2026年10月16日本人コメントマルセル・デサイー(本人)
元フランス代表で1998年W杯優勝のデサイーが、beIN Sportsの解説者としてレアル・マドリードの現状を語った発言。ヴィニシウスは長期契約を結んだものの調子を落としており、ムバッペとの併用が機能していないことを問題視した。記事ではローマ戦での途中交代やビジャレアル戦の退場による出場停止にも触れている。デサイーは夏に売却すべきだったとの持論を示した。発言日は記事から特定できない。
「レアル・マドリードはヴィニシウスを手放すべきだったと思う。他の選手を探す必要がある。」
「またキリアン・ムバッペとヴィニシウスのパートナーシップの話になるが、この2人の組み合わせはうまくいっていない。」
「アナリストとしての個人的な意見では、彼は去ったほうがいいと思う。そうすれば、彼に向けられた否定的な考えや意見をすべて払拭できるかどうか見てみたい。」

出典:Goal.com 2026年10月16日

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1リーグカップ2大陸大会3その他4シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
フランスナント1986-8717ディヴィジョン113010——20——160
1987-8818ディヴィジョン111010——————120
1988-8919ディヴィジョン136140——————401
1989-9020ディヴィジョン136130——————391
1990-9121ディヴィジョン134140——————381
1991-9222ディヴィジョン132210——————332
通算1625140——20——1785
フランスマルセイユ1992-9323ディヴィジョン131130——101——442
1993-9424ディヴィジョン116000——————160
通算47130——101——602
イタリアミラン1993-9424セリエA21110006230313
1994-9525セリエA221100010030361
1995-9626セリエA32210——70——402
1996-9727セリエA291301050——381
1997-9828セリエA33080——————410
通算137514010282601867
イングランドチェルシー1998-9929プレミアリーグ31060007110451
1999-2000—プレミアリーグ2314000160——431
2000-0131プレミアリーグ34220101010392
2001-0232プレミアリーグ241803020——371
2002-0333プレミアリーグ312100010——332
2003-0434プレミアリーグ150101080——250
通算158622050351202227
カタールアル・ガラファ2004-0535スターズリーグ*286————————286
カタールカタールSC2005-0636スターズリーグ*70————————70
キャリア通算53923530607548068127

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

フランス としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
19932440
19942570
19952671
199627120
19972870
199829131
199930110
200031160
200132121
200233130
20033490
20043550
通算1163

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

所属チーム

クラブ

期間年齢チーム
1986〜199217フランスナント
1992〜199323フランスマルセイユ
1993〜199824イタリアミラン
1998〜200429イングランドチェルシー
2004〜200535カタールアル・ガラファ
2005〜200636カタールカタールSC

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1983〜198414フランスフランス U-16
1984〜198515フランスフランス U-17
1985〜198616フランスフランス U-18
1989〜199020フランスフランス U-21
1993〜200424フランスフランス

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
199223フランスナントフランスマルセイユ移籍—形態・移籍金は未確認
199324フランスマルセイユイタリアミラン移籍—形態・移籍金は未確認
199829イタリアミランイングランドチェルシー移籍—形態・移籍金は未確認
200435イングランドチェルシーカタールアル・ガラファ移籍—形態・移籍金は未確認
200536カタールアル・ガラファカタールカタールSC移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
クラウディオ・ラニエリイングランドチェルシー2000年9月〜2004年6月
ジョゼ・モウリーニョイングランドチェルシー2004年7月〜2007年9月

タイトル

クラブ

マルセイユ

ACミラン

チェルシー

アル・ガラファ

代表

フランス代表

個人

英語の記録名しか確認できないもの(10件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(金4)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

FIFAワールドカップ金 1998
UEFA欧州選手権金 2000
FIFAコンフェデレーションズカップ金 2001金 2003

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「マルセル・デサイー」(版 107008546)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Goal.com、2026年10月16日、2026年10月16日 取得 https://www.goal.com/en/lists/real-madrid-vinicius-jr-kylian-mbappe/blt1a4eb23e30ad84e6
  2. Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
  3. Wikipedia(日本語版)「マルセル・デサイー」、版 ID 107008546、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%BC
  4. Wikipedia(英語版)、版 ID 1378366016、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Marcel_Desailly

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