「怪我はもう過去のことです。ハンジ・フリックが僕にこれほど自信を与えてくれたことに、とても感謝しています。」
出典:Goal.com 2026年10月24日
SOCCERPEDIA / 監督ページ / ドイツのサッカー監督 / 最終更新:2026年9月1日
ハンジ・フリック(Hans-Dieter Flick、1965年2月24日生)は、ドイツ・ハイデルベルク出身のサッカー監督。2024からバルセロナの監督を務めている。これまでに5クラブを指揮した。クラブ・代表で通算29個のタイトルを獲得、個人賞は15回(ラ・リーガ 月間最優秀監督 5回)。
ハンジ・フリックことハンス=ディーター・フリック(Hans-Dieter "Hansi" Flick,1965年2月24日 - )は、西ドイツ・ハイデルベルク出身の元サッカー選手、サッカー指導者。FCバルセロナの監督を務める。現役時代のポジションはミッドフィールダー。
ドイツU-18代表に選出されるなど若いうちから頭角を現し、1985年、20歳でバイエルン・ミュンヘンに加入。MFとして5年間で104試合に出場し、5得点を挙げた。1990年にはケルンに移籍するも、怪我の影響もあって1993年に退団。その後は故郷の小クラブ、ヴィクトリア・バンメンタールで過ごした。
ザルツブルクでの若手発掘の手腕が評価され、2006年にドイツ代表のアシスタントコーチに就任。UEFA EURO 2008では、前の試合で監督のヨアヒム・レーヴが退場処分となっていたため、準決勝・ポルトガル戦で急遽チームを指揮、3-2で勝利しチームを決勝に導いた。その後も長らくレーヴ監督の右腕として活躍し、2014 FIFAワールドカップ・ブラジル大会では優勝を経験。ドイツ代表の黄金時代を支えた。ワールドカップ優勝直後の2014年、ドイツサッカー連盟のスポーツディレクターに就任し、一旦現場を離れた。
2021年5月25日、EURO 2020終了後のドイツ代表監督に就任することが発表された。
2022年W杯カタール大会は、欧州予選グループJを首位で通過して本大会出場を決めた。本大会の1次リーググループEでは日本に敗れ、スペインと引き分け、コスタリカに勝利して1勝1敗1分けだったが、勝敗で並んだスペインに得失点差で及ばずグループ3位となり、決勝トーナメントに進めず敗退した。
2023年9月9日、ドイツのヴォルフスブルク、フォルクスワーゲン・アレーナで行われた日本との親善試合で1-4と大敗を喫した。ドイツ代表が国際Aマッチで3連敗を喫するのは1985年以来、38年ぶりのことだった。日本に敗れた後、自分はドイツ代表にとって適切な監督であると思っていると語ったが「プロのサッカー界では状況が変わる可能性があるし、何が起こるかは私には分からない」と付け加えた。その翌日にドイツ代表監督を解任された。1926年にドイツ代表監督という役職が作られてから、途中で解任された監督はフリックが初めてだった。代表監督として指揮を執った全25試合の中で勝ったのは12試合だけで、2023年に入ってからは6試合で1勝1分4敗だった。
ヴィクトリア・バンメンタール時代の1996年に同クラブの選手兼任監督に就任し、指導者としてのキャリアをスタートさせた。1999年にチームはオーバーリーガ(当時ドイツ4部相当)からの降格を余儀なくされたが、フリックはさらに1年監督を続けた。
2000年7月に当時オーバーリーガに所属していたTSG1899ホッフェンハイムの監督に就任。就任1年目にしてリーグ優勝を達成し、チームを3部に昇格させた。その後チームは3部中位をキープするが、目標としていた2部昇格は叶わず、契約満了により2005年11月19日に退任した。
翌年、フリックはジョバンニ・トラパットーニを新監督、ローター・マテウスを新ヘッドコーチに迎え入れたレッドブル・ザルツブルクのアシスタントコーチに就任した。フリックは世界で最も高名な監督の一人であるトラパットーニの下で働いたことで、特に戦術や選手との関係を発展させる上で多くのことを学んだと述べたが、トラパットーニのディフェンスを優先したやり方には同意できないとも述べている。
2019年、FCバイエルン・ミュンヘンのアシスタントコーチに就任すると、11月3日に成績不振のため解任されたニコ・コヴァチ監督の後任として暫定監督に就任した。あくまでも暫定の監督であり、フリックもその立場を受け入れていたが、就任2試合目でドルトムントとのデア・クラシカーに4-0と圧勝、11月15日にバイエルンの正式な監督に就任した。この時にはカール=ハインツ・ルンメニゲCEOが「少なくとも年内まで」と発言していたが、その後年内の8戦を6勝2分とチームを復活させ、12月22日にシーズン終了後までの続投がクラブ公式サイトで発表された。4月3日、監督就任後21試合18勝という圧巻のパフォーマンスが評価され、2023年6月30日までの契約延長が発表された。第32節のヴェルダー・ブレーメン戦で1-0と勝利し、チームを前人未踏のリーグ8連覇に導いた。UEFAチャンピオンズリーグでも、準々決勝ではFCバルセロナに8-2の歴史的大勝を収め、パリ・サンジェルマンFCとの決勝を結果は1-0だったもののシュート12本、ポゼッション63%と圧巻の内容で全勝優勝を果たした。
2020-21シーズンに入ると、選手の起用法に関してハサン・サリハミジッチSDと意見の相違が伝えられたが、本人は否定した。2021年2月にはDFBがドイツ代表の監督候補としてフリックの名を挙げ、本人も興味を示したため、バイエルンのカール=ハインツ・ルンメニゲ代表取締役は不快感を表明する事態となった。同シーズンのチャンピオンズリーグ・準々決勝ではパリ・サンジェルマンFCに合計スコア3-3のアウェーゴール差で敗れ大会を去ることになると、サリハミジッチSDとの確執報道が加速。2021年4月17日のVfLヴォルフスブルク戦 (3-2)で勝利を挙げた後に退団希望を明言し、4月27日には同シーズン限りでのフリックの退団が発表された。
2024年5月29日、スペインのFCバルセロナの監督に就任した。契約期間は2026年6月末までの2年間。ドイツ人監督がバルセロナを指揮するのは、ヘネス・ヴァイスヴァイラー、ウド・ラテックに続いてこれが史上3人目となる。 ラ・リーガではレヴァンドフスキ、ハフィーニャ、ヤマルの3トップを中心に爆発的な得点力を実現し、開幕10節の時点で9勝1敗、合計33得点を記録した。 過密日程での連戦となった10月23日のチャンピオンズリーグ予選バイエルン・ミュンヘン戦と26日のリーガ、レアル・マドリード戦ではそれぞれ4-1、4-0のスコアで大勝し、前者は6試合ぶり、後者は4試合ぶりの勝利を達成した。年末にはリーガ7試合で1勝2分4敗と急激に調子を落としたものの、年明けにはチームの立て直しに成功。レアル・マドリード相手に公式戦4戦全勝を果たしてスーペルコパ・デ・エスパーニャ、コパ・デル・レイ、ラ・リーガで優勝して史上初となる1シーズンでの国内三冠を達成した。チャンピオンズリーグでは6シーズンぶりの準決勝進出を果たすものの、準決勝ではインテルナツィオナーレ・ミラノ相手に延長戦までもつれ込む激闘の末に敗れた。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「怪我はもう過去のことです。ハンジ・フリックが僕にこれほど自信を与えてくれたことに、とても感謝しています。」
出典:Goal.com 2026年10月24日
「影響はないでしょう。私は審判を信頼していますし、現在は良い水準の判定が見られます。」
「私はチームの準備に集中したいのです。このテーマは新聞の見出しに結びつくもので、私は目を引く見出しは望んでいません。」
「私はモウリーニョに大きな敬意を持っています。これほどのレベルのチームを長年率いるのは、その質の高さの表れであり、彼は指導したすべてのクラブでそれを証明してきました。」
出典:Goal.com 2026年10月24日
「たとえば天候のせいでセビージャに留まらなければならなかったとき、彼はひどく動揺していました。この点で彼は本当にドイツ人らしく、計画から外れるのを好まないんです。」
「彼は選手のことをとても大切に考えていて、全員が100%の状態で準備できるように、そして十分なケアと休養を受けられるようにといつも望んでいます。」
「彼にいちばん響くのは、選手が十分に休めないことだと思います。」
出典:Goal.com 2026年10月24日
「彼が私にくれた最も大切なアドバイスは、クラブの雰囲気とカタルーニャの人々を楽しむことだった。」
「そう思う。彼は私が加入した主な理由の一つで、とても感謝している。」
出典:Goal.com 2026年10月23日
「今日はグループステージでPSGと戦った。タイトルは10月には決まらないが、我々が今どの段階にいるのかを示してくれた。」
「我々にはまだ改善できる点がかなりある。」
「(準備は)理想的ではなかったが、それは言い訳にしてはならない。」
出典:Goal.com 2026年10月21日
「ハンス・フリックも決して素晴らしいサッカーの専門家というわけではない。彼のことはよく知っているし、とても友好的な関係だ。」
「彼を侮辱したくはないが、もっと深い理解を持つ人は確かにいる。」
「だが彼は人と接するのが素晴らしい。選手たちと話をし、どう扱えばいいかを心得ている。」
出典:Goal.com 2026年10月21日
「明日の試合は私たちにとって良いテストだと思う。直近11試合に勝っているチームらしく、自信を持ってプレーしてほしい。」
「次の試合は常に最も重要で、だから明日の試合が最も重要だ。」
「ボールを保持できれば、彼らは私たちから得点できない。最も重要なのはミスをしないことだ。」
出典:Goal.com 2026年10月19日
「我々は次のレアル・ベティス戦だけに集中している。明日、最高のレベルを見せること以外は何も考えていない。」
「オルモは素晴らしい選手であり、人間でもある。私にとって彼は、技術とサッカー、そして人格を兼ね備えた存在だ。」
「彼(ガビ)はこのチームの心臓であり、このクラブのために全てを捧げてくれている。我々には彼が必要だ。」
出典:Goal.com 2026年10月16日
「今の時点では何も勝ち取れない。5月、6月に大きなタイトルを勝ち取るんだ。」
「私はこのチームを知っている。チームがどうプレーできるかについて100パーセント確信している。」
「彼のような選手が私のチームにいて嬉しい。後半の彼は素晴らしかった。」
出典:Goal.com 2026年10月14日
「彼の考えがバルセロナでこれほど早く機能したことは、監督としての能力の高さを証明している」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月13日
「我々はスタジアムの雰囲気に備えなければならない。世界でも最高級のものの一つだからだ。」
「他チームに関する質問には私は決して答えない、といつか学んでもらえればと思う。我々はこれからガラタサライと対戦するのだから、ガラタサライに敬意を払おう。」
「それについては2週間後に聞いてください。」
出典:Goal.com 2026年10月12日
「(ハンジ・フリック監督は)選手全員に大きな自信を与えているよ。我々は非常に良いプレーができているんだ。」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月11日
「負傷ではないが、気をつけなければならない。昨年は3回、負傷しているし、大切にしなければならない。」
「気に入ってはいないが、これは我々の仕事の一部だ。非常に大事な5試合が待ち受けているし、私たちはそれに向けて準備を整えていなければならない」
「多くの良いことを目にした。選手たち全員が、ハードにプレスをかけなければならないとわかっているし、それが私たちのメンタリティだ。」
出典:fcbarcelona 2026年10月8日
「いやいや、我々は現在の監督に満足している。彼のことが大好きだし、彼は我々に大きな満足を与えてくれている」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月2日
「これこそが私が好む姿勢だ。彼の姿勢は、フットボール以外の人生においても本当に素晴らしいものなんだ」
出典:Yahoo!ニュース 2026年9月17日
英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1377843248)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。
| 在任期間 | 年齢 | チーム | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 勝率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1996.07〜2000.06 | 31 | 122 | 44 | 33 | 45 | 36.1% | |
| 2000.07〜2005.11 | 35 | 196 | 88 | 46 | 62 | 44.9% | |
| 2019.11〜2021.06 | 54 | 86 | 70 | 9 | 7 | 81.4% | |
| 2021.07〜2023.09 | 56 | 25 | 12 | 7 | 6 | 48.0% | |
| 2024.05〜現在 | 59 | 125 | 96 | 10 | 19 | 76.8% | |
| 通算 | 554 | 310 | 105 | 139 | 56.0% | ||
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1971〜1976 | 5 | BSCムッケンロッホ |
| 1976〜1981 | 10 | SpVggネッカーゲミュント |
| 1981〜1983 | 15 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1983〜1985 | 17 | |
| 1985〜1990 | 19 | |
| 1990〜1993 | 24 | |
| 1994〜2000 | 28 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 在任 | 年齢 | チーム | 役職 |
|---|---|---|---|
| 1996〜2000 | 30 | ヴィクトリア・バンメンタール | 監督 |
| 2000〜2005 | 34 | 監督 | |
| 2019〜2021 | 53 | 監督 | |
| 2021〜2023 | 55 | 監督 | |
| 2024〜 | 58 | 監督 |
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1981 | 16 | SpVggネッカーゲミュント* | 移籍 | — | 下部組織への移籍 形態・移籍金は未確認 | |
| 1985 | 20 | ザントハウゼン | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 1990 | 25 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1994 | 29 | ヴィクトリア・バンメンタール | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
英語の記録名しか確認できないもの(11件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ハンジ・フリック」(版 111335330)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
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