「フェリックスはまだ、本来あるべき状態には達していない。彼はワールドカップでプレーしたからね。」
「プレシーズンはおそらく慣れたものとは違っていたが、今は少し時間が必要なだけだ。段階的に仕上げていかなければならない。」
「フィジカル面では、私が望むレベル、彼がいられるはずのレベル、かつていたレベルにはまだ達していない。だが、それは戻ってくる。」
出典:Goal.com 2026年10月25日
SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / クロアチアのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
ニコ・コヴァチ(Niko Kovač、1971年10月15日生)は、ドイツ出身の元サッカー選手。ポジションはMF(ミッドフィールダー)、所属はドルトムント。クラブでは公式戦通算572試合68得点(1990-91 シーズン以降)。クラブ・代表で通算10個のタイトルを獲得。
ニコ・コヴァチ(、, 1971年10月15日 - )は、西ベルリン出身の元サッカー選手。現サッカー指導者。現役時代のポジションは守備的ミッドフィールダー。元クロアチア代表。
2019年にはブンデスリーガ2冠を達成し、史上初となる選手と監督両方で2冠達成となった。
2002 FIFAワールドカップ、2006 FIFAワールドカップに出場したクロアチア代表ミッドフィルダー。弟ロベルト・コヴァチと共に代表での精神的支柱となり、チームを支えた。安定感のあるプレーが持ち味。EURO2008ではキャプテンとしてチームを牽引したがベスト8で敗退した。これにより代表引退を表明していたが周囲の慰留をうけて撤回、大会後も代表を続けることとなった。
しかし2009年1月8日、若手に出番を譲りたい等の理由から代表引退を表明。さらに同年、シーズン終了をもって現役も引退することを表明した。
2009年から2012年まで、引退クラブのレッドブル・ザルツブルクでアシスタントコーチやセカンドチームの監督として指導者としての経験を積み、2013年にU-21クロアチア代表の監督に就任。
2013年10月16日、辞任したイゴール・シュティマッツ監督の後を継いでクロアチア代表監督に就任。1ヶ月後の2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選プレーオフではアイスランドを1勝1分で破り、2014 FIFAワールドカップ出場権を勝ち取った。
2014 FIFAワールドカップではカメルーンには勝利したものの、ブラジル、メキシコには敗れ、グループリーグ3位で敗退した。ブラジル戦で主審を務めた西村雄一の物議を醸したPK判定について「あれがPKなら、我々はもうサッカーをする必要がない。代わりにバスケットボールをしよう。残念だよ」と批判していた。
UEFA EURO 2016予選では序盤こそ首位に立っていたものの、2015年9月のアゼルバイジャン戦で引き分け、ノルウェー戦で敗れると、3位に転落。クロアチアサッカー連盟のダヴォール・シューケル会長から「ここ2試合の結果を誰も予想できなかった。我々は自分たちで首を絞めてしまった。少し前まで首位にいたんだ。理事会は満場一致でこの結論に至った」と語られ、クロアチア代表監督を解任された。
2016年3月8日、ドイツ・ブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトの監督に就任。 就任時点でチームは降格圏をさまよっていたが、建て直しに成功し16位でフィニッシュ。 1.FCニュルンベルクとの入れ替え戦にも勝利し、残留を確定させた。
2018年4月13日、2018-2019シーズンからFCバイエルン・ミュンヘンの新監督に就任することが決定した。2018年7月1日から2021年6月30日までの3年契約で合意している。アイントラハト・フランクフルトにおいてアシスタントコーチを担当する弟のロベルト・コヴァチを伴っての移籍となる。
5月19日のDFBポカール決勝では、次期シーズンから率いるFCバイエルン・ミュンヘンと対戦し、3-1で勝利。クラブにとって30年ぶりとなるタイトルを置き土産に退任した。
2018-19シーズンは、バイエルン・ミュンヘンを率いてブンデスリーガ二冠を達成。選手としても二冠を達成しておりブンデスリーガ史上初の選手と監督として二冠を達成となった。CLではベスト16で、優勝チームであるリバプールFCに破れ敗退していた。解任の噂も流れたが、会長は取材に「ニコ・コバチが来季も監督を務めるという事に議論の余地はないね」と明言しているしかし、2019-20シーズンは開幕から国内リーグ戦の成績が振るわず、2019年11月2日の第10節アイントラハト・フランクフルト戦では1-5の大敗を喫し、翌3日に解任された 。
2022年5月24日、VfLヴォルフスブルクの監督に就任した。しかし2024年、シーズン途中の3月に成績不振により解任。
2025年1月末、解任されたヌリ・シャヒン監督の後任として、ボルシア・ドルトムントの監督に途中就任。
ヴォルフスブルクの監督時代にコヴァチの下でプレーしたマックス・クルーゼであったが、コヴァチ指揮下では公式戦わずか5試合の出場にとどまっており相性が合わず、現役引退後にはポッドキャストなどでコメンテーターとしても活動しているが、コヴァチはクルーゼから度々批判を受けている。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「フェリックスはまだ、本来あるべき状態には達していない。彼はワールドカップでプレーしたからね。」
「プレシーズンはおそらく慣れたものとは違っていたが、今は少し時間が必要なだけだ。段階的に仕上げていかなければならない。」
「フィジカル面では、私が望むレベル、彼がいられるはずのレベル、かつていたレベルにはまだ達していない。だが、それは戻ってくる。」
出典:Goal.com 2026年10月25日
「彼は明日、我々と一緒にはいない。」
「まだそれについては何も言えない。そこで誰かを危険すぎることに無理に押し込むことはしないからだ。」
「おそらく1か月欠場するより、もう1試合休む方がいい。」
出典:Goal.com 2026年10月24日
「我々には最終局面で危険になるためのプレーパターンがある。しかし直近2試合ではそれを見つけられず、だから得点できていない。」
「勝ちたいなら、ゴールを決めなければならない。そのプレーパターンを実行しなければならない。」
「もっと速く、もっと正確にプレーし、もっと多くフィニッシュしなければならない。」
出典:Goal.com 2026年10月20日
「チャンピオンズリーグの試合でコスタスが倒れた出来事は、我々全員がまだ覚えている。彼の頭の片隅にはまだ残っていると思う。」
「私はあの若者を見ているが、以前の状態にはまだ戻っていない。それが理由だとは言いたくないが、頭の片隅で小さな役割を果たしているのは確かだ。」
「あの若者は自分の道を見つけるだろう。」
出典:Goal.com 2026年10月17日
「私たちはボールを持っても全く良くなかった。相手の方がはるかに活発だった。」
「後半は、私たちがうまくやればできるということが見えた。」
「今日はうまくいかなかったし、その責任は私にある。チームを選んだのは私だ。」
出典:Goal.com 2026年10月15日
「88分間、我々は相手を追い詰めるほど効果的にプレッシャーをかけていた。」
「だが最後の8分間を正しい形で締めくくることができなかった。それは我々自身の責任だ。」
「もちろん失望している。勝ち点2を失ったのだから。」
出典:Goal.com 2026年10月11日
「ボールを持ったときのプレーがまったく良くなかった。相手のほうがずっと俊敏だった」
「失点するまで、我々は試合にまったく関われていなかった。前半は、ここで勝つために必要な情熱と強度を持ってプレーできていなかった」
「後半には、我々がより良くプレーすればそれが可能だと分かった」
出典:Goal.com 日本語版 2026年10月15日
「彼はここに明確な構造と文化を築いてくれました。それが私たちの成功の土台です。」
「チームにはさまざまな文化や言語があるので、共通の土台と一つの進む道を見つけなければなりません。ニコは間違いなくそれをやり遂げました。」
出典:ysscores.com 2026年10月7日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 1990-91 | 18 | オーバーリーガ・ベルリン* | 25 | 7 | — | — | — | — | — | — | — | — | 25 | 7 | |
| 1990-91 | 18 | オーバーリーガ・ベルリン* | 12 | 1 | — | — | — | — | — | — | — | — | 12 | 1 | |
| 1991-92 | 19 | 2.ブンデスリーガ北地区* | 12 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 12 | 0 | |
| 1992-93 | 20 | 2.ブンデスリーガ | 42 | 1 | 3 | 0 | — | — | — | — | — | — | 45 | 1 | |
| 1993-94 | 21 | 2.ブンデスリーガ | 32 | 1 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 32 | 1 | |
| 1994-95 | 22 | 2.ブンデスリーガ | 31 | 2 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 32 | 2 | |
| 1995-96 | 23 | 2.ブンデスリーガ | 31 | 11 | 2 | 0 | — | — | — | — | — | — | 33 | 11 | |
| 通算 | 148 | 15 | 6 | 0 | — | — | — | — | — | — | 154 | 15 | |||
| 1996-97 | 24 | ブンデスリーガ | 32 | 3 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 33 | 3 | |
| 1997-98 | 25 | ブンデスリーガ | 18 | 1 | 3 | 1 | 1 | 0 | 7 | 0 | — | — | 29 | 2 | |
| 1998-99 | 26 | ブンデスリーガ | 27 | 4 | 1 | 0 | 2 | 0 | 4 | 0 | — | — | 34 | 4 | |
| 通算 | 77 | 8 | 5 | 1 | 3 | 0 | 11 | 0 | — | — | 96 | 9 | |||
| 1999-2000 | — | ブンデスリーガ | 30 | 8 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 31 | 8 | |
| 2000-01 | 28 | ブンデスリーガ | 25 | 4 | 1 | 0 | 1 | 0 | 9 | 1 | — | — | 36 | 5 | |
| 通算 | 55 | 12 | 2 | 0 | 1 | 0 | 9 | 1 | — | — | 67 | 13 | |||
| 2001-02 | 29 | ブンデスリーガ | 16 | 2 | 3 | 1 | 1 | 0 | 4 | 0 | 2 | 0 | 26 | 3 | |
| 2002-03 | 30 | ブンデスリーガ | 18 | 1 | 4 | 0 | 1 | 0 | 2 | 1 | — | — | 25 | 2 | |
| 通算 | 34 | 3 | 7 | 1 | 2 | 0 | 6 | 1 | 2 | 0 | 51 | 5 | |||
| 2003-04 | 31 | ブンデスリーガ | 17 | 1 | 3 | 0 | — | — | 1 | 0 | — | — | 21 | 1 | |
| 2004-05 | 32 | ブンデスリーガ | 30 | 4 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 31 | 4 | |
| 2005-06 | 33 | ブンデスリーガ | 28 | 3 | 3 | 1 | 1 | 0 | 4 | 0 | — | — | 36 | 4 | |
| 通算 | 75 | 8 | 7 | 1 | 1 | 0 | 5 | 0 | — | — | 88 | 9 | |||
| 2006-07 | 34 | オーストリア・ブンデスリーガ | 28 | 6 | 1 | 0 | — | — | 6 | 0 | — | — | 35 | 6 | |
| 2007-08 | 35 | オーストリア・ブンデスリーガ | 25 | 3 | — | — | — | — | 4 | 0 | — | — | 29 | 3 | |
| 2008-09 | 36 | オーストリア・ブンデスリーガ | 12 | 0 | 0 | 0 | — | — | 3 | 0 | — | — | 15 | 0 | |
| 通算 | 65 | 9 | 1 | 0 | — | — | 13 | 0 | — | — | 79 | 9 | |||
| キャリア通算 | 491 | 63 | 28 | 3 | 7 | 0 | 44 | 2 | 2 | 0 | 572 | 68 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1379405180)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。
| 在任期間 | 年齢 | チーム | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 勝率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2013.01〜2013.10 | 41 | 7 | 5 | 0 | 2 | 71.4% | |
| 2013.10〜2015.09 | 41 | 19 | 10 | 5 | 4 | 52.6% | |
| 2016.03〜2018.06 | 44 | 91 | 38 | 20 | 33 | 41.8% | |
| 2018.07〜2019.11 | 46 | 65 | 45 | 12 | 8 | 69.2% | |
| 2020.07〜2022.01 | 48 | 74 | 42 | 16 | 16 | 56.8% | |
| 2022.05〜2024.03 | 50 | 66 | 23 | 17 | 26 | 34.8% | |
| 2025.02〜現在 | 53 | 81 | 49 | 15 | 17 | 60.5% | |
| 通算 | 404 | 212 | 86 | 106 | 52.5% | ||
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1987〜1989 | 15 | |
| 1989〜1990 | 17 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1990〜1991 | 18 | |
| 1991 | 19 | |
| 1992〜1996 | 20 | |
| 1996〜1999 | 24 | |
| 1999〜2001 | 27 | |
| 2001〜2003 | 29 | |
| 2003〜2006 | 31 | |
| 2006〜2009 | 34 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1996〜2008 | 24 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 在任 | 年齢 | チーム | 役職 |
|---|---|---|---|
| 2009〜2011 | 37 | 監督 | |
| 2011〜2012 | 39 | 監督 | |
| 2013〜2013 | 41 | 監督 | |
| 2013〜2015 | 41 | 監督 | |
| 2016〜2018 | 44 | 監督 | |
| 2018〜2019 | 46 | 監督 | |
| 2020〜2022 | 48 | 監督 | |
| 2022〜2024 | 50 | 監督 | |
| 2025〜 | 53 | 監督 |
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1989 | 17 | 移籍 | — | 下部組織への移籍 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1991 | 19 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1996 | 24 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1999 | 27 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2001 | 29 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2003 | 31 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2006 | 34 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
英語の記録名しか確認できないもの(1件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ニコ・コヴァチ」(版 109866455)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
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