ジャンフランコ・ゾラ

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / イタリアのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

イタリアジャンフランコ・ゾラ(Gianfranco Zola、1966年7月5日生)は、オリエーナ出身の元サッカー選手。ポジションはFW。イタリアでは1991年から通算35試合10得点を記録している。クラブでは公式戦通算797試合238得点(1984-85 シーズン以降)。クラブ・代表で通算12個のタイトルを獲得、個人賞は15回(プレミアリーグ月間最優秀選手 2回)。

ジャンフランコ・ゾラ (Gianfranco Zola , 1966年7月5日 - )は、イタリア・サルデーニャ州オリエーナ出身の元プロサッカー選手。サッカー指導者。選手時代のポジションはミッドフィールダー、フォワード。愛称は「サルデーニャの魔法使い」、「マラゾーラ」、「マジック・ボックス」。

クラブ経歴

クラブ

1984年、でキャリアをスタート。1989年にディエゴ・マラドーナが当時在籍していたセリエAのナポリに移籍、頭角を現す。その後移籍したパルマでは、ファウスティーノ・アスプリージャやディノ・バッジョらと共に中心選手として活躍。在籍期間中にセリエA制覇は成らなかったが、1994-95シーズンのUEFAカップ決勝、ユヴェントスとの第1戦でディノ・バッジョの得点をアシストするなど、優勝に貢献した。これらの活躍から1995年のバロンドールでは第6位に入った。

1996-97シーズンからカルロ・アンチェロッティ監督が就任すると、チームの中心は徐々に、アンチェロッティが獲得を熱望した、エンリコ・キエーザとなり、ベンチに追いやられるなど、アンチェロッティとの確執が原因で、イングランド・FAプレミアリーグのチェルシーに移籍した。加入初年度のFAカップ決勝、ミドルズブラ戦ではニュートンの得点をお膳立てし、優勝を果たす。1997-98シーズンのUEFAカップウィナーズカップ決勝、シュトゥットガルト戦では決勝点を奪って、タイトル獲得に貢献した。ここでは7シーズンプレーし、312試合で80得点決めて、ファンを魅了するプレーを披露していた。

2003年、当時セリエBに所属していた地元サルデーニャ島のカリアリ・カルチョに移籍してイタリア復帰を果たし、同クラブのセリエA昇格の立役者となった。2004-2005シーズン終了後、現役引退を表明した。引退後、ピエルルイジ・カジラギの下で、U-21イタリア代表コーチを務めていた。

2008年9月、ウェストハムの監督に就任した。2009-10シーズンをもって解任された。

2014年12月24日、古巣カリアリ・カルチョの監督に就任。アシスタントコーチにはピエルルイジ・カジラギが就任した。

2016年12月14日、バーミンガム・シティFCの監督に就任した。2018-19シーズンには、古巣チェルシーのアシスタントコーチを務めていた。

代表経歴

代表

イタリア代表には1991年11月13日に行われたUEFA EURO '92予選のノルウェー代表戦でデビュー。当時、同ポジションだったロベルト・バッジョがいたが、怪我のためワールドカップ予選のレギュラーメンバーから外れており、ゾラが選出された。チームは1位で予選を通過したが、アメリカ合衆国で開催された1994 FIFAワールドカップ本戦では、怪我を抱えていたロベルト・バッジョがレギュラーメンバーに復帰し、サブメンバーとして帯同することになった。チームはグループリーグのアイルランド代表と勝ち点、得失点、得点差で同着となり首の皮一枚で決勝トーナメントに進出した。決勝トーナメント1回戦ナイジェリア代表戦においても後半残り22分、1点を追う展開で途中出場をするも12分後、主審の不可解な判定によって1発レッドの退場処分を受け、チームは最大の危機に陥った。しかし、同チームはロベルト・バッジョの活躍によって、決勝まで勝ち進んだ。決勝でもロベルト・バッジョは万全の状態でなかったが、ゾラが起用されることは無かった。結果としてこれが唯一のワールドカップ出場となった。

大会後、バッジョが代表から外れたことで出場機会を得るようになり、UEFA EURO '96予選では中心選手として予選突破に貢献。1995年11月15日開催のリトアニア戦ではハットトリックで勝利をもたらし、イタリアはユーロ本大会への出場を決めた。1996年の本大会では、決勝トーナメント進出を賭けたドイツとの第3戦で、ペナルティキックを失敗しグループリーグ敗退となった。1997年10月11日に行われた1998 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選のイングランド戦が最後の試合出場となった。代表での通算成績は国際Aマッチ35試合出場10得点。

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1リーグカップ2大陸大会3その他4シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
ヌオレーゼ1984-8518セリエC2*40————————40
1985-8619セリエD*2710————————2710
通算3110————————3110
トレス1986-8720セリエC2*308————————308
1987-8821セリエC1*242————————242
1988-8922セリエC1*3411————————3411
通算8821————————8821
イタリアナポリ1989-9023セリエA18261——20——263
1990-9124セリエA20670——2000296
1991-9225セリエA341241——————3813
1992-9326セリエA331262——40——4314
通算10532234——800013636
イタリアパルマ1993-9427セリエA331873——91205122
1994-9528セリエA321974——125——5128
1995-9629セリエA291010——52103612
1996-9730セリエA8210——20——112
通算10249167——2883014964
イングランドチェルシー1996-9730プレミアリーグ2387400————3012
1997-9831プレミアリーグ278104084104112
1998-9932プレミアリーグ3713610051104915
1999-2000—プレミアリーグ3345100153——538
2000-0134プレミアリーグ369321120104312
2001-0235プレミアリーグ353615041——505
2002-0336プレミアリーグ3814323020——4616
通算2295931111313693031280
イタリアカリアリ2003-0437セリエB431311——————4414
2004-0538セリエA31964——————3713
通算742275——————8127
キャリア通算6291937738131721760797238

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

イタリア としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
19912420
19922510
19932610
19942760
19952887
19962980
19973093
通算3510

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1374000439)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
2008.09〜2010.0542イギリスアカデミーオブフットボール8023213628.8%
2012.07〜2013.1245イングランドワトフォード7533152744.0%
2014.12〜2015.0348イタリアカリアリ1122718.2%
2015.07〜2016.0648カタールアル・アラビ261051138.5%
2016.12〜2017.0450イングランドバーミンガム・シティ2428148.3%
通算21670519532.4%

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
1980〜198313コッラージ・オリエーナ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム
1984〜198617イタリアヌオレーゼ
1986〜198919イタリアトレス
1989〜199322イタリアナポリ
1993〜199626イタリアパルマ
1996〜200329イングランドチェルシー
2003〜200536イタリアカリアリ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1991〜199724イタリアイタリア

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2008〜201041イングランドウェストハム監督
2011〜201244イタリアイタリア U-16監督
2012〜201345イングランドワトフォード監督
2014〜201547イタリアカリアリ監督
2015〜201648カタールアル・アラビ・ドーハ監督
2016〜201749イングランドバーミンガム監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
198417コッラージ・オリエーナヌオレーゼ移籍—形態・移籍金は未確認
198619ヌオレーゼトレス移籍—形態・移籍金は未確認
198922トレスイタリアナポリ移籍—形態・移籍金は未確認
199326イタリアナポリイタリアパルマ移籍—形態・移籍金は未確認
199629イタリアパルマイングランドチェルシー移籍—形態・移籍金は未確認
200336イングランドチェルシーイタリアカリアリ移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
マルチェロ・リッピイタリアナポリ1993年7月〜1994年6月
クラウディオ・ラニエリイングランドチェルシー2000年9月〜2004年6月

タイトル

クラブ

ナポリ(選手)

パルマ(選手)

チェルシー(選手)

イタリア代表(選手)

個人

英語の記録名しか確認できないもの(11件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

FIFAワールドカップ銀 1994

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ジャンフランコ・ゾラ」(版 110645533)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「ジャンフランコ・ゾラ」、版 ID 110645533、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%82%BE%E3%83%A9
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1374000439、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Gianfranco_Zola

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