概要
ロブ・レンセンブリンク(Rob Rensenbrink、1947年7月3日 - 2020年1月24日)は、アムステルダム出身の元サッカー選手。ポジションはFW。オランダ代表では1968年から通算46試合14得点を記録している。クラブでは公式戦通算544試合251得点(1965-66 シーズン以降)。クラブ・代表で通算23個のタイトルを獲得、個人賞は30回(オンズ・ド・オンズ 4回、バロンドール 2回)。
ピーテル・ロベルト・レンセンブリンク(Pieter Robert Rensenbrink, 1947年7月3日 - 2020年1月24日)は、オランダ・アムステルダム出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード(左ウイング、センターフォワード)、ミッドフィルダー(左サイドハーフ、攻撃的MF)。
アンデルレヒト時代のチームメイトで元オランダ代表の選手であるヤン・ムルダーはレンセンブリンクについて、「クライフと同じくらい良い選手だった。そう思っていないのは彼だけだよ。」と話している。
クラブ経歴
経歴
主にベルギーのクラブでプレーするなどオランダ国内では無名の存在で(オランダのフットボール界でレンセンブリンクが無名だった訳では無く、「フェイエノールトはリヌス・イスラエルに続いて自分もDWSから獲得しようとしていたが、クーン・ムーラインがすでにブレイクしていたこと、DWSの求めた45万グルデンがフェイエノールトには高すぎた」と本人が後年語っている)、1974年のFIFAワールドカップ・西ドイツ大会ではオランダ代表に選出されたが、開幕前はピート・カイザーら層の厚いFW陣の中で控え選手であった。しかし1次リーグ第3戦のブルガリア戦以降はレギュラーの座を掴み、2次リーグの東ドイツ戦では1得点を決めた。
1978年のFIFAワールドカップ・アルゼンチン大会では左サイドからプレーすることが多かったヨハン・クライフが参加を辞退した事もあり、より自分の本職のポジションでプレーすることができたレンセンブリンクはエースとしてチームを牽引。1次リーグイラン戦でハットトリックを達成。スコットランド戦で前半34分に決めたゴールはW杯通算1000ゴール目の記念ゴールとなった。2次リーグオーストリア戦でも1ゴールを決め、計5得点の活躍で準優勝に貢献した(得点王は6得点のマリオ・ケンペス)。
またアルゼンチン大会決勝・アルゼンチン戦では、1対1で迎えた後半終了30秒前にルート・クロルのロングパスから上手く抜け出し、キーパーと一対一の場面から放ったシュートがポストに嫌われる場面があった(その後、延長でアルゼンチンが2点を加え1対3で敗退)。古いサッカーファン(特にオランダのファン)の間では「もしあのシュートが決まっていればオランダの優勝と得点王を獲得出来た筈」と話題に上る事がある。しかし、レンセンブリンク自身は、「あのときのシュートが、まったく違う方向に外れていればよかったと思うときがある。そうすればこんなにいつまでも言われ続けることはなかった。あの場面でシュートを決めるのは不可能だったんだよ。」と語り、ポストに当てることが精一杯で、ゴールを狙える場面ではなかったと話している。この大会についてレンセンブリンクは「全ての注目がクライフに集まった1974年大会よりも1978年大会の方がずっと良い気分だった。ただ決勝だけは未だに残念。ライン上に重装備の軍人たちが並び、得点したらどうなるのかと思った」と語っている。
代表経歴
代表での出場記録とメダルから組み立てた説明です。
1968年にオランダ代表での出場記録が始まり、1979年までに通算46試合14得点を記録した。
個人成績
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
クラブ
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 1965-66 | 18 | エールディヴィジ | 23 | 5 | 3 | 0 | — | — | — | — | — | — | 26 | 5 | |
| 1966-67 | 19 | エールディヴィジ | 29 | 4 | 2 | 0 | — | — | 2 | 0 | — | — | 33 | 4 | |
| 1967-68 | 20 | エールディヴィジ | 34 | 10 | 3 | 0 | — | — | 2 | 1 | — | — | 39 | 11 | |
| 1968-69 | 21 | エールディヴィジ | 34 | 15 | 4 | 3 | — | — | 5 | 1 | — | — | 43 | 19 | |
| 通算 | 120 | 34 | 12 | 3 | 0 | 0 | 9 | 2 | 0 | 0 | 141 | 39 | |||
| 1969-70 | 22 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 27 | 10 | — | — | — | — | 4 | 3 | — | — | 31 | 13 | |
| 1970-71 | 23 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 28 | 14 | — | — | — | — | 6 | 2 | — | — | 34 | 16 | |
| 通算 | 55 | 24 | — | — | 0 | 0 | 10 | 5 | 0 | 0 | 65 | 29 | |||
| 1971-72 | 24 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 30 | 16 | — | — | — | — | 2 | 0 | — | — | 32 | 16 | |
| 1972-73 | 25 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 24 | 16 | — | — | — | — | 4 | 4 | — | — | 28 | 20 | |
| 1973-74 | 26 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 29 | 20 | — | — | — | — | 2 | 3 | — | — | 31 | 23 | |
| 1974-75 | 27 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 35 | 19 | — | — | — | — | 6 | 3 | — | — | 41 | 22 | |
| 1975-76 | 28 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 35 | 23 | — | — | — | — | 9 | 8 | — | — | 44 | 31 | |
| 1976-77 | 29 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 34 | 16 | — | — | — | — | 9 | 7 | 4 | 2 | 43 | 23 | |
| 1977-78 | 30 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 24 | 18 | — | — | — | — | 7 | 5 | — | — | 31 | 23 | |
| 1978-79 | 31 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 31 | 12 | — | — | — | — | 2 | 0 | 2 | 1 | 33 | 12 | |
| 1979-80 | 32 | ベルギー・ファーストディビジョン* | 20 | 3 | — | — | — | — | 1 | 0 | — | — | 21 | 3 | |
| 通算 | 262 | 143 | — | — | 0 | 0 | 42 | 30 | 4 | 3 | 308 | 176 | |||
| 1980 | 32 | 北米サッカーリーグ | 18 | 6 | — | — | — | — | — | — | — | — | 18 | 6 | |
| 1981-82 | 34 | ディヴィジョン2 | 12 | 1 | — | — | — | — | — | — | — | — | 12 | 1 | |
| キャリア通算 | 467 | 208 | 12 | 3 | 0 | 0 | 61 | 37 | 4 | 3 | 544 | 251 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
代表
オランダ代表 としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 1968 | 20 | 3 | 0 | |
| 1969 | 21 | 4 | 0 | |
| 1970 | 22 | 1 | 0 | |
| 1973 | 25 | 2 | 0 | |
| 1974 | 26 | 12 | 4 | |
| 1975 | 27 | 1 | 0 | |
| 1976 | 28 | 6 | 3 | |
| 1977 | 29 | 3 | 0 | |
| 1978 | 30 | 12 | 7 | |
| 1979 | 31 | 2 | 0 | |
| 通算 | 46 | 14 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属チーム
ユース
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| — | — | OVVOアムステルダム* |
| 1965 | 17 | OSV |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
クラブ
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1965〜1969 | 17 | |
| 1969〜1971 | 21 | |
| 1971〜1980 | 23 | |
| 1980 | 32 | |
| 1981〜1982 | 33 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
代表
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1968〜1979 | 20 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
移籍金・年俸・市場価値の推移
移籍履歴
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1965 | 17 | OSV | AFC デーヴェーエス* | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
| 1969 | 21 | AFC デーヴェーエス* | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 1971 | 23 | RSCアンデルレヒト* | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 1980 | 32 | RSCアンデルレヒト* | ポートランド・ティンバーズ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
| 1981 | 33 | ポートランド・ティンバーズ | トゥールーズFC* | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
人物相関
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
指導を受けた監督
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| リヌス・ミケルス | 1974年3月〜1974年7月 |
タイトル
クラブ
RSCアンデルレヒト
- UEFAカップウィナーズカップ:3回(1975-76, 1977-78, 1976-77)
- UEFAスーパーカップ:2回(1976, 1978)
トゥールーズ
- ディヴィジョン2:1回(1981-82)
オランダ代表
- FIFAワールドカップ:2回(1974, 1978)
個人
- オンズドール:1回(1976)
- バロンドール:2回(1976, 1978)
- オンズ・ド・オンズ:4回(1976, 1977, 1978, 1979)
- FIFAワールドカップ ブロンズブーツ:1回(1978)
- FIFAワールドカップ アシスト王:1回(1978)
- オンズ・ド・ブロンズ:2回(1978, 1979)
- FIFA 100(偉大な選手100人):1回(2004)
英語の記録名しか確認できないもの(25件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ロブ・レンセンブリンク」(版 105692951)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
出典
- RSSSF、2026年9月13日 取得 https://rsssf.org/miscellaneous/onze-awards.html
- Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
- Wikipedia(日本語版)「ロブ・レンセンブリンク」、版 ID 105692951、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF
- Wikipedia(英語版)、版 ID 1365613245、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Rob_Rensenbrink
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
関連項目
- AFCドース・ウィルスクラフト・ステルク
- クラブ・ブルッヘ
- RSCアンデルレヒト
- ポートランド・ティンバーズ
- トゥールーズ
- オランダ代表
- UEFAカップウィナーズカップ
- UEFAスーパーカップ
- ディヴィジョン2
- FIFAワールドカップ
- オンズ・ド・オンズ
- バロンドール
掲載写真は Wikidata API および Wikimedia Commons API を通じて、ライセンス(CC BY-SA / パブリックドメイン等)と作者表示の要件を確認したうえで掲載します。