ピーター・シュマイケル

SOCCERPEDIA / 選手ページ / デンマーク王国のサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

デンマークピーター・シュマイケル(Peter Schmeichel、1963年11月18日生)は、Gladsaxe出身の元サッカー選手。ポジションはGK。デンマークでは1987年から通算129試合1得点を記録している。クラブでは公式戦通算748試合10得点(1984 シーズン以降)。クラブ・代表で通算22個のタイトルを獲得、個人賞は32回。

ピーター・ボールスロウ・シュマイケル MBE(Peter Bolesław Schmeichel MBE、ペーデル・ボレスラフ・シュマイヒェル、(IPA: [pʰeːd̥ɐ̥ boːlɛslɑʊ̥ smɑːɪ̥g̊l̩])、1963年11月18日 - )は、デンマーク・グラッドサクセ出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー。

父はポーランド人。ボールスロウ (Bolesław) はポーランド系の名前で、「ボレスワフ」と読む。歴代のサッカー史で最も優れたゴールキーパーの一人であると考えられている。

クラブ経歴

クラブ経歴

元々はハンドボールのキーパーだったが、スカウトされてサッカーに転向した。母国のグラッドサクセ=ヘロ、ヴィズオウアIFでプレー後、1987年からはブレンビーIFでプレー、ブレンビーでの5シーズンで4度リーグ優勝を果たし、UEFAカップでは準決勝まで進出する好成績をおさめた。

マンチェスター・ユナイテッドFCにはブレンビーから1991年に£505,000で加入、1999年までの8年間プレー、リーグ5回、FAカップ3回、チャンピオンズリーグとリーグカップの優勝に貢献した。

加入した1991-92シーズン、リーグ戦は第2位に終わるが、チーム史上初のフットボールリーグカップ優勝を果たした。1992-93シーズン、リーグ戦22回のクリーンシートを記録するなど、チームの26年振りとなるリーグ優勝に大きく寄与した。1993-94シーズン、1995-96シーズンはリーグとFAカップの2冠を達成。1995-96シーズンのUEFAカップのヴォルゴグラード戦でコーナーキックからヘディングで1ゴールを挙げた。1996-97シーズンにもリーグ優勝を果たした。

1998-99シーズン、UEFAチャンピオンズリーグ、リーグ、FAカップの三冠(トレブル)を果たした。FAカップ準決勝のアーセナル戦ではデニス・ベルカンプのPKをセーブして勝利に貢献、チャンピオンズリーグ決勝のバイエルン・ミュンヘンでは欠場したロイ・キーンに代わりキャプテンを務めた。この試合では0-1とリードを許したことから、終了間際のコーナーキックではペナルティーに上がり、相手DFを引き付け、この時のコーナーから同点ゴールが生まれた。延長戦で勝利したこの試合を最後にチームを退団した 。在籍中は398試合に出場、通算180回のクリンシートを記録した。

自身の希望でチームを退団したが、後に退団したことを後悔していると語った。ファーガソンは後に、マンチェスター・ユナイテッド入団に費やした£505,000は20世紀最高のお買い得価格であったと回想、「世界最高のGKであり、代役を探すのがとても難しかった」と著書に記した。

1999-00シーズンから2シーズンをスポルティングCPで過ごし、2001年にアストン・ヴィラ移籍、10月20日のエヴァートン戦で1ゴールを挙げ、このゴールはプレミアリーグにおけるGKとしての史上初ゴールとなった、翌2002年にはマンチェスター・シティでプレーして現役を終えた。

代表経歴

代表経歴

シモン・ケアー、クリスティアン・エリクセンに記録を更新されるまでは、デンマーク代表の歴代最多出場記録保持者(129試合)であった。1988年5月10日ハンガリー戦でデビューを果たして以来、代表の正GKを務めた。

1990年のワールドカップイタリア大会、1994年のワールドカップアメリカ大会への出場はあと一歩で逃したが、1992年のEURO1992では、準決勝のオランダ戦でのPK戦でファンバステンのキックを止めて、決勝進出に貢献するなど、優勝に貢献し、同年のバロンドール投票では自身最高の5位、FIFA年間MVP投票でも5位タイを記録した。

1998年のフランスワールドカップではベスト8進出した。2000年のユーロ2000出場後の、2002ワールドカップ予選のブルガリア戦が最後の出場となった(同年11月15日のドイツ戦ではベンチ入りも出場は無かった)。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(4件)
2026年10月22日本人コメントピーター・シュマイケル(本人)
水曜夜のコモ戦でマンチェスター・ユナイテッドは1-4で敗れた。約11か月の離脱から復帰したマタイス・デ・リフトは、そのまま先発起用されたが苦しんだ。英紙The SunとBBCはいずれも彼に10点満点の4点をつけている。元ユナイテッドGKのシュマイケルは、長く実戦から離れていた選手が最終ラインに入った影響を指摘し、ブランクがプレーに出ていたと見ている。発言の場や正確な日付は記事からは読み取れない。
「センターバックにデ・リフトを据えているが、彼は昨季の11月以来1分もプレーしていない。そして、それがはっきりと表れていた。」

出典:Goal.com 2026年10月22日

2026年10月19日本人コメントピーター・シュマイケル(本人)/公式インタビュー
ユナイテッドがリーズと1-1で引き分け、全大会で6試合勝ちなしとなり、プレミアリーグ13位に沈むなかでの発言。元守護神のシュマイケルはViaplayの取材に応じ、キャリック監督の解任はすぐには起こらないとの見方を示した。再建の進め方には賛否があり得るとしつつ、トップに戻るまでには非常に長い時間がかかると語り、上層部は我慢強く支えると見ている。
「マンチェスター・ユナイテッドの監督なら、常にプレッシャーを受けるものだ。彼がすぐに解任される危険にあるかって?」
「クラブ上層部はマイケル・キャリックに大きな信頼を寄せていると思う。彼らは非常に辛抱強く、これが時間のかかる再建のプロセスだと理解している。」
「彼らはキャリックこそ未来だと考えていて、そのための時間と移籍ウィンドウを与えるだろう。あと1、2回ウィンドウを経れば、ユナイテッドの監督に普通にかかる以外のプレッシャーについて話せるだろう。」

出典:Goal.com 2026年10月19日

2026年10月16日本人コメントピーター・シュマイケル(本人)/公式インタビュー
マンチェスター・ユナイテッドがチャンピオンズリーグでアトレティコ・マドリードに0-2で敗れた試合後の中継インタビューについて、シュマイケルがThe Overlapで語った内容。リサンドロ・マルティネスがクラブ首脳陣を強く批判した直後に、前向きな話へ誘導しようとして批判を浴びていた。本人は、別の選手を取材する予定だったうえ、直前のやり取りを把握していなかったと、混乱の経緯を説明している。
「その取材が終わって、彼が私のほうに回されてきた。だからあのインタビューを見ると、私は少し戸惑っているんだ。」
「彼があれほど批判的に語っているとは全く知らなかった。彼がそんなことを言っているとは理解していなかったので、ある意味で私のインタビューは大局から見ると少しぎこちないものになってしまった。」

出典:Goal.com 2026年10月16日

2026年10月14日本人コメントピーター・シュマイケル(本人)/公式インタビュー
マンチェスター・ユナイテッドがチャンピオンズリーグでアトレティコ・マドリーに2-0で敗れた試合後のインタビューで、シュマイケルはマルティネスとの気まずいやり取りについて説明した。マルティネスがアマゾン・プライムで経営陣を厳しく批判した発言を事前に知らなかったため、シュマイケルは状況を把握できないままインタビューを進めてしまい、それが視聴者には不自然に映ったという経緯を述べている。
「そのインタビューが終わると、彼が私のインタビューに回された。だから映像を見ると、私は少し驚いている。」
「彼があれほど攻撃的になっているとは、まったく分かっていなかった。あんなことをすべて言っていたとも理解していなかったので、全体の流れの中で見ると、私のインタビューは少しぎこちないものになってしまった」

出典:Goal.com 日本語版 2026年10月16日

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1リーグカップ2大陸大会3その他4シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
ヴィズオウア198420デンマーク・ファーストディビジョン*200————————200
198521デンマーク・ファーストディビジョン*286————————286
198622デンマーク2部リーグ*300————————300
通算786————————786
ブレンビー198723デンマーク・ファーストディビジョン*232————20——252
198824デンマーク・ファーストディビジョン*260————40——300
198925デンマーク・ファーストディビジョン*260————20——280
199026デンマーク・ファーストディビジョン*260————20——280
199127デンマーク・スーペルリーガ*180————100——280
通算1192————200——1392
イギリスマンチェスター・ユナイテッド1991-92271部リーグ40030603010530
1992-9328プレミアリーグ420302010——480
1993-9429プレミアリーグ40070804010600
1994-9530プレミアリーグ32070003010430
1995-9631プレミアリーグ360601021——451
1996-9732プレミアリーグ36030009010490
1997-9833プレミアリーグ32040007010440
1998-9934プレミアリーグ340800013010560
通算2920410170421603981
ポルトガルスポルティングCP1999-2000—プリメイラ・リーガ28020——20——320
2000-0136プリメイラ・リーガ27000——4030340
通算55020——6030660
イングランドアストン・ヴィラ2001-0237プレミアリーグ291102040——361
イングランドマンチェスター・シティ2002-0338プレミアリーグ2901010————310
キャリア通算60294502007219074810

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

デンマーク としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
19872350
198824110
198925120
199026100
19912770
199228120
19932990
19943070
19953180
199632100
19973360
199834100
199935110
200036101
20013710
通算1291

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
1972〜19758ヘイェ=グラッドサクセ
1975〜198111グラッドサクセ=ヘロ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム
1981〜198417デンマークグラッドサクセ=ヘロ
1984〜198720デンマークヴィズオウア
1987〜199123デンマークブレンビー
1991〜199927イングランドマンチェスター・ユナイテッド
1999〜200135ポルトガルスポルティングCP
2001〜200237イングランドアストン・ヴィラ
2002〜200338イングランドマンチェスター・シティ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1987〜200123デンマークデンマーク

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
198420グラッドサクセ=ヘロヴィズオウア移籍—形態・移籍金は未確認
198723ヴィズオウアブレンビー移籍—形態・移籍金は未確認
199127ブレンビーイギリスマンチェスター・ユナイテッド移籍—形態・移籍金は未確認
199935イギリスマンチェスター・ユナイテッドポルトガルスポルティングCP移籍—形態・移籍金は未確認
200137ポルトガルスポルティングCPイングランドアストン・ヴィラ移籍—形態・移籍金は未確認
200238イングランドアストン・ヴィライングランドマンチェスター・シティ移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

タイトル

クラブ

マンチェスター・ユナイテッド

デンマーク代表

個人

英語の記録名しか確認できないもの(23件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(金1・銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

UEFA欧州選手権金 1992
フィナリッシマ銀 1993

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ピーター・シュマイケル」(版 109926578)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Goal.com、2026年10月16日、2026年10月17日 取得 https://www.goal.com/en/lists/peter-schmeichel-explains-truth-behind-awkward-lisandro-martinez-interview/blt8791e3b3f1cb887a
  2. Goal.com、2026年10月19日、2026年10月19日 取得 https://www.goal.com/en/lists/michael-carrick-man-utd-job-security-peter-schmeichel/blta567ecf3c57a8c7e
  3. Goal.com、2026年10月22日、2026年10月22日 取得 https://www.goal.com/en/news/british-press-give-matthijs-de-ligt-the-same-rating-on-his-return-for-manchester-united/blt27da778cbdb8db4e
  4. Goal.com 日本語版、2026年10月16日、2026年10月17日 取得 https://www.goal.com/jp/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88/%E3%83%92%E3%82%9A%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB-%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%99%E3%83%AD-%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%B0%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%82%99%E3%81%84%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%92%E3%82%99%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B8%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B/blt8791e3b3f1cb887a
  5. Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
  6. Wikipedia(日本語版)「ピーター・シュマイケル」、版 ID 109926578、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB
  7. Wikipedia(英語版)、版 ID 1379210475、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Peter_Schmeichel

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