小村徳男

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / 日本のサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

日本小村徳男(Norio Omura、1969年9月6日生)は、松江市出身の元サッカー選手。ポジションはDF。日本では1995年から通算30試合4得点を記録している。クラブでは公式戦通算504試合45得点(1992 シーズン以降)。

小村 徳男(おむら のりお、1969年9月6日 - )は、島根県松江市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者・解説者。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。元日本代表。

クラブ経歴

選手経歴

松江市立乃木小学校、松江市立湖南中学校出身。島根県立松江南高等学校時代からセンターバックとしてプレーするものの、当時は無名の存在だった。

順天堂大学へはスポーツ推薦ではなく学業推薦で入学、サッカー部に所属するものの当初は実質3軍に所属した。大学2年時に1軍に抜擢され、大学3年でレギュラーとなる。この年は、順天堂大学蹴球部黄金期で数々のタイトルを獲得した。大学卒業の翌年にJリーグ開幕を控え、当時JSLに所属しJリーグ参加を表明していたマツダ(サンフレッチェ広島)、松下(ガンバ大阪)、三菱(浦和レッドダイヤモンズ)、住金(鹿島アントラーズ)、日産(横浜マリノス)などからオファーが届いた中で、大学時代から代表で共にプレーした井原正巳とのプレーを選択する。

1992年、横浜マリノスへ入団。Jリーグ開幕とともに井原とセンターバックのコンビで活躍。1996年11月9日広島戦では、DFでありながらハットトリックを達成した。井原に次ぐセンターバックの人員として日本代表にも招集され、1998年フランスW杯アジア1次予選ではライバルのオマーン戦で1-0となる貴重なゴールを決めるなど、レギュラーとして起用された。しかし、アジア最終予選第2戦のアラブ首長国連邦戦では、井原がフリーキックを頭で合わせたボールはゴールに向かい、何もしなくても間違いなくゴールラインを割って得点となるところであったが、オフサイドのポジションに居た小村がボールを触って押し込んでしまったため、ノーゴールの判定をされて0-0の引き分けに終わった。その後、チームが3バックを基調とした際に加わったもう1人のストッパーの秋田豊が存在感を示すと、岡田武史体制後4バックに戻した際に秋田がレギュラーとなり、さらにサイドバック要員の中西永輔がストッパーとして活躍し始めると、本大会では3バックにも関わらずベンチ要員となった。それでもグループリーグ第3戦ジャマイカ戦では前2戦で累積警告となった中西に代わって後半途中まで出場した。

2006年シーズン途中にJ2の横浜FCへ期限付き移籍し、J2優勝に貢献。シーズン終了後には移籍元の広島からの戦力外通告に伴い完全移籍した。

しかし2007年シーズンにはチームがJ2へ降格し、シーズン終了後に戦力外通告を受ける。その後、地元である山陰からJリーグ参入を目指す日本フットボールリーグのガイナーレ鳥取へ移籍。2008年シーズン終了後、「来年に向けて監督・チームとの信頼関係を築くことができず」として現役引退。

代表経歴

代表での出場記録とメダルから組み立てた説明です。

1995年に日本での出場記録が始まり、1998年までに通算30試合4得点を記録した。

監督経歴

引退後

2009年、JFAアンバサダー として各地でサッカー教室を開催、同年Jリーグアウォーズにて功労選手賞を受賞。2010年、JFA 公認S級コーチライセンスを講習。

2012-13シーズンから、フジテレビワンツーネクストでのドイツ・ブンデスリーガ中継で解説者を務める。

2012年12月7日、2013年シーズンからガイナーレ鳥取の監督に就任することが発表された。だが第28節終了時点で20位と低迷し、8月12日に解任された。

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグシーズン通算
出場得点出場得点
横浜マリノス横浜F・マリノス19922211152
199323030350
199424132406
1995251——456
1996260144399
199727000110
199828000333
199929060363
200030262396
200131050261
日本ベガルタ仙台200232050354
200333050260
日本サンフレッチェ広島200434051314
200535050400
200636010100
日本横浜FC2006360——151
200737010210
日本ガイナーレ鳥取2008380——170
キャリア通算601050445

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

日本 としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
19952540
199626122
199727102
19982840
通算304

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1310852027)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
——日本ガイナーレ鳥取285111217.9%
通算285111217.9%

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
1985〜198715日本島根県立松江南高等学校
1988〜199118日本順天堂大学

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム
1992〜200122日本横浜マリノス横浜F・マリノス
2002〜200332日本ベガルタ仙台
2004〜200634日本サンフレッチェ広島
2006〜200736日本横浜FC
200838日本ガイナーレ鳥取

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1995〜200225日本日本

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2013〜201343日本ガイナーレ鳥取監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
198818島根県立松江南高等学校順天堂大学移籍—下部組織への移籍
形態・移籍金は未確認
199222順天堂大学横浜マリノス横浜F・マリノス移籍—形態・移籍金は未確認
200232横浜マリノス横浜F・マリノス日本ベガルタ仙台移籍—形態・移籍金は未確認
200434日本ベガルタ仙台日本サンフレッチェ広島移籍—形態・移籍金は未確認
200636日本サンフレッチェ広島日本横浜FC移籍—形態・移籍金は未確認
200838日本横浜FC日本ガイナーレ鳥取移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「小村徳男」(版 110830839)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「小村徳男」、版 ID 110830839、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%9D%91%E5%BE%B3%E7%94%B7
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1310852027、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Norio_Omura

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