山口素弘

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / 日本のサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

日本山口素弘(Motohiro Yamaguchi、1969年1月29日生)は、高崎市出身の元サッカー選手。ポジションはMF。日本では1995年から通算58試合4得点を記録している。クラブでは公式戦通算586試合51得点(1990-91 シーズン以降)。

山口 素弘(やまぐち もとひろ、1969年1月29日 - )は、群馬県高崎市出身の元プロサッカー選手(元日本代表キャプテン)、サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)、サッカー解説者。現役時代のポジションはMF、主にボランチ。

クラブ経歴

クラブ経歴

1984年、前橋育英高等学校入学。1985年、鳥取国体に群馬県代表として出場。1987年1月、全国高校サッカー選手権大会に出場。

1987年4月、東海大学に入学。1988年、全日本大学サッカー選手権大会で優勝(東海大学はこの年が同大会へ初出場であり、この年を含めて6年連続で決勝に進出した)。関東選抜(対関西選抜戦)に選出され、同試合にてMVPに選出される。また、1学年下で礒貝洋光、澤登正朗が加入し、ポジションを守備的ミッドフィルダーに移す。1989年、全日本大学サッカー選手権大会で準優勝。1990年、全日本大学サッカー選手権大会で2度目の優勝。同年、ユニバーシアード(サッカー競技)日本代表に選出される。

1991年4月、全日空に入社、全日空サッカークラブ(後に横浜フリューゲルス)の選手となる。当時の監督は加茂周。1992年、Jリーグの前哨戦であったナビスコカップに出場。Jリーグの開幕した1993年、8月14日の対浦和戦にてJリーグ初ゴール。1994年1月1日、天皇杯決勝で鹿島アントラーズを破り優勝。1995年8月、第1回アジアスーパーカップで優勝。1996年は28試合8ゴールとキャリアベストのゴールを決めるなど、Jリーグベストイレブンに選出され、1997年は2ndステージ第5節、8月16日の鹿島アントラーズ戦でボランチとしては珍しいハットトリックを達成するなど、2年連続でJリーグベストイレブンに選出された。

1998年10月29日、横浜フリューゲルスと横浜マリノス(現:横浜F・マリノス)の合併が発表されたが移籍せず12月に名古屋グランパスエイトへの移籍を発表。1999年1月1日、横浜フリューゲルスの最後の試合となった天皇杯決勝では清水エスパルスを破り優勝し、キャプテンとして優勝杯を掲げた。

2000年1月1日、移籍後の名古屋においても天皇杯優勝。2002年12月、名古屋から戦力外通告を受けて、アルビレックス新潟に移籍。2003年11月23日、新潟がJ2で優勝し、J1昇格を果たす。2004年12月4日、新潟県中越地震チャリティーマッチにジーコジャパンドリームチームの一員として出場。

2005年8月16日、新潟からJ2の横浜FCへの期限付き移籍が発表された。2006年、横浜FCに完全移籍 J2優勝とJ1昇格に大きく貢献した。2007年、キャプテンとしてチームを牽引。シーズン終了を待たずして戦力外通告を受け、現役引退。J1通算362試合37ゴール、J2通算106試合4ゴールの成績を残した。

代表経歴

代表経歴

1995年1月、フリューゲルス時代に指導を受けた加茂周監督により日本代表に選出され、キング・ファハド・カップでのナイジェリア戦で代表デビューを果たした。同年ダイナスティカップの韓国戦で代表初ゴールを決めた。

1997年、フランスW杯アジア最終予選では8試合全てに出場、9月28日の韓国戦では自身のキャリアを代表するゴールをループシュートで決めたが、このゴールが代表最後のゴールとなった。アジア第3代表決定戦となったイラン戦でも先発出場、勝利に貢献、日本代表のワールドカップ初出場に貢献した。

監督経歴

現役引退後

引退後は主にサッカー指導者、サッカー解説者として活躍。2008年4月よりJFAアンバサダーとして若年層に対する技術指導や普及活動にも従事した。

2009年にJリーグの監督に必要なS級コーチ資格を取得し、2012年3月21日、古巣である横浜FCに前監督のシーズン途中解任を受け監督として就任、第5節より指揮を執った。相馬直樹、秋田豊に次ぐ、3人目のW杯出場経験者の監督となる。監督初年度のシーズンは前監督解任時に最下位だったチームを立て直し、第9節にて監督初勝利を皮切りに最終的にはJ1昇格プレーオフへ進出するなどの好成績を残した。が2年目の2013年以降は優勝争いに絡めず中位止まりの成績に終始。「クラブとの意見の相違」を理由に足かけ3年に渡った任を退いた。

2015年6月、日本サッカー協会技術委員(強化部会員)に就任し、Jリーグ・アンダー22選抜のコーチに登録された。

2018年には、名古屋グランパスの育成部門のトップである「アカデミーダイレクター」に就任。16年ぶりとなる名古屋への復帰となった。

また、2020年からは名古屋グランパスに新設された役職「執行役員フットボール統括」に就任。トップチームからアカデミーまで、チームのフットボール全体を統括しつつ、経営面でも役員として携わることになった。

さらに、2021年からは名古屋グランパスの「執行役員ゼネラルマネージャー」に就任した。

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグシーズン通算
出場得点出場得点
全日空/横浜フリューゲルス1990-912100000
1991-9222—11232
199223—6060
199324061454
199425010372
1995260——423
19962701454313
199728110257
199829000397
名古屋グランパスエイト199930060402
200031061362
200132060341
200233060312
日本アルビレックス新潟2003340——454
200435050342
200536030150
日本横浜FC2005360——200
2006370——460
200738030250
キャリア通算64858651

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

日本 としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
199525141
199626132
199727221
19982890
通算584

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1325111584)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
——日本横浜FC12251314041.8%
通算12251314041.8%

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
1984〜198614日本前橋育英高校
1987〜199017日本東海大学

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム
1991〜199821日本全日空/横浜フリューゲルス
1999〜200229日本名古屋グランパスエイト
2003〜200533日本アルビレックス新潟
200535日本横浜FC
2006〜200736日本横浜FC

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1995〜199825日本日本

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2012〜201442日本横浜FC監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
198718前橋育英高校東海大学移籍—下部組織への移籍
形態・移籍金は未確認
199122東海大学全日空/横浜フリューゲルス移籍—形態・移籍金は未確認
199930全日空/横浜フリューゲルス名古屋グランパスエイト移籍—形態・移籍金は未確認
200334名古屋グランパスエイト日本アルビレックス新潟移籍—形態・移籍金は未確認
200536日本アルビレックス新潟日本横浜FC期限付き移籍—期間・移籍金は未確認
200637日本アルビレックス新潟日本横浜FC移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「山口素弘」(版 107418848)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「山口素弘」、版 ID 107418848、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%B4%A0%E5%BC%98
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1325111584、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Motohiro_Yamaguchi

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