相馬直樹

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / ポルトガルのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

日本相馬直樹(Naoki Soma、1971年7月19日生)は、清水区出身の元サッカー選手。ポジションはDF、所属は東京ヴェルディ。日本では1995年から通算58試合4得点を記録している。

相馬 直樹(そうま なおき、1971年7月19日 - )は、静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック、センターバック)、ミッドフィールダー(ボランチ)。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。

クラブ経歴

経歴

清水東高校から早稲田大学を経て、1994年、鹿島アントラーズに入団。左サイドバックとしてチームの黄金時代に貢献。1994年6月15日のジュビロ磐田戦ではジーコの現役ラストゴールをアシストした。1995年4月15日のガンバ大阪戦でJリーグ初ゴールを決めた。

1997年には1998 FIFAワールドカップ・アジア予選で日本のワールドカップ初出場に貢献、1998 FIFAワールドカップでも全3試合に出場、トルシエ監督就任後も代表に招集され、1999年のコパ・アメリカにも出場、日本代表として58試合に出場した。

第80回天皇杯全日本サッカー選手権大会(2000年)で左膝外側半月板損傷の重傷を負い、1年近くをリハビリに費やした。

2002年、東京ヴェルディ1969に期限付き移籍、2003年に鹿島に復帰後、2004年に川崎フロンターレに完全移籍して川崎のJ1昇格に貢献し、2005年シーズン終了をもって引退。引退試合は2005年12月24日の天皇杯、対浦和レッズ戦。

引退後はサッカー解説者として主にTBS系列やスカパー!の中継番組に出演。また2006年からはJFAアンバサダーや川崎フロンターレクラブアシストパートナーとしても活動、新聞、雑誌等にも多数寄稿していた。

2009年8月にU-20日本代表のナショナルトレセンコーチを務めた他、同年にJFA 公認S級コーチライセンスを取得した。

2010年、JFLに所属するFC町田ゼルビアの監督に就任。ワールドカップを経験した日本人選手の中では初の監督就任となった。クラブからの慰留を辞退し、同年限りで監督を退任。

2011年、川崎フロンターレの監督に就任。一時は残留争いに巻き込まれるなど11位に低迷。2012年も開幕2連勝のあと公式戦5戦勝ちなしと低迷を抜け出せず、2012年4月11日に監督契約を解除された。スポーツナビのコラムでは、消極的な采配で選手の信頼を失ったと解説されている。

2014年11月27日、2015年シーズンも引き続きFC町田ゼルビアの指揮を執ることが発表された。

2021年4月、ザーゴ監督の解任を受け鹿島アントラーズの監督に就任した。しかし同年限りで退任することを12月5日に発表。

2022年5月26日、霜田正浩監督の解任を受け、大宮アルディージャの監督に就任した。翌2023年5月19日、チームがJ2最下位となったことにより解任された。

2024年11月14日、鹿児島ユナイテッドFCのGM兼監督に就任を発表。5位で昇格プレーオフに進出したがテゲバジャーロ宮崎に敗れ、1年で退任した。

2026年10月8月、シーズン途中で契約解除された城福浩の後任として、東京ヴェルディの監督に就任した。

代表経歴

代表での出場記録とメダルから組み立てた説明です。

1995年に日本での出場記録が始まり、1999年までに通算58試合4得点を記録した。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(4件)
2026年10月21日本人コメント相馬直樹(本人)/試合後会見
10月21日のJ1第11節・横浜F・マリノス戦での試合後会見での発言。開幕から11戦未勝利で最下位に沈む東京ヴェルディの相馬監督が、2-2の引き分けで就任後初の勝ち点を獲得した試合について語った。前半2-0とリードされていたが、後半に2点を返して追いついた。相馬監督は選手たちの前向きな姿勢を評価し、この勝ち点1では『まだ死んでない』状態に過ぎず、これからの勝利を重ねることで真の再生を目指す考えを示した。成功体験の積み重ねの重要性も強調している。
「2点ビハインドの中、選手たちは前に足を出してくれたと思います。なかなか点を取れていなかったが、2つ取れたのは我々にとっては大きなことだと思います」
「まだ死んでない」

出典:FOOTBALL ZONE 2026年10月21日

2026年10月11日本人コメント相馬直樹(本人)/試合後会見
東京Vの新監督に就任した相馬直樹が、広島との初試合に0-2で敗れた試合後の会見での発言。就任から3日間という短い準備期間の中で、采配の判断に自らの経験不足が影響したことを率直に認めた。後半12分に投入したFW一美が28分後に交代となったことについて、選手のコンディション把握と戦術準備の両面で課題があったことを明かし、責任を受け止めている。一方、前半は3バックから4バックへのシステム変更など攻撃改善の取り組みも見えたと述べている。
「その準備なんてとてもじゃないですけど、できてなかったので」
「もう一個のところでいうと、僕がコンディションを見誤った」
「僕の知っている一美はもっとできる選手。少し反応が遅かったのが散見された。」

出典:Yahoo!ニュース 2026年10月11日

2026年10月9日本人コメント相馬直樹(本人)/クラブ公式発表
2026年10月9日、相馬直樹が東京ヴェルディの監督に就任した際の会見での発言。就任時のヴェルディはJ1で8戦4分4敗、まだ1勝も挙げていない最下位の苦しい状況にあった。相馬は古巣への復帰を『ただいま』と表現し、クラブのビジョンに賛同して就任。就任初戦の広島戦に向けては、エネルギッシュな戦いと結果を求める意志を示した。スローガン『NO LIMIT!』には、選手に限界を作らず、また自らも新しいものを取り入れる柔軟性を持つことへの思いが込められている。
「NO LIMIT!」

出典:東京ヴェルディ 2026年10月9日

2026年10月8日本人コメント相馬直樹(本人)/クラブ公式発表
2026年10月9日、東京ヴェルディの新監督に就任した相馬直樹(55)の就任会見での発言。開幕から4分4敗と苦境に陥るクラブからのオファーを受け入れた背景について、相馬は困難な状況であることを理解しながらも、自身の限界を超えるチャレンジとしてこの職を受けたことを明かした。また、チーム再建への具体的な方針として、選手の力を最大限に引き出しながら目の前の課題を改善し、その先に上位を目指すという決意を述べている。
「選手の力を最大限生かしながら、まずは目の前の局面を少しでも変えていく。その先に少しでも上を目指したところにいけるようにやっていきたい」
「簡単な状況ではないというのは、本当に昨日もLINEだったりメッセージをたくさんいただいた。でも、それは全て分かった上で自分はトライしてみたい。」

出典:デイリースポーツ 2026年10月8日

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ大陸大会1シーズン通算
出場得点出場得点出場得点
日本鹿島アントラーズ199422—10——300
199523—————543
199624—140——472
199725—21——281
199826—10——391
199927—71——391
200028—70——412
200129—10——110
200331—3130263
日本東京ヴェルディ1969200230—60——330
日本川崎フロンターレ200432—————160
200533—30——170

1. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

日本 としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
19952390
199624132
199725211
199826101
19992750
通算584

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1379516657)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
——日本川崎フロンターレ411661939.0%
——日本FC町田ゼルビア19593584447.7%
通算236109646346.2%

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
1987〜198915日本清水東高校
1990〜199318日本早稲田大学

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム
1994〜200322日本鹿島アントラーズ
200230日本東京ヴェルディ1969
2004〜200532日本川崎フロンターレ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1995〜199923日本日本

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2010〜201038日本FC町田ゼルビア監督
2011〜201239日本川崎フロンターレ監督
2014〜201942日本FC町田ゼルビア監督
2021〜202149日本鹿島アントラーズ監督
2022〜202350日本大宮アルディージャ監督
2025〜202553日本鹿児島ユナイテッドFC監督
2026〜54日本東京ヴェルディ1969監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
199018清水東高校早稲田大学移籍—下部組織への移籍
形態・移籍金は未確認
199422早稲田大学日本鹿島アントラーズ移籍—形態・移籍金は未確認
200230日本鹿島アントラーズ日本東京ヴェルディ1969期限付き移籍—期間・移籍金は未確認
200432日本鹿島アントラーズ日本川崎フロンターレ移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「相馬直樹」(版 111326979)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. FOOTBALL ZONE、2026年10月21日、2026年10月21日 取得 https://www.football-zone.net/archives/680325
  2. Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
  3. Wikipedia(日本語版)「相馬直樹」、版 ID 111326979、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E9%A6%AC%E7%9B%B4%E6%A8%B9
  4. Wikipedia(英語版)、版 ID 1379516657、2026年10月18日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Naoki_Soma
  5. Yahoo!ニュース、2026年10月11日、2026年10月11日 取得 https://news.yahoo.co.jp/articles/2eb0da645705a87f07d0276396710c3ea28a92d2
  6. デイリースポーツ、2026年10月8日、2026年10月11日 取得 https://www.daily.co.jp/soccer/2026/10/09/0020910472.shtml
  7. 東京ヴェルディ、2026年10月9日、2026年10月11日 取得 https://www.verdy.co.jp/news/15291

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