ウーゴ・サンチェス

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / メキシコのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

メキシコウーゴ・サンチェス(Hugo Sánchez、1958年7月11日生)は、メキシコシティ出身の元サッカー選手。ポジションはFW。メキシコでは1977年から通算58試合29得点を記録している。クラブでは公式戦通算819試合485得点(1976-77 シーズン以降)。クラブ・代表で通算33個のタイトルを獲得、個人賞は39回。

ウーゴ・サンチェス・マルケス(Hugo Sánchez Marquez, 1958年7月11日 - )は、メキシコ・メキシコシティ出身の元同国代表サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW。

メキシコ史上最高のストライカー。1999年に国際サッカー歴史統計連盟が行った投票において20世紀で26番目に偉大な選手に選ばれた。これは南米、欧州以外の出身者では最上位である。

キンタ・デル・ブイトレと呼ばれた1980年代後半のレアル・マドリードの中心選手で、リーガ・エスパニョーラで5度の得点王に輝いた。リーガでの総得点は234得点を数え、252得点を挙げたテルモ・サラに次ぐ当時歴代2位であった。左利きで、バイシクル・キックの名手。ゴールを決めたあとは前方宙返りのパフォーマンスをした。ワールドカップにはメキシコ代表として3度出場(1986年大会のベスト8が最高成績)。

クラブ経歴

選手時代

メキシコで生まれ、10代の頃にメキシコ代表としてモントリオールオリンピックに出場。その時点で既に国際試合での得点数は80を超えていた。18歳でUNAMプーマスと契約し、クラブ初のリーグ制覇を果たす。自国開催であった1977年のCONCACAFチャンピオンシップにも出場。同国代表のビクトル・ランヘルに次ぐ4得点を記録して優勝に貢献した。1979年には、20ゴールを挙げて得点王にも輝いた。その後、北米サッカーリーグのサンディエゴ・ソッカーズへとオフシーズンの間のみレンタル移籍。UNAMプーマスでの最後のシーズンでは、26ゴールで再び得点王となった。

アーセナルからもオファーが届いていたがそれを拒否し、1981年にアトレティコ・マドリードへと移籍した。1984-85シーズンにはコパ・デル・レイ、スーペルコパを獲得し、自身もピチーチ賞を獲得した。その翌年には、同じくマドリードを本拠地とするレアル・マドリードへと移籍。当時アトレティコ・マドリードの会長であったビセンテ・カルデロンは、ライバルであるレアル・マドリードへ直接移籍させることによりファンから反感を買うことを恐れ、古巣であるUNAMプーマスへの移籍を間に挟んでレアル・マドリードへ移籍させた。

エミリオ・ブトラゲーニョやミチェルらを擁し、キンタ・デル・ブイトレと称されたチームにあってエースストライカーとして活躍。移籍1シーズン目にはリーグ戦で22ゴールを挙げ優勝に貢献、同シーズンにはUEFAカップ制覇にも貢献した。以降の4シーズンも連続でスペインリーグを制し、サンチェス自身も4度リーグ得点王に輝き、ピチーチ賞を獲得した。1989-90シーズンには38得点を挙げ、テルモ・サラと並んで当時のスペインリーグ年間最多得点となり、ヨーロッパ・ゴールデンブーツを獲得した。

その後、故郷であるメキシコのクラブ・アメリカへ移籍。1992年には自身2度目となるCONCACAFチャンピオンズカップを制覇し、サンチェスは決勝戦LDアラフエレンセ戦での決勝ゴールを含む7ゴールを記録して得点王に輝いた。

クラブ・アメリカからラージョ・バジェカーノを経てオーストリアのLASKリンツへ移籍。リンツではエアステリーガ(ブンデスリーガに次ぐ2部リーグ)の優勝に貢献した。1997年にアトレティコ・セラヤへ加入。レアル・マドリードのチームメイトであったブトラゲーニョ、ミチェルらと再びチームメイトとなった。同年引退。

メキシコ代表としては、1978年ワールドカップアルゼンチン大会、1986年ワールドカップメキシコ大会、1994年年ワールドカップアメリカ大会に出場、1986年大会ではグループリーグ初戦のベルギー戦でゴールを決めている。また1993年のコパ・アメリカにも出場、グループリーグで敗退したものの復活トーナメントにて決勝トーナメントの出場権を得ると、準決勝のエクアドル戦でゴールを決めて決勝進出に貢献、決勝でアルゼンチンに破れ準優勝に終わった。

代表経歴

代表での出場記録とメダルから組み立てた説明です。

1977年にメキシコでの出場記録が始まり、1998年までに通算58試合29得点を記録した。

代表で獲得したメダルはコパ・アメリカ銀(1993 エクアドル)。

監督経歴

現役引退後

引退後もサッカーに携わり、2000年3月にサンチェスがデビューしたUNAMプーマスの監督として2年契約を行った。サンチェスの監督就任は大きな話題を集めたが、当時の会長であるヒメネス・エスプリウとの考えの違いが明確になり、「ヒメネスが辞任すれば戻ってくる。自分が正しく、ここに戻ってくることは知っている」という言葉と共に8月にUNAMプーマスを去った。翌年11月、ヒメネスが辞任したことにより再び監督に就任した。サンチェスはUNAMプーマスでクラウスーラ2004、アペルトゥーラ2004のタイトルをもたらした。また、2004年には古巣のレアル・マドリードとトロフェオ・サンティアゴ・ベルナベウで対戦し、1-0で勝利した。

2006年、南アフリカW杯を見据えてメキシコ代表監督に就任。しかし、2007年のCONCACAFゴールドカップで優勝を逃し、さらに北京オリンピック・北中米カリブ海予選も敗退し、約束としていたゴールドカップ優勝とオリンピックでのメダル獲得が成らなかったことにより解任された。2008年12月、UDアルメリアの監督に就任した。リーガ・エスパニョーラのメキシコ人監督としてはアトレティコ・マドリードのハビエル・アギーレ監督に次ぐ。

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1大陸大会2シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点
UNAMプーマス1976-7718リーガMX277————277
1977-7819リーガMX3011————3011
1978-7920リーガMX4528——204728
1979-8021リーガMX4430————4430
1980-8122リーガMX4221——754926
通算18897——95197102
サンディエゴ・ソッカーズ*197920北米サッカーリーグ1712————1712
198021北米サッカーリーグ1514————1514
通算3226————3226
スペインアトレティコ・マドリード1981-8223ラ・リーガ2084120269
1982-8324ラ・リーガ311543——3922
1983-8425ラ・リーガ271220203919
1984-8526ラ・リーガ331986214729
通算1115418106115179
スペインレアル・マドリード1985-8627ラ・リーガ3322521154929
1986-8728ラ・リーガ413466735443
1987-8829ラ・リーガ362973735035
1988-8930ラ・リーガ352764755037
1989-9031ラ・リーガ353863314442
1990-9132ラ・リーガ191211352519
1991-9233ラ・リーガ821011103
通算20716432193923282208
メキシコクラブ・アメリカ1992-9334リーガMX2911——673518
スペインラージョ・バジェカーノ1993-9435ラ・リーガ291661——3517
メキシコアトランテ1994-9536リーガMX3113————3113
オーストリアLASKリンツ1995-96372.リーガ*18610——196
ダラス・バーン199637メジャーリーグサッカー23721——258
メキシコアトレティコ・セラヤ1996-9738リーガMX112————112
スペインレアル・マドリード1996-9738ラ・リーガ————1313
キャリア通算67939681506139819485

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

メキシコ としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
19771864
19781984
19792044
198021107
19812265
19852621
19862741
19903110
199334143
19943520
19983910
通算5829

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

所属チーム

クラブ

期間年齢チーム
1976〜198117メキシコUNAMプーマス
1979〜198020アメリカサンディエゴ・ソッカーズ
1981〜198522スペインアトレティコ・マドリード
1985〜199226スペインレアル・マドリード
1992〜199333メキシコクラブ・アメリカ
1993〜199434スペインラージョ・バジェカーノ
1994〜199535メキシコアトランテ
1995〜199636オーストリアLASKリンツ
199637アメリカダラス・バーン
199738メキシコアトレティコ・セラヤ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1977〜199818メキシコメキシコ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2000〜200541メキシコUNAMプーマス監督
2006〜200647メキシコクルブ・ネカクサ監督
2006〜200847メキシコメキシコ代表監督
2008〜200849メキシコU-23メキシコ代表監督
2008〜200949スペインアルメリア監督
2012〜201253メキシコパチューカ監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
197920UNAMプーマスサンディエゴ・ソッカーズ期限付き移籍—期間・移籍金は未確認
198122UNAMプーマススペインアトレティコ・マドリード移籍—形態・移籍金は未確認
198526スペインアトレティコ・マドリードスペインレアル・マドリード移籍—形態・移籍金は未確認
199233スペインレアル・マドリードメキシコクラブ・アメリカ移籍—形態・移籍金は未確認
199334メキシコクラブ・アメリカスペインラージョ・バジェカーノ移籍—形態・移籍金は未確認
199435スペインラージョ・バジェカーノメキシコアトランテ移籍—形態・移籍金は未確認
199536メキシコアトランテオーストリアLASKリンツ移籍—形態・移籍金は未確認
199637オーストリアLASKリンツダラス・バーン移籍—形態・移籍金は未確認
199738ダラス・バーンメキシコアトレティコ・セラヤ移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

タイトル

クラブ

クラブ・ウニベルシダ・ナシオナル(選手)

アトレティコ・M(選手)

レアル・マドリード(選手)

メキシコ代表(選手)

個人

英語の記録名しか確認できないもの(43件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

コパ・アメリカ銀 1993 エクアドル

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

英語の記録名しか確認できないもの(4件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ウーゴ・サンチェス」(版 110908134)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「ウーゴ・サンチェス」、版 ID 110908134、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%BC%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1378057710、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Hugo_S%C3%A1nchez

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