ジャチント・ファッケッティ

SOCCERPEDIA / 選手ページ / イタリアのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

イタリアジャチント・ファッケッティ(Giacinto Facchetti、1942年7月18日 - 2006年9月4日)は、トレヴィーリオ出身の元サッカー選手。ポジションはDF。イタリアでは1963年から通算94試合3得点を記録している。クラブでは公式戦通算629試合75得点(1960-61 シーズン以降)。Wikidata に登録されている受賞は1種・1件。登録漏れがあるため実際の受賞回数より少ない場合がある。

ジャチント・ファッケッティ(Giacinto Facchetti、ジアチント、ファケッティなどとも、1942年7月18日 - 2006年9月4日)は、イタリア・トレヴィーリオ出身の元同国代表サッカー選手。ポジションはDF。DFでありながら、元々FWのポジションでプレーしていたため、高い得点能力を持ち、通算では78得点を挙げた。

クラブ経歴

経歴

イタリア代表としてワールドカップに3回、欧州選手権に1回出場。1968年のUEFA欧州選手権1968では優勝、1970 FIFAワールドカップでは準優勝に貢献。 代表出場試合数94はディノ・ゾフに更新されるまで歴代1位。代表でのキャプテンとしての出場数70試合はパオロ・マルディーニに更新されるまで歴代1位であった。

インテルでの出場試合数634は当時、今後誰も超える事の出来ない記録と言われたが、Mr.インテルと呼ばれるジュゼッペ・ベルゴミ(758試合)、アルゼンチン人ながらベルゴミ引退後、15年インテルのキャプテンを務めたハビエル・サネッティの2人が更新している。また、ディフェンダーながら、75ゴールを記録している。

クラブレベルでは「グランデ・インテル」の一人として、チャンピオンズカップ2連覇をはじめ、リーグ9回、コッパ・イタリア1回、インターコンチネンタルカップ2回の優勝を経験している。

1999年、 ワールドサッカー誌の20世紀の偉大なサッカー選手100人で90位に選出された。

2004年1月からインテルの会長職に就いていたが、2006年9月4日肝臓がんのためミラノで死去。インテルは彼が選手時代に使用していた背番号3を永久欠番とする事を決めた。また、イタリアのユースリーグに彼の名前を冠してジャチント・ファッケッティ・トロフィーと呼ぶこととなった。

代表経歴

代表での出場記録とメダルから組み立てた説明です。

1963年にイタリアでの出場記録が始まり、1977年までに通算94試合3得点を記録した。

代表で獲得したメダルはUEFA欧州選手権金(1968 イタリア)、FIFAワールドカップ銀(1970 メキシコ)。

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ大陸大会1シーズン通算
出場得点出場得点出場得点
イタリアインテル1960-61181——1041
1961-62190——60210
1962-6320420——334
1963-64214——90424
1964-652223061413
1965-66231010523812
1966-6724420102466
1967-6825792——379
1968-6926631——337
1969-702756180426
1970-712853020355
1971-722948191446
1972-7330110350444
1973-743127020372
1974-753208130341
1975-76333100——383
1976-773419110372
1977-783504010230

1. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

イタリア としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
19632050
19642141
19652271
196623100
19672461
19682560
19692660
197027110
19712860
19722930
19733070
19743160
19753260
19763370
19773440
通算943

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

所属チーム

ユース

期間年齢チーム
195613ツァンコンティGSD
1957〜196014CSトレヴィリエーゼ

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ

期間年齢チーム
1960〜197817イタリアインテル

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1963〜197720イタリアイタリア
196421イタリアイタリア U-21

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
196017CSトレヴィリエーゼイタリアインテル移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
エレニオ・エレーライタリアインテル1960年7月〜1968年6月

タイトル

Wikidata に登録されている受賞を、受賞年とともにまとめています。当サイトが独自に集計した数ではなく、登録されている分の件数です(登録漏れがあるため、実際の受賞回数より少ない場合があります)。

受賞年が登録されていない賞(1件)
  • イタリア共和国功労勲章コンメンダトーレ

獲得メダル

代表チームで獲得したメダルです(金1・銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。

UEFA欧州選手権金 1968 イタリア
FIFAワールドカップ銀 1970 メキシコ

出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ジャチント・ファッケッティ」(版 105542102)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「ジャチント・ファッケッティ」、版 ID 105542102、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%83%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1376528153、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Giacinto_Facchetti

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