ディック・アドフォカート

SOCCERPEDIA / 監督ページ / オランダのサッカー監督 / 最終更新:2026年9月1日


概要

オランダディック・アドフォカート(Dirk Nicolaas Advocaat、1947年9月27日生)は、オランダ出身のサッカー監督。2024からキュラソーの監督を務めている。これまでに23クラブを指揮した。クラブ・代表で通算16個のタイトルを獲得。

ディック・アドフォカート(本名:ディルク・ニコラース・アドフォカート、Dirk Nicolaas "Dick" Advocaat, 1947年9月27日 - )は、オランダ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。愛称はリトル・ジェネラル(小さな将軍)。

監督経歴

指導者時代

1979年に引退して以降は指導者としての道を歩み、ハーレムやSVVを経て、1992年にリヌス・ミケルス率いるオランダ代表のアシスタントコーチに就任。1993年のワールドカップ予選からは監督としてチームを率い、1994年のワールドカップ・アメリカ大会では怪我でマルコ・ファンバステンを欠き、ルート・フリットが戦術に対する考えの違いから代表入りを拒否、それでも準々決勝進出し、優勝したブラジルに2-3と善戦したが、準決勝には進めなかった。

その後、PSVアイントホーフェンやレンジャーズを指揮。2002年1月からルイス・ファン・ハールの後を受けて、オランダ代表監督に再就任。EURO2004では準決勝進出を果たしたが、2004年7月に辞任した。ボルシアMG、アラブ首長国連邦(UAE)代表監督を経て、2005年9月からドイツW杯まで韓国代表を率いていた。

EURO2004グループリーグの大一番チェコ戦では、大活躍したアリエン・ロッベンをベンチに下げて逃げ切りを図ったが、守勢に回り逆転負けを喫した。地元メディアから皮肉を込めて「防衛大臣」のあだ名を贈られ、国民の批判で大会後の監督辞任に至ることになった(事実上の解任)。

韓国代表監督を経て、2006-07シーズンからはロシア・プレミアリーグ、FCゼニト・サンクトペテルブルクの監督に就任。その時に、ドイツW杯で指導した韓国代表選手3名をゼニトへ加入させている。

2007-08シーズンのUEFAカップではオリンピック・マルセイユ、バイエル・レバークーゼン、バイエルン・ミュンヘンといった強豪を破り、弱小とみられていたゼニトを優勝に導いた。

2009年7月、2010年1月にベルギー代表監督に就任することが発表されたが、ゼニト監督を解任されたため、2009年10月に就任した。同年12月にはAZアルクマールの監督に就任し、二足の草鞋を履いた。

2010年4月、ベルギー代表監督を退いた。同年6月末にロシア代表監督を退任するフース・ヒディンク監督の後任として、ロシアサッカー連合(RFU)と4年契約を結んだ。

2015年3月17日、イングランド・プレミアリーグのサンダーランドとシーズン終了までの契約で監督に就任した。5月20日、アーセナルとアウェーで0-0で引き分け、1試合を残してプレミアリーグ残留を決めた。1週間後に辞任と監督業からの引退を発表した。しかし6月4日、引退を撤回し、1年契約を結んだ。

2016年8月17日、トルコ・スュペル・リグのフェネルバフチェと1年契約を結び監督に就任した。

2017年5月9日、成績不振を理由にオランダ代表監督を解任されたダニー・ブリントの後継に就任。2018 FIFAワールドカップロシア大会予選途中から指揮をとることとなったが、10月10日にプレーオフ圏内となる2位のスウェーデン代表の勝ち点を上回れないことが確定し、オランダ代表は出場を逃した。

2017年12月25日、スパルタ・ロッテルダムと2017-18シーズン終了までの契約で監督に就任した。2018年5月20日、昇格/降格プレーオフ決勝でFCエメンに1-3で敗北し、エールステ・ディヴィジ降格となった。

2018年9月12日、FCユトレヒトと2018-19シーズン終了までの契約で監督に就任した。

2019年10月30日、フェイエノールトと2019-20シーズン終了までの契約で監督に就任した。2019年11月3日、就任最初の試合はアウェーでVVVフェンローに3-0で勝利した。

2024年よりサッカーキュラソー代表の監督を務め、同チームを史上初となる2026年ワールドカップへの出場に導き、ワールドカップに出場する史上最高年齢の監督となる公算であったが、開幕4カ月前の2026年2月に娘の健康状態を理由に電撃辞任したが、同年5月上記問題が解決したとして復帰し、史上最高齢の監督となった。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1379616631)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
1987.07〜1989.0639オランダHFCハールレム7227192637.5%
1989.07〜1991.0641オランダスヒーダムVV7839152450.0%
1991.07〜1992.0843オランダドルトレヒト35971925.7%
1992.09〜1994.1244オランダオランダ代表26156557.7%
1994.12〜1998.0647オランダPSVアイントホーフェン152100292365.8%
1998.07〜2001.1250スコットランドレンジャーズ195131343067.2%
2002.01〜2004.0754オランダオランダ代表29167655.2%
2004.11〜2005.0457ドイツボルシアMG1846822.2%
2005.07〜2005.0957アラブ首長国連邦20200.0%
2005.10〜2006.0758韓国韓国代表1885544.4%
2006.06〜2009.0858ロシアゼニト13564422947.4%
2009.10〜2010.0461ベルギーベルギー代表530260.0%
2009.12〜2010.0762ベルギーベルギー代表19114457.9%
2010.07〜2012.0662ロシアロシア代表25128548.0%
2012.07〜2013.0664オランダPSVアイントホーフェン493241365.3%
2013.10〜2014.0666セルビアセルビア代表4316131437.2%
2014.07〜2014.1166セルビアセルビア代表40220.0%
2015.03〜2015.1067イングランドサンダーランド1946921.1%
2016.08〜2017.0568トルコフェネルバフチェSK553016954.5%
2017.05〜2017.1169オランダオランダ代表980188.9%
2017.12〜2018.0670オランダスパルタ・ロッテルダム21631228.6%
2018.09〜2019.0770オランダユトレヒト371971151.4%
2019.10〜2021.0572オランダフェイエノールト6535181253.8%
2021.07〜2021.1173イラクイラク代表60420.0%
2022.11〜2023.0675オランダADOデン・ハーグ25118644.0%
2024.01〜2026.0276キュラソーキュラソー20116355.0%
2026.05〜現在78キュラソーキュラソー942344.4%
通算117161527328352.5%

所属チーム

クラブ(選手時代)

期間年齢チーム
1966〜197318オランダデン・ハーグ
196719アメリカサンフランシスコ・ゲイルズ
1973〜197725オランダローダ
1977〜197929オランダVVVフェンロー
197931アメリカシカゴ・スティング
1979〜198031オランダデン・ハーグ
198032アメリカシカゴ・スティング
1980〜198232オランダスパルタ
1982〜198334ベルギーKベルヘム・スポルト
1983〜198435オランダユトレヒト

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
1980〜198432DSVP監督
1987〜198939オランダHFCハールレム監督
1989〜199141オランダスヒーダムVV監督
1991〜199243オランダドルトレヒト監督
1992〜199444オランダオランダ監督
1994〜199846オランダPSVアイントホーフェン監督
1998〜200250イギリスレンジャーズ監督
2002〜200454オランダオランダ監督
2004〜200556ドイツボルシアMG監督
2005〜200557UAEアラブ首長国連邦監督
2005〜200657韓国韓国監督
2006〜200958ロシアゼニト・サンクトペテルブルク監督
2009〜201061ベルギーベルギー監督
2009〜201061オランダAZアルクマール監督
2010〜201262ロシアロシア監督
2012〜201364オランダPSVアイントホーフェン監督
2013〜201465オランダAZアルクマール監督
2014〜201466セルビアセルビア監督
2015〜201567イングランドサンダーランド監督
2016〜201768トルコフェネルバフチェSK監督
2017〜201769オランダオランダ監督
2017〜201869オランダスパルタ・ロッテルダム監督
2018〜201970オランダユトレヒト監督
2019〜202171オランダフェイエノールト監督
2021〜202173イラクイラク監督
2022〜202374オランダADOデン・ハーグ監督
2024〜76キュラソーキュラソー監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
196719デン・ハーグサンフランシスコ・ゲイルズ期限付き移籍—期間・移籍金は未確認
197325デン・ハーグスペインローダ移籍—形態・移籍金は未確認
197729スペインローダVVV移籍—形態・移籍金は未確認
197931VVVアメリカシカゴ・スティング移籍—形態・移籍金は未確認
197931アメリカシカゴ・スティングデン・ハーグ移籍—形態・移籍金は未確認
198032デン・ハーグアメリカシカゴ・スティング移籍—形態・移籍金は未確認
198032アメリカシカゴ・スティングスパルタ移籍—形態・移籍金は未確認
198234スパルタベルギーKベルヘム・スポルト移籍—形態・移籍金は未確認
198335ベルギーKベルヘム・スポルトオランダユトレヒト移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

タイトル

クラブ

ADOデン・ハーグ(選手)

その他

ゼニト(監督)

英語の記録名しか確認できないもの(6件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ディック・アドフォカート」(版 109938359)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「ディック・アドフォカート」、版 ID 109938359、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%95%E3%82%A9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%88
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1379616631、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Dick_Advocaat

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