四方田修平

SOCCERPEDIA / 監督ページ / 日本のサッカー監督 / 最終更新:2026年9月1日


概要

日本四方田修平(Shuhei Yomoda、1973年3月14日生)は、日本出身のサッカー監督。2026から大分トリニータの監督を務めている。これまでに4クラブを指揮した。

四方田 修平(よもだ しゅうへい、1973年3月14日 - )は、千葉県千葉市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

クラブ経歴

幼少期

サッカーを始めたのは横浜市で小学校に入学してからで、千葉県へ引っ越すまで約1年半プレーした。幼稚園時代から小学校2年生の途中までは岡野雅行と同級生として過ごし、同じサッカークラブに所属していた。千葉県へ引っ越した後は、地元にサッカーチームがなかったため野球を始めたが、小学校5年の時から再び部活動でサッカーに復帰した。

北海道コンサドーレ札幌

1999年、コンサドーレ札幌監督に就任した岡田武史の誘いを受け、2002年からコンサドーレ札幌ユースU-18コーチを務め、2004年に同クラブのユースU-18監督に就任。U-18監督としては、2010年までプリンスリーグ北海道で優勝6回。2011年にプレミアリーグ・イースト優勝、2012年に同準優勝。また2005年高円宮杯準優勝、2012年Jユースカップ優勝を導いた。U-18監督として指導した選手のうち、2016年までに32名がプロサッカー選手となった。

2015年にJFA 公認S級コーチのライセンスを取得。7月24日にイヴィッツァ・バルバリッチの後任としてコンサドーレ札幌のトップチーム監督への就任が発表された。最終順位は10位。

2016年は好調で、一時は2位と勝ち点10以上をつけた。10月に入りチームの調子が悪くなったが、負ければ自動昇格圏陥落もあり得た11月12日のアウェー千葉戦をアディショナルタイム弾で逆転勝ち。金沢との最終戦を0-0で終え、9年ぶりのJ2優勝と5年ぶりのJ1復帰を果たした。

J1残留を目標に掲げた2017年は、ホームでは勝ち点を積み上げられるものの、アウェイでなかなか勝つことが出来ない状況が続き、更に5月から6月にかけて6連敗を喫して、残留争いに巻き込まれる。しかし、徐々に調子を取り戻し、第30節のFC東京戦でアウェイ戦初勝利を収めると、第32節の清水戦の勝利で、見事J1残留を成し遂げた。第33節・第34節でも勝利し、3連勝で最終順位を11位でシーズンを締めくくった。11月30日に前浦和監督のミハイロ・ペトロヴィッチ氏が翌シーズンの監督に就任することが発表され、四方田の去就について噂されたが、コーチに就任することを受諾。12月2日のシーズン最終戦後に発表した。

横浜FC

2021年12月10日、横浜FCの監督に就任した。 2022年シーズン、J2リーグで2位を確保し、J1リーグへの自動昇格を達成。 2023年5月度、月間優秀監督賞を受賞。2023年は1年でのJ2降格を喫してしまったが2024年も続投。チームは2024年をJ2・2位で終え、1年でのJ1復帰を果たした。J1定着を目指した2025年であったが、苦戦を強いられ、2025年7月23日、契約解除のため監督を退任。チームはここまで19位と低迷し、直近のリーグ戦は6連敗だった。

大分トリニータ

2025年12月1日、2026年J2・J3百年構想リーグより大分トリニータの監督に就任することが発表された。

百年構想リーグでは開幕3連勝スタートを飾ったが、その後失速しWEST-Bで7位、全体順位では27位に終わった。

代表経歴

高校、大学、日本代表スタッフ

習志野市立習志野高等学校を卒業後、順天堂大学へ入学して蹴球部に所属。この頃から将来の指導者を目指し始めた。筑波大学大学院へ進学してコーチ学を学び、1996年から1998年まで筑波大学蹴球部コーチを務めた。筑波大学大学院では田嶋幸三研究室に所属し、論文『サッカーにおけるスライディングタックルに関する研究』を発表。

1996年から1998年までサッカー日本代表チームのスカウティングスタッフも務め、1998年のワールドカップでは岡田武史監督の下、スカウティング担当として日本代表に同行した。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1330942803)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
——日本北海道コンサドーレ札幌10249193448.0%
——日本横浜FC12957324044.2%
通算22196517443.4%

所属チーム

ユース(選手時代)

期間年齢チーム
1989〜199115日本習志野市立習志野高等学校
1992〜199518日本順天堂大学

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2004〜201530コンサドーレ札幌U-18監督
2015〜201741コンサドーレ札幌北海道コンサドーレ札幌監督
2022〜202548日本横浜FC監督
2026〜52日本大分トリニータ監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
199218習志野市立習志野高等学校順天堂大学移籍—下部組織への移籍
形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「四方田修平」(版 110767137)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikipedia(日本語版)「四方田修平」、版 ID 110767137、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E6%96%B9%E7%94%B0%E4%BF%AE%E5%B9%B3
  2. Wikipedia(英語版)、版 ID 1330942803、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Shuhei_Yomoda

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