ボブ・ペイズリー

SOCCERPEDIA / 監督ページ / イギリスのサッカー監督 / 最終更新:2026年9月1日


概要

イギリスボブ・ペイズリー(Robert Paisley、1919年1月23日 - 1996年2月14日)は、ヘットン=ル=ホール出身のサッカー監督。これまでに1クラブを指揮した。クラブ・代表で通算25個のタイトルを獲得、個人賞は15回。

ボブ・ペイズリーOBE(Bob Paisley OBE、本名:Robert Paisley OBE、1919年1月23日 - 1996年2月14日)は、イギリス・サンダーランド出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

クラブ経歴

選手時代

1937年にアマチュアクラブでサッカー選手としてのキャリアをスタート。1940年にリヴァプールに加入しプロのキャリアをスタートした。しかし第二次世界大戦によってリーグ戦が中止される他ペイズリー自身も徴兵されるなどし、プレーから遠ざかった。戦争終了後、1946年からリーグ戦が再開されると共にサッカー選手として復帰すると、復帰初年度にリーグ優勝を果たす。1950年にはFAカップ準決勝でライバルのエヴァートン相手に自らゴールを決め決勝進出を果たしたが、ペイズリー自身は決勝のメンバーから漏れリヴァプールもアーセナルに敗れ準優勝に終わった。翌年からはキャプテンを務めたが、チームが2部リーグに降格すると共に1954年に選手として現役を引退した。通算では277試合12ゴールの成績を残した。

監督経歴

指導者時代

現役引退後は理学療法士としてチームに留まり、1959年にビル・シャンクリーがリヴァプールの監督になるとシャンクリーの右腕としてアシスタントコーチを務めた。シャンクリー勇退後の1974年から監督に就任。初年度は無冠だったものの、翌年からは国内外問わずヨーロッパサッカー界を席巻する。就任2シーズン目となる1975-76シーズンにリーグ優勝を果たすと共にUEFAカップも優勝。翌1976-77シーズンには、国内リーグ連覇を果たすだけでなく、クラブ史上初となるUEFAチャンピオンズカップ優勝も成し遂げた。このシーズンはリーグ優勝とUEFAチャンピオンズカップ優勝を果たしたが、FAカップは決勝でマンチェスター・ユナイテッドに2-1で敗れてトレブルを逃した。またFAカップだけは、監督として指揮した9年間で1度も優勝することはなかった。

1977-78シーズンにもチャンピオンズカップを優勝し連覇を成し遂げたが、リーグ戦ではブライアン・クラフ率いるノッティンガム・フォレストに3連覇を阻まれ、さらに翌シーズンから2シーズン連続でチャンピオンズカップ初戦敗退となった。しかし1980-81シーズンに決勝でレアル・マドリードを破って、3度目となるチャンピオンズカップ優勝を果たした。

また1978年から1981年までの3年間、リヴァプールFCのホームスタジアムであるアンフィールドにて全てのリーグ戦・カップ戦含めて85試合連続で無敗だった。85試合中63試合はリーグ戦であり、63試合連続リーグ戦ホーム無敗記録を樹立した(このリーグ戦ホーム無敗記録は2007年にチェルシーによって破られている)。

1983年、リーグ優勝とフットボールリーグカップ3連覇を手土産に9年間の監督生活を終えた。

引退後

監督業を引退後はリヴァプールのチームディレクターを務めたが、92年にアルツハイマー型認知症を患い退いた。1996年2月14日死去。没後の1999年にはリヴァプールFCのホームスタジアム、アンフィールドに「ペイズリー・ゲート」と名付けられた門が設けられた。また1968年試合中に故障したエムリン・ヒューズをおぶったエピソードは有名で、その時のシーンを型取った銅像が建てられた。

人物像

人物

1970年代から1980年代のリヴァプールFCの黄金時代を築いた名将。監督として在籍した9年間で3度のUEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)優勝、6度のリーグ優勝など多くのタイトルをリヴァプールにもたらした。監督として3度以上UEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)優勝を達成したのは、2023年の時点でペイズリーとカルロ・アンチェロッティ、ジネディーヌ・ジダン、ジョゼップ・グアルディオラの4人のみである。イングランドの年間最優秀監督を6回、月間最優秀監督を11回受賞した。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1372828350)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
1974.08〜1983.0755イングランドリヴァプール5353081319657.6%

所属チーム

クラブ(選手時代)

期間年齢チーム
1937〜193917イギリスビショップ・オークランド
1939〜195419イングランドリヴァプール

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
1959〜197339イングランドリヴァプール監督
1974〜198354イングランドリヴァプール監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
193920ビショップ・オークランドFC*リヴァプール*移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

タイトル

クラブ

リヴァプール(選手)

リヴァプール(監督)

英語の記録名しか確認できないもの(12件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ボブ・ペイズリー」(版 106955883)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「ボブ・ペイズリー」、版 ID 106955883、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%82%BA%E3%83%AA%E3%83%BC
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1372828350、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Bob_Paisley

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