概要
パコ・ヘント(Paco Gento、1933年10月21日 - 2022年1月18日)は、Guarnizo出身の元サッカー選手。ポジションはFW。スペインでは1955年から通算44試合5得点を記録している。クラブでは公式戦通算615試合185得点(1952-53 シーズン以降)。クラブ・代表で通算27個のタイトルを獲得、個人賞は7回。
パコ・ヘント(Paca Gento)こと、フランシスコ・ヘント・ロペス(Francisco Gento López、1933年10月21日 - 2022年1月18日)は、スペイン・カンタブリア州グアルニソ出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード。
現役時代、レアル・マドリードにて6度チャンピオンズカップを制した。小柄であったが体が強く、卓越した俊足を持つだけでなく技術にも優れ、さらに左ウイングとしては比較的高い得点能力も併せ持っていた。ワールドサッカー誌の20世紀の偉大なサッカー選手100人で82位に、国際サッカー歴史統計連盟の20世紀世界最優秀選手ではジュスト・フォンテーヌと並んで30位に選出された。
フリオ、アントニオという2人の弟もサッカー選手であり、レアル・マドリードでプレーしていたこともあったが、兄のフランシスコほどの成功は手にできなかった。甥であるフランシスコ・ジョレンテやその息子であるマルコス・ジョレンテもレアル・マドリードに所属したサッカー選手である。
クラブ経歴
現役時代
ラーヨ・カンタブリアなどでユース時代を過ごし、1952-53シーズンにラシン・サンタンデールの選手としてプリメーラ・ディビシオンにデビューした。その翌シーズンにはレアル・マドリードと契約を結んだ。
レアル・マドリードでは、12回のリーガ・エスパニョーラ優勝 と6回のUEFAチャンピオンズカップ優勝を果たした。レアル・マドリードでは23個のタイトルを獲得した。
1950年代にはアルフレッド・ディ・ステファノらを擁した第1次黄金期の一員としてチャンピオンズカップ5連覇を達成。とりわけディ・ステファノからの信頼は厚く、移籍直後は他クラブにレンタルされる予定だったヘントをレアル・マドリードに留まらせ、さらにプレーしやすいようにエクトル・リアルの獲得もクラブに進言した。また、チャンピオンズカップ5連覇のうち最も苦労したと言われる第3回大会決勝では、「ディ・ステファノのファイナル」と呼ばれるほど孤軍奮闘し、疲弊し切ったディ・ステファノが延長時に「もう決められるのはお前しかいない、お前が決めろ」と話し、その後ヘントが決勝点を奪ってクラブを優勝に導いたという逸話もある。
1960年代中頃には、すっかり選手が入れ替わってピッリ、アマンシオ・アマロら若手選手が多く、俗にイエイエ・マドリードと呼ばれたチームにあって9シーズンの間キャプテンを務め、1966年に数年ぶりのチャンピオンズカップ優勝を果たした。チャンピオンズカップでは1955年から1969年までの間に通算43試合に出場して5得点を挙げた。国内でもリーグ優勝を12回経験した他、長年にわたって数多くのタイトル獲得に貢献。シーズン2桁得点を10シーズン記録し、1965-66シーズンにはチーム得点王となった。
また、1955年にスペイン代表に初招集され、その後も長年活躍した。ワールドカップにも2度出場し、代表キャップ数43は当時のスペイン最多出場記録だった。晩年は、武器であるスピードが衰えてなお強力な選手であり続けた。
代表経歴
代表での出場記録とメダルから組み立てた説明です。
1955年にスペインでの出場記録が始まり、1969年までに通算44試合5得点を記録した。
監督経歴
現役引退後
1971年に引退した後は監督業を始め、カスティージャCFを率いた。その後も1974年にCDカステリョン、1977年から1980年までパレンシアCF、1980-81シーズンにはグラナダCFといくつかの下部リーグのクラブで監督を歴任した。その後は、ヨーロッパにおけるレアル・マドリードのアンバサダーという職を引き受けた。また1997年よりスペインの一地方選抜チームである、カンタブリア州代表の監督も兼任した。
2016年10月、2014年に死去した盟友ディ・ステファノの後任としてレアル・マドリードの第二代名誉会長に就任した。
2022年1月18日、レアル・マドリードから死去したことが発表された。88歳没。
個人成績
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
クラブ
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 大陸大会1 | その他2 | シーズン通算 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 1952-53 | 18 | 2 | 4 | 1 | — | — | — | — | 14 | 3 | |
| 1953-54 | 19 | 0 | 4 | 0 | — | — | — | — | 21 | 0 | |
| 1954-55 | 20 | 6 | 3 | 0 | — | — | 2 | 0 | 29 | 6 | |
| 1955-56 | 21 | 7 | 6 | 3 | 7 | 1 | — | — | 42 | 11 | |
| 1956-57 | 22 | 7 | 3 | 0 | 8 | 1 | 2 | 3 | 40 | 11 | |
| 1957-58 | 23 | 7 | 5 | 1 | 6 | 3 | — | — | 39 | 11 | |
| 1958-59 | 24 | 7 | 4 | 2 | 8 | 1 | — | — | 33 | 10 | |
| 1959-60 | 25 | 15 | 5 | 3 | 6 | 2 | — | — | 38 | 20 | |
| 1960-61 | 26 | 9 | 8 | 3 | 2 | 1 | 1 | 1 | 39 | 14 | |
| 1961-62 | 27 | 6 | 9 | 4 | 10 | 2 | — | — | 44 | 12 | |
| 1962-63 | 28 | 7 | 4 | 1 | 2 | 1 | — | — | 31 | 9 | |
| 1963-64 | 29 | 12 | 2 | 0 | 9 | 3 | — | — | 35 | 15 | |
| 1964-65 | 30 | 4 | 3 | 0 | 6 | 5 | — | — | 32 | 9 | |
| 1965-66 | 31 | 10 | 3 | 2 | 9 | 3 | — | — | 40 | 15 | |
| 1966-67 | 32 | 11 | 5 | 0 | 4 | 0 | 1 | 0 | 30 | 11 | |
| 1967-68 | 33 | 8 | 1 | 0 | 7 | 5 | — | — | 32 | 13 | |
| 1968-69 | 34 | 8 | 2 | 1 | 2 | 0 | — | — | 30 | 9 | |
| 1969-70 | 35 | 3 | 4 | 1 | 3 | 2 | — | — | 31 | 6 | |
| 1970-71 | 36 | 0 | 2 | 0 | 6 | 0 | — | — | 15 | 0 | |
| 通算 | 73 | 21 | 95 | 30 | 6 | 4 | 601 | 182 | |||
| キャリア通算 | 77 | 22 | 95 | 30 | 6 | 4 | 615 | 185 | |||
1. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 2. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
代表
スペイン としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 1955 | 21 | 1 | 0 | |
| 1956 | 22 | 1 | 0 | |
| 1957 | 23 | 7 | 0 | |
| 1958 | 24 | 2 | 0 | |
| 1959 | 25 | 5 | 1 | |
| 1960 | 26 | 4 | 0 | |
| 1961 | 27 | 7 | 1 | |
| 1962 | 28 | 6 | 0 | |
| 1963 | 29 | 3 | 1 | |
| 1966 | 32 | 3 | 1 | |
| 1967 | 33 | 2 | 1 | |
| 1968 | 34 | 2 | 0 | |
| 1969 | 35 | 1 | 0 | |
| 通算 | 44 | 5 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属チーム
クラブ
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1952〜1953 | 18 | |
| 1953〜1971 | 19 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
代表
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1955〜1969 | 21 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
移籍金・年俸・市場価値の推移
移籍履歴
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1953 | 19 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
タイトル
クラブ
レアル・マドリード
- ラ・リーガ:12回(1953-54, 1954-55, 1956-57, 1957-58, 1960-61, 1961-62, 1962-63, 1963-64, 1964-65, 1966-67, 1967-68, 1968-69)
- 欧州チャンピオンズカップ:6回(1955-56, 1956-57, 1957-58, 1958-59, 1959-60, 1965-66)
- インターコンチネンタルカップ:1回(1960)
個人
- ゴールデンフット賞 レジェンド:1回(2004)
- IFFHSレジェンド
英語の記録名しか確認できないもの(9件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「フランシスコ・ヘント」(版 105639488)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
出典
- Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
- Wikipedia(日本語版)「フランシスコ・ヘント」、版 ID 105639488、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%88
- Wikipedia(英語版)、版 ID 1369027829、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Paco_Gento
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
関連項目
- ラシン・サンタンデール
- レアル・マドリード
- スペイン
- ラ・リーガ
- 欧州チャンピオンズカップ
- インターコンチネンタルカップ
- ゴールデンフット賞 レジェンド
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