「私なら常に別のタイプを選ぶだろう。」
「でもそれが私の考え方だ。だからサッカーでは、ゴールへ至る道がたくさんあることが多いんだ。」
「デニス・ウンダブがインタビューに出ているのを見て、『彼は今、私に何を伝えようとしているのだろう』と思った。」
出典:Goal.com 2026年10月21日
SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / ドイツのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
マティアス・ザマー(Matthias Sammer、1967年9月5日生)は、ドレスデン出身の元サッカー選手。ポジションはMF。クラブでは公式戦通算382試合104得点(1985-86 シーズン以降)。Wikidata に登録されている受賞は5種・7件(バロンドール 2回、年間最優秀サッカー選手賞 2回)。登録漏れがあるため実際の受賞回数より少ない場合がある。
マティアス・ザマー(, 1967年9月5日 - )は、ドイツ(旧東ドイツ)・ドレスデン出身の元サッカー選手。2012年7月から2016年7月までFCバイエルン・ミュンヘンの取締役を務めた。選手時代のポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。
1985年に地元のクラブであるディナモ・ドレスデンでキャリアをスタート。当時東ドイツの支配下にあったため、強制的にシュタージのフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊に所属していた。
1990年にVfBシュトゥットガルトへ移籍すると。1992年には攻守にわたる活躍が認められて、セリエA・インテルへ移籍、ユヴェントスFC相手にゴールを決めるなど、低調なチーム内にあってシャリモフと共に奮戦し、11試合4ゴールと結果を残すが、積極的に最前線まで顔を出すプレーはイタリアメディアから批判を浴び、イタリアのメンタリティーに合わず、シーズン途中にボルシア・ドルトムントへ移籍、移籍後はオットマー・ヒッツフェルトによってこれまでのMFからリベロへとコンバートされると、2000年の引退までチーム中心としてプレーし、1994-95シーズンにはチーム創設後初のリーグ優勝を果たし、1995-96シーズンにもリーグ優勝を果たした。また代表では欧州選手権優勝に貢献した活躍から、欧州最優秀選手賞(バロンドール)を獲得した(前年度は第9位)。1996-97シーズンにはボルシア・ドルトムントのUEFAチャンピオンズリーグ初優勝に貢献した。
ドイツ代表としては東ドイツ出身者として初選出を果たし、UEFA欧州選手権1996ではDFながら、グループステージのロシア戦、準々決勝のクロアチア戦でゴールを決めるなど、攻守にドイツの優勝に貢献、大会最優秀選手に選ばれた。
引退後は指導者としての道を歩み、ボルシア・ドルトムントやVfBシュトゥットガルトの監督を務め、2006年のドイツサッカー協会のスポーツディレクター就任を経て、2012年にバイエルン・ミュンヘンの取締役に就任。2016年7月に同クラブを退団した。ボルシア・ドルトムントの監督としてはブンデスリーガ優勝も果たした。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「私なら常に別のタイプを選ぶだろう。」
「でもそれが私の考え方だ。だからサッカーでは、ゴールへ至る道がたくさんあることが多いんだ。」
「デニス・ウンダブがインタビューに出ているのを見て、『彼は今、私に何を伝えようとしているのだろう』と思った。」
出典:Goal.com 2026年10月21日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| ディナモ・ドレスデン | 1985-86 | 17 | 東ドイツ・オーバーリーガ | 18 | 8 | 4 | 6 | — | — | 6 | 2 | — | — | 28 | 16 |
| 1986-87 | 18 | 東ドイツ・オーバーリーガ | 20 | 7 | 3 | 2 | — | — | — | — | — | — | 23 | 9 | |
| 1987-88 | 19 | 東ドイツ・オーバーリーガ | 19 | 8 | 3 | 1 | — | — | 2 | 0 | — | — | 24 | 9 | |
| 1988-89 | 20 | 東ドイツ・オーバーリーガ | 25 | 6 | 3 | 1 | — | — | 10 | 0 | — | — | 38 | 7 | |
| 1989-90 | 21 | 東ドイツ・オーバーリーガ | 20 | 9 | 5 | 4 | — | — | 2 | 0 | — | — | 27 | 13 | |
| 通算 | 102 | 38 | 18 | 14 | — | — | 20 | 2 | — | — | 140 | 54 | |||
| 1990-91 | 22 | ブンデスリーガ | 30 | 11 | 3 | 1 | — | — | — | — | — | — | 33 | 12 | |
| 1991-92 | 23 | ブンデスリーガ | 33 | 9 | 3 | 1 | — | — | 3 | 1 | — | — | 39 | 11 | |
| 通算 | 63 | 20 | 6 | 2 | — | — | 3 | 1 | — | — | 72 | 23 | |||
| インテル・ミラノ | 1992-93 | 24 | セリエA | 11 | 4 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 12 | 4 |
| 1992-93 | 24 | ブンデスリーガ | 17 | 10 | — | — | — | — | — | — | — | — | 17 | 10 | |
| 1993-94 | 25 | ブンデスリーガ | 29 | 4 | 2 | 0 | — | — | 8 | 0 | — | — | 39 | 4 | |
| 1994-95 | 26 | ブンデスリーガ | 28 | 4 | 1 | 1 | — | — | 7 | 0 | — | — | 36 | 5 | |
| 1995-96 | 27 | ブンデスリーガ | 22 | 3 | 3 | 1 | — | — | 6 | 0 | 1 | 0 | 32 | 4 | |
| 1996-97 | 28 | ブンデスリーガ | 21 | 0 | 1 | 0 | — | — | 5 | 0 | 1 | 0 | 28 | 0 | |
| 1997-98 | 29 | ブンデスリーガ | 3 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 6 | 0 | |
| 通算 | 120 | 21 | 8 | 2 | 1 | 0 | 27 | 0 | 2 | 0 | 158 | 23 | |||
| キャリア通算 | 296 | 83 | 33 | 18 | 1 | 0 | 50 | 3 | 2 | 0 | 382 | 104 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1976〜1985 | 8 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1986〜1990 | 18 | 東ドイツ |
| 1990〜1997 | 22 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 在任 | 年齢 | チーム | 役職 |
|---|---|---|---|
| 2000〜2004 | 32 | 監督 | |
| 2004〜2005 | 36 | 監督 | |
| 2006〜2012 | 38 | 監督 | |
| 2012〜2016 | 44 | 監督 |
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1990 | 22 | ディナモ・ドレスデン | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 1992 | 24 | インテル・ミラノ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 1993 | 25 | インテル・ミラノ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| オットマー・ヒッツフェルト | 1991年7月〜1997年6月 | |
| ミヒャエル・スキッベ | 1998年7月〜2000年2月 |
Wikidata に登録されている受賞を、受賞年とともにまとめています。当サイトが独自に集計した数ではなく、登録されている分の件数です(登録漏れがあるため、実際の受賞回数より少ない場合があります)。
代表チームで獲得したメダルです(金1・銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| UEFA欧州選手権 | 金 1996 イングランド銀 1992 スウェーデン |
|---|
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「マティアス・ザマー」(版 105856589)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
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