「彼には時間が必要だ」
「フランコが16歳でデビューしたのは、魔法のおかげではない。そこに至るまでには素晴らしい経緯がある。」
「彼の能力にも人間性にも疑いはない。レアル・マドリーは誰かを待ってはくれない。」
出典:Goal.com 日本語版 2026年10月20日
SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / アルゼンチンのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
マルティン・デミチェリス(Martín Demichelis、1980年12月20日生)は、アルゼンチン出身の元サッカー選手。ポジションはDF(ディフェンダー)、所属はRBライプツィヒ。アルゼンチンでは2005年から通算51試合2得点を記録している。クラブでは公式戦通算551試合31得点(2001-02 シーズン以降)。クラブ・代表で通算23個のタイトルを獲得、個人賞は2回。
マルティン・ガストン・デミチェリス(Martín Gastón Demichelis, 1980年12月20日 - )は、アルゼンチン・コルドバ州出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。元アルゼンチン代表。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック)、ミッドフィールダー(センターハーフ)。イタリア国籍も所持している。
横浜マリノスなどで監督を務めたホルヘ・ソラーリに才能を見出され、レナト・セサリーニでプレーしている時に、ブエノスアイレスに本拠地を置くCAリーベル・プレートに引き抜かれた。1998年にトップチームデビューしたが、2001年までは自身の立ち位置を確立することができなかった。その後はラモン・ディアス監督指揮下のチームで見事なプレーを見せ、最終ラインの要として2度のリーグ優勝を果たした。
2003年7月1日にドイツのバイエルン・ミュンヘンに移籍した。バイエルンにとって初のアルゼンチン人選手の獲得であった。9月27日のFCハンザ・ロストック戦でデビューし、2003-04シーズンは負傷離脱したトルステン・フリンクスに代わってセンターハーフの位置で出場することが多かった。このシーズンは戦線離脱を繰り返し、満足な結果を残せなかったが、2004年夏に就任したフェリックス・マガト監督の下で先発メンバーに定着し、2004-05シーズン、2005-06シーズンの2冠達成の重要な役割を担った。2007-08シーズンには自身の起用法をめぐってオットマー・ヒッツフェルト監督と対立した。ヒッツフェルト監督はデミチェリスをセンターハーフとしてプレーさせたがったが、デミチェリスはセンターバックでのプレーを希望し、クラブから1試合の出場停止処分を言い渡された。2009年夏にルイ・ファン・ハール監督が就任すると、若手のホルガー・バトシュトゥバーが積極的に起用され、デミチェリスの出場機会は減少した。2009-10シーズンはリーグ戦とカップ戦の2冠に輝き、UEFAチャンピオンズリーグでは決勝に進出したが、リーグ戦では21試合しか出場できない不完全燃焼のシーズンとなった。2010-11シーズン開幕戦のVfLヴォルフスブルク戦では招集メンバー入りを拒否し、他クラブへの移籍を志願すると、ファン・ハール監督もそれを了承した。
2010年12月30日、リーベル時代の恩師マヌエル・ペレグリーニ監督が率いるスペインのマラガCFに移籍した。移籍後はCBのレギュラーとして起用され、守備を引き締めるとともにチームの反転攻勢に尽力。終盤戦には5連勝も記録し、最終的には11位に滑り込んだ。翌2011-12シーズンは精彩を欠くプレーを見せながらも引き続きCBのレギュラーとして出場していたが、ジェレミー・トゥラランの負傷後は守備的MFに回り高いパフォーマンスを発揮し、チームの4位フィニッシュ及び史上初となるUEFAチャンピオンズリーグの出場権獲得に貢献した。
2013年7月11日、フリートランスファーでアトレティコ・マドリードに加入。契約は1年間。
9月1日、アトレティコで公式戦出場がないまま恩師マヌエル・ペレグリーニ率いるマンチェスター・シティFCに移籍決定。契約は2年間。2015-16シーズン終了後、契約満了に伴い退団した。
2016年8月10日、RCDエスパニョールへ移籍することが発表された。リーグ戦2試合出場のみと出場機会に恵まれず、2017年1月10日に契約解除された。
2017年1月17日、マラガCFに加入した。3年半ぶりの古巣マラガCF復帰となる。2017年5月15日、デミチェリス本人は愛着あるリーベル・プレートかマラガでキャリアを終えたい胸中を明かしたうえで、2016-17シーズン一杯での現役引退を発表した。
ホセ・ペケルマン監督によってアルゼンチン代表に招集され、2005年11月12日のイングランドとの親善試合でデビューした。クラブの地元ドイツで開催された2006 FIFAワールドカップのメンバーには選ばれていない。2007年9月11日、オーストラリア戦 (1-0) で代表初得点となる決勝点を決めた。2010 FIFAワールドカップに出場し、ギリシャ戦でアルゼンチン代表の同大会初得点を決めた。
2015年6月1日、コパ・アメリカ後に代表から引退することを表明したが、その後も代表に呼ばれ続けていた。
現役を退くとそのまま当時マラガを率いていたミチェルのアシスタントコーチに就任した。2018年1月にミチェルは解任されたものの、デミチェリス自身は後任ののアシスタントコーチも果たした。
2021年4月4日、FCバイエルン・ミュンヘンIIの監督に就任し、2021-22シーズンは国内リーグを2位で終えた。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「彼には時間が必要だ」
「フランコが16歳でデビューしたのは、魔法のおかげではない。そこに至るまでには素晴らしい経緯がある。」
「彼の能力にも人間性にも疑いはない。レアル・マドリーは誰かを待ってはくれない。」
出典:Goal.com 日本語版 2026年10月20日
「選手としては非常に知性の高い選手だった。一緒にプレーした頃、彼は私より少し年上だった。」
「私のほうが若かった分、少しだけ力強く速かったが、彼は試合をとてもよく理解していたので、それでも高いパフォーマンスを見せていた。」
「彼に再会できるのは嬉しい。ただ、今度は監督としてだ。」
出典:Bundesliga 2026年10月14日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | その他4 | シーズン通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 2001-02 | 20 | アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオン | 17 | 0 | — | — | — | — | 7 | 1 | — | — | 24 | 1 | |
| 2002-03 | 21 | アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオン | 35 | 1 | — | — | — | — | 11 | 1 | — | — | 46 | 2 | |
| 通算 | 52 | 1 | — | — | — | — | 18 | 2 | — | — | 70 | 3 | |||
| 2003-04 | 22 | レギオナルリーガ* | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | — | — | 1 | 0 | |
| 2003-04 | 22 | ブンデスリーガ | 14 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | — | — | 21 | 2 | |
| 2004-05 | 23 | ブンデスリーガ | 23 | 0 | 5 | 0 | 2 | 0 | 5 | 0 | — | — | 35 | 0 | |
| 2005-06 | 24 | ブンデスリーガ | 27 | 1 | 4 | 0 | 1 | 0 | 8 | 2 | — | — | 40 | 3 | |
| 2006-07 | 25 | ブンデスリーガ | 26 | 3 | 2 | 0 | 1 | 0 | 6 | 0 | — | — | 35 | 3 | |
| 2007-08 | 26 | ブンデスリーガ | 28 | 1 | 4 | 0 | 2 | 0 | 10 | 0 | — | — | 44 | 1 | |
| 2008-09 | 27 | ブンデスリーガ | 29 | 4 | 3 | 0 | — | — | 8 | 0 | — | — | 40 | 4 | |
| 2009-10 | 28 | ブンデスリーガ | 21 | 1 | 4 | 0 | — | — | 9 | 0 | — | — | 34 | 1 | |
| 2010-11 | 29 | ブンデスリーガ | 6 | 1 | 1 | 0 | — | — | 2 | 0 | 1 | 0 | 10 | 1 | |
| 通算 | 174 | 13 | 25 | 0 | 6 | 0 | 53 | 2 | 1 | 0 | 259 | 15 | |||
| 2010-11 | 29 | ラ・リーガ | 18 | 1 | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 19 | 1 | |
| 2011-12 | 30 | ラ・リーガ | 35 | 2 | 4 | 1 | — | — | — | — | — | — | 39 | 3 | |
| 2012-13 | 31 | ラ・リーガ | 31 | 4 | 3 | 0 | — | — | 11 | 1 | — | — | 45 | 5 | |
| 通算 | 84 | 7 | 8 | 1 | — | — | 11 | 1 | — | — | 103 | 9 | |||
| 2013-14 | 32 | プレミアリーグ | 27 | 2 | 2 | 0 | 2 | 0 | 4 | 0 | — | — | 35 | 2 | |
| 2014-15 | 33 | プレミアリーグ | 31 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 7 | 0 | — | — | 40 | 1 | |
| 2015-16 | 34 | プレミアリーグ | 20 | 0 | 2 | 0 | 5 | 0 | 4 | 1 | — | — | 31 | 1 | |
| 通算 | 78 | 3 | 4 | 0 | 9 | 0 | 15 | 1 | — | — | 106 | 4 | |||
| 2016-17 | 35 | ラ・リーガ | 2 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 2 | 0 | |
| 2016-17 | 35 | ラ・リーガ | 10 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | — | — | 10 | 0 | |
| キャリア通算 | 401 | 24 | 37 | 1 | 15 | 0 | 97 | 6 | 1 | 0 | 551 | 31 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
アルゼンチン としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 2005 | 24 | 2 | 0 | |
| 2006 | 25 | 1 | 0 | |
| 2007 | 26 | 5 | 1 | |
| 2008 | 27 | 9 | 0 | |
| 2009 | 28 | 7 | 0 | |
| 2010 | 29 | 9 | 1 | |
| 2011 | 30 | 4 | 0 | |
| 2012 | 31 | 0 | 0 | |
| 2013 | 32 | 0 | 0 | |
| 2014 | 33 | 7 | 0 | |
| 2015 | 34 | 5 | 0 | |
| 2016 | 35 | 2 | 0 | |
| 通算 | 51 | 2 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2000〜2003 | 19 | |
| 2003〜2010 | 22 | |
| 2004 | 23 | |
| 2011〜2013 | 30 | |
| 2013 | 32 | |
| 2013〜2016 | 32 | |
| 2016〜2017 | 35 | |
| 2017 | 36 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 2005〜2016 | 24 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 在任 | 年齢 | チーム | 役職 |
|---|---|---|---|
| 2019〜2021 | 38 | 監督 | |
| 2021〜2022 | 40 | 監督 | |
| 2022〜2024 | 41 | 監督 | |
| 2024〜2025 | 43 | CFモンテレイ | 監督 |
| 2026〜2026 | 45 | 監督 | |
| 2026〜 | 45 | 監督 |
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003-07 | 22 | 完全移籍 | — | |||
| 2011-01 | 30 | 完全移籍 | 5.3億円 €3M | 移籍金は英語版 Wikipedia のシーズン記事による | ||
| 2013 | 32 | フリー移籍 | — | |||
| 2013 | 32 | 完全移籍 | 8.5億円 £4,000,000 | |||
| 2016 | 35 | フリー移籍 | — | |||
| 2017-01 | 36 | フリー移籍 | — |
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)・API-Football(移籍データ)。移籍の有無と移籍先は日本語版 Wikipedia の情報欄、日付・形態・移籍金は API-Football の掲載値。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
英語版 Wikipedia(クラブのシーズン記事)。移籍金・形態は英語版 Wikipedia の各クラブのシーズン記事の移籍の表による。億円換算は ECB レート(2026-10-21 時点)
報道・公開資料に載った年俸を、その媒体・日付とともに掲載しています(当サイトの推定ではありません)。基本給・ボーナス・肖像権収入の扱いは情報源により異なります。出典が確認できない値は掲載しません。
| 時期 | 年齢 | 所属 | 年俸 (報道値) | 備考 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2026-27 | 45 | ライプツィヒ | 3.7億円 €2m(SalaryLeaks監督ページの基本給(年額・グロス)。出典はBILD報道とされる。2026年7月〜2028年6月の2年契約。成功報酬は最大€860,000/年で別枠のため除く)/1ユーロ=185円で換算 | SalaryLeaks |
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| ダビド・シルバ | 2013〜2015 | 3 | ||
| エディン・ジェコ | 2013〜2015 | 3 | ||
| フェルナンド・ルイス・ローザ | 2013〜2015 | 3 | ||
| ヘスス・ナバス | 2013〜2015 | 3 | ||
| サミル・ナスリ | 2013〜2015 | 3 | ||
| ヴァンサン・コンパニ | 2013〜2015 | 3 | ||
| ヤヤ・トゥーレ | 2013〜2015 | 3 | ||
| フランク・ランパード | 2014〜2015 | 2 | ||
| フランシスコ・ロマン・アラルコン | 2011〜2012 | 2 | ||
| ホアキン・サンチェス | 2011〜2012 | 2 | ||
| ホセ・アンヘル・ポソ | 2014〜2015 | 2 | ||
| フアンミ・ガルシア | 2011〜2012 | 2 | ||
| ナチョ・モンレアル | 2011〜2012 | 2 | ||
| アリエン・ロッベン | 2010 | 1 | ||
| アレイクス・ガルシア | 2015 | 1 | ||
| ホセ・アンヘル・エスモリス・タセンデ | 2015 | 1 | ||
| エネス・ウナル | 2015 | 1 | ||
| ハミト・アルトゥントップ | 2010 | 1 |
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| マヌエル・ペジェグリーニ | 2002年7月〜2003年7月 | |
| マヌエル・ペジェグリーニ | 2010年11月〜2013年6月 | |
| マヌエル・ペジェグリーニ | 2013年6月〜2016年6月 | |
| ヘラルド・マルティーノ | 2014年8月〜2016年7月 | |
| キケ・サンチェス・フローレス | 2016年6月〜2018年4月 | |
| リオネル・スカローニ | 2018年8月〜 |
日本語名を確認できない監督 5 人は掲載していません。
英語の記録名しか確認できないもの(6件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
代表チームで獲得したメダルです(銀3)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| FIFAワールドカップ | 銀 2014 ブラジル |
|---|---|
| コパ・アメリカ | 銀 2015 チリ |
| FIFAコンフェデレーションズカップ | 銀 2005 ドイツ |
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「マルティン・デミチェリス」(版 108640470)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
掲載写真は Wikidata API および Wikimedia Commons API を通じて、ライセンス(CC BY-SA / パブリックドメイン等)と作者表示の要件を確認したうえで掲載します。