ケニー・ダルグリッシュ

SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / イギリスのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日


概要

スコットランドケニー・ダルグリッシュ(Kenny Dalglish、1951年3月4日生)は、グラスゴー出身の元サッカー選手。ポジションはFW。スコットランドでは1971年から通算102試合30得点を記録している。クラブでは公式戦通算853試合345得点(1968-69 シーズン以降)。クラブ・代表で通算55個のタイトルを獲得、個人賞は30回(PFA チーム・オブ・ザ・イヤー 5回、FWA年間最優秀選手 2回)。

サー・ケネス・マシソン・ダルグリッシュ(Sir Kenneth Mathieson Dalglish , 1951年3月4日 - )は、スコットランド出身のサッカー選手、サッカー指導者。

1970年代から1980年代にかけてセルティックとリヴァプールで活躍。イングランドとスコットランドの両リーグで100ゴールを挙げた最初の選手となり、1983年にはバロンドールの投票で第2位となった。リヴァプールでは通算515試合172ゴールの成績を残した。

スコットランド代表としては、キャップ数、ゴール数ともに同代表史上最多(ゴール数はデニス・ローとタイ)の102キャップ30ゴールを記録している。

クラブ経歴

経歴

プロテスタントの家庭に生まれ、アイブロックス・スタジアムの近所で育ったダルグリッシュは幼いころからレンジャーズのファンであった。しかし、レンジャーズからの誘いはなく他クラブのトライアルにも落ち、レンジャーズの最大のライバルであるセルティックに入団することになった。1967年に契約、1969年にプロデビューを果たす。1971-72シーズンからレギュラーに定着。

1977年、ハンブルガーSVに移籍したケヴィン・キーガンの後釜として、440,000ポンドという当時のイングランド史上最高額でイングランドのリヴァプールに移籍。2度の得点王を獲得し、7回のリーグ優勝と3回のチャンピオンズカップ優勝などに貢献(特に1978年チャンピオンズカップ決勝のブルージュ戦で決勝ゴールを決めた。 1981年のリーグカップ決勝アストン・ヴィラ戦でもゴールを決め2-1での勝利に貢献した。)リヴァプールのサポーターからは愛され、キング・ケニー(King Kenny)のニックネームで呼ばれた。イアン・ラッシュがレギュラーを獲得してツートップを組む様になるとゲームメーカーとしてプレーした。

スコットランド代表では1971年から1986年までプレー。1974年のワールドカップ予選、1972年11月15日のデンマーク戦で代表初ゴールを決め、FIFAワールドカップには3大会連続(1974年、1978年、1982年)で出場した。1978 FIFAワールドカップではオランダ戦で、1982 FIFAワールドカップではニュージーランド戦でゴールを決めた。

1985年、ヘイゼルの悲劇の直後に辞任したジョー・フェイガン監督に代わってリヴァプールの選手兼監督に就任。1985-86シーズンにはリヴァプールを初となるリーグとFAカップの二冠に導いた。1991年10月からはブラックバーン・ローヴァーズの監督を務め、1992-93シーズンに同クラブを久々の最上位リーグ昇格へ、1994-95シーズンは81年ぶりとなるリーグ優勝へ導いた。

ニューカッスルでは1月から途中就任し、チャンピオンズリーグ出場権内に導くが、夏のオフで独断で主力を放出し補強を断行すると、シーズン開始後から低空飛行を続け、解任された。このシーズンからニューカッスルが低迷期を迎えたことや、主力の放出でチームが弱体化したことから、未だにニューカッスルのサポーターには恨まれている。

2000年の一時期に古巣のセルティックの暫定監督を務めて以降現場からは離れていたが、2011年1月8日、退任したロイ・ホジソン監督に代わり、リヴァプールの監督に復帰した。2010-11シーズン終了までの契約だったが、就任した時点で下位に低迷していたチームを最終的に6位にまで押し上げ、5月12日には2014年までの3年契約を結んだ。2011-12シーズンはカーリングカップ優勝、FAカップ準優勝とカップ戦では結果を残したものの、リーグ戦では8位に低迷。3シーズン連続でUEFAチャンピオンズリーグ出場権を得られず、シーズン終了後の2012年5月16日に解任された。

2013年10月、非常勤執行取締役としてリヴァプールに復帰。2017年10月13日、クラブへの多大な貢献が称えられ、アンフィールドの「センテナリー・スタンド」が「サー・ケニー・ダルグリッシュ・スタンド」に正式に改称された。

代表経歴

代表での出場記録とメダルから組み立てた説明です。

1971年にスコットランドでの出場記録が始まり、1986年までに通算102試合30得点を記録した。

個人成績

数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。

クラブ

クラブシーズン年齢ディビジョンリーグ国内カップ1リーグカップ2大陸大会3その他4シーズン通算
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
スコットランドセルティック1968-6917スコティッシュ・ディビジョン1*00001000——10
1969-7018スコティッシュ・ディビジョン1*20002000——40
1970-7119スコティッシュ・ディビジョン1*301000102070
1971-7220スコティッシュ・ディビジョン1*3117418570365329
1972-7321スコティッシュ・ディビジョン1*322165111043305639
1973-7422スコティッシュ・ディビジョン1*33186110372315925
1974-7523スコティッシュ・ディビジョン1*3316528320305121
1975-7624スコティッシュ・プレミア・ディヴィジョン35241110453205332
1976-7725スコティッシュ・プレミア・ディヴィジョン351571101021——5427
通算20411130116035289167338173
イングランドリヴァプール1977-78261部リーグ4220119694106231
1978-79271部リーグ4221741040——5425
1979-80281部リーグ4216827420116023
1980-81291部リーグ348228791105418
1981-82301部リーグ42133210562106222
1982-83311部リーグ4218317051105820
1983-84321部リーグ337008293105112
1984-85331部リーグ36670107020536
1985-86341部リーグ2136121——22317
1986-87351部リーグ1860052——20258
1987-88361部リーグ200000————20
1988-89371部リーグ000010——1020
1989-90381部リーグ100000————10
通算355118371359275111133515172
キャリア通算55922967241196279202910853345

1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 4. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

代表

スコットランド としての年別成績です。親善試合を含みます。

年年齢出場得点得点グラフ
19711920
19722021
19732191
197422114
197523102
19762463
197725107
197826103
19792791
19802881
19812941
19823084
19833140
19843232
19853330
19863430
通算10230

年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1380024878)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
1985.05〜1991.0234イングランドリヴァプール307187784260.9%
1991.10〜1995.0640イギリスブラックバーン・ローヴァーズFC196103464752.6%
1997.01〜1998.0845イングランドニューカッスル7830222638.5%
2000.02〜2000.0648スコットランドセルティック18104455.6%
2011.01〜2012.0559イングランドリヴァプール7435172247.3%
通算67336516714154.2%

所属チーム

クラブ

期間年齢チーム
1969〜197717スコットランドセルティック
1977〜198925イングランドリヴァプール

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

代表

期間年齢チーム
1971〜198619イギリススコットランド

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
1985〜199133イングランドリヴァプール監督
1991〜199539イングランドブラックバーン・ローヴァーズ監督
1997〜199845イングランドニューカッスル・ユナイテッド監督
2000〜200048スコットランドセルティック(暫定)監督
2011〜201259イングランドリヴァプール監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
197725スコットランドセルティックイングランドリヴァプール移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

タイトル

クラブ

リヴァプール(選手)

リヴァプール(監督)

ブラックバーン・ローヴァーズFC(監督)

ニューカッスル(監督)

個人

英語の記録名しか確認できないもの(29件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ケニー・ダルグリッシュ」(版 109362186)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「ケニー・ダルグリッシュ」、版 ID 109362186、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%AB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1380024878、2026年10月14日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Kenny_Dalglish

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