概要
ジャンニ・リベラ(Gianni Rivera、1943年8月18日生)は、アレッサンドリア出身の元サッカー選手。ポジションはMF。クラブでは公式戦通算684試合170得点(|1958-59 シーズン以降)。Wikidata に登録されている受賞は2種・2件。登録漏れがあるため実際の受賞回数より少ない場合がある。
ジャンニ・リベラ(Gianni Rivera, 1943年8月18日 - )は イタリア・アレッサンドリア出身の元サッカー選手。元イタリア代表。現役時代のポジションはMF。
クラブ経歴
在籍期間と成績から組み立てた説明です。出典の無い評価は含みません。
|1958-59〜1959-60にアレッサンドリアで2 シーズンを過ごした、公式戦通算26試合6得点。
|1960-61〜1978-79にACミランで19 シーズンを過ごした、公式戦通算658試合164得点、1960にアレッサンドリアから移籍(移籍金は非公表)。
人物像
人物・経歴
1953年地元クラブ・アレッサンドリアと契約。1959年に15歳288日でセリエAデビューを果たした(アメデオ・アマデイの15歳281日に次ぐセリエA歴代2位の年少記録)。
1960年に名門ACミランへ移籍。1961-62シーズンにはスクデット、翌季にはチャンピオンズカップ優勝に貢献、この年のバロンドールの投票ではレフ・ヤシンに次ぐ第2位に選出された。その後もスクデット2回、コッパ・イタリア優勝4回、チャンピオンズカップ優勝1回、得点王1回(1972-73 17得点)を記録。 1969年にはバロンドールを獲得した。ちなみにデメトリオ・アルベルティーニは、彼の再来とまで言われた。
母国のお家芸でもあるカテナチオを痛烈に批判した事から地元メディアや監督と対立する事がしばしばあり、「走らない、守備をしない、泥まみれにならない、リアリストでない」などといった批判記事が新聞に書きたてられた。
イタリア代表としては1962年5月13日のベルギー戦で代表デビューを飾り、1974年に退くまで代表通算60試合出場14得点を記録した。1968欧州選手権では優勝。ワールドカップには、1962年、1966年、1970年、1974年と4大会出場。通算9試合出場3得点を記録した。1970年のメキシコワールドカップではサンドロ・マッツォーラとの熾烈なポジション争いに敗れ控えに回ったが、準決勝の西ドイツ戦で決勝ゴールを決め、イタリアの決勝進出に貢献した。
2004年にペレが選んだ「偉大なサッカー選手100人」(FIFA 100)の一人に選出された。
個人成績
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
クラブ
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | 大陸大会2 | その他3 | シーズン通算 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| |1958-59 | — | — | 1 | 0 | — | — | — | — | — | — | 1 | 0 | |
| 1959-60 | 15 | — | 25 | 6 | — | — | — | — | — | — | 25 | 6 | |
| 通算 | 26 | 6 | — | — | — | — | — | — | 26 | 6 | |||
| |1960-61 | — | — | 30 | 6 | 1 | 0 | — | — | 2 | 0 | 33 | 6 | |
| 1961-62 | 17 | — | 27 | 10 | 1 | 0 | 2 | 0 | — | — | 30 | 10 | |
| 1962-63 | 18 | — | 27 | 9 | — | — | 7 | 2 | — | — | 34 | 11 | |
| 1963-64 | 19 | — | 27 | 7 | 1 | 0 | 2 | 1 | 2 | 0 | 32 | 8 | |
| 1964-65 | 20 | — | 29 | 2 | — | — | — | — | — | — | 29 | 2 | |
| 1965-66 | 21 | — | 31 | 7 | 1 | 0 | 4 | 1 | — | — | 36 | 8 | |
| 1966-67 | 22 | — | 34 | 12 | 6 | 7 | 2 | 0 | 1 | 0 | 43 | 19 | |
| 1967-68 | 23 | — | 29 | 11 | 5 | 3 | 10 | 1 | — | — | 44 | 15 | |
| 1968-69 | 24 | — | 28 | 3 | 4 | 1 | 7 | 2 | — | — | 39 | 6 | |
| 1969-70 | 25 | — | 25 | 8 | 3 | 1 | 3 | 2 | 2 | 1 | 33 | 12 | |
| 1970-71 | 26 | — | 26 | 6 | 10 | 7 | — | — | — | — | 36 | 13 | |
| 1971-72 | 27 | — | 23 | 3 | 6 | 2 | 8 | 4 | — | — | 37 | 9 | |
| 1972-73 | 28 | — | 28 | 17 | 6 | 3 | 9 | 0 | — | — | 43 | 20 | |
| 1973-74 | 29 | — | 26 | 6 | 5 | 1 | 8 | 0 | — | — | 39 | 7 | |
| 1974-75 | 30 | — | 27 | 3 | 4 | 0 | — | — | — | — | 31 | 3 | |
| 1975-76 | 31 | — | 14 | 1 | 5 | 1 | 3 | 0 | — | — | 22 | 2 | |
| 1976-77 | 32 | — | 27 | 4 | 7 | 0 | 5 | 0 | — | — | 39 | 4 | |
| 1977-78 | 33 | — | 30 | 6 | 5 | 1 | 1 | 0 | — | — | 36 | 7 | |
| 1978-79 | 34 | — | 13 | 1 | 4 | 1 | 5 | 0 | — | — | 22 | 2 | |
| 通算 | 501 | 122 | 74 | 28 | 76 | 13 | 7 | 1 | 658 | 164 | |||
| キャリア通算 | 527 | 128 | 74 | 28 | 76 | 13 | 7 | 1 | 684 | 170 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 3. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属チーム
クラブ
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1959〜1960 | 15 | |
| 1960〜1979 | 16 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
代表
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1962〜1974 | 18 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
移籍金・年俸・市場価値の推移
移籍履歴
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1960 | 16 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
タイトル
Wikidata に登録されている受賞を、受賞年とともにまとめています。当サイトが独自に集計した数ではなく、登録されている分の件数です(登録漏れがあるため、実際の受賞回数より少ない場合があります)。
- UEFA会長賞:1回(2011)
受賞年が登録されていない賞(1件)
獲得メダル
代表チームで獲得したメダルです(金1・銀1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| UEFA欧州選手権 | 金 1968 イタリア |
|---|---|
| FIFAワールドカップ | 銀 1970 メキシコ |
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ジャンニ・リベラ」(版 106029390)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
出典
- Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
- Wikipedia(日本語版)「ジャンニ・リベラ」、版 ID 106029390、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%99%E3%83%A9
- Wikipedia(英語版)、版 ID 1376329184、2026年10月22日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Gianni_Rivera
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
関連項目
- アレッサンドリア
- ACミラン
- イタリア
- UEFA欧州選手権
- FIFAワールドカップ
掲載写真は Wikidata API および Wikimedia Commons API を通じて、ライセンス(CC BY-SA / パブリックドメイン等)と作者表示の要件を確認したうえで掲載します。