「入りは良かったが、そこから少し不安になり始めた。チャンピオンズリーグでの直近の敗戦が爪痕を残していて、組織立った戦いをする必要があった。」
「10人になってからは、これまで常に欠けていた何かを加えることができ、苦しむ術も知っていると示せた。我々は袖をまくり上げた。」
「彼は挑発され、そのうえで軽率な行為に及んだ。」
出典:Goal.com 2026年10月22日
SOCCERPEDIA / 選手・監督ページ / ルーマニアのサッカー選手 / 最終更新:2026年9月1日
クリスティアン・キヴ(Cristian Chivu、1980年10月26日生)は、Romania出身の元サッカー選手。ポジションはDF(ディフェンダー)、所属はインテル。ルーマニアでは1999年から通算75試合3得点を記録している。クラブでは公式戦通算486試合27得点(1996-97 シーズン以降)。クラブ・代表で通算16個のタイトルを獲得、個人賞は13回。
クリスティアン・エウジェン・キヴ(Cristian Eugen Chivu、1980年10月26日 - )は、ルーマニア・レシツァ出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現インテル・ミラノ監督。現役時代のポジションはDF、MF。元ルーマニア代表。
ルーマニアの南西部に位置するレシツァに生まれる。父親は地元のCSMレシツァでコーチを務めていた人でもあり、キヴ自身もCSMレシツァで競技生活をスタートさせる。自然が広がるレシツァで子供の頃はノルディックスキーも好んで親しんでいた。
16歳で地元のクラブCSMレシツァでデビューした。ルーマニアのビッグクラブであるウニヴェルシタテア・クライオヴァを経て18歳6ヶ月でアヤックスへ移籍した。アヤックスでは後にインテルでチームメイトとなるズラタン・イブラヒモビッチやマクスウェル、ヴェスレイ・スナイデルといった選手達と共にプレーする。その後2003年に移籍金1800万ユーロでイタリアのASローマへ移籍。入団直後からフリーキックなどで得点を重ね、目覚しい活躍を見せるもその後スランプが続いた。代表ではEURO2000での活躍が評価され「マルディーニの再来」との評価を得た。
2007年、インテル・ミラノをはじめレアル・マドリードやFCバルセロナなど複数のクラブが獲得に興味を示したが、7月1日にインテルへの移籍が決定した。インテルはキヴの獲得のために1300万ユーロの移籍金とマルコ・アンドレオッリの共同保有権をローマに譲渡した。
インテルでは得意とするフリーキックは同じく名手のヴェスレイ・スナイデルに譲ったため得点は少ないが、センターバックや左サイドバック・センターハーフをこなし、多くの試合に出場した。
2010年1月6日のACキエーヴォ・ヴェローナ戦でキエーヴォのキャプテンセルジオ・ペリッシエと接触し、頭蓋骨を負傷。ヴェローナ市内で緊急手術を行った。復帰後はヘッドギアを着用している。2011年にはASバーリ戦でマルコ・ロッシを殴ったとして4試合の出場停止を科された。
2011年5月21日、インテルの公式サイトを通じてルーマニア代表からの引退を表明している。
2019年からはU-17、2020年からはU-18を指揮し、2021年からはプリマヴェーラの監督に就任した。指揮官に就任して1年目となる2021-22シーズンにはチームにスクデットをもたらした。2024年6月7日、プリマヴェーラの監督退任を発表。
2025年2月、セリエAのパルマの監督に途中就任し、クラブのセリエA残留に貢献した。
代表での出場記録とメダルから組み立てた説明です。
1999年にルーマニアでの出場記録が始まり、2010年までに通算75試合3得点を記録した。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「入りは良かったが、そこから少し不安になり始めた。チャンピオンズリーグでの直近の敗戦が爪痕を残していて、組織立った戦いをする必要があった。」
「10人になってからは、これまで常に欠けていた何かを加えることができ、苦しむ術も知っていると示せた。我々は袖をまくり上げた。」
「彼は挑発され、そのうえで軽率な行為に及んだ。」
出典:Goal.com 2026年10月22日
「うまくいかないことはすべて私のせいだ。私は決して選手たちを責めない。」
「選手が責任を負ってくれるのは嬉しいが、最初に責められるべきは私だ。必要なことを伝えきれていないのかもしれない。」
「私は穏やかに話し、声を荒げ、笑って冗談も言うが、家で子どもたちにするのと同じことをしているだけだ。選手たちへの愛情は家族へのものにとても近い。」
出典:Goal.com 2026年10月20日
「それは私から始まらなければならない。主に責任を負うのは私だ。」
「我々は責任を受け止める。ブルージュ戦の最後の30分は何かがうまく機能しなかったが、2-1とリードされるまでの最初の1時間にうまくやれたことも見落としてはならない。」
「ブルージュ戦の敗戦をドラマにしてはならない。痛い敗戦ではあったが、期待が高かったからこそだ。」
出典:Goal.com 2026年10月16日
「チャンピオンズリーグでは何かがおかしいと自覚している。我々が引きずっているものがあるが、適切なバランスを見つけられない私が最初に責任を負うべきだ。」
「我々は前に出て戻ることを忘れ、常に遅れていた。チャンピオンズリーグではその代償を払うことになる。」
「ハーフタイムに選手たちを追い込みすぎず、もっと落ち着きを伝えるべきだったかもしれない。我々は改善しなければならないが、自分たちへの自信をすべて失ってはいけない。」
出典:Goal.com 2026年10月14日
「アレの実力は誰もが知っている。彼はインテルとイタリアのために個人としての価値を示してきたが、誰にも何も証明する必要はなかった。」
「カルハノールの実力を疑うべきではない。彼は長年それを示してきた。」
「これほど重要なトロフィーは、いくらお金を積んでも買えない。確実なのは夢見る意欲だけだが、大切なのは、その夢を叶えるために積み重ねる努力だ。」
出典:Goal.com 2026年10月12日
「成熟度や自覚、困難の時期を乗り越える意欲の問題だ。紙上で計算された試合が全ての真実を語ることはない。」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月10日
「後半から話しますが、ハーフタイムに前半について私が思うことを選手たちに伝えました。それは私たちの間にとどめておきます。」
「後半は姿勢、粘り、人間性の面で素晴らしいものでした。相手は素晴らしいチームで、ローマが何を体現しているかは分かっていますし、見応えのある試合でした。」
「立ち上がりの入り方と、相手の強度を理解することをもっと改善しなければなりません。相手を上回れとまでは言いませんが、少なくとも同等であるべきです。」
出典:Yahoo Sports Canada 2026年9月19日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | 大陸大会2 | その他3 | シーズン通算 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| レシツァ | 1996-97 | 15 | ディビジアB* | 1 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | 1 | 0 |
| 1997-98 | 16 | ディビジアA* | 23 | 2 | 1 | 0 | — | — | — | — | 24 | 2 | |
| 通算 | 24 | 2 | 1 | 0 | — | — | — | — | 25 | 2 | |||
| FCUクラヨーヴァ | 1998-99 | 17 | ディビジアA* | 26 | 3 | 2 | 0 | — | — | — | — | 28 | 3 |
| 1999-00 | 18 | ディビジアA* | 6 | 0 | 0 | 0 | — | — | — | — | 6 | 0 | |
| 通算 | 32 | 3 | 2 | 0 | — | — | — | — | 34 | 3 | |||
| 1999-00 | 18 | エールディヴィジ | 23 | 1 | 1 | 0 | 4 | 0 | — | — | 28 | 1 | |
| 2000-01 | 19 | エールディヴィジ | 26 | 5 | 0 | 0 | 4 | 0 | — | — | 30 | 5 | |
| 2001-02 | 20 | エールディヴィジ | 32 | 1 | 4 | 0 | 6 | 0 | — | — | 42 | 1 | |
| 2002-03 | 21 | エールディヴィジ | 26 | 6 | 3 | 0 | 12 | 0 | 1 | 0 | 42 | 6 | |
| 通算 | 107 | 13 | 8 | 0 | 26 | 0 | 1 | 0 | 142 | 13 | |||
| ローマ | 2003-04 | 22 | セリエA | 22 | 2 | 2 | 0 | 4 | 0 | — | — | 28 | 2 |
| 2004-05 | 23 | セリエA | 10 | 2 | 4 | 0 | 1 | 0 | — | — | 15 | 2 | |
| 2005-06 | 24 | セリエA | 27 | 2 | 7 | 0 | 4 | 0 | — | — | 38 | 2 | |
| 2006-07 | 25 | セリエA | 26 | 0 | 7 | 0 | 8 | 0 | 1 | 0 | 42 | 0 | |
| 通算 | 85 | 6 | 20 | 0 | 17 | 0 | 1 | 0 | 123 | 6 | |||
| インテル・ミラノ | 2007-08 | 26 | セリエA | 26 | 0 | 3 | 0 | 6 | 0 | 1 | 0 | 37 | 0 |
| 2008-09 | 27 | セリエA | 21 | 0 | 3 | 0 | 2 | 0 | 1 | 0 | 26 | 0 | |
| 2009-10 | 28 | セリエA | 20 | 1 | 3 | 0 | 9 | 0 | 1 | 0 | 33 | 1 | |
| 2010-11 | 29 | セリエA | 24 | 1 | 3 | 0 | 6 | 0 | 4 | 0 | 37 | 1 | |
| 2011-12 | 30 | セリエA | 14 | 0 | 1 | 0 | 6 | 0 | 1 | 0 | 22 | 0 | |
| 2012-13 | 31 | セリエA | 10 | 1 | 2 | 0 | 3 | 0 | — | — | 15 | 1 | |
| 通算 | 115 | 3 | 15 | 0 | 32 | 0 | 8 | 0 | 168 | 3 | |||
| キャリア通算 | 358 | 27 | 44 | 0 | 74 | 0 | 10 | 0 | 486 | 27 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 3. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
ルーマニア としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 1999 | 18 | 1 | 0 | |
| 2000 | 19 | 10 | 1 | |
| 2001 | 20 | 8 | 0 | |
| 2002 | 21 | 6 | 1 | |
| 2003 | 22 | 9 | 0 | |
| 2004 | 23 | 2 | 1 | |
| 2005 | 24 | 6 | 0 | |
| 2006 | 25 | 6 | 0 | |
| 2007 | 26 | 8 | 0 | |
| 2008 | 27 | 7 | 0 | |
| 2009 | 28 | 6 | 0 | |
| 2010 | 29 | 6 | 0 | |
| 通算 | 75 | 3 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1379716261)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。
| 在任期間 | 年齢 | チーム | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 勝率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025.02〜2025.06 | 44 | 13 | 3 | 7 | 3 | 23.1% | |
| 2025.06〜現在 | 44 | 66 | 44 | 10 | 12 | 66.7% | |
| 通算 | 79 | 47 | 17 | 15 | 59.5% | ||
| 期間 | 年齢 | チーム | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|---|
| 1996〜1998 | 15 | — | — | |
| 1998〜2000 | 17 | — | — | |
| 2000〜2003 | 19 | — | — | |
| 2003〜2007 | 22 | — | — | |
| 2007〜2014 | 26 | 38 | 1 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は国内リーグ戦の合計で、カップ戦・大陸大会を含む内訳は「個人成績」の表にあります。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1999〜2011 | 18 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1998 | 17 | レシツァ | FCUクラヨーヴァ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
| 2000 | 19 | FCUクラヨーヴァ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2003 | 22 | ローマ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2007 | 26 | ローマ | インテル・ミラノ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。
同じクラブ・同じシーズンに両者とも出場記録がある選手を、シーズン数の多い順に並べています。取得元(API-Football)のシーズン名簿は 2010-11 シーズン以降しか無いため、それ以前に一緒にプレーしたシーズンは数に入りません。
| 選手 | クラブ | 期間 | シーズン | |
|---|---|---|---|---|
| デヤン・スタンコヴィッチ | 2010〜2012 | 3 | ||
| ディエゴ・ミリート | 2010〜2012 | 3 | ||
| ハビエル・サネッティ | 2010〜2012 | 3 | ||
| ルカ・カステラッツィ | 2010〜2012 | 3 | ||
| マイコン・ダグラス・シセナンド | 2010〜2012 | 3 | ||
| フィリペ・コウチーニョ | 2010〜2012 | 3 | ||
| フアン・ギリェルメ・ヌネス・ジェズス | 2011〜2012 | 2 | ||
| アンジェロ・パロンボ | 2011 | 1 | ||
| アントニオ・カッサーノ | 2012 | 1 | ||
| クリスティアーノ・ビラーギ | 2010 | 1 | ||
| ディエゴ・フォルラン | 2011 | 1 | ||
| マテオ・コヴァチッチ | 2012 | 1 | ||
| サミュエル・エトー | 2010 | 1 |
本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。
| 監督 | クラブ・代表 | 在任 |
|---|---|---|
| ラファエル・ベニテス | 2010年7月〜2010年12月 | |
| クラウディオ・ラニエリ | 2011年9月〜2012年3月 |
英語の記録名しか確認できないもの(10件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「クリスティアン・キヴ」(版 108210335)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
掲載写真は Wikidata API および Wikimedia Commons API を通じて、ライセンス(CC BY-SA / パブリックドメイン等)と作者表示の要件を確認したうえで掲載します。