久保山由清

SOCCERPEDIA / 監督ページ / 日本のサッカー監督 / 最終更新:2026年9月1日


概要

日本久保山由清(Yoshikiyo Kuboyama、1976年7月21日生)は、焼津市出身のサッカー監督。2026からFC今治の監督を務めている。これまでに3クラブを指揮した。

久保山 由清(くぼやま よしきよ、1976年7月21日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはFW。

クラブ経歴

選手時代

横浜フリューゲルス入団当初はトップ下として活躍。ジーニョが出場停止時に背番号10を背負うなど、クラブから期待された選手であった。

後にFWとして起用され、頭角を現し始めた1998年にクラブが消滅するという決定が下される。横浜Fの最後の試合となった天皇杯決勝清水エスパルス戦で持ち前の反転の速さを生かし芸術的なターンで戸田和幸を翻弄しゴールを決めている。

クラブ消滅に伴い、1999年に清水エスパルスに移籍。チーム最多の年間12得点を挙げ2ndステージ優勝に大きく貢献。同年のJリーグアウォーズ優秀選手賞を受賞した。

2000年のアジアカップウイナーズカップ優勝、2001年の天皇杯優勝にも大きく貢献し、2000年にはフィリップ・トルシエの目にとまり、代表合宿にも呼ばれている。

しかし、晩年はひざの怪我に悩まされ、2007年シーズンの試合出場は0。11月23日、同シーズン限りでの引退を表明。

監督経歴

指導者時代

2024年より、FC今治のヘッドコーチに就任。2026年9月、解任されたアベル・モウレロ・ロペスの後任として、監督に就任。

人物像

エピソード

清水所属になって2001年まで、久保山がゴールを決めるとチームはリーグ戦で負けない(17試合不敗)という「久保山神話(不敗神話)」があった。

フリューゲルスでは清水を下して天皇杯を獲得したが、その後清水でも天皇杯を獲得した。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(2件)
2026年10月5日本人コメント久保山由清(本人)/試合後会見
FC今治がホーム栃木シティを2-1で破った第9節終了後の会見。久保山監督は立ち上がりの先制点を失ったものの、その後の守備と「奪って前へ」の組織的な動きを評価。途中でシステムを4バックに変更し、より攻撃的な形を構築したことが2点目を生む展開につながったと分析している。昇格を目指すうえで連勝の必要性を強調した。
「連勝しないと上には行けない。まだ昇格は諦めていない」

出典:愛媛新聞ONLINE 2026年10月5日

2026年9月20日本人コメント久保山由清(本人)/クラブ公式発表
FC今治のヘッドコーチから監督に昇格した久保山由清による就任コメント。前監督モウレロの解任により9月20日から指揮を執ることになった。同クラブが現在J2最下位という厳しい状況にある中での就任であり、久保山は選手のポテンシャルを信じつつ、攻撃的で献身的なサッカー哲学を強調。チーム全員での巻き返しに向けた強い意気込みを示している。
「現在、私たちは厳しい状況にいます。しかし、選手たちの力、そしてチームのポテンシャルは決してこんなものではありません」
「今治らしく攻守においてアグレッシブに、そしてハードワークするサッカー。ボールを奪い、スピーディにゴールへ向かっていく姿勢です」

出典:フットボールチャンネル 2026年9月21日

所属チーム

ユース(選手時代)

期間年齢チーム
1992〜199415日本静岡学園高校

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ(選手時代)

期間年齢チーム
1995〜199818日本横浜フリューゲルス
1999〜200722日本清水エスパルス

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2008〜201531日本清水エスパルスU-13〜U-15監督
2023〜202346日本厚木はやぶさFC監督
2026〜49日本FC今治監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
199518静岡学園高校日本横浜フリューゲルス移籍—形態・移籍金は未確認
199922日本横浜フリューゲルス日本清水エスパルス移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

人物相関

所属履歴と出場記録から機械的に算出しています。個人の交友関係についての評価は含みません。

指導を受けた監督

本人の在籍期間と監督の在任期間の重なりから算出しています。取得元(API-Football)に在任期間の登録がある監督だけが対象で、古い年代の監督は登録が無いため出ていません。

監督クラブ・代表在任
田坂和昭日本清水エスパルス2006〜2010

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「久保山由清」(版 111109551)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「久保山由清」、版 ID 111109551、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E4%BF%9D%E5%B1%B1%E7%94%B1%E6%B8%85
  3. フットボールチャンネル、2026年9月21日、2026年10月12日 取得 https://www.footballchannel.jp/2026/09/21/post1015956/
  4. 愛媛新聞ONLINE、2026年10月5日、2026年10月12日 取得 https://www.ehime-np.co.jp/article/news202610060143

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