大木武

SOCCERPEDIA / 監督ページ / 日本のサッカー監督 / 最終更新:2026年9月1日


概要

日本大木武(Takeshi Oki、1961年7月16日生)は、静岡市出身のサッカー監督。2026から愛媛FCの監督を務めている。これまでに7クラブを指揮した。

大木 武(おおき たけし、1961年7月16日 - )は、静岡県清水市(現静岡市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

クラブ経歴

選手時代

静岡県立清水東高等学校(高校の同級生に望月一頼)、東京農業大学を経て、富士通に入社。MF/FWとしてプレー。1991年に現役引退した。

代表経歴

日本代表コーチ時代

2007年12月、日本代表の監督に就任した岡田武史に誘われコーチに就任。2009年6月11日の2010年南アフリカW杯アジア最終予選、対カタール戦において、前の試合で退席処分を受け、1試合の出場停止となった岡田に代わり指揮をとった。2010 FIFAワールドカップ本大会を終了後に退任。

監督経歴

富士通・清水コーチ時代

母校である東京農業大学からコーチの依頼を受け、次の可能性にトライしてみようと現役を引退し、富士通に勤めながら指導者としての道を歩み始めた。1993年には富士通を退社し清水エスパルスのユース監督兼ジュニアユースコーチに就任。その後サテライトコーチを経て、1999年にはスティーブ・ペリマンが一時帰国した際には代行監督としてナビスコ杯2回戦で指揮を執った。

第一期甲府監督時代

2002年にJ2所属のヴァンフォーレ甲府の監督に就任。当時の甲府は3年連続最下位の状態であり、ようやく経営危機から脱出したばかりで予算も限られた状態であったが、藤田健、倉貫一毅、石原克哉、水越潤といったメンバーが台頭し、また鶴見智美や影山由高によって得点力が向上した。守備についても清水からアライールをレンタル移籍させるなどして安定化に努めた結果、12チーム中7位にまで引き上げる事に成功した。

清水監督時代

2003年に、清水の監督に就任。前年の2ndステージ(当時のJ1は2ステージ制)12位からの巻き返しを図り、1stステージは序盤前年までの3バックから4バックへと変更したが、結局ステージ後半は3バックに変更する。後半戦は巻き返したが5勝7敗3分と負け越して11位に終わる。降格こそ逃れたものの負け越したため、シーズン終了後に解任された。

第二期甲府監督時代

この年甲府は大宮アルディージャからFWバレーの獲得に成功し、同時に長谷川太郎が成長したことにより藤田とともに得点を量産。一時は2位につけるもその後得点力が落ち、前半戦は6位で折り返す。後半戦開始まで期日があったためミニキャンプを張ると同時に石原をFWにコンバートする3トップを画策し、30節のコンサドーレ札幌戦より実践。42節の札幌戦で後半ロスタイム3得点を挙げて逆転勝利。そして最終節の京都パープルサンガ戦で2-1に勝利し3位でシーズン終了。入れ替え戦でもバレーのダブルハットトリックなどの活躍もあり柏レイソルに2戦2勝。チームをJ1昇格へ導いた。

2006年もこのスタイルを継続。調子を落とした長谷川に代わりこの年より加入した宇留野純、そして途中加入の茂原岳人を起用し、J1残留を果たした。

しかしこの年を最後にバレーが退団すると翌2007年は開幕4連敗を喫するなど低迷。33節の柏レイソル戦で1-2で敗れたためJ2降格決定。同時に大木は責任を取り今季限りでの退任を発表した。

京都監督時代

2010年12月、京都サンガF.C.の監督に就任。2011年シーズンは序盤に出遅れて、昇格争いに絡めずJ2で7位の成績。なお、第91回天皇杯全日本サッカー選手権大会では準優勝に導いた。2012年シーズンはJ2リーグ3位の成績を収めたが、J1昇格プレーオフ準決勝で敗退してJ1昇格は果たせなかった。2013年もプレーオフで敗れ昇格を逃し、12月11日に退任した。2014年ジュビロ磐田U-18監督を務め、2015年から2年間はFC今治アドバイザー、バニーズ京都SCMonolith FCのスーパーアドバイザーを務めた。

岐阜監督時代

2019年は序盤から低迷、6月18日、成績不振によりFC岐阜と契約解除。岐阜は同年J3降格。

熊本監督時代

2019年12月12日に、2020年からJ3のロアッソ熊本の監督に就任することが発表された。2020年はJ3で8位、2021年はJ3で優勝に導きチームは2018年に降格して以来のJ2に復帰。

2022年もチーム過去最高位となる4位の成績を収める。J1参入プレーオフでは決勝まで駒を進めたものの、京都に引き分け敗退しJ2に残留となった。

2023年はキャプテンの河原やチーム得点王の高橋ら主力が多く退団し、三島や石川などの怪我人が多く出たこともありJ2残留争いに巻き込まれるが14位でシーズンを終えJ2残留へと導いた。天皇杯ではクラブ史上初のベスト4まで導き、準決勝で柏に敗退した。

2024年は石川の得点力を武器に戦ったが、シーズン中盤までで降格の危機にあった。夏の移籍シーズンで唐山を獲得し、以降は勝点を伸ばし12位でシーズンを終えた。

最終節で17位だった熊本は甲府と0-0の引き分けだった一方、18位の降格圏にいた富山が秋田を相手に土壇場で4-1の快勝。この結果、勝ち点で並ばれただけでなく得失点差をひっくり返されて18位に転落しJ3降格となり、同日に退任が発表された。

愛媛監督時代

2025年12月7日、熊本と共にJ3に降格した愛媛FCの監督に就任したことが発表された。

発言集

一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。

2026-27シーズン(2件)
2026年10月1日本人コメント大木武(本人)/試合前会見
愛媛FCの大木武監督が、ルヴァンカップでFC東京戦を戦った翌日の2026年10月2日に試合前会見で述べたコメント。前日のリーグ戦非出場メンバーの活躍を評価しつつ、正規メンバーへの注文もあった。群馬戦への準備について、映像確認を通じた細かな修正を実施していることを明かした。
「(相手が対策してきても)もっと早くサポートすればいいよね。もっと早く(ボールを)動かせばいいよね。」

出典:愛媛新聞ONLINE 2026年10月1日

2026年9月29日本人コメント大木武(本人)/試合後会見
愛媛FCは2026年9月30日のルヴァンカップFC東京戦に0-2で敗れた。試合後、監督の大木武は愛媛のパス精度やビルドアップには評価を示しつつも、シュートに至るまでの決定力不足とJ1との実力差を指摘。前半の良い内容も90分間続けられず、チャンスを生かし切れなかった点が敗因だと述べた。
「1本止められるなら、もう1回チャンスをつくらないとダメ。それがダメならもう1回。」

出典:愛媛新聞ONLINE 2026年9月29日

監督成績

在任別・通算

英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1330942513)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。

在任期間年齢チーム試合勝分敗勝率
——日本ヴァンフォーレ甲府4416101836.4%
——日本清水エスパルス301161336.7%
——日本ヴァンフォーレ甲府11238245033.9%
——日本京都サンガF.C.12260224049.2%
——日本FC岐阜10225255224.5%
〜現在—日本ロアッソ熊本10449282747.1%
通算51419911520038.7%

所属チーム

ユース(選手時代)

期間年齢チーム
1977〜197915日本清水東高校
1980〜198318日本東京農業大学

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

クラブ(選手時代)

期間年齢チーム
1984〜199122日本富士通

「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。

監督

在任年齢チーム役職
2002〜200240日本ヴァンフォーレ甲府監督
2003〜200341日本清水エスパルス監督
2005〜200743日本ヴァンフォーレ甲府監督
2011〜201349日本京都サンガF.C.監督
2014〜201452日本ジュビロ磐田U-18監督
2017〜201955日本FC岐阜監督
2020〜202558日本ロアッソ熊本監督
2026〜64日本愛媛FC監督

移籍金・年俸・市場価値の推移

移籍履歴

掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。

時期年齢移籍元移籍先形態移籍金備考
198018清水東高校東京農業大学移籍—下部組織への移籍
形態・移籍金は未確認
198422東京農業大学富士通移籍—形態・移籍金は未確認

※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。

出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認

本文の一部は、ウィキペディア日本語版「大木武」(版 109865097)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。

出典

  1. Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
  2. Wikipedia(日本語版)「大木武」、版 ID 109865097、2026年10月11日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9C%A8%E6%AD%A6
  3. Wikipedia(英語版)、版 ID 1330942513、2026年10月11日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Takeshi_Oki
  4. 愛媛新聞ONLINE、2026年9月29日、2026年10月12日 取得 https://www.ehime-np.co.jp/article/news202609300152
  5. 愛媛新聞ONLINE、2026年10月1日、2026年10月12日 取得 https://www.ehime-np.co.jp/article/news202610020192

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