「良いサッカーができた」
「決して後ろ向きになる必要はない」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月10日
SOCCERPEDIA / 監督ページ / オーストラリアのサッカー監督 / 最終更新:2026年9月1日
スティーブ・コリカ(Stephen Christopher Corica、1973年3月24日生)は、オーストラリア出身のサッカー監督。2026から横浜F・マリノスの監督を務めている。これまでに5クラブを指揮した。オーストラリアでは1993年から通算32試合5得点を記録している。クラブでは公式戦通算494試合78得点(1990-91 シーズン以降)。クラブ・代表で通算17個のタイトルを獲得、個人賞は5回。
ステファン・クリストファー・コリカ(Stephen Christopher Corica、1973年3月24日 - )は、オーストラリア・クイーンズランド州イニスフェイル出身の元サッカー選手(MF)、サッカー指導者。元オーストラリア代表。
オーストラリア国立スポーツ研究所(AIS)出身。オーストラリアン・ナショナルサッカーリーグのでデビュー、1992/93シーズンには最優秀U-21選手に選ばれている。
代表では、U-17から年代別代表を経験し、1989 FIFA U-16世界選手権出場、1991 FIFAワールドユース選手権4位入賞。1992年にはエディ・トムソン率いるバルセロナオリンピックU-23代表に選ばれ4位入賞。1993年からA代表に招集され、1994年4月16日親善試合対クウェート戦で初キャップ。
1995年8月、イングランドへ渡りFLDiv 1(2部リーグ)のレスター・シティに入団する。レギュラーとして活躍するも同シーズンの試合中に足首に怪我を負う。そのシーズン途中である1996年2月に移籍金150万ポンドでウルヴァーハンプトン・ワンダラーズへ移籍する。また同1996年にはアトランタオリンピックにオーバーエイジとして出場している。1997年以降、2度前十字靭帯を損傷してしまい、出場機会が減っていった。
2000年、トムソンおよびウルブズ時代のコーチ・マイケル・ヒックマンの紹介で、サンフレッチェ広島に加入、同年5月13日のヴェルディ川崎戦での決勝ゴールはJリーグ初ゴールとなった。翌2001年、攻撃的サッカーを標榜としたヴァレリー・ニポムニシ監督のもとで、攻撃的MFとしてブレイク、11ゴールを決めて、久保竜彦・大木勉・藤本主税とともに、同年2ndステージにおいてサンフレッチェの躍進を支えた。2002年、本人およびサンフレッチェとともに契約更新を望んだが、この年より監督に就任したガジ・ガジエフの評価は低いもので結局契約には至らなかった。
2001年、日韓で行われたFIFAコンフェデレーションズカップ2001の出場 以降、A代表からはしばらく遠ざかることになる。
2002年2月、再びイングランドのクラブであるFLDiv 1(2部リーグ)のウォルソールFCへ移籍した。ただチームは下位に低迷し2004年フットボールリーグ1(3部リーグ)に降格すると、同年9月新しく監督に就任したポール・マーソンにより構想外にされる。
2005年から、シドニーFCへ移籍すると10番をつけ、キャプテンとして活躍した。同年にはリーグ優勝に貢献。また同年にはドワイト・ヨークや三浦知良と共に世界クラブ選手権出場のため来日した。2006年8月16日、AFCアジアカップ2007予選に久しぶりにA代表に招集されている。その後もシドニーFCで主力として活躍後、2010年怪我を理由に引退する。
代表での出場記録とメダルから組み立てた説明です。
1993年にオーストラリアでの出場記録が始まり、2006年までに通算32試合5得点を記録した。
代表で獲得したメダルはFIFAコンフェデレーションズカップ銅(2001 日本・韓国)。
2010年からシドニーFCのユースコーチに、2011年から監督のもとトップチームのアシスタントコーチに就任した。2012年11月にはイアン・クルーク監督辞任を受けて、暫定でシドニーFC監督を務めた。
2018年5月16日、シドニーFCの監督に就任した。2018-19シーズンにAリーグファイナルシリーズを制すると、2019-20シーズンにはAリーグレギュラーシーズン、ファイナルシリーズの両タイトルを獲得。
現役時代は精度の高いパスと、正確に枠を捉えるシュート力・特にミドルシュートが得意な攻撃的MF。
マーク・ボスニッチ、ポール・オコン、ジェリコ・カラッツ、ネド・ゼリッチらと共に、オーストラリアにおける黄金世代と呼ばれた選手の一人。
一次情報の発言のみ収録。1回の会見につき主要な発言を最大3つ引用し、他は解説で要約しています。
「良いサッカーができた」
「決して後ろ向きになる必要はない」
出典:Yahoo!ニュース 2026年10月10日
「クラブに関わる誰もが喜んだ」
「海那にとって今回の代表招集は特別な機会だ。この期間を楽しんでほしい」
「見せてくれる」
出典:楽天Infoseek 2026年9月17日
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 国内カップ1 | リーグカップ2 | 大陸大会3 | シーズン通算 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 1990-91 | 17 | ナショナル・サッカーリーグ | 17 | 0 | — | — | — | — | — | — | 17 | 0 | |
| 1991-92 | 18 | ナショナル・サッカーリーグ | 17 | 2 | — | — | — | — | — | — | 17 | 2 | |
| 1992-93 | 19 | ナショナル・サッカーリーグ | 27 | 4 | — | — | — | — | — | — | 27 | 4 | |
| 1993-94 | 20 | ナショナル・サッカーリーグ | 24 | 4 | — | — | — | — | — | — | 24 | 4 | |
| 1994-95 | 21 | ナショナル・サッカーリーグ | 18 | 3 | — | — | — | — | — | — | 18 | 3 | |
| 通算 | 103 | 13 | — | — | — | — | — | — | 103 | 13 | |||
| 1995-96 | 22 | 1部リーグ | 16 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | — | — | 18 | 2 | |
| ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC | 1995-96 | 22 | 1部リーグ | 17 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | — | — | 18 | 0 |
| 1996-97 | 23 | 1部リーグ | 36 | 2 | 2 | 0 | 4 | 0 | — | — | 42 | 2 | |
| 1997-98 | 24 | 1部リーグ | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — | 1 | 0 | |
| 1998-99 | 25 | 1部リーグ | 31 | 2 | 1 | 0 | 1 | 0 | — | — | 33 | 2 | |
| 1999-2000 | — | 1部リーグ | 15 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | — | — | 16 | 1 | |
| 通算 | 100 | 5 | 4 | 0 | 6 | 0 | — | — | 110 | 5 | |||
| 2000 | 26 | J1リーグ | 21 | 3 | 2 | 2 | 2 | 1 | — | — | 25 | 6 | |
| 2001 | 27 | J1リーグ | 22 | 11 | 2 | 1 | 1 | 0 | — | — | 25 | 12 | |
| 通算 | 43 | 14 | 4 | 3 | 3 | 1 | — | — | 50 | 18 | |||
| 2001-02 | 28 | 1部リーグ | 13 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — | 13 | 3 | |
| 2002-03 | 29 | 1部リーグ | 41 | 4 | 2 | 0 | 3 | 0 | — | — | 46 | 4 | |
| 2003-04 | 30 | 1部リーグ | 19 | 2 | 2 | 0 | 2 | 0 | — | — | 23 | 2 | |
| 2004-05 | 31 | リーグ・ワン* | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | — | — | 0 | 0 | |
| 通算 | 73 | 9 | 4 | 0 | 5 | 0 | — | — | 82 | 9 | |||
| 2005-06 | 32 | Aリーグ* | 21 | 5 | 4 | 1 | — | — | 5 | 3 | 30 | 9 | |
| 2006-07 | 33 | Aリーグ* | 18 | 3 | 5 | 0 | — | — | 6 | 4 | 29 | 7 | |
| 2007-08 | 34 | Aリーグ* | 20 | 4 | 2 | 0 | — | — | — | — | 22 | 4 | |
| 2008-09 | 35 | Aリーグ* | 21 | 4 | 3 | 0 | — | — | — | — | 24 | 4 | |
| 2009-10 | 36 | Aリーグ* | 26 | 7 | — | — | — | — | — | — | 26 | 7 | |
| 通算 | 106 | 23 | 14 | 1 | — | — | 11 | 7 | 136 | 31 | |||
| キャリア通算 | 441 | 66 | 28 | 4 | 14 | 1 | 11 | 7 | 494 | 78 | |||
1. 国内カップ戦(コパ・デル・レイ、FAカップ、天皇杯など) 2. リーグカップ(EFLカップ、JリーグYBCルヴァンカップなど) 3. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
オーストラリア としての年別成績です。親善試合を含みます。
| 年 | 年齢 | 出場 | 得点 | 得点グラフ |
|---|---|---|---|---|
| 1993 | 19 | 4 | 0 | |
| 1994 | 20 | 0 | 0 | |
| 1995 | 21 | 6 | 1 | |
| 1996 | 22 | 2 | 0 | |
| 1997 | 23 | 1 | 0 | |
| 1998 | 24 | 0 | 0 | |
| 1999 | 25 | 0 | 0 | |
| 2000 | 26 | 8 | 2 | |
| 2001 | 27 | 10 | 2 | |
| 2002 | 28 | 0 | 0 | |
| 2003 | 29 | 0 | 0 | |
| 2004 | 30 | 0 | 0 | |
| 2005 | 31 | 0 | 0 | |
| 2006 | 32 | 1 | 0 | |
| 通算 | 32 | 5 | ||
年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
英語版 Wikipedia の Managerial statistics の値です(Wikipedia(英語版)、revid 1378790459)。勝率は勝利数÷試合数。当サイトによる補完・推計は行っていません。
| 在任期間 | 年齢 | チーム | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 勝率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2012.11〜2012.11 | 39 | 3 | 0 | 1 | 2 | 0.0% | |
| 2018.05〜2023.11 | 45 | 180 | 86 | 37 | 57 | 47.8% | |
| 2024.03〜2026.06 | 50 | 62 | 33 | 18 | 11 | 53.2% | |
| 2026.07〜現在 | 53 | 7 | 4 | 1 | 2 | 57.1% | |
| 通算 | 252 | 122 | 57 | 73 | 48.4% | ||
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| — | — | イニスフェイル・ユナイテッド |
| — | — |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1990〜1995 | 16 | |
| 1995〜1996 | 21 | |
| 1996〜2000 | 22 | |
| 2000〜2001 | 26 | |
| 2002〜2004 | 28 | |
| 2005〜2010 | 31 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1989 | 15 | |
| 1990〜1991 | 16 | |
| 1992〜1996 | 18 | |
| 1993〜2006 | 19 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
| 在任 | 年齢 | チーム | 役職 |
|---|---|---|---|
| 2010〜2011 | 36 | 監督 | |
| 2012〜2012 | 38 | 監督 | |
| 2018〜2023 | 44 | 監督 | |
| 2024〜2026 | 50 | 監督 | |
| 2026〜 | 52 | 監督 |
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1995 | 21 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1996 | 22 | ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2000 | 26 | ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFC | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | |
| 2002 | 28 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 2005 | 31 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
英語の記録名しか確認できないもの(19件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
代表チームで獲得したメダルです(銅1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| FIFAコンフェデレーションズカップ | 銅 2001 日本・韓国 |
|---|
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
英語の記録名しか確認できないもの(2件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「スティーブ・コリカ」(版 110982078)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
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