概要
ゲルト・ミュラー(Gerd Müller、1945年11月3日 - 2021年8月15日)は、ネルトリンゲン出身の元サッカー選手。ポジションはFW。クラブでは公式戦通算718試合656得点(1962-63 シーズン以降)。クラブ・代表で通算16個のタイトルを獲得、個人賞は62回(エリック・バッティ ワールドイレブン 8回、ブラボー・オットー 5回)。
ゲルハルト・"ゲルト"・ミュラー(Gerhard "Gerd" Müller、1945年11月3日 - 2021年8月15日)は、ドイツ・ネルトリンゲン出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。
抜群の得点感覚とポジショニングで泥臭いゴールを得意とし、どんな体勢からでもゴールを奪った。驚異的な数の得点を量産し、デア・ボンバー(爆撃機)と呼ばれた。バイエルンでは通算515ゴールを決め、クラブ歴代最多ゴール数の記録を保持している。
クラブ経歴
クラブ経歴
1963年、地元のクラブ・TSVネルトリンゲンでデビュー。ここでの活躍がスカウトの目に留まり、翌シーズンにはバイエルン・ミュンヘンと契約。在籍15年間で4回のリーグ優勝(1969 / 72 / 73 / 74年)、7回の西ドイツ・ブンデスリーガ得点王(1967 / 69 / 70 / 72 / 73 / 74 / 78年)、チャンピオンズカップ優勝3回(1974 / 75 / 76年)、カップウィナーズカップ優勝1回(1967年)、西ドイツカップ優勝4回(1966 / 67 / 69 / 71年)、ブンデスリーガ 通算427試合365得点の成績を残した。
1979年、西ドイツを後にしてアメリカへ渡り、フォートローダーデール、スミス・ブラザーズに所属した後、1982年に現役を引退した。
引退後は一時期アルコール依存症に苦しんだ時期があったが、旧知の仲であるバイエルン・ミュンヘンのウリ・ヘーネスGMやフランツ・ベッケンバウアー会長、ゼップ・マイヤーGKコーチの助けもあり、アルコール依存症を克服。同クラブの育成部門でアシスタントコーチなども務めた。
1992年から2014年まで、バイエルン・ミュンヘンサテライトチームのアシスタントコーチを務めていた。
2015年10月、アルツハイマー病に罹患しており、同年2月から専門的な治療を受けていることをバイエルン・ミュンヘンが発表した。
2021年8月15日、早朝に亡くなったことをFCバイエルン・ミュンヘンが発表した。。
2022年、バロンドールの開催者として知られるフランス・フットボールがそのシーズンの得点王を表彰するゲルト・ミュラー・トロフィーを新設した。
代表経歴
代表歴
1966年10月12日 vsトルコ戦で代表デビュー、無得点に終わるが2戦目のアルバニア戦では4ゴールを挙げた。
1970年メキシコワールドカップではグループリーグのブルガリア戦、ペルー戦でハットトリックを決め、準決勝のイタリア戦で2ゴールを決めるなど(3位決定戦となったウルグアイ戦以外の全ての試合でゴールを決めた。)、10得点で大会得点王を獲得した。
1974年西ドイツワールドカップでは、オランダとの決勝戦で決勝ゴールを決めるなど、4得点3アシストを挙げた。ワールドカップ通算14ゴールは、ブラジル代表のロナウドが2006年ドイツワールドカップで塗り替えるまでは、32年間歴代最多記録であった(2014年現在歴代3位。2010年南アフリカ大会でドイツ代表の後輩となるミロスラフ・クローゼに並ばれた。クローゼは2014年ブラジル大会で通算16得点とし、最多記録保持者となっている)。
1972年の欧州選手権では決勝のソビエト戦で2ゴールを挙げるなど、4得点を記録し、得点王に輝く活躍でチームを優勝へ導いた。なお、1974年決勝オランダ戦を最後に28歳で代表を引退した。
個人成績
数値は英語版 Wikipedia の Career statisticsです。当サイトによる補完・推計は行っていません。記録が無い項目は「—」です(0 ではありません)。
クラブ
| クラブ | シーズン | 年齢 | ディビジョン | リーグ | 大陸大会1 | その他2 | シーズン通算 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 1962-63 | 16 | 4 | — | — | — | — | — | — | 3 | 4 | |
| 1963-64 | 17 | 47 | — | — | — | — | — | — | 28 | 47 | |
| 通算 | — | — | — | — | — | — | 31 | 51 | |||
| 1964-65 | 18 | 33 | — | — | — | — | 8 | 8 | 34 | 41 | |
| 1965-66 | 19 | 15 | 6 | 1 | — | — | — | — | 39 | 16 | |
| 1966-67 | 20 | 28 | 4 | 7 | 9 | 8 | — | — | 45 | 43 | |
| 1967-68 | 21 | 19 | 4 | 4 | 8 | 7 | — | — | 46 | 30 | |
| 1968-69 | 22 | 30 | 5 | 7 | — | — | — | — | 35 | 37 | |
| 1969-70 | 23 | 38 | 3 | 4 | 2 | 0 | — | — | 38 | 42 | |
| 1970-71 | 24 | 22 | 7 | 10 | 8 | 7 | — | — | 47 | 39 | |
| 1971-72 | 25 | 40 | 6 | 5 | 8 | 5 | — | — | 48 | 50 | |
| 1972-73 | 26 | 36 | 5 | 7 | 6 | 11 | 5 | 12 | 49 | 66 | |
| 1973-74 | 27 | 30 | 4 | 5 | 10 | 8 | — | — | 48 | 43 | |
| 1974-75 | 28 | 23 | 3 | 2 | 7 | 5 | — | — | 43 | 30 | |
| 1975-76 | 29 | 23 | 6 | 7 | 6 | 5 | 1 | 0 | 35 | 35 | |
| 1976-77 | 30 | 28 | 4 | 11 | 4 | 5 | 4 | 4 | 37 | 48 | |
| 1977-78 | 31 | 24 | 3 | 4 | 6 | 4 | — | — | 42 | 32 | |
| 1978-79 | 32 | 9 | 2 | 4 | — | — | — | — | 21 | 13 | |
| 通算 | 62 | 78 | 74 | 65 | 18 | 24 | 607 | 565 | |||
| 1979 | 33 | 19 | — | — | — | — | 2 | 0 | 27 | 19 | |
| 1980 | 34 | 14 | — | — | — | — | 7 | 2 | 36 | 16 | |
| 1981 | 35 | 5 | — | — | — | — | — | — | 17 | 5 | |
| 通算 | — | — | — | — | 9 | 2 | 80 | 40 | |||
| キャリア通算 | 62 | 78 | 74 | 65 | 27 | 26 | 718 | 656 | |||
1. 大陸大会(UEFAチャンピオンズリーグ、AFCチャンピオンズリーグなど) 2. 国内スーパーカップ・国際大会・プレーオフなど(UEFAスーパーカップ、FIFAクラブワールドカップ、リーグスカップ等) 年齢はその期間の開始時点の満年齢です(シーズン表記は欧州リーグ=8月、単年表記は3月を起点に計算)。
所属チーム
ユース
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1958〜1963 | 12 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
クラブ
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1963〜1964 | 17 | |
| 1964〜1979 | 18 | |
| 1979〜1980 | 33 | |
| 1980〜1981 | 34 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
代表
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1966 | 20 | |
| 1966〜1974 | 20 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
移籍金・年俸・市場価値の推移
移籍履歴
掲載しているのは公表された実際の移籍金です(市場価値は別表)。金額が非公表・不明の場合は「—」と表記します(0 円ではありません)。
| 時期 | 年齢 | 移籍元 | 移籍先 | 形態 | 移籍金 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1964 | 18 | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 | ||
| 1979 | 33 | スミス・ブラザーズ | 移籍 | — | 形態・移籍金は未確認 |
※ 移籍金が公表された移籍はありません(フリー移籍・期限付き移籍・非公表)。
出典: 日本語版 Wikipedia(経歴)。日本語版 Wikipedia の情報欄の在籍の切り替わりから作成。形態・移籍金は出典で未確認
タイトル
クラブ
バイエルン
- ブンデスリーガ:4回(1968-69, 1971-72, 1972-73, 1973-74)
- DFBポカール:4回(1965-66, 1966-67, 1968-69, 1970-71)
- 欧州チャンピオンズカップ:3回(1973-74, 1974-75, 1975-76)
- UEFAカップウィナーズカップ:1回(1966-67)
- インターコンチネンタルカップ:1回(1976)
西ドイツ代表
- FIFAワールドカップ:1回(1974)
- UEFA欧州選手権:1回(1972)
個人
- バロンドール:4回(1970, 1972, 1969, 1973)
- キッカー誌 ブンデスリーガ シーズンベストイレブン:4回(1968-69, 1969-70, 1971-72, 1972-73)
- エリック・バッティ ワールドイレブン:8回(1969, 1971, 1972, 1973, 1974, 1976, 1977, 1978)
- 欧州ゴールデンシュー:2回(1969-70, 1971-72)
- FIFAワールドカップ ゴールデンブーツ:1回(1970)
- UEFA欧州選手権 大会ベストイレブン:1回(1972)
- オンズ・ド・オンズ:1回(1976)
- FIFA 100(偉大な選手100人):1回(2004)
- ゴールデンフット賞:1回(2007)
- ブラボー・オットー:5回(1973, 1974, 1975, 1972, 1976)
- IFFHSレジェンド
- IFFHS 歴代ドリームチームB:1回(2021)
- IFFHS 欧州歴代ドリームチーム:1回(2021)
英語の記録名しか確認できないもの(15件)は、日本語名を確認できるまで掲載していません。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「ゲルト・ミュラー」(版 106449094)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
出典
- Wikidata、2026年10月25日 取得 https://www.wikidata.org/
- Wikipedia(日本語版)「ゲルト・ミュラー」、版 ID 106449094、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%BC
- Wikipedia(英語版)、版 ID 1380786179、2026年10月21日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Gerd_M%C3%BCller
※ 出典は媒体名・日付・URL を文字で記載しています(外部サイトへのリンクは行いません)。出典が確認できない数値はページに載せません。
関連項目
- TSV1861ネルトリンゲン
- バイエルン・ミュンヘン
- フォート・ローダーデール・ストライカーズ
- フォートローダーデール・ストライカーズ
- スミス・ブラザーズ
- 西ドイツ U-23
- 西ドイツ
- ブンデスリーガ
- DFBポカール
- 欧州チャンピオンズカップ
- UEFAカップウィナーズカップ
- インターコンチネンタルカップ
- FIFAワールドカップ
- UEFA欧州選手権
- エリック・バッティ ワールドイレブン
- ブラボー・オットー
- バロンドール
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