概要
アルシデス・ギジャ(Alcides Ghiggia、1926年12月22日 - 2015年7月16日)は、モンテビデオ出身の元サッカー選手。ポジションはFW。
アルシデス・ギジャ(Alcides Ghiggia、1926年12月22日 - 2015年7月16日)は、ウルグアイ出身のサッカー選手。ポジションはフォワード(右ウイング)。
クラブ経歴
経歴
1950年のブラジルW杯で事実上の決勝戦となった、第2次ラウンド最終戦のウルグアイ対ブラジル戦にて、右ウイングのギジャは後半34分に決勝点となる2点目を挙げ、ウルグアイを2度目のワールドカップ優勝に導いた。ギジャがゴールを決めた瞬間、マラカナンに集まった20万人の大観衆は静まり返ったという(→マラカナンの悲劇参照)。同大会では出場した4試合すべてで1ゴールずつを挙げている。
大会後はイタリアのASローマに移籍し、イタリア代表としてプレイした。1968年に41歳で現役を引退した。
2013年12月6日にブラジル・サルヴァドールで行われた2014年W杯組み合わせ抽選会には、86歳の高齢ながらドロワーとして参加した。
2015年7月16日、心不全のため88歳で死去。この日はマラカナンの悲劇からちょうど65年後であった。 ギジャの死去によりマラカナンの悲劇のウルグアイ代表メンバーは全員が他界する運びとなった。
所属チーム
代表
| 期間 | 年齢 | チーム |
|---|---|---|
| 1950〜1952 | 23 | |
| 1957〜1959 | 30 |
「期間」の出典は成績が記録されているシーズンの範囲(API-Football。取得元に古いシーズンの登録が無い場合、実際の加入年より後になります)。出場・得点は取得元に記録がないため掲載していません。
獲得メダル
代表チームで獲得したメダルです(金1)。当サイトの大会結果データとも照合し、食い違いがあれば掲載しません。
| FIFAワールドカップ | 金 1950 ブラジル |
|---|
出典は英語版 Wikipedia の「メダル獲得記録(Medal record)」節(記事名・版 ID・取得日は「出典」節に記載)。W杯は当サイトの大会結果データでも一致を確認しています。
本文の一部は、ウィキペディア日本語版「アルシデス・ギジャ」(版 84751435)の記述を https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.ja(CC BY-SA 4.0)のもとで転載・編集したものです。当該部分は同ライセンスで再利用できます。成績・タイトル等の数値は各表の出典に基づきます。
出典
- Wikidata、2026年10月26日 取得 https://www.wikidata.org/
- Wikipedia(日本語版)「アルシデス・ギジャ」、版 ID 84751435、2026年10月14日 取得 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%82%B8%E3%83%A3
- Wikipedia(英語版)、版 ID 1367101131、2026年10月22日 取得 https://en.wikipedia.org/wiki/Alcides_Ghiggia
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関連項目
- ウルグアイ
- イタリア
- FIFAワールドカップ
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